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キョン「かまいたちの夜?」 part2

2010/10/07 17:50 | CM(1) | ハルヒ SS
キョン「かまいたちの夜?」 part1


115 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 06:50:59.31 ID:sDHzCwEM0
「キョン? キョンってば」

「……あ?」

「なんかぼけっとしてたけど……大丈夫?」

「あ、ああ。すまん。大丈夫だ」

 心配そうにこちらを覗きこんでいたハルヒに答え、俺は頭を振った。
 ……うん、ようやく頭がシャッキリしてきた。
 ここはペンション『シュプール』一階の談話室だ。
 泊まり客とスタッフは全員ここに集まっている。
 正確には、あの死体となった客を除いて全員と言うことになるが。
 死体。
 バラバラ死体。
 死体を見たのは俺とハルヒ、それと新川さんだけだ。
 残りの皆は死体を目にする前に新川さんによって部屋から追い出されていた。
 俺たちは見たものを皆に説明できるだけの余裕もなく、ただ震えながら紅茶をすすっている。

「ねえ、いい加減何があったのか教えてよ」

 じれた様な口調で朝倉が言った。
 俺は新川さんをちらりと見たが、朝倉の言葉が耳に入っている様子は無い。
 俺が……言わなくてはならないのか。


116 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/03(日) 06:54:20.80 ID:wFnTL5TzO
2の妄想篇が3作中一番好きな俺が追いついた
しえん


117 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 06:55:23.70 ID:sDHzCwEM0
「死んでたんだ。あそこで、バラバラになって……死んでいた」

 ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。

「バラバラって…それどういうこと?」

 朝倉は悪い冗談だと思ったのか、口元を苦笑いの形に歪めながら聞き返してくる。

「どういうこともなにも……」

 知らず知らず、俺の声は上ずり、甲高く叫ぶような調子になっていた。

「バラバラだったんだよ! 首も、手も、足も! みんな切り離されてあそこに落ちてたんだ!」

「いやぁ!」

 女の子の誰かがそう叫んで泣き出した。
 朝比奈さんだ。


118 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:01:22.64 ID:sDHzCwEM0
「……田中さん、とかいう人なんですか?」

 喜緑さんが小声で聞いてきた。

「そう……だと思います。顔色が全然違うからよくわからなかったけど、あの人だったと思います」

「よく出来た人形だった、ということはなかったですか? それもあの脅迫状と一緒で、いたずらなのかも」

「人形と人間を間違えたりしませんよ」

「でも、最近の特殊技術ってすごいでしょう? 映画なんかでも、本当にリアルな死体とかよく見るじゃないですか」

 ……それでも、だ。
 俺が、国木田の顔を見間違えたりするものか。
 ……まただ。俺は何を言っている。
 国木田なんて人物、俺は知らないのに。

「……あれは人間だった。間違いない」

 新川さんも俺に同意した。
 朝比奈さんが「ひいぃ…!」とさらにくぐもった悲鳴を上げる。

「そういえば……聞いたことがありますよ。『かまいたち』のこと」

 古泉が口を開いた。

「かまいたち?」

 俺は聞き返した。

119 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:06:49.02 ID:sDHzCwEM0
「ええ、知っているでしょう? このような風の強い地域では昔から、何も無い所で突然服が切り裂かれたり、怪我をしたりする現象がまま起こる。
 土地の人たちは、鎌を持ったイタチのような生き物のしわざだと考えて、それらを『かまいたち』と呼びました」

「そのかまいたちのせいで田中さんがバラバラになったってのか? 馬鹿らしい」

 俺は古泉の話を鼻で笑う。

「それに、かまいたちって自然現象なんでしょ? 真空状態が発生してナントカ…って聞いたことあるけど」

 ハルヒも口を挟んだ。
 しかし古泉は動じない。

「一応そういう説明はなされています。しかしここで重要な所は、理屈はどうあれ、そういう現象は事実として起こっている、ということなのです」

「だがそれもちょっとの切り傷が出来る程度のもんだろう。いくらなんでもそれで人間がバラバラになるなんてことは」

「妖怪の仕業だとしたらどんなことでも考えられますよ」

 真顔で一体何を言ってんだこいつは。
 いくらイケメンが言ってもひくものはひくんだぞ。


120 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:11:58.95 ID:sDHzCwEM0
「そんな顔をしないでくださいよ。僕も妖怪なんて信じているわけではありません。では自然現象だと考えてみましょう。
 ……この風の音が聞こえませんか? これほどの激しい風なら滅多に出来ないような恐ろしい真空が出来ても不思議ではないと思いませんか?」

 確かに、外はもう随分前から完全な吹雪になっていて、聞こえてくる風の音はものすごいものがある。
 だがしかし、窓ガラスを割り、窓辺に立つ人間を一瞬にしてバラバラにするような風が吹いたのだと考えるのは、やはり荒唐無稽すぎる。

「そういう考察を発展させるのは自由だと思うけど、忘れてないかな? 脅迫状。あれがあるってことは、あれを書いた『人間』がいるってことだよ」

 鶴屋さんが俺と古泉を冷めた目で見つめている。
 そうだ、脅迫状の件があったんだった。

「脅迫状…とは?」

 だが俺と違って、指摘を受けた古泉はきょとんとしている。
 ああそうだ。そういえば脅迫状の件はさっき誤魔化したんだった。

「そうだぜ。さっきからちょこちょこ出てるけど、脅迫状ってなんのことなんだよ」

 谷口が唇を尖らせる。
 ここまできたら説明しなくてはならないだろう。

「実は……」


121 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:16:21.45 ID:sDHzCwEM0
 脅迫状の一件について説明を終える。
 聞き終わったあとしばらく、全員が絶句していた。

「そんなことが……あったんですか」

 古泉が呟く。

「おいおい、そういうことはちゃんと言っといてくれよなあ……」

 谷口はため息まじりでぼやいた。

「……まあ、今更そんなこと言ってもしょうがねえか。とにかく早く警察に連絡しなきゃな」

 あ、そうだ……。
 そうだよな。それが一番先にするべきことだった。
 そんな常識的なことを谷口から指摘されるとは。
 新川さんもはっとしたように振り向いて、電話に向かった。
 受話器を取り上げ、耳に当てる。
 だが。

「駄目だ……何も音がしない。電話が、通じていない…!」


122 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:20:22.03 ID:sDHzCwEM0
「な、なんだと!?」

 谷口は立ち上がって叫んだ。

「おそらくどこかで電話線が切れてしまったんでしょう」

 新川さんは音のしない受話器を憎々しげに見つめている。
 電話が通じない。
 なんてことだ。
 これで少なくとも明日になり、吹雪が止まないかぎり警察に連絡する手段が無い。
 ……だけでなく、ここから降りる手段も断たれたということだ。
 谷口は突然笑い出した。

「ああ、いやいや。そんなに焦ることも無いか。今の世の中、ケータイっていう便利なもんが……って圏外だったじゃねーか!」

 まったく、一人で騒がしいやつだ。
 一応俺もポケットから携帯電話を取り出して確認する。
 やはり、圏外だ。皆の様子を見るに、電波が届いた人はいないらしい。

「じゃ、じゃあどうすんだよ! 人殺しがこの辺をうろついてんだぞ!?」


123 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:24:48.81 ID:sDHzCwEM0
 人殺し。
 認めたくなかったことを、何とかして誤魔化したかったことを、谷口はあっさりと言い放った。
 そう、俺たちは、少なくとも俺は、その可能性についてわざと考えないようにしていた。
 現実から目をそむけて、かまいたちだなんだと絶無の可能性を囃し立てていた。
 認めたくなかった。
 認めるのが怖すぎた。
 だが、あれが事故や自殺であろうはずがない。
 殺人だと考えるのが一番自然だ。
 誰かが田中さんを殺し、その死体をバラバラにしていったのだ。
 そして谷口の言うとおり、この天候を考えると犯人はまだこのあたりにいる可能性が高い。

「この天気で山を降りることは可能ですか?」

 俺が尋ねると新川さんと会長がほとんど同時に首を振った。

「無理だろ」

 答えたのは会長だった。

「さっき古泉…さんが辿り着いたのだって奇跡みたいなもんだぜ。歩いて降りたらもちろん凍死。車だったら運がよくても立ち往生。運が悪かったら沢に転落だな」

「じゃあ犯人は、このペンションの中に隠れようとするんじゃないですか? 生き延びるためには、それしかないでしょう?」

 ……全員が、息を呑んだ。
 泣いていた朝比奈さんさえ、一瞬泣き止んで恐怖の表情を浮かべた。


124 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:30:16.59 ID:sDHzCwEM0
 会長が舌を鳴らす。

「つまり…俺たちは死体をバラバラに切り刻んだような奴とこれから一晩過ごさなきゃならんってことか? 冗談じゃない」

「同感だな。そんなもんはゴメンだ。何とかしなきゃな」

 谷口も大きく頷いた。

「ですが…具体的にはどうするのです? まさか、僕達で犯人を捕まえるというのですか?」

「それしかないだろ」

 古泉の疑問に当然だとばかりに頷く谷口。

「……それはあまりに危険でしょう。相手は死体をバラバラにするような凶悪な殺人鬼です。下手に手を出すより、ここで皆でじっとしていた方がいいと思います」

「じゃあここでこのままずっと起きとくってのかよ。うっかり全員寝ちまったらその間に皆殺しだぞ?」

 この馬鹿は言いづらいことを本当にずけずけと……。
 見ろ。朝比奈さんがもう真っ青じゃねえか。
 くそう。見てられない。

「いや、どんなにひどいやつでもそこまではしないだろ。まあ、戸締りだけはしっかりしなきゃならんだろうが……」

「戸締りっつってもよ、キョン。もう中に入り込んでたら意味ねえじゃねえか」

 谷口の言葉に朝比奈さんは「ひゃわぁ!」と叫んでそこかしこを凝視し始めた。
 俺のフォローが台無しだちくしょうめ。


126 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:36:34.25 ID:sDHzCwEM0
「まさか。一体、いつ、どこから入ってきたというのです?」

 新川さんは谷口の言葉を否定する。

「それはわかんねえよ。でも実際に人ひとり殺してるんだ。俺らが気付かないうちに入ってきたってことだろ」

「いえ、ですが……」

「そうだ、窓を割って入ってきたんじゃねえか? 裏手にはあんまり除雪してない所もあるだろ? だったら二階から入るのもそんなに難しくはないんじゃないか?」

「だとしたら、犯人はまた窓から逃げたってことになる。あの時、田中さんのドアは鍵がかかったままだったんだから」

「何言ってんだよキョン。ここのドアは押しボタン式の鍵だぜ? 出る時にノブのボタン押しときゃドア閉めた時に勝手に鍵はかかるよ」

 確かに谷口の言うとおりだった。
 『シュプール』のドアの鍵は全てそのタイプになっている。
 だからドアの鍵がかかっている=ドアから出ていないということにはならない。
 俺たちの目を盗んで部屋を出て、空き部屋に隠れたりすることも不可能ではないだろう。
 不可能ではないというだけで、俺たち全員の目に止まらずに、というのは中々考えづらいところではあるが。


127 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:41:15.35 ID:sDHzCwEM0
「なんにしても、みんな何か武器になるようなものを持ったほうがいいんじゃないかしら」

 黙り込んでいたハルヒが口を開いた。
 その顔色は青ざめて――いる。
 非日常的なことを何より好むコイツだけれど、だからといって人の死を楽しめるような奴ではないのだ。
 それでも、無残な人の死に青ざめていても、武器を持つべきだと思考出来るその心の強さには素直に感心する。

「そうだな」

 俺は頷く。みんなもすぐにその意見に賛成した。
 といっても、こんなスキーリゾートのためのペンションに碌な武器などあるわけもなく。
 皆が手にしたのはスキーのストック、果物ナイフ、そしてモップの柄くらいの物だった。
 包丁なんかはかえって危ないということでこんなものになってしまったが、頼りないことこの上ない。

「何人かでチームを組んでしらみつぶしに調べよう。ベッドの下、クローゼットの中、バスタブ……相手はどこに隠れてるかわからないからな」

 いつのまにか谷口がリーダーシップを取っていた。
 さすがは若社長、といったところだろうか。


128 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 07:45:59.88 ID:sDHzCwEM0
 結局、男性陣総出でペンションを調べまわることになった。
 男は俺、谷口、古泉、会長そして新川さんの全部で五人。

「さて、どこから手をつけますか…」

 新川さんが誰にともなく尋ねた。

「二階から調べましょう」

 俺はそう提案した。
 もし仮に犯人が窓の割れる音がしたその時に侵入したのだとすれば、それから皆の目を盗んで一階に降りたとは考えづらい。
 隠れているとしたら二階にいる可能性の方が高いはずだ。

「よっしゃ。先鋒は任せたぜ」

 言いだしっぺの癖に、谷口は俺と古泉を先に行かせようとする。
 この野郎……。
 結局俺と古泉が先に立ち、俺はストックを、古泉はモップの柄を握り締め、二階への階段を昇った。
 天国への階段にならなきゃいいがな。


129 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:01:46.04 ID:sDHzCwEM0
 新川さんが鍵を開け、俺と古泉が武器を構える。

「よろしいですか。開けますよ」

 俺と古泉が頷くと同時に新川さんはドアを開いてその陰に隠れる。
 そして俺たちはストックとモップを突き出しながら中へと入っていく。
 そうやって一つ一つの部屋を、ベッドの下まで捜索していった。
 全員が部屋に入ってはその間に逃げられる可能性があるということで中に入るのは俺と古泉だけ。
 最初はびくびくものだったが、同じことを繰り返すうちにだんだん緊張も解けてきた。

「どんな奴が出てきても五人もいれば大丈夫…だよな?」

「そう信じたいものですね」

 とうとう全ての客室を調べ終わったが、人の気配は無い。

「新川さん、あのドアはなんだ?」

 谷口が、廊下の突き当たりの扉を指差した。

「あれは掃除用具なんかを入れてある物置です。人間は……隠れられないこともないですが……」

 新川さんがそう説明したのと同時。
 がたん、と物置から音がした。


130 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:09:04.02 ID:sDHzCwEM0
 全員がぎくりとして足を止める。
 古泉と目が合った。

『聞こえましたか?』

 古泉の目はそう言っていた。
 俺はごくりと唾を飲み込みながら大きく頷く。
 ストックを握り締める手に汗が滲む。
 ノブに手をかけた新川さんが皆の顔を見回した。
 俺、古泉、会長、そして少し離れた所に谷口。
 俺たちは一斉に頷いた。

 がちゃり、とドアが開く。

 中にあったのは、掃除用具の入ったバケツや、ほうきやちりとり、ゴムのスリッパなどの洗面所用具。
 明かりが無いのでそういったものの影しか見えない。

「だ、誰かいますか?」

 古泉が暗闇に向かって話しかける。
 返事は無い。
 俺はほっと息を吐いた。

「やっぱり犯人は窓から逃げたんだな。これだけ人がいる所に逃げ込もうとは思わない……」

 そこまで言った時だった。

 突然、ガタガタっと音がして、ほうきがこちらに倒れ掛かってきた。

131 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:14:54.09 ID:sDHzCwEM0
「う、うわああ!」

 古泉ががむしゃらにモップの柄を振り回す。
 物置から飛び出した影は俺たちの間をすり抜け、廊下を駆け出し。

 にゃ~お、と鳴いた。

「……猫だ」

「ありゃあシャミセンだ。こんなところにいやがったのか」

 会長が言った。

「シャミセン?」

「ここで飼ってる猫だよ。見かけないからどこに行ったのかと思っていたが、まさかこんなところにいたとはな」

 呆れたように言う会長。
 ……なんだかどっと力が抜けてしまった。

「さあ」

 新川さんがそんな俺たちを促した。

「次は一階です」


132 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:18:48.68 ID:sDHzCwEM0
 みんな、犯人が入り込んだ可能性はほとんどないと思い始めたのだろう。
 さっきまでと違い、リラックスしきって一階へと降りていく。

「俺はこう見えても高校の時は柔道をやっててな、もし犯人が出てきたら一本背負いから押さえ込んで、ぐうの音も出ないようにしてやるぜ」

 谷口は今になってからそんなことを言い出した。
 いらっとしたので俺は……

1.無視した。

2.「それならお前が先に行け」


133 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:24:01.54 ID:sDHzCwEM0
「それならお前が先に行け」

 俺がそう言うと谷口は途端に慌てだした。

「……そうしたいのはやまやまなんだけどな。俺今腰の調子が悪いから。あいた、あいたたた……くそ、この腰さえよかったら…!」

「もういいしゃべるな」

 出来れば呼吸もとめてくれ。
 一階ではハルヒたちが心配そうな顔で待っていた。

「どうだった?」

 尋ねるハルヒに俺はただ首を横に振った。
 俺たちを驚かせた三毛猫は、今は喜緑さんの足元でがつがつと餌を食っている。
 まったく、猫は気楽でいいもんだ。


134 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:28:28.05 ID:sDHzCwEM0
 一階には談話室を除くと……。
 食堂とキッチン。
 喜緑さん、生徒会長達のスタッフルーム。
 新川さん、森さんの部屋。
 乾燥室、なんかがある。
 それらをざっと見て回るが、人が隠れているとは考えられなかった。

「もう他に部屋はないんですか?」

 談話室に戻りつつ、俺は新川さんに聞いた。

「あとはワイン蔵だけですが、あそこは鍵がかかってますからね」

 新川さんはちょっと考えてから答えた。

「なんだ、結局いなかったってことか。残念だな。せっかく俺の地獄車をおみまいしてやろうと思ってたのに」

 くやしそうな谷口。
 てめえ腰はどうした。


135 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:33:22.78 ID:sDHzCwEM0
 談話室に戻ると、森さんがコーヒーを入れてくれていた。

「誰もいなかったのね」

 ハルヒが俺たちの表情を読み取って言う。

「結局、外に逃げたっていうことなのかしら」

「だろうな」

 会長が答えた。
 みんな、ほっとしたような、それでいて不安げな、複雑な表情を浮かべている。
 そりゃそうだろう。
 とりあえず危険なことはなかったものの、本当に誰も隠れていないとはまだ確信できない。
 それに、今いなくても、夜中に入ってくるかもしれない。
 いくら戸締りをきちんとしたところで、窓を割れば簡単に入ることが出来るのだ。

 ……待てよ。

 俺はふと疑問に思った。
 俺たちは始めから、犯人は窓を割って入ってきたのだと決め付けていた。
 だが、本当にそうなのだろうか?

1.犯人はもっと前からペンションの中に入り込んでいたのではないだろうか。

2.俺たちの中にただ一人アリバイの無い人間がいることに気付いた。


136 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:37:17.08 ID:sDHzCwEM0
 俺たちの中にただ一人アリバイの無い人間がいることに気付いた。
 窓の割れる音がしたとき、ただ一人談話室にいなかった人間。
 となりで熱いコーヒーをおいしそうに飲んでいる男……。
 生徒会長。
 この人になら、田中さんを殺すことが出来た。
 俺はその顔をそっと覗き見た。

「ん? なんだ?」

 会長がこちらを見返した。

「いや、その」

「ああ、砂糖か。ほらよ」

 会長はシュガーポットをこちらへ回してくれた。

「ど、どうも」

 仕方なくそれを受け取り、自分のコーヒーに砂糖を入れる。
 どうやら俺の視線の意味を誤解したらしい。
 性格は悪そうに見えても、やはり根はいい人なのだ。


137 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 08:42:02.68 ID:sDHzCwEM0
 違う。
 どんな事情があったにせよ、この人が人を殺し、その体をバラバラに切り刻むなんて出来るわけが無い。
 犯人はやっぱり外へ逃げたのだ。
 ここにいる人間とは何の関係もない、根っからの犯罪者に違いない。
 きっと殺された田中さんもやっぱりヤクザか何かで、別のヤクザに殺された。
 そう考えれば、あの異様な殺され方にも納得がいくというものだ。
 突然新川さんが立ち上がった。

「ちょっと外を見てきます」

「どうして?」

 俺の問いに新川さんは苦笑いを浮かべた。

「……いてもたってもいられなくて。外を調べれば、何か手がかりが見つかるかもしれない。もっともこの雪じゃ、期待は薄いですが」

「俺も行きます」

 俺は立ち上がった。
 いてもたってもいられないのは、俺も同じだ。


138 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/03(日) 08:51:00.04 ID:wFnTL5TzO
しえんぬ

140 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:03:54.13 ID:sDHzCwEM0
 さっきと同じように男全員で、となるかと思ったら谷口が辞退した。

「おい」

「ん?」

「犯人に出くわしたら地獄車をおみまいしてくれるんじゃなかったのか」

「いや、その、俺な、寒いのホントに駄目なの。体動かなくなるの。犯人が出たら中に追い込んでくれ。その時こそ俺の燕返しをおみまいしてやる」

 おい柔道どこいった。
 もういい。貴様には何も期待せん。
 俺、新川さん、会長、古泉の四人は一度部屋に戻って着替え、玄関で落ち合った。
 時間は10時ジャストだ。
 靴を履き、武器(スキーストック)を携えて外へ。
 ドアを開けた途端、カミソリのような風が雪と共に襲ってくる。
 俺は慌ててフードを被り、紐をきつく引いて固定した。

「右と左からぐるっと一回りしましょう!」

 新川さんが風の音に負けないように声を張り上げる。

「キョン君と私で時計回り。会長君と古泉さんで反対回り。それでどうですか?」

 皆が頷き、玄関ポーチから足を踏み出した。


141 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:07:32.65 ID:sDHzCwEM0
 き、きつい…! なんだこれは……!
 雪はどんどん降り積もっていて、俺と新川さんは脛まで埋まりながら行軍する。
 顔を上げて思いきって目を見開いても、荒れ狂う雪に阻まれて1メートル先も見通せない。
 白い闇。真っ白な地獄。
 分厚い手袋をしているのに、もう指先は凍え始めている。
 俺は足元を確認していた視線を前に戻す。
 ぞっとした。新川さんがいなくなっている。

「新川さん! 新川さん!」

 俺は半ばパニックになって叫ぶ。
 待て待て、落ち着け。
 そうだ、俺と新川さんはペンションの壁を伝って時計回りに進んでいたはず。
 つまり右手を壁につけながら前に進めば迷うことなどありえない。
 オーケイ、クールに、クールにだ。
 俺は右手を壁に向かって伸ばす。
 どれだけ手を伸ばしても全然壁に触れない。
 おかしい。どういうことだ。
 俺は今どこにいる。ペンションはどっちだ。

「新川さん! 新川さーーん!!」

 俺はパニックになって雪の中をがむしゃらに進んだ。



 ガツン―――と。

 頭を殴られたような衝撃が走った。

142 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:14:03.42 ID:sDHzCwEM0
「う…ぐ…!」

 痛む頭を押さえ、何とか踏みとどまる。
 違う。殴られたんじゃない。
 ぶつけたんだ。
 俺の目の前にはペンションの壁があった。
 どうやらパニックになった俺は目の前に迫った壁に気付かず、盛大に頭を打ちつけてしまったらしい。
 なんてみっともない―――が、これで方向の見当はついた。
 早く新川さんに追いつかなくては。

「……ン君!」

 新川さんらしき声が聞こえた。
 俺は急いで雪を掻き分け、先へ進む。
 深い雪の中を歩くのはそれだけで重労働だ。
 手足はしびれるほど寒いのに、もう背中に汗をかき始め、息が上がっている。
 ようやく建物の角に辿り着き、回り込んだ所で新川さんの背中が見えた。

「新川さん!」

 声をかけながら近寄る。
 新川さんの足元で、古泉が倒れていた。


144 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:19:52.48 ID:sDHzCwEM0
「……え?」

 倒れた古泉を会長が抱き起こそうとしている。

「手伝ってくれ」

「い、一体何が…?」

 状況がわからない。
 古泉のこめかみから赤い筋が流れているのが目に入る。
 血…だ。

「誰かに殴られたらしい。早く中に運んで手当てしないと」

 会長が言った。
 殴られた? 一体誰に?
 なんて、馬鹿か俺は。
 そんなもん、犯人に決まってるだろうが。

「俺が遅れなければ捕まえてやれたのに…」

 会長は悔しそうだ。

「どうして離れたんです?」

 新川さんが会長に問うが、その声に責めている感じはない。
 この視界ならはぐれても仕方ないことだ。
 実際俺と新川さんもはぐれたんだしな。


145 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:25:52.28 ID:sDHzCwEM0
 俺は風を手で遮りながら目をこらした。
 古泉が倒れている辺りは格闘があったらしく雪が乱れている。
 しかし、足跡があるかまではわからない。
 それどころか、降りしきる雪は俺たちの足跡さえも急速に覆い隠そうとしていた。

「くそ、犬でもいれば……」

 会長は唇をかんで白い闇の彼方を睨む。
 しかし、正気の人間がこの吹雪の中へ逃げようとするだろうか。
 そう思った瞬間俺はぞっとした。

 ここには俺たち以外誰もいなかったんじゃないか?

 古泉を殴ったのは、会長じゃないのか?

 遅れたと嘘をつき、後ろから古泉をモップの柄で殴ったんじゃ……。

「とにかく、運ぼう」

 新川さんが武器をまとめて持ち、俺と会長で古泉を抱える。
 深い雪の中を人間一人抱えて進むのは苦行以外の何物でもなかった。
 それほど離れていない所に裏口があったのが幸いだった。
 新川さんが裏口のベルを鳴らす。
 早く…早く誰か開けてくれ……。
 焦れて待っていると、ようやくドアが開いた。
 俺たちは雪だるまみたいになって中へ転がり込んだ。

147 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:30:37.84 ID:sDHzCwEM0
 中では森さんが口に手を当てて立ちすくんでいた。

「早く…早く手当てを……」

 新川さんはそれだけ言うのが精一杯だった。
 だが森さんはそれだけで全てを察したらしく、一度奥に行って喜緑さんを連れてくる。
 そして新川さん、森さん、喜緑さんの三人で古泉を引きずるように奥へ運んでいった。
 会長が裏口のドアを閉める。
 俺は立ち上がる気力もなく、床に座り込んだままだ。

「しかし…なんであいつ襲われたんだろうな」

 会長がそんな俺に話しかけてくる。

「さ、さあ……犯人と出くわしたんじゃないですか?」

 アンタがやったんじゃないのか、という言葉をぐっと飲み込む。

「でもさっきのところ、ちょうど死体のあった部屋の真下だぜ? 犯人が窓から逃げたとしても、それからずっとあそこにいたってのか?」

 氷の彫刻になっちまうぜ、と会長。
 それは確かにその通りだ。
 だが、もう俺にはこの人の言葉を素直に聞くことは出来ない。

149 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:35:51.73 ID:sDHzCwEM0
「たまたま何か理由があって戻ってきたところだったのかもしれませんね。犯人は現場に戻るって言いますし」

 俺はその場の思いつきで適当に返事する。

「なるほど。それはあるかもしれんな。ならば、犯人は何故戻ってきたのか、という話になる。案外重要な証拠が残っていたのかもしれん」

 しかし、そんな俺の言葉に反応し、深く考察を始める会長。
 ……この人はどういうつもりでこんなことを言うのだろう?
 この人は犯人ではないのか?
 犯人はやはり外にいるのか?
 それとも会長以外の誰かが?
 新川さん?
 確かに新川さんにも古泉を襲う機会はあった。
 俺とわざとはぐれ、出くわした古泉を殴る。
 しかし新川さんは古泉を殴れても、田中さんを殺せない。
 事件があったとき、新川さんは俺たちと一緒に談話室にいたのだから。
 やはり犯人が会長でないとしたら、外に逃げたと考えるしかないのだが……。

 なんにせよ、今は古泉の回復待ちだ。
 古泉が意識を取り戻せば、何らかの手がかりを得ることが出来るだろう。

「部屋に戻るか」

 会長は部屋に戻っていった。
 俺は彼が自分の部屋に戻るのを見届けてから、談話室の方へ向かう。
 何となく、今彼に背中を見せる気にはならなかった。

150 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:39:59.09 ID:sDHzCwEM0
 談話室に戻るとそこには阪中とハルヒしかいなかった。

「他の人たちは?」

「谷口はキョン達が出て行ったあと、二階に上がっていったわ。もう一回携帯電話を試してみるって言って」

「ふーん」

「鶴屋さんたちはトイレに行きたいって」

「三人一緒に?」

「ええ。あと喜緑さんと森さんは、叔父さんと一緒に古泉君を部屋へ連れて行ったわ」

「ああ、それは知ってる」

 とりあえずの現状把握は出来た。
 とにかく部屋に戻ってこのびしょぬれの服をなんとかすることにしよう。
 俺は談話室を後にし、二階へと上がった。


151 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:43:43.89 ID:sDHzCwEM0
「お、谷口」

 着替えて廊下に出ると、ちょうど谷口と出くわした。

「よう、キョン。ごくろうさんだったな」

「電話どうだった?」

「電話? ああケータイか。駄目だ。どこに持って行っても通じねえわ」

「だろうな。この山全体がカバーされてないんだろうよ」

 談話室に戻る。
 談話室にいたのは相変わらずハルヒと阪中の二人だけだった。谷口は阪中の隣りに座り、俺は階段に腰掛ける。

「それで…外の様子はどうだったんだ? 何か手がかりはあったのか?」

 どうやら谷口はずっと二階にいたせいで事態をまるで把握していないらしい。

「それどころじゃなかったんだよ」

 俺は状況をかいつまんで説明した。ハルヒと阪中も不安げに耳を傾けている。

「古泉が殴られた…だと? 誰に?」

「犯人しかいないだろう」

「見たのか?」

「見ていない……誰も。殴られた古泉以外には」

152 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/03(日) 09:44:07.12 ID:ZAv9JQLlP
最短ルート回避w

153 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 09:48:01.65 ID:sDHzCwEM0
「それで怪我はひどいのか……それとも、もう」

 死んだのか、という言葉を飲み込んだようだった。

「それは分からない……今、新川さんたちが手当てをしてくれているところだ」

「まさか俺たちを一人ずつ順番に殺していこうってわけじゃないだろうな」

 コイツはまたとんでもないことを言い出した。
 ハルヒや阪中も一瞬ぎくりとした表情を見せた。

「馬鹿言うなよ! 何でそんなこと…!」

 ここに朝比奈さんたちがいなかったからよかったものの、どうしてお前はそう不安を煽る様なことばっかり言うんだよ。

「だけどよ、全員殺しておけば吹雪がやむのをこの中でゆっくり待てるじゃんか」

 全然黙りやがらねえコイツ。

「おまけに警察に通報するやつもいなくなるから逃げる方法もゆっくり考えられる」

 ハルヒと阪中が青ざめる。
 俺は谷口を睨みつけた。

154 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:01:43.84 ID:sDHzCwEM0
「な、なんだよ。正論だろ?」

 ああ、確かに正論さ。谷口。
 確かにこの吹雪の中を逃げるのはどう考えても自殺行為だ。
 むしろ、とりあえずどこかに身を隠し、誰かが外に出てくるのを待つ、という方がまだしも現実的だ。
 古泉にしても、別に確たる理由があって襲われたんじゃないのかもしれない。
 犯人からしてみれば、たまたま最初に目に付いた。
 だから、襲った。
 それだけのことなのかもしれないさ。
 そんなことくらい、俺にだって想像はつく。

 だけどよ。それをハルヒと阪中に教えて何になる。

 見ろよ。
 怯えてんじゃねえか。
 震えてんじゃねえか。
 お前も男だろ? しかも若社長なんて立派なことやってんだろ?
 なら、女の子を安心させてやれよ。
 そのためなら俺は、気休めに過ぎないとわかっていても、こう言うさ。

「そうだと決まったわけじゃないし、例えそうだとしても、俺たちが外へ出なければいいだけの話だろ。なるべく皆で一緒にいて、一人にならないようにすれば大丈夫だ」

「そんなこと言ったって、電話通じないのよ? 外に出ないでどうやって助けを呼ぶのよ」

 ハルヒに反論された。うそーん。


155 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:06:56.66 ID:sDHzCwEM0
「と、とにかく、朝まで持ちこたえれば大丈夫だ。あの寒さの中、朝まで生きていられるわけがない」

「なら、なおさら死に物狂いで襲ってくるんじゃないの?」

「そ、それは……」

 な、なんだ? なんで俺こんな、なんか怒られてるみたいな感じになってんの?
 えー? 俺が悪いの? うそーん。
 そうこうしているうちに、新川さんと森さんが二階から降りてきた。

「あ、新川さん。どうですか、古泉の具合は」

「一応意識は戻りました。ですが……」

 表情が暗い。
 重体なのか?

「何も見てないそうです。いきなりガツンとやられたそうで」

 ああ、表情が暗かったのは何の手がかりも得られなかったからか。


156 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:12:15.54 ID:sDHzCwEM0
「それで、もう大丈夫なんですか?」

「……どうでしょう。めまいがすると仰ってましたから、脳震盪を起こしている可能性もあるでしょうが……」

 そう言って新川さんは首を振る。

「それ以上のことは私には判断しかねます。少なくとも頭蓋骨が割れたり、なんてことはなさそうですが……」

「頭のどの辺を殴られてたの?」

 ハルヒが妙な質問をする。

「右のこめかみあたりですが」

 ハルヒは考え考え、話し始めた。

「右のこめかみを後ろから殴られたわけね。ということは犯人は右利きね」

「待てよ。後ろからとは限らないだろ」

 後ろからだとしたら、いよいよ会長が怪しくなってくるじゃないか。


157 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:17:27.25 ID:sDHzCwEM0
「なによ。だって犯人を見てないんでしょ? なら後ろからしかないじゃないの」

「お前は外の吹雪のすごさを知らないからそんなことを言うのさ。一歩先だって見通せないんだぜ?」

「それにしたって前に立ってたら殴られる前に気付くわよ。やっぱり後ろからなんじゃない?」

 そんな話をしていたら会長が談話室にやってきた。
 まずい。
 俺は慌てて言った。

「前じゃなくても横からかもしれないし、上からかもしれないだろ」

 ……上?

 自分でもいい加減に言った言葉だったが、何か引っかかる物を感じた。


158 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:22:56.52 ID:sDHzCwEM0
 そんな俺たちの会話に気がつかなかったのか、会長は何食わぬ顔でソファに座った。

「オーナー、彼の容態は?」

「素人目には大したことはなさそうですけどね。脳内出血でもしていたら翌朝ぽっくり、なんてことにもなりかねませんから、安心は出来ません」

「……それで、犯人の顔は?」

「見ていないそうです」

 会長がほっとしたように見えた……のは俺の気のせいなのだろうか?

「そうか…しかしこれから犯人はどんな行動に出るか分かったもんじゃない。皆出来るだけ固まっていた方が……ん?」

 会長は一旦言葉を止めると、周りを見渡した。

「あの女達はどうした? 喜緑もいないみたいだが」

「喜緑くんは先に降りてきているはずなんですが」

 新川さんが答える。

「……あの女の子達もトイレに行っただけにしては遅すぎますね。三人もいれば滅多なことはないと思いますが……」


161 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:28:08.62 ID:sDHzCwEM0
「喜緑さんは降りてきてないわよ。まだ上にいるんじゃないの?」

 ハルヒが新川さんの言葉を訂正する。確かに、俺も喜緑さんが降りてくる姿は見ていない。

「まだ降りてきていない…? まさか、死体のある部屋にいったんじゃあ……」

 新川さんが顔を曇らせる。

「死体のある部屋? どうしてそんなところへ……」

「何か気になることがあると言ってたんですよ。見るようなものではないからやめておきなさいと言っておいたのですが……」

「俺が呼んできますよ」

 会長が立ち上がる。
 顔には出さなかったが俺は内心、慌てた。
 犯人かもしれない彼を一人で二階に行かせていいものだろうか。
 どうする? 俺もついていくべきか?

「私が行くわ。彼女たち、寝てるのかもしれないし」

 俺が迷っていたら、ハルヒが腰を上げた。
 いや、それもどうなんだ?
 もし、犯人が外部にいたとして、古泉に顔を見られたかもしれないと思い込んで、とどめを刺しに戻ってきたら。
 そして、ハルヒと鉢合わせたら!
 駄目だ! そんな危険な真似をハルヒにさせられるものか!

「ハルヒ! ってもういねーし!!」

 ほんと行動はえーなアイツは!!

163 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:34:43.52 ID:sDHzCwEM0
 様子を見にいこうか迷っていたらハルヒはさっさと降りてきた。

「あのね…」

「どうした」

「それがね……彼女たち…その……三人だけでいるほうがいいって言うのよ。……他の人は誰も信用できないって」

「どういう意味です? 信用できないというのは」

 新川さんが驚いて聞き返すと、ハルヒは言いにくそうに答えた。

「つまり……私達の誰かが人殺しかもしれない、そう思ってるらしいの」

 これを聞いて驚いた様子を見せたのは新川さん、森さん、阪中の三人だけだった。
 多分、他の皆はその可能性を少しは考えていたのだろう。

「馬鹿な! 何故見ず知らずの人間を殺す必要がある!」

 新川さんが、珍しく強い語調でそう言った。


164 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:40:15.93 ID:sDHzCwEM0
「見ず知らずかどうか、どうしてわかる?」

 谷口が反論する。

「谷口さん…あなたまさか……」

「違う違う。俺がやったんじゃねえよ。でも新川さんにしろ、俺にしろ、他の奴等にしたって、あの田中って客と知り合いじゃなかったなんて証拠はないだろ?」

「そんな…」

「もしかしたら俺たちの中の誰かは、あの男のことをよく知ってたのかもしれねえ」

 新川さんは追い詰められたように皆の顔を見回した。

「君達も…君達もそんな風に考えていたんですか? 犯人は外に逃げたんじゃなくて、私達の中にいるんじゃないかと…考えて、いたんですか?」

 俺は会長の顔を見ないようにしながら頷いた。
 それは新川さんにとって、どうしても受け入れがたい考えのようだった。

165 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:47:41.55 ID:sDHzCwEM0
「しかし…しかしそんなことはあり得ない! 一体私達の中の誰に、あんなことをする機会があったんです? 人を殺し、あんなふうにバラバラにするのに一体どれほどの時間がかかりますか」

「……30分もあれば、なんとかなるんじゃないですか?」

 俺は少し考えて言った。
 あまり長く考えたくも無かった。

「手際がよければ、それで可能かもしれません」

 新川さんは頷いた。

「夕食後、そんな暇のあった人がいますか? 私や森さん、会長くんや喜緑くんは当然、片付けなどの作業をしていたし、君たちの殆どはここにいたはずです。外部の人間の仕業だと考えるのが一番自然でしょう」

 ガラスが割れた時姿が見えなかった。
 俺は今までそのことだけで会長を疑っていたが……。
 が、確かに考えてみれば、人をバラバラにする時間はなさそうだった。


166 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/03(日) 10:51:35.08 ID:YXhPpbXLP
おもしろいwwwwww
文章上手いな

167 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 10:52:56.81 ID:sDHzCwEM0
 整理してみよう。
 夕食の終わったのが8時頃。
 食堂を出ると鶴屋さんたちが脅迫状の件で騒いでいた。
 その後、谷口・阪中が降りてきて、新川さん・森さん、女の子三人組が一緒になる。
 そして古泉が遅れて到着したのが八時半ごろ。
 これ以降、事件発生まで会長以外の全員が談話室にいたことになる。
 ……やはり、会長にはぎりぎり犯行の機会があったように思える。
 が、あえて口にするのはやめた。

 ん…!?

 突然俺は皆が重要な点を見落としていることに気がついた。

「ちょっと待ってください。新川さんは今、中にいる人間には死体をバラバラにするような時間はなかったと言いましたよね?
 じゃあ犯人は一体いつ犯行を行ったというんです? 犯人は一体いつこのペンションの中に入り、いつ田中さんを殺したというんです?」

「いつと言われても…」

 新川さんは困惑した様子で答えた。

「じゃあ時間は別として、どこから入ったというんです? 窓なんかはちゃんと閉まっていた。正規の入り口から入ってくれば誰かの目に留まったでしょう」

「二階の窓を割って入ったんじゃないの?」

 森さんが驚いて聞く。
 そう、そこだ。
 そこを皆見落としている。

168 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:02:32.34 ID:sDHzCwEM0
「ガラスの割れる音が聞こえたのは死体を発見する直前ですよ? 俺たちがあの部屋に踏み込むまでせいぜい15分くらいしかかかっていない。
 いくらなんでもその間に死体をバラバラにするなんて出来るはずが無い」

「確かにそうね……じゃあ、入る時は割らずに入ったのかも」

 森さんがよく分からないことを言い出した。

「あの人が窓を開けて中に入れたのかもしれないわ。田中さんが」

 突拍子も無い考えだと思ったが、それも確かにありえないことではない。

「それならいつ入ってきていたとしてもおかしくはない、か。夕食を終えて戻ってきた田中さんとやらを殺してバラバラにする時間は十分にある」

 会長の口調にはどこかほっとしたようなところがあった。
 自分が疑われていたことに感づいていたのかもしれない。

「そういえば…」

 会長が急に何かを思い出したようにきょろきょろとまわりを見渡した。

「喜緑は? 喜緑はどうしたんだ?」

「あ」

 ハルヒが口を押さえた。

169 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:08:09.71 ID:sDHzCwEM0
「言い忘れてたけど、喜緑さん、見当たらないの。あの…死体の部屋にはちょっと入る気がしなくて、呼んではみたんだけど、返事が無いの」

 全員、顔を見合わせた。
 犯人が二階の窓から入ったんだとしたら、また同じようにする可能性はある。ガラスはもう割れているのだ。
 俺がそう言うと新川さんは絶句した。

「まさか……」

「そりゃちゃんと探さねえと。早くしねえとバラバラにされちゃうかもしれないぜ」

 てめえ谷口いい加減にしろこの野郎。

「縁起でもないことを言わないで下さい!」

 さすがに新川さんも声を荒げた。

「だが、早く見つけて一緒になるにこしたことはないだろう。あの三人もな」

 会長が言った。俺もその意見には賛成だ。

「皆で探しに行きましょう。離れ離れにならないようにして」

「そうですね。では谷口さん、阪中さん、一緒に二階へいらしていただけますか」

 俺たちはまた念のために武器を手にして、一丸となって二階へと上がった。
 新川さんを中心に囲むようにして、全員、田中さんの部屋の前に立つ。
 新川さんはドアを開けようとして、一瞬ためらった。死体に近づくことに抵抗があるんだろう。
 新川さんはひとつ、大きく息をつくと、ゆっくりとノブを回した。

170 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:13:19.93 ID:sDHzCwEM0
 冷気が部屋から流れ出す。

「喜緑くん? いますか?」

 返ってくるのは風の唸りだけだ。
 新川さんはストックを持ってバスルームを覗く。
 俺たちは入り口でそれを見守っていた。
 新川さんは恐る恐る死体のある辺りを見ると、すぐに戻ってきた。

「やはり、ここにはいないようですね」

「オーナー! ちょっと!」

 会長が廊下から新川さんを呼んだ。

「なんです?」

「シャミセンが……」

 にゃおーん。と猫の鳴き声。
 会長が廊下の突き当たりを指差す。
 さっき調べた物置だ。
 その前で、三毛猫のシャミセンがにゃあにゃあ鳴いている。

171 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:18:27.24 ID:sDHzCwEM0
 新川さんは黙って歩き出した。
 シャミセンが俺たちに気がつく。
 にゃあにゃあ、にゃあにゃあといっそう激しく鳴きだした。
 新川さんは物置のドアノブに手をかけたが、なぜかためらっている。

「なんだよ、猫が鳴いてるだけじゃんか。そこはさっき……」

 谷口がぶつぶつ文句を言う。
 しかし誰も聞いていない。
 新川さんはドアを開けた。











 喜緑さんは、そこにいた。




172 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:24:13.33 ID:sDHzCwEM0
 喜緑さんは、まるで人形か何かをしまっておくみたいに、体を折り畳まれ、無造作に押し込められていた。
 目は大きく見開き、俺たちを見ておどろいているみたいに見える。

 でも、その瞳はぴくりとも動かなかった。

「喜緑……」

 会長の呟く声が聞こえた。
 新川さんが喜緑さんの手をとり、脈をみる。
 ……新川さんは何も言わずに首を振った。

「おいおい…なにしてんだよ……何死んでんだよおい……」

 会長が喜緑さんの前に跪く。
 血が絡んだ髪の毛に指を通す。
 会長の口は、笑みの形に歪んでいた。

「しち面倒くさい生徒会の業務を俺に押し付ける気か? お前が仕事を全部担うっていったろう。俺はお飾りでいいっていったろう。
 だから俺は……ふざけるなよ。起きろ。起きろよ。起きろ。起きろ。起きろぉ!!」

 会長が床を殴りつける。
 俺は、ただ呆然とその姿を見つめていた。

 喜緑さんは、殴り殺されていた。


173 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/03(日) 11:25:52.21 ID:aMToT7bU0
犯人を知っていようが、
楽しめるのがかまいたち。

174 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:29:28.94 ID:sDHzCwEM0
 ―――蝉の声が聞こえる。
 暑い。
 風通しのいい半袖のシャツを着ていても、溢れる汗は止まらない。
 夏。
 夏だ。
 肌を切り裂く雪も、指先を凍らせる風もあり得ない。
 照りつける太陽がじりじりとアスファルトを焼いている。
 そんな街の中を、俺は歩いていた。

「……あれ? 俺、今まで何してたんだっけ?」

 自分が何をしていたのかが把握できない。
 携帯電話を取り出す。当然圏外ではない。
 予定表を確認する。
 SOS団の活動予定も今日は入っていない。
 とすると、俺は本当にただの散歩をしていた、というだけらしい。
 あー、まずいな。
 自分が直前まで何をしていたか思い出せないなんて、相当まずいだろう。
 俺はそんなに暑さにやられてしまったのだろうか。
 これはいかん。早急に冷たい飲み物でも摂取して、脳みそをクールダウンする必要がある。
 喫茶店にでも行くか。
 喫茶店といえば、確か喜緑さんがバイトしていた店があったはずだ。


175 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/03(日) 11:32:26.65 ID:2tb5u6N7O
この現実とどう繋がるか見物だな

176 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:34:37.66 ID:sDHzCwEM0
 喫茶店に喜緑さんはいなかった。
 俺に注文を取りに来た店員さんに尋ねてみる。
 今日は喜緑さんはお休みなんですか?

「それがあの子、今日無断欠勤してるのよ。今までそんなことしたことないのに。あなたあの子の知り合い? 何か知ってることないかな?」

 知ってることなんてあるはずないじゃないですか。
 俺はエスパーじゃないんですから。
 うん、冷たい飲み物を取って頭もシャッキリしてきたぞ。
 もう少し、散歩を続けてみることにしよう。
 久しぶりに、川原なんかを歩いてみるのも、うん、いいかもしれない。

177 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:39:19.60 ID:sDHzCwEM0
 川原で喜緑さんが死んでいた。
 鉄橋の真下の影に、喜緑さんはその身を横たえていた。
 左のこめかみの辺りがぐずぐずに潰れてしまっている。
 その目はまるでびっくりしたように俺のほうを見ていて、だけど、その瞳はぴくりとも動こうとはしない。

 は。

 なんだこれ?

 俺は苦笑いを浮かべながら辺りを見回す。
 雑草が足首まで生い茂ったその川原には俺のほかに人影はない。

 はっはっは。

 これは一体どんなドッキリなんだ?
 まったくタチが悪いぜ。
 主催は誰だ?
 出て来いよ。
 ぶん殴ってやるから。


178 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:46:32.22 ID:sDHzCwEM0
 誰も来ない。
 時間だけが経過する。
 喜緑さんの顔をアリが這っていく。
 汗が止まらない。
 どくんどくんと心臓が鳴りすぎて痛い。
 喜緑さんを見る。

 同じだ。

 同じだ、ちくしょう。

 あのペンションでの死に様と、おんなじだ。

「うああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
 そういうことか?
 そういうことなのか?


 今俺が巻き込まれているのは、そういうことなのか!?

180 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 11:55:41.49 ID:sDHzCwEM0
「は、ぐ、ふ……!」

 うまく呼吸が出来ない。
 俺のちっぽけな脳みそは既に混乱の極みに達している。
 それでも、たったひとつの、非常にシンプルな結論だけは理解してしまう。

 あのペンションで死んだ人間は、現実でも死ぬ。

 虚構の死が、現実に反映されている。

「ぐ、ぐうううううううう!!!!」

 怖い。
 いやだ。
 もうあのペンションには戻りたくない。
 だってあそこには、朝比奈さんがいる。古泉がいる。鶴屋さんがいる。谷口がいる。阪中がいる。生徒会長が、新川さんが、森さんがいる。

 ―――ハルヒが、いる!

 死なせたくない。これ以上事件を進行させたくない。
 あそこにいる連中をこれ以上誰一人死なすわけには―――!

 ……いや、待て。

 あそこにいる連中を、これ以上、誰一人として?
 違う、俺はあと一人の登場人物を忘れている。


181 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:00:07.35 ID:sDHzCwEM0
 思い出してみれば簡単な話だった。
 混乱していた頭はあっという間に冷えた。

 朝倉涼子。

 なぜお前がそこにいる。

 かつて俺の命を何度も危ぶませたヒューマノイド・インターフェース。
 殺人という言葉とあっさりイメージが結びついてしまう女。
 そうだ。アイツがあそこにいる以上、答えはひとつしかない。
 携帯電話を取り出す。
 かける。
 コールは2回。
 出た。
 だが、向こうは無言だ。名乗ろうともしない。
 かまうものか。
 俺は電話の向こうのそいつに向かって呼びかける。

「助けてくれ――――――――――――――長門」


182 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:04:19.75 ID:sDHzCwEM0
 電話を切ってから、長門はあっという間に現れた。
 本当にあっという間だった。
 電話を切って、ポケットにしまって、振り向いたら目の前に長門がどん、と降りてきた。
 長門の足首は地面に埋まっていて、その足を中心に大地に亀裂が走っている。

「長門、つかぬことを聞くが」

 長門は足を地面から引き抜きながら、俺のほうを見る。

「お前、今どうやってここに来た?」

「飛んできた」

 俺の問いに、首を傾げながら答える長門。

「それは、舞空術的な意味で?」

 俺の問いに、首を小さく横に振る長門。

「跳躍」

 ああ、そう。つまり大ジャンプ的な意味で、飛んできたんだ。
 長門のマンションから、ここまで?
 直線距離にして10kmは優に有ると思うぞう?
 まったく、相も変わらず頼もしい奴よ。
 不安もどっか飛んでっちまうぜ。

183 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:08:41.63 ID:sDHzCwEM0
 どうやら俺の声にただならぬものを感じた長門は俺のところまで(文字通り)飛んできてくれたらしい。
 その手段には唖然とさせられたが、その心には素直に感じ入るばかりである。
 長門が俺の背後に目を向ける。
 そこには、変わり果てた喜緑さんの姿があった。

「……あなたが?」

「ば、馬鹿いうな!」

「そう」

 長門は俺のそばを通り過ぎ、喜緑さんの体の側に立ち、そのままじっと喜緑さんを見下ろす。

「状況の説明を」

 長門に促され、俺は頷く。
 そして、ことのあらましを出来るだけ詳しく、細部に至るまで説明した。


184 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:14:16.51 ID:sDHzCwEM0
「そう」

 俺の説明を聞き終えた長門はただ一言、そう呟いた。

「そして、お前に確認したいことがあるんだ、長門。あの世界には朝倉がいた。ってことはつまり、これはアイツの仕業なのか?」

「情報統合思念体の急進派が事を仕掛けている可能性はある」

「やっぱりそうか。というかこの状況、それしか考えられないもんな」

「しかし、断定は出来ない。もう少し情報を集める必要がある」

 長門は喜緑さんのそばにしゃがみ込むと、その手を喜緑さんの目の前にかざした。
 長門の口が高速で動く。喜緑さんの体が、光の粒になって消失していく。

「お、おいおい! 長門!?」

「このまま放置しておけば騒ぎになる」

「しかし、その、現場の保存とか、そういうの、大丈夫なのか」

「元々ここには彼女を殺害した物的痕跡は存在しない。……『向こう』の世界ではわからないけれど」

「そ、そうか」

「それより」

 長門は立ち上がり、俺の側まで歩み寄ると、俺の手を取った。その柔らかな感触に、それどころじゃないのにちょっとドギマギしてしまう。

「まずはあなたを守ることが先決。私の部屋に来て欲しい」

185 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:17:42.35 ID:sDHzCwEM0
 長門曰く、今後俺があちらの世界に引き込まれないよう部屋に結界を張るらしい。
 もちろんそれを断るようなことはしないが、少しだけ気になることがある。
 一体俺はどれくらい長門の部屋に留まる事になるのだろう。
 三日くらいなら友達の家に泊まるとか何とか言って家族を誤魔化すことは可能だろうが、それ以上となると許可はでるまい。
 よしんば三日で済んだとしても、長門の部屋で俺は三日を過ごすことになるわけだ。
 長門の部屋で、である。
 つまり長門と二人きりである。
 そして俺は若いオトコノコなのである。
 これは何かとまずいんではなかろうか。
 ああ、そうか。いつかの七夕みたいに解決まで俺は寝ておけばいいみたいな話か。

「違う。私の部屋から出ない限りにおいて、あなたの行動を束縛する理由は無い。好きに振舞ってくれてかまわない」

「す、好きにしてだと……?」

 俺の耳は妙な誤変換を起こしていた。

「ちなみに長門。事態の解決にはどれくらいかかりそうだ?」

「おそらく明日には問題は解決に向かうと思われる」

 なんだ……一日で済んじゃうのか……。
 は! が、がっかりなんてしてないぞ!

「……そう」

「こ、心を読むんじゃない長門!!」

 そんなこんなで、長門宅に到着である。

186 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:21:20.05 ID:sDHzCwEM0
 もう何度も足を運んでいる長門の部屋に到着する。
 長門はドアを開けるとさっさと中に入っていった。
 一応おじゃまします、と声をかけてから靴を脱ぐ。
 短めの廊下を抜けると、そこは見覚えのあるあの殺風景なリビングルームになっていて……。

 あれ?

 何だこの違和感?

 俺は部屋を見回した。
 カーテンもついていないガラス張りの窓。
 部屋の真ん中に置かれたこたつ机。
 壁際に鎮座するテレビ。

 テレビ。

 テレビ?

 違和感の正体はコレだ。
 おかしいじゃないか。
 そんなものが長門の部屋にあるなんて。
 そして。

 そしてそしてそしてそしてそして。

 その前に置かれたゲーム機。


 電源は、既に入っている。

187 ◆QKyDtVSKJoDf :2010/10/03(日) 12:25:24.96 ID:sDHzCwEM0
「長門……?」

 長門はテレビの方を向いたまま俺のほうを振り向かない。
 音楽と共に画面に文字が躍り始める。

 ペンション『シュプール』へようこそ。
 お客様のお名前は キョン 様。
 おつれ様は ハルヒ 様ですね。

「長門!」

 長門は振り向かない。
 俺は長門の肩に手を伸ばす。
 だが、その手が届く前に、俺の視界が暗転していく。

 嘘だ。

 長門。

 嘘だと言ってくれ。

 暗転していく視界の中で、長門はようやく振り向いた。
 その顔はもうよく見えない。

「大丈夫」

 最後の最後、意識が途切れる瞬間、長門のそんな声が聞こえた気がした。

かまいたちの夜 特別編
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2010/10/07 17:50 | CM(1) | ハルヒ SS
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  1. 774@いんばりあん [ 2010/10/07 20:05 ]
  2. おお、これはおもしろい
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