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1 [saga]:2017/03/31(金) 01:55:17.83 ID:irS+EJtK0
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1 [saga]:2017/03/31(金) 01:55:39.82 ID:irS+EJtK0
◇◇◇
休息は如何なる存在にも必要だ。
それは、強力無比な魔力を保有していたウィールド・ドラゴン種族も例外ではなかったらしい。
ウィールド・ドラゴン=ノルニル。
あるいは単に天人とも。彼女たちはかつてキエサルヒマ大陸に漂着した人間種族を迎え入れ、庇護してくれた存在である。
天人の容姿は、ドラゴン種族特有の緑眼を除けば人間とほぼ変わらず、両者の間で混血が生まれるほどだった。
紆余曲折あって天人は大陸から姿を消したが、彼女達が何も残さなかったわけではない。
天人との混血は魔術を行使できる人間種族、所謂魔術士の誕生を齎したし、
もっと直接的に、彼女たちの強力な魔術が込められた遺産が大陸各地にばら撒かれていた。
(まあ、遺産なんて呼び方は、人間が勝手に言ってるようなもんだけどね。
言外にこれは我々のものだー、なんてアピールしちゃって、ほんと意地汚いっていうか)
そんな風に胸中で他愛もない愚痴を零しながら、彼女――アザリーはため息をついた。
アザリー。不動産を持たない為、家名はない。
現在は魔術士養成施設である≪牙の塔≫のチャイルドマン教室に在籍している。
彼女は強力な黒魔術士で、同時に白魔術の素養すら持つ怪物であるが、
専攻しているのは主に滅びた天人種族に関することだった。そこには当然、彼女達の遺産に対する取り扱いも含まれている。
天人の魔術は、声を媒介にする人間種族の音声魔術とは違い、魔術文字を用いて構成を編むため沈黙魔術と呼ばれている。
この魔術の特性は、その保存性にあった。
風に紛れてしまう声とは違い、文字は記せば半永久的に残る。
つまりは魔術の効果を長時間維持できるし、また、天人以外の者でもその力を行使することができるというわけだ。
彼女たちの残した魔術的な道具が遺産と呼ばれるのは、この辺りが原因だった。
とはいえ、誰もが遺産の力を十全に発揮できるわけではない。
手に取っただけで効果が発動するような危険極まりない道具もないではないが、
おおむね、彼女たちの遺産にはセーフティが掛けられていた。
つまりは、彼女たちの魔術である沈黙魔術、
それに使用される魔術文字の意味を理解しているものだけが正しく効力を発動できる、というものだ。
(といってもねー、いちいち魔術文字解読するのもかったるいのよね。
一週間徹夜して解読した結果が意味不明なポエムだったりしたら、
思わず全方向無差別に憂さ晴らししちゃいそうだし……さすがにそれは不味いって私でもわかるわよ)
もっとも、不味いと理解していながらそれを実行してしまうであろうことが、彼女が彼女である所以でもあった。
「まあ、そんなわけで……」
呟いて、アザリーは自分が腰かけている緑色の台座に指を這わせた。
その台座は、まるで大理石のような光沢と硬質さを併せ持った物質で出来ている。
高さは40センチ程で、人がゆったりと横になれる程度の大きさだ。
この台座の本来の用途を考えれば、それは当然のことだといえた。
アザリーの指が描いた軌跡をなぞるように、台座の上に光の文字が浮かび上がる。
やがて文字はひときわ強い光を放つと消失した。それと入れ替わるように、それまで石のようだった台座が性質を変化させる。
(全部、このくらいわかりやすければいいんだけど)
柔らかく、そして適度な弾力がある物質に変じた台座に寝転がりながら、アザリーは満足げに息を吐いた。
その台座は天人種族が使用していたと思われるベッド(のようなもの)だった。
わざわざ硬質化させているのは、きっと水洗いしやすいようにしたのだろう、というのがアザリーの見解である。
「……意外と寝心地良いわね。一個くらい持って帰ってもばれないかしら?」
辺りを見渡せば、緑を基調とした広い部屋の中に、同じ台座がいくつも設置されていた。
およそ、十数個といったところか。また、この遺跡にはこれと同じような部屋がいくつもある
そう、遺跡。ここは、かつて天人種族が生活していた場所の一つだった。
「ま、ここの用途を考えればそんなに危ないこともないでしょうけど、頼んだわよ二人とも。起きた時には全部終わらせてくれてると……」
無責任にそんなことを言いながら、天魔の魔女は静かに寝息を立て始めた。
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