1 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:48:34 ID:Eom
女「久しぶりですね。わざわざ来てくれるなんて」
男「告知、見たからな。……こんなことになるまで会いに来なかったくせに、何をいまさらとは思うけど」
女「いいんですよ。たぶん、仕方ないことだったから」
女「それにほら。わたし、会いに来ないでくださいって言っちゃいましたし」
男「あれは強がりだろ。わかってたのに、俺は……」
女「もう。いいじゃないですか、半年も前のことなんですし。年下のわがままは聞いてあげるものですよ?」
女「――――それに、ほら。一緒にいると、どうしても手を伸ばしたくなりますからね」
女「こうして会ってくれただけで、御の字です」
男「それだけで終わらせるつもりはない」
男「なあ。俺と一緒にいてくれないか?」
2 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:49:36 ID:Eom
女「――――」
女「男くん。わたしの話、聞いてました?」
女「わかってくれると思ったんですけどね。一緒にいたら胸が苦しいって、そう言ってるんですよ?」
男「わかってる」
男「俺のわがままだってことも、わかってる」
女「だったら、」
男「それでも頼む。俺と一緒にいてほしい」
女「……、何かあってからじゃ、遅いんですよ?」
男「それくらいの覚悟はしてる」
女「わたしはそんな覚悟できません」
男「それでも、だ。最後まで、俺と一緒にいてほしい」
3 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:50:06 ID:Eom
女「…………はあ」
女「後悔はしないんですね?」
男「ああ」
女「わたしを傷つけることも、わかってますよね?」
男「……ごめん」
女「ならいいです。申請出してみます……許可、出ました」
女「ちょっと待っててください。外出用の服をもらってきます」
4 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:50:44 ID:Eom
男「派手だけど、似合うよ。これまで見たことない系統の服だから、なんか新鮮だな」
女「服飾規制がなければ、こんなの着る機会はありませんでしたよ……」
女「かなりどぎつい赤です。本当に似合ってます?」
男「誰よりも似合ってるよ。女はさ、その……美人だから、余計な」
女「へえ、男くんも成長しましたね。面と向かって女性を褒められるようになるなんて」
男「かなり無理してるだけだよ……女に言うのでさえ、歯が浮いちゃいそうだ」
女「そうですか。じゃあこれから、たくさん言ってくださいよ?」
女「今まで言えなかった分と、これから言いたかった分と」
男「はは、胃に穴が空くかも」
男「だが頑張ってみるよ。思ってることを口にするだけなんだ、難しいわけない」
5 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:51:24 ID:Eom
女「外に出たはいいですけど、どこか行きたいところでもあるんですか?」
男「まずは地元に行こうと思ってたけど。帰るの、嫌か?」
女「んー。複雑なところですね」
女「とりあえず、人の多い場所は避けたいです。迷惑かかりますし」
男「確かにな。ここ、行きは混んでて大変だったのに、今は皆が道を譲ってくれるし」
男「モーゼが海を割ったあれを思い出す」
女「そりゃそうですよ。男くんだって、警告音が出てるんじゃありませんか?」
男「女と会う前に切ったよ。やかましくて仕方ないし」
女「それはそれで危なっかしいですけど……わたしは警告が出ますから、そんな離れないようにしてくださいね」
男「わかった」
6 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:52:36 ID:Eom
男「今のうちに聞くけど、行きたいところはないのか? 要望があるなら行き先を変えるし」
女「んー、久々に実家まで行きたいとは思うんですけどね。ただ、知り合いにはあまり会いたくないというか」
男「なら補正しながら歩くか。俺としては、こんだけ美人な女を見せびらかしたくもあるけどな」
女「あ、そんなこと言っていいんですか? 他の男性がわたしを口説いちゃうかもしれませんよ?」
男「よし、誰もいないルートを探して歩くぞ」
女「男くん、相変わらず単純ですねー。扱いやすくて楽ちんです」
男「そろそろ付き合い長いのに、この関係だけは変えられなかったか……」
女「まあまあ。そう悪いものでもありませんよ?」
女「昨日と今日が等記号になることを、多くの人が求めてるって統計に出てましたからね」
7 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:52:55 ID:Eom
AI「乱数を確認」
AI「運命修正開始」
AI「完了」
8 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:54:21 ID:Eom
女「おおっ。もう半年が経ちますけど、まだ残ってるんですね」
男「再建計画は……まだ一〇〇日以上あるな。どうする、入るか?」
女「んー。でもここ、わたしの家じゃないってタグついてますし」
女「そういえば、家の中ってどうなってるんですか?」
男「家財関係なら女の親戚が引き取ったみたいだな。今はもうがらんどうになってるはずだけど」
女「ちぇ。男くんがくれた指輪くらい、しようかなと思ってたのに」
男「……うちにあるぞ、あの指輪」
女「え、どうしてです?」
男「頭を下げて、どうにか許してもらった。ほら、情報タグを見れば、俺が贈ったものだとはわかるし。……高いものじゃないぶん、何とかなった」
女「値段は重要じゃないんですよ。あの意気地と勇気のない男くんがくれたってことが大事なんです」
男「どうして俺、そこまでこき下ろされなきゃいけないんだよ」
女「自分の胸に聞いてください」
女「とりあえず、男くんの家に行きましょうよ。指輪、もう一度プレゼントしてほしいです」
9 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:55:05 ID:Eom
男「お待たせ。ほら、指輪」
女「うふ」
男「うふって」
女「も、もう、いいじゃないですか! 私物の一切が持ち込み禁止だったので、この指輪、泣く泣く諦めたんですよっ?」
女「こうしてまたわたしの手に戻ってくるなんて……感激です」
男「良かったな。それじゃ手を出せよ」
女「はい?」
男「指輪、つけてやるから」
女「――――」
女「ダメです。そんなこと、絶対にしないでください」
10 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:55:42 ID:Eom
男「そう嫌がるなよ。俺がやりたいだけなんだ」
女「男くん。箱だけ開けてください。自分で取りますし、自分で指にはめますから」
男「でも、これをプレゼントした時はさ」
女「男くん」
男「……悪い、わがまま言った。ほら」
女「ありがとうございます」
女「――――うふ」
男「そのうふって笑い、やめないか?」
女「細かいことは気にしちゃいけません」
女「……こうして指輪をはめてみたら、何というか、ちょっと自分を取り戻したって感じです」
男「そっか」
11 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:56:20 ID:Eom
女「ところで男くん、わたしの好きなところに連れてってくれるんですよね?」
男「そのつもり」
女「ならわたし、真っ青な海と、満点の星空と、遠い地平線に沈む太陽が見たいです」
男「おお、ずいぶん要望があるな」
女「ダメでした?」
男「まさか。たださ、これまで自分のやりたいこととか、優先して来なかっただろ?」
女「そうですね」
女「……まあ、最後ですし」
男「ああ……そっか」
女「男くんこそ、覚悟してくださいよ?」
女「わたし、明日には死んじゃうんですから……それまで、たくさんワガママ言いますからね?」
13 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:57:26 ID:Eom
◇海
女「季節外れですから、ほとんど人がいませんね」
男「静かな海ってのもいいもんだろ?」
女「ええ」
女「男くんはこんな話を知ってます?」
女「地球の気候を完全に掌握して、快適な世界を維持できるようになっても、日本人は夏の海に憧れるみたいです」
男「ああ、それか。でもそれは」
女「ええ。たった二〇年くらいで崩れ始める価値観だとか」
女「若い人ほど、いつでも入れるようになった海に順応してしまう」
女「夏といえば海、って考えは骨董品になるって聞きました」
男「特定経過予測、な。でも予測は予測だろ?」
女「外れたことがない予測でも、男くんはそう思います?」
14 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:58:32 ID:Eom
男「夏の海に憧れるのってさ、うだるくらい照りつける日差しや、集まった人の熱気に影響されると思うんだよ」
男「だからいつでも入れるようになった海は、きっと何だか味気ない」
男「価値観が変わったっていうより、価値を失ったんじゃないかなって思うよ」
女「……うふ」
女「男くんって意外とロマンチストですよねー」
男「うっさい」
女「せっかくかっこいいこと言ったのに、それじゃ子供っぽいですよ?」
男「俺はまだ大人になりきれないから、こうして海まで来てるんだよ」
女「わたしが大人になれないから、海に連れてきてほしいと思ったみたいに?」
男「たぶん、な」
15 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:59:14 ID:Eom
男「寒くないか?」
女「まだ大丈夫ですよ。もうちょっとしたらダメかもしれませんけど」
男「冬の海だしなあ」
女「普通の恋人同士だったら、ここでくっつきながら暖をとったりするんでしょうけどね」
男「やってみるか?」
女「やりませんー。わたしをそんな安い女と思われては困りますよ?」
男「ウチに宿題をやりに来てたころ、さんざん俺を枕にした女がそれを言うのか……」
女「やー。手を出してこないとわかってる相手なので、つい油断したと言いますか」
男「今からでも襲うぞこら」
女「そんな勇気もないくせにー」
女「……あ、本当に襲わないでくださいよ? わたし、泣いちゃいますから」
16 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)20:59:50 ID:Eom
女「冗談はさておき、お腹がへりましたね」
男「海の家がやってたらいいのにな」
女「商売時期を間違いすぎて、どう考えても潰れちゃいますね」
男「かといってお店に入るわけにもいかないからな。お持ち帰りできそうな、ファーストフード以外の店がないもんかな」
女「ずいぶん贅沢な要求です」
男「ここまで来てハンバーガーというのもがっかりだろ?」
男「――ん、いや、あるみたいだな」
女「おお、調べてみるものですねー」
男「焼きそばだけ持ち帰れるみたいだ。海を見ながら食べようか」
女「やっぱり海といえば焼きそばですよね」
男「おおざっぱな味が魅力だよな」
17 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:00:23 ID:Eom
女「安っぽい透明なパック、割り箸、ソースの香り……はわかりませんけど。うふ、あのお店はロマンがわかってますね」
男「けどそれにしたって寒いよな。いっそたき火でもしてやろうか」
女「おー、男くんってば悪い人ですね」
男「うぐ……っ」
女「? どうしました?」
男「な、なんでもない。ちょっと罰則の対象になったみたいで、痛覚刺激されただけ……」
女「え? まさか本当にたき火しようとしたんですか!?」
男「俺はいつだって本気だ」
女「何やってるんですか、もう……大丈夫ですか? 痛みは治まりました?」
男「一瞬だけだったから平気だよ。かなり痛かったけど」
女「ならいいです。でも心配させないでくださいよ」
女「だってほら。もしかして、って思っちゃいますし」
18 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:00:51 ID:Eom
男「そのもしかしてが起こるようなら、外出許可なんて取れないだろ?」
女「わかりませんよ? 未来にはいつだって誤差が含まれる、って予測してる人工知能自体が言ってるんですし」
男「だったらいっそ、別のもしかしてでも起きてほしいもんだよ」
女「例えばなんです?」
男「明日が永遠にこない、とかな」
女「……ダメですねえ、男くんってば」
女「そういう、変なことばかり言って」
男「泣くなよ」
女「まさか、泣いてませんよ。わたしもきっと罰則に触れちゃって、涙腺を刺激されたんです」
男「そうだな」
男「……胸、貸せなくてごめんな」
19 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:01:26 ID:Eom
女「もう平気です。体罰を乗り越えました」
男「確かに体罰ではあるがな……」
男「よし、じゃあそろそろ移動するか」
女「あれ? 夕焼けや星空もここで見るんじゃないんですか?」
男「地平線って言っただろ? 海で夕焼けを見たら水平線だし」
女「でもほら、思いつきで言ったことですし……わたしはここで構いませんよ?」
男「俺にも意地ってものがあるんだよ。車は手配してあるし、早く行こう」
女「もう、男くんってこんな時だけ強引なんですから」
男「強引じゃない時ってどんなだよ」
女「わたしと二人きりだった時じゃないですかねー」
男「……置いてくぞ」
女「短気な人は嫌われますよ?」
20 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:02:01 ID:Eom
女「ところで、今度はどこまで連れて行ってくれるんですか?」
男「放棄特区だな。あそこなら地平線だし」
女「はい? いやいや、入れるわけないじゃないですか」
女「空気の汚染度合いが世界でもワースト二位とか三位らしいですよ?」
男「でも行き先に設定できたぞ」
女「そんなはず……男くん、一体どんなコネを手に入れたんですか?」
男「コネがあろうが、黙認されてなきゃ痛覚刺激どころじゃないだろ」
男「最後の計らいじゃないか」
女「そんな人情味ある判断、されますかねえ」
男「どっちにしろ、行けるんだから行くだろ。これがバグだろうが、計算された運命だろうがな」
21 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:02:53 ID:Eom
◇放棄特区
女「うわー、見事に何もありませんね」
男「資源になりそうなものは、根こそぎ特区外に運んじゃったんだろうな」
女「……男くん、体は大丈夫ですか?」
男「中和剤を飲んだし、夕焼けを見る時間くらいはな」
男「そういう女こそ平気か?」
女「わたしはあれですよ、ほら。痛覚は取り除かれてますし」
女「感覚器はかなりぐちゃぐちゃに調整されてますからねー。ちょっと空気が悪いくらいじゃびくともしませんよ?」
女「それに明日には死んじゃいますし、心配する理由もないです」
男「心配するに決まってるだろ」
男「女は今、生きてるんだから」
女「……」
女「まったくもう。どうしてそういうこと、もっと早くに言えなかったんでしょうね」
22 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:03:54 ID:Eom
男「それより、女。もう日が沈むぞ」
女「――――良かった。わたしの目でも、まだ夕焼けは綺麗なままですね」
女「わたし、夕焼けって好きなんです。一日の終わりだって思うと悲しいですけど、明日につながってるんだって思うとわくわくします」
女「わたしがいない明日だとしても、世界はこんなにも綺麗だから」
女「きっと男くんも幸せになれるって、思いたくなりますよ」
男「そうだな」
男「俺はさ、今この時の幸せを大事にして、のんびり生きてみるよ」
男「どんな時も……いや、時々でいいな、女のことを思い出しながら」
女「そうしてください。あんまりわたしの思い出にひたられても、恥ずかしくなっちゃいましす」
男「よし、最後は星空だな」
女「また移動するんですか?」
男「夕焼けはにじむくらいで何とかなったけど、空気が綺麗なところじゃなきゃ星空は厳しいだろ」
男「どこか、人がほとんど住んでない山奥にでも移動するよ」
女「今日だけでずいぶん遠くに行こうとしますね、わたしたち」
23 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:04:26 ID:Eom
女「それじゃあ車に戻りましょうか」ガクッ
女「……あ、れ」
女「変、ですねえ。足、動かそうとしてるんですけど」
男「女!」
ガシッ
男「大丈夫か!? 体、他に異常は?」
女「……」
女「…………!」
女「触らないで! 離れてください!!」
男「っ」
女「そんな、どうして……なんで触っちゃうんですか……!」
女「ずっと我慢してたのに! 男くんまで感染したら、わたし……っ」
24 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:04:54 ID:Eom
男「…………大丈夫だよ、きっと」
男「これくらいのこと、予測できなかったわけがない」
男「それかさ、今くらいの接触なら、きっと感染はしないんだよ」
男「だからこうして、ここまで連れてくる許可も出てる」
女「そんなの、何の保証にもならないじゃないですか……」
女「どうして……? だって、男くんまで同じことになったら、わたし……」
男「ほとんど服にしか触ってないから、大丈夫だって」
女「……男くん、帰りましょう」
女「今すぐ検査して、何か対処してもらえば、発症しないですむかもしれません」
女「だから」
男「星空を見に行くんだ。その後な」
女「そんなのどうだっていいんです!」
女「……ねえ、男くん、帰りましょうよ」
男「帰らない」
25 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:05:29 ID:Eom
男「どうしてもっていうなら、俺は今この場で女にキスをする。抱きしめる。襲う」
男「もう手遅れになった後なら、急いで帰る理由もなくなるだろ?」
女「……」
女「……バカ」
女「帰ったら、すぐ検査を受けてください」
男「わかった。約束する」
男「……立てるか?」
女「何とか」
女「ちょっとはしゃぎすぎたんだと思います。自覚はないですけど、体はボロボロですしね」
男「ゆっくり立てよ。俺は手を貸せないんだから」
女「大丈夫です。わたし、同じ失敗はしない女ですよ?」
26 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:06:32 ID:Eom
◇山奥
男「おお、よく見えるな」
女「ですね。ここまで連れてきてもらったかいがありました」
男「……昔はさ、もっと星の数が少なかったんだと。排気ガスで空気が汚れて、都内じゃ数えるほどの星しか輝いてなかったらしい」
女「どれだけ前の話なんですか?」
男「さあな。歴史の教科書でも見なきゃわからないけど、そこまで昔の話じゃない」
女「すごいですね」
女「過去の過ちを取り戻すって、とても大変なことだと思います」
男「だな。努力を口に出すのは簡単だが、実際にやるのは想像以上に難しいことばかりだ」
女「そんなことを語ってしまう男くんは、どんな努力をしたんですか?」
男「……ここだけの話な」
男「女を助けられるはずだって、うぬぼれてた」
27 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:07:08 ID:Eom
女「そうでしたか」
女「……なら、わたしも似たようなものですね」
男「女も何かしてたのか?」
女「元気になって、男くんとまた会いたいなって」
男「そっか」
女「ええ」
男「――――けどさ。それって本当に間に合わないのか?」
女「え?」
男「女は明日、死ぬ。でもそれは病気じゃない、人間の手で殺されるんだろ」
男「逃げて、その間に何か解決策が見つかれば、さ」
女「……うふ。そうなったらいいですね」
男「女もそう思うか? だったら」
女「でもごめんなさい。わたし、叶わない夢を見るのは嫌なんです」
28 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:07:43 ID:Eom
男「でも……いや、悪い。そうだよな」
女「いいんですよ。わたしはたぶん、納得してます」
女「わたしが生きてることで人類が滅ぶなら……男くんが死んじゃうなら、そこまでして生きる必要はないなって」
男「……特定経過予測」
女「信じないわけにはいきませんよね。だって、戦争と放棄特区のことまでぴったりと当てたんですし」
男「まぐれかもしれない、けどな」
女「まぐれだとしても、あの予測がなければ世界はもっとひどくなってましたよ?」
女「人間の住むところなんて、きっとなくなっていました」
男「……いっそ、その方が良かったよ」
女「どうしてですか?」
男「未来がどうなるかわからないなら、女が明日を生きてる可能性もあったんじゃないかなって」
29 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:08:30 ID:Eom
女「でもわたし、これで良かったとも思いますよ」
男「どうしてだよ?」
女「男くんが、わたしをここまで連れてきてくれました」
女「寒いって言いながら、二人で海を見るのは楽しかったです」
女「夕焼けを見たあと、触っちゃ駄目なのに、男くんがわたしを助けようとしてくれて嬉しかったです」
女「星空の下で、わたしに逃げようって言う姿を見ると、やっぱり男くんが好きなんだなって笑顔になれるんです」
女「だから大丈夫です。わたしはもう、満足してますから」
男「それでも納得なんてできるかよ!」
男「人類がなんだ! 女を生かすためなら何度だって滅びればいいじゃねえか!」
女「……叫んだら、落ち着きました?」
男「うるさい」
女「もう、いい年してぼろぼろ泣いちゃだめですよ? 男の子なんですから」
男「わかってる……今だけは泣かせてくれよ」
30 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:08:59 ID:Eom
……
…
女「そろそろ、行きましょうか」
男「ああ。もう泣き言なんてこぼさない」
男「女、行こ――うぐっ!?」
女「男くん?」
男「ぎっ……がっ!? くそ……なんなんだよ!」
女「男くんっ! そんな、感染したんですか!?」
男「ち、違……これ、は……」
女「ま、待っててください! すぐ連絡しますからね?」
男「やめろ!」
女「っ」
男「連絡は、するな……くっ、こんなの、どうってこと……」
女「――――男くん。まさか、逃げようとしてるんですか?」
31 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:09:40 ID:Eom
男「んぎっ……くっ、はっ……そう、だよ」
女「そんなこと考えないでください! やめてっ。電気信号だけの痛みだって、人は死んじゃうんですよ!?」
男「こんなの……痛覚だけの、問題だろ?」
女「お願いだから、やめて……ねえ、やめましょう? わたしは大丈夫です。苦しくなんてないんですよ?」
女「まるで眠るみたいに、死ぬときはあっという間なんです。だから、自分を傷つけないで……? ね?」
男「いや、だっ」
女「男くん! わがままを言わないでください!」
男「だって、なら女は、どうして泣いてるんだよ……っ」
女「それは……」
男「俺は……女、を……」
男「……」
女「――――男くん。あなたはどうして、そんなにバカなんですか……!」
32 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:10:01 ID:Eom
女「ねえ、わたしがここにいることはわかってるんですよね?」
女「ならすぐに来てください。逃げも隠れもしませんから」
女「だから……」
女「早く、わたしを殺して。男くんを助けて」
33 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:10:35 ID:Eom
目が覚めた時、俺はしゃべれなくなっていた。
心因性のものらしい。痛覚を刺激される時間が長かったからで、一時的なものだという。
……日付を見ると、女を連れて逃げようとしたあの時から、二日が過ぎていた。
女はもう、この世界のどこにもいないみたいだ。
俺は結局、子供みたいなわがままを押し通そうとして、女を看取ることさえできなかった。
あまりにもバカらしくて、笑えてしまう。
そんな俺のところに、指輪が届けられた。
女にプレゼントした安物だ。
温もりがとっくに失われた指輪を握りしめながら、味気ない天井を見上げる。
明日、俺は天井を見飽きたと思うことができるだろうか。
34 :
◆ AYcToR0oTg :2015/01/11(日)21:11:04 ID:Eom
以上です。
みなさんの明日がよい一日になればいいですね。
転載元
男「明日がこなければ」
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1420976914/l10 椎月 アサミ
講談社
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