1 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 22:48:18.77 ID:kJAzAmcF0
2 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 22:50:16.88 ID:kJAzAmcF0
死に急ぎ野郎。
訓練兵になってすぐ、不名誉なあだ名が、ある人に付けられた。
誰が言い始めたのか、正確な事は誰も知らない。
ジャン辺りだろう、と何人かは言っていたけど、証拠はない。
誰も、私も調べようとはしないし、知りたいとも思わないけれど。
犯人を見つけ、どうしてそんなあだ名を付けたの? と問い詰めたところで、広まってしまったものは、もうどうしようもないのだから。
3 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 22:51:46.27 ID:kJAzAmcF0
死に急ぎ野郎。
普通の人の視線に立てば、彼の言動はまさしく言葉通り。
そこは否定できない。
自殺願望者が目指す兵団、奇人変人の巣窟、なんて言われている調査兵団。
彼はそこを目指していると、入団式の日に言ったらしい。
大勢の人間に囲まれながら、誰かに遠慮する事も、臆する事もなく。
らしい、と言うのは、私がとある用事でその場にいなかったため、間に人を挟んで耳にしたから。
もっとも、後日、ジャンとの喧嘩中、本人が調査兵団希望を口にしてたので、私も直接聞けた。
もちろん、死に急ぎ野郎なんてあだ名の意味は、それだけではないけれど。
4 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 22:53:23.78 ID:kJAzAmcF0
死に急ぎ野郎。
そう呼ばれる彼だけど、私の目には死に急いでいるように映らなかった。
むしろ、誰よりも逞しく生きようとしている。
少なくとも、私は彼の事を知る度にそう思った。
夢がある。
これもジャンとの喧嘩の途中で、彼が口にした言葉。
詳しい内容はその時言っていなかったけど、私はわかった。
その夢を叶えるために、全力で生きているのだろう、と。
私とは真逆の気質を持つ少年。
死にたいと願う私とは。
5 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 22:54:27.55 ID:kJAzAmcF0
彼には少なからず関心がある。
関心と言うよりも、好奇心かな?
どっちにしろ、彼の事が気になった。
どんな経験をしたのか、彼の夢とはなんなのか、そしてなにより、彼の金色の瞳には世界がどう映っているのか。
けれども、彼との接触の機会はなかなか訪れなかった。
6 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 22:55:48.52 ID:kJAzAmcF0
貴重な食料も喉を通らなくなるほど厳しい訓練。
無理やり胃に流し込んでも、戻してしまう日なんてザラ。
毎日毎日、へとへとになるまで動かされるため、顔見知りになったユミルやサシャとすら、僅かな会話しか出来ずに寝てしまう。
彼と話すどころか、友好の輪を広げるような体力すら、残す事は困難だった。
そんな状態の日々が、しばらく続いていた。
無論、彼から私への接触もなく。
けれど、会話自体はなくても、観察はしていた。
観察って言い方は、ちょっと大げさかもしれない。
視界に入った時、ぼんやり眺めている程度だから。
ジャンとの喧嘩に関してもそうだけど、彼の行動は、良くも悪くも目立っているからね。
7 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 22:58:01.97 ID:kJAzAmcF0
しかしある日、予想外にも彼が私に話しかけて来た。
訓練後、厩舎の掃除をしている時だった。
エレン「えっと、お前がクリスタ・レンズ……でいいんだよな?」
それが私に向けられた彼の最初の言葉だった。
いきなりの事で呆けていると、彼の傍にいたアルミンが、もう、と言って彼を叱る。
アルミン「話しかけておいて、お前呼ばわりは失礼だよ。ごめんね。僕はアルミン・アルレルト。で、知ってると思うけど、こっちは――」
エレン「エレン・イェーガーだ。悪かったな」
8 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:01:54.67 ID:kJAzAmcF0
クリスタ「あっ、ううん。気にしないで。それより、私になにか用?」
どこか微笑ましい二人のやり取りのおかげで、驚きによる放心状態から立ち直った私は、そう尋ねた。
世間話をするために来た、とはどうしても思えなくて。
残念だけど、私とエレンたちは、そんなに親しい間柄じゃない。
ほぼ初対面、と言った方が正確。
エレン「クリスタは馬術がすごく上手だって聞いたんだ。だから、コツとか教えて貰おうと思ってな」
アルミン「訓練中だと、訓練兵同士で教え合う時間はあまりないからね。こういう時間を利用して、色んな人に聞いているんだ」
エレン「お礼ってほど大した事じゃねぇけど、掃除を代わるから頼むよ」
そう言ってエレンは、頭を下げた。
少し遅れてアルミンも。
9 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:03:50.73 ID:kJAzAmcF0
慌てて、そんな事しなくても教えるから頭をあげて、とお願いするとエレンたちは笑顔を浮かべた。
とても幼い、けれど年相応の表情。
訓練兵になって、二、三ヶ月ほど経つけれど、初めて見た彼の姿だった。
仲の良い人には、普段もこんな顔をよく見せてるのかな?
エレン「ありがとう! じゃあ、早速教えてくれ」
クリスタ「でも、大したは事教えてあげられないかも」
アルミン「なんでも良いよ。何々をどういう風に注意してやってる、って感じで」
クリスタ「うん、わかった」
なるべくわかり易いように言葉を選びながら、私は話した。
乗馬中に向ける視線や意識の事から、厩舎の掃除中、馬にどう気を遣うか、なんていう些細な事まで。
エレンとアルミンは、疑問があれば私に質問していたけど、どんな事を話しても不満そうな素振りは見せなかった。
彼らは、用意していた手帳にペンを走らせているだけ。
10 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/09(月) 23:04:11.41 ID:1hwcFaPt0
面白い、期待
11 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:06:07.63 ID:kJAzAmcF0
クリスタ「――っと、大体こんな感じ」
そう言って、私は終わらせた。
いきなりの事だったから、全部話す事は出来なかったかも。
大まかには教えられたとは思うけど、なにかしら、伝え忘れがあるはず。
それらは、思い出した時にメモを取って、後で渡そうっと。
エレン「ありがとうな。助かった」
アルミン「気にしてなかった事も知る事ができて、すごく為になったよ」
クリスタ「感謝されるほど大層な事じゃないよ。それより、一ついい?」
エレン「なんだ? 俺らで答えられる事ならなんでも言ってくれ」
クリスタ「エレンたちはどうしてそこまで訓練に熱心なの? 貴重な休暇も潰してるって聞いたよ」
エレンとアルミンは顔を見合わせた。
変な質問だったのか、心配になる。
訓練兵の誰もが疑問を覚えている事だと思っていたけど。
12 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:07:42.40 ID:kJAzAmcF0
エレン「意識の差、じゃねぇの?」
アルミン「うん。僕らは別に熱心にやってるつもりはないからね」
エレン「むしろ、してない方がおかしいだろ。俺らは訓練兵なんだぜ?」
当たり前の事をやっているだけ。
エレンたちはそう言った。
当たり前のように。
ううん、ようにではなく、それが当然だと疑わず。
13 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:08:46.19 ID:kJAzAmcF0
やっぱりと言うべきか、エレンは異質なんだと私は感じた。
エレンの影に隠れて目立っていなかったアルミンも。
それが純粋に羨ましい。
私にはない、彼ららしさ。
その片鱗を、私は直接垣間見た気がした。
クリスタ「答えてくれてありがとう」
他にも聞きたい事があったけど、私はお礼を言ってやめた。
エレンたちと話す切っ掛けは得たんだ。
少しずつ、彼らを知って行こう。
なんて、この時気楽に考えたせいで、後に失敗だったと思う破目になっちゃったよ。
14 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:09:46.23 ID:kJAzAmcF0
エレン「こっちこそ、改めてありがとな。じゃあ、掃除の続きは俺らが引き継ぐから、寮に戻って休んでてくれ」
クリスタ「そ、そんな! いいよ、これは私の仕事なんだから」
アルミン「これは僕らなりの恩返しなんだ。受け取って貰えないかな?」
私の性格を知ってか知らずか、ずるい言い方だった。
断れるわけもなく、じゃあお願いね、と私は遠慮気味に言った。
おう、とエレンは胸を叩いた。
ゆっくり休んで明日も頑張ろうね、とアルミンは微笑んだ。
二人の屈託のない笑みを向けられて、うん、と私は頷き、厩舎を後にする。
15 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:12:05.53 ID:kJAzAmcF0
この日から、私はエレンたちと話すようになった。
相変わらず訓練は大変で、あまり会話は出来ないけど、少しずつ仲良くなったと思う。
途中、エレンの家族であり、アルミンの幼馴染であるミカサとも、二人の仲介のおかげで、普通に話せるようになった。
ミカサは本当に凄い。
なんでも出来て、屈強な男の子にも負けない。
総合成績は常にトップ。
女の子の間では、ミカサに憧れている人も多い。
もちろん、私もその一人。
けど、ミカサは他人を見下したりせず、常に同じ目線で接してくれる。
お願い事をすれば、嫌な顔一つ見せないで、大抵の事は頷いてくれた。
私はそんなミカサに甘えて、格闘術の時間、ペアを組んで貰っている。
私なんかでは、ミカサの訓練相手になりはしないけど、少しでも彼女のようになりたかった。
ユミルとサシャにそう話したら、無理だ、って笑われちゃったけど。
16 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:13:47.65 ID:kJAzAmcF0
そんなある日、格闘術の訓練の途中、一部が少し騒がしかった。
ミカサと一緒に訓練を一時中断して、そちらを見てみる。
中心人物は、エレンだ。
彼だけではない。
ライナーとアニもいる。
その二人の傍で、エレンはお尻を空に向けてひっくり返っていた。
なにがどうなってあの体勢になったのか、すぐには理解出来なかった。
でも次の瞬間、私でもわかった。
アニが、蹴りと投げを複合したような技で、一回りも二回りも大きなライナーを倒す姿を見て。
17 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:15:33.11 ID:kJAzAmcF0
体を起こして、アニに話しかけているエレンを見た感じだと、特に怪我とかはしていなかったみたい。
ライナーもすぐに立ちあがってたし、アニはある程度手加減してたのかな?
そうであってもなくても、アニにあれだけの技術がある事に驚いた。
私と身長はあまり変わらないのに。
クリスタ「アニって、あんまり話した事なかったけど、あんなに凄い事が出来たんだね」
ミカサ「私も初めて知った。アニ、格闘術の時間は、極端なほど手を抜いていたから」
頷いて私は肯定する。
エレンもライナーも格闘術の訓練の成績は上位。
二人とも五本の指には常に入っている。
その二人を軽々とあしらった。
少なくとも、さっきの光景を見た限りだと、格闘術の順位はエレンたちを追い越すはず。
勿体ないなぁ、と私はアニを見つめた。
ミカサ「クリスタ、そろそろ再開しよう」
クリスタ「うん。今度はミカサがならず者役、お願いね」
ミカサ「わかった」
木製の短剣を持って姿勢を低くしたミカサに向かって、私は教わった通りに構えた。
18 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:17:19.19 ID:kJAzAmcF0
その日の夕食時、またエレンとジャンが言い争いをしていた。
エレン「お前、おかしいと思わねぇのか? 巨人から遠ざかりたいがために、巨人殺しの技術を磨くって仕組みをよ」
ジャン「まぁ、そうかもしれんが、それが現実なんだから甘んじる他にねぇな。俺のためにも、この愚策は維持されるべきだ」
二人はすぐにヒートアップして、椅子から立ちあがった。
私はそんな二人に視線を向けず、考える。
今の今まで疑う事さえなかったけど、エレンの言う事はもっとも。
ジャンもそれはわかってるはず。
だから愚策なんて言い方をしたんだと思う。
どうしてなんだろう?
どうしてこんな仕組みになったのかな?
憲兵団に必要な技術は、知識と格闘術、あと移動用の馬術くらいが主なのに、どうして格闘術の成績はあまり点数にならないんだろう?
19 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:19:38.28 ID:kJAzAmcF0
ユミル「珍しいな、クリスタがあいつらの喧嘩を止めに行こうとしないなんて」
クリスタ「その度に、ユミルが邪魔するでしょ?」
ユミル「当然だろ? あんな馬鹿共のせいで、私のクリスタが怪我でもしたらと思うと、心配で心配で」
ユミルは大袈裟に涙を拭う真似をした後、私を抱きしめた。
訓練兵の中で一番仲良く出来ていると思う彼女だけど、本心はわからない。
いつもこんな感じにふざけているから。
今回は真面目に答えてくれるかな? とちょっと心配しながら私は問う。
クリスタ「ユミルは、どうして立体機動の点数が高いか、知ってる?」
ユミル「技術を衰退させないためだろ? 内地って餌がなきゃ、調査兵団の連中しか使わねぇ立体機動を、わざわざ覚えようするやつなんていねぇよ」
20 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:22:19.96 ID:kJAzAmcF0
なるほど、ユミルの言う通りだと思う。
仮に格闘術の評価が高く、立体機動が低ければ、それぞれの訓練に対する意識は現状と反転する。
立体機動は、移動だけでも常に命の危険が伴う技術だ。
安全を考えて、怠ける者が続出するかもしれない。
でも、と私は思う。
もし立体機動の評価が低かったとしても、少なくとも一人は、技術を得るために努力するだろうと思った。
巨人を殺す、夢を叶える、それらのために。
21 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:23:50.17 ID:kJAzAmcF0
その人物は、口論の末にジャンを投げ飛ばした。
昼間見た、アニの技を使って。
ユミル「ほう。死に急ぎ野郎のやつ、いつの間にあんな事が出来るようになったんだ?」
珍しくユミルは感心していた。
なんだか、私が嬉しくなる。
いつも辛口なユミルに、彼が認められたと思うと。
22 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:24:41.21 ID:kJAzAmcF0
どうして、嬉しくなったんだろ、と疑問を覚え、すぐに答えは出た。
ううん、元々答えはあった。
私が、エレンの生き方に、エレン自身に憧れている、って。
彼のように考えて、彼のように言えて、彼のように行動出来る人間に。
エレン「お前、それでも兵士かよ」
ジャンにそう言ったエレンの姿は、この場の誰よりも強く見えた。
技術ではなく、固く、鋭く、ひたすら真っ直ぐな意志によって。
23 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:25:37.51 ID:kJAzAmcF0
その後、教官が姿を見せ、ミカサによって、ジャンが倒れた時の大きな音の原因は、サシャの、その……ほ、放屁、って事になった。
ユミルが手で口を押さえながら肩を震わせて、必死に笑うのを堪えている。
もう、ユミルは。
……確かに、ちょっと面白かったけど、サシャがかわいそうでしょ?
24 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:28:11.22 ID:kJAzAmcF0
エレンへの憧れを自覚した次の日から、劇的な変化が……まぁ、あるわけでもなく、いつも通りの日常が過ぎる。
起きて、訓練をして、少しエレンやユミルを含めた同期の人たちと話して、夜は泥のように眠る毎日。
気付けば、二年目の春が訪れていた。
昨年の冬、雪山の訓練でユミルと色々あったりしたけど、それ以外は大体そんな感じだった。
訓練兵としての一年間で変わった事と言えば、交友関係が広がったくらいかな?
サシャやエレンのおかげで、ミーナとか、ハンナとか、コニーとか、ライナーとか、他にも色々な人とお喋りできるようになった。
ユミルやミカサは、言い方は悪いけど、自分から他人と仲良くなりに行く性格じゃないから、二人が広げる輪に乗っていた。
私もだから、人の事は言えないけど。
25 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:29:48.59 ID:kJAzAmcF0
あっ、それと、多少体力にも余裕が生まれた。
大変な事には変わらないけど、休暇を利用して、街に足を運べるくらいには。
そして、今日は一ヶ月ぶりの休暇。
ユミル、サシャの二人と共に街を歩いていた。
お給金で買い食いするサシャに付き合う程度だけど、それでも楽しい。
事前に情報を集めているみたいで、サシャが教えてくれるお店の食べ物はどれも美味しいし。
その努力をもっと別の事に回せよ、とユミルは言ってた。
サシャには悪いけど、私も心の中で同意しちゃった。
だってサシャったら、物覚えは悪くないはずなのに、座学で居眠りをしたりするもん。
けど、食以上に努力する事なんてありません! って本人は断言してた。
サシャは本当にもう……。
26 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:34:18.47 ID:kJAzAmcF0
サシャ「あっ、あれってエレンじゃないですか?」
サシャが指差す方向は、街にあるベンチ。
色んな人がちょっとした休憩に使うそこに、エレンが座っていた。
どこか退屈そうに、空を見上げてる。
ユミル「あいつ一人か? アルミンとミカサはいねぇみたいだな」
サシャ「珍しいですね、エレンが一人でいるなんて」
クリスタ「エレンが街にいる事自体、珍しいけどね」
エレンは入団してから、休みの日も自主練に励んでいる。
故に、訓練以外では、街どころか、訓練施設から出る事自体、数えられる程度しかない。
以前、コニーやライナーたちが、街に遊びに行こうぜ、と誘ったらしいけど、それさえ断るくらい。
今日はなにか用でもあったのかな?
にしては、酷く退屈そう。
27 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:35:30.65 ID:kJAzAmcF0
サシャ「エーレーン! そこでなにをしてるんですかー!?」
ユミル「声かけるのかよ……」
クリスタ「いいじゃない。不都合があるわけでもないんだから、ね?」
ユミル「そりゃそうだけどな」
やれやれと肩を竦めるユミルと共に、サシャに続いてエレンの方へ歩を進める。
エレンはと言うと、サシャの声で私たちに気付いたらしく、怠慢な動作でこちらに顔を向けた。
エレン「なんだ、お前らも来てたのか」
サシャ「美味しいお店の情報を得ましたので」
28 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:36:39.20 ID:kJAzAmcF0
クリスタ「エレンは街にどんな用があるの?」
エレン「用なんてねぇよ」
退屈そうではなく、エレンは不機嫌のようだった。
私たちと話す事さえ面倒そうだ。
眉間に深い皺が寄っている。
私は思わず首を傾げた。
用もないのに、エレンがここに来るわけがない。
でも、その動機が見えない。
なんでだろう?
29 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:38:12.60 ID:kJAzAmcF0
ユミル「なら、なんでお前はここにいるんだ?」
私の代わりに――ってわけじゃないと思うけど、ユミルが質問してくれた。
俺だって好きでここにいるわけじゃねぇよ、と前置きしてエレンは答える。
エレン「偶には街の活気を浴びるのもいい、とか何とかアルミンとミカサに言われたんだよ」
サシャ「意外ですね。エレンならそんな事を言われても、全力で拒否して一人で自主練でもやるんじゃないか、って思ってました」
エレン「最初はそうしようとした。けどな『どうしてもエレンと一緒に行きたい』なんてしつこく言われたら、付き合うしかねぇだろ?」
アルミンとミカサの粘り勝ちだったみたい。
結果、エレンの目つきの悪さが通常の三倍増しになっちゃってるけどね。
30 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:40:13.38 ID:kJAzAmcF0
ユミル「でも、アルミンとミカサはいねぇな。どこ行ったんだ?」
エレン「飲みもん買って来るってよ。そろそろ戻って来るんじゃねぇの?」
サシャ「二人が離れた隙に帰らないんですね」
サシャらしいと言えばサシャらしい発想。
残念と思った方がいいのかわからないけど、その考えは思い浮かばなかった。
エレン「流石にそれは出来ねぇよ。必要ねぇとは思ってるけど、あいつらは俺のためにこうやって誘ってくれたんだからな」
ユミル「そこまでわかっていながら、なんでお前はそんなに機嫌悪そうなんだよ」
エレン「時間がもったいねぇだろ? 走って体力作りをしたり、木人や巻藁に拳を突いたり、刃で素振りをしたり、いくらでも出来る事はあるんだからな」
サシャ「訓練馬鹿ですねぇ」
エレン「馬鹿って言うな。体動かしてた方が落ち着くんだよ。……余計な事、考えなくても済むし」
31 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:41:45.28 ID:kJAzAmcF0
……。
そうか、そうだったんだ。
エレンは焦ってるんだ。
早く、一人前になりたいと。
早く、目標を達成したいと。
エレンは良い意味での異端者で、私なんかとは全く違うのだと思ってた。
ううん、思い込もうとしていた。
けど、蓋を開けてみれば、やっぱり私たちと同じ人間で、不安はやっぱりある。
だから、エレンは休まない。
ひたすら体を酷使し続ける。
努力で覆い隠すために。
エレンの今の姿を見て、私はそう思った。
的外れかもしれない。
でも、そう思うとなんだか穏やかな気持ちになった。
遠くにいると思ってた人が、実はすぐ傍にいたような安心感があって。
32 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:42:41.47 ID:kJAzAmcF0
サシャ「体を壊しても知りませんよ?」
エレン「ほっとけ」
不貞腐れるように、エレンはそっぽを向いた。
いつだったか、エレンの笑顔を見た時のように、年相応の幼さがあって、私の頬は自然と緩む。
アルミン「あれ? 三人も街に来てたんだ」
その声の先には、紙コップを両手に持ったアルミンと、同じ物を一つ握っているミカサがいた。
33 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:44:40.39 ID:kJAzAmcF0
エレン「遅かったな」
ミカサ「そんなに時間はかかっていない。エレンは少し短気」
エレン「あぁ、そうだよ。俺は短気だよ。悪かったな」
アルミン「あはは。とにかく、お待たせ。はい、これはエレンの分だよ」
エレン「ありがとな」
ユミル「私たちの分はないのか? 気が利かねぇな」
アルミン「予知能力者じゃないんだから、流石にいなかった人の分は無理だよ」
エレンに紙コップを渡したアルミンは、苦笑した。
うん、本当に無茶だよね。
34 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:47:27.02 ID:kJAzAmcF0
アルミン「それで、三人は街になにをしに来たの?」
アルミンが私たちに質問している間に、ミカサはエレンの隣に座った。
ミカサもマイペースだなぁ、と思いながら、私は答える。
クリスタ「輪切りの芋とベーコンをバターで炒めた食べ物を売ってる露店の話を、サシャが聞いたらしくてね。そこに向かってるの」
サシャ「肉と香辛料が入っているので、それなりに値段は高いらしいですけど、味は本物って噂です!」
ユミル「ついでに街をフラフラとな」
私たちの話を聞いて、最初に反応したのはアルミンではなく、ミカサだった。
彼女が、アルミン、と口にすると、アルミンは頷いて応えた。
それだけじゃ、二人の考えは読めない。
なんのやり取りなんだろう?
エレンは興味なさそうだけど。
35 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:49:18.71 ID:kJAzAmcF0
アルミン「多分、僕たちもその露店を目指してるんだ。○○って看板があるお店?」
サシャ「それです! そのお店です!」
ユミル「なんだ、目的地は一緒なのか」
クリスタ「そうみたい」
サシャ「こうして顔を合わせたのも何かの縁ですし、一緒に行きましょうよ」
アルミン「僕たちはいいよ。エレンもいいよね?」
エレン「どうでもいいから、さっさと行って、さっさと帰ろうぜ」
本当にどうでもよさそうに言い、エレンは紙コップの飲み物を口にしながら立ち上がった。
ミカサも少し遅れて腰をあげる。
私とアルミンは苦笑しながら、拳を空に突き上げて先陣を切るサシャに続き、露店に向かった。
36 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:51:59.99 ID:kJAzAmcF0
目的のお店は、辿り着いた時には二十人以上の人で列が出来ていた。
私たちがその列に加わっても、すぐ後ろに人が並ぶほど人気みたい。
お店の前に貼られている金額は、サシャが言ってた通り結構高いにもかかわらず。
その人気の一つに、出来たてを口に出来るという点です、とサシャ談。
火に薪を足し、目の前でお店の料理人がフライパンを揺すっている。
私も初めて見る、移動式調理設備が、露店に設置されているから出来るとの事。
流石に洗い場まで井戸の水を引っ張るのは無理だったらしく、洗い場担当の人たちは、忙しなく近くの井戸を往復していた。
コスト削減か、お皿とスプーンは使い捨てじゃないみたいだから。
37 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:53:44.68 ID:kJAzAmcF0
待っている間、香り続ける芋とベーコンとバターの香ばしい匂いは、非常にお腹を刺激していた。
サシャは時折涎を啜っているけど、気持ちがすごくよくわかる。
アルミン「美味しそうな匂いだね」
エレン「期待してなかったけど、少し楽しみになって来た」
先程まで嫌々、渋々を隠そうともしていなかったエレンでさえ、目を輝かせて露店を眺めていた。
そんなエレンを、ミカサはどこか微笑ましそうに見つめている。
普段の行動からわかってた事だけど、こうしてみると、ミカサはエレンをとても大切に思っているんだなぁ、と改めて思う。
38 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:56:25.15 ID:kJAzAmcF0
暫くして、私たちの番になると、サシャが元気良く注文した。
サシャ「おっちゃん! 六人前! ベーコンを分厚く切って下さい!」
はいよ! と調理をしている人は気前よく答えてくれた。
アルミ製のお皿に盛られた料理とスプーンを渡され、辺りを見回す。
少し離れた場所で、ユミルが座っているのが見えた。
ユミルは、大きな樹の根元に生えている芝生の上で、胡坐を掻いていた。
女の子なのに、はしたないよ、その座り方。
そんなユミルに歩み寄りながら、ふと思った。
ユミルと一緒に場所取りをせず、私たちと一緒に列に並んだ時点で、エレンは露店の匂いに惹かれていたのかもしれない、と。
その事をエレンに伝えたら、治った機嫌がまた悪くなるかもしれないし、口には出さないけどね。
39 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:57:37.11 ID:kJAzAmcF0
ユミル「へぇ、思ってたより美味そうだな」
エレン「ほら、これがお前の分な」
ユミル「ん」
クリスタ「ユミル、運んでくれたエレンにちゃんとお礼を言わないと」
エレン「んなのいいって。いただきまーす」
ミカサ「いただきます」
アルミン「いただきます」
それぞれそう言って、料理を口にする。
ちなみに、サシャは座るなり、真っ先に食べ始めていた。
ユミル「あいつもああ言った事だし、私らも食べようか」
クリスタ「もう」
40 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/09(月) 23:59:03.15 ID:kJAzAmcF0
一応不満っぽく言ってみたけど、実のところ私も早く食べたかった。
スプーンで芋とベーコンをすくう。
芋は一度茹でていたのかな?
炒めただけとは思えないほど、柔らかかった。
零さないように私は口に含む。
意識する必要もなく、笑みを浮かべてしまう美味しさだった。
お肉を食べるのは久しぶりだから当然としても、食べ飽きている芋も美味しい。
舌を刺激する香辛料も、多過ぎず、少な過ぎず、見事にマッチしている。
しっかりと味わうため、なるべく多めに噛んでから飲み込んだ。
日頃溜めていた疲労が、胃から癒されるようだった。
41 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:00:00.38 ID:66TWKwT30
たった数分で終わる食事。
けれど、私たちはそれよりずっと長い間、幸せな気分を味わった。
人の幸せは食事から、なんてどこかの誰かが言っていたらしいけど、今なら頷ける。
高い金額の割に、量はあまりなかった。
お腹がいっぱいになったとは、誰も思っていないはず。
それでも、余りある幸福感があった。
43 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:01:15.90 ID:66TWKwT30
けど、それは一緒に食べる人次第、と言う事を私は知っている。
どれだけ美味しい料理を口にしたところで、一人では寂しい。
誰かがいても、相手が自分を認識しようとさえしなければ、温かい料理も冷たくなる。
私は感謝した。
辛いとしか思わなかった血のおかげで、こんなにも温かい人たちに囲まれた事を。
そして祈る。
少しでも長く、こんな日々が続きますように。
訓練兵団を卒業しても、いつまでもこんな関係でいられますように。
44 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:02:17.09 ID:66TWKwT30
誰にも気付かれないように、私はひっそりと自嘲する。
今でも――むしろ今だからこそ、誰よりも早く、この世界から退場する事を望む自分がいると気付いて。
目の前で壊れて悲しい思いをするくらいなら、自分が最初に壊れてしまえばいい。
そう思う私が、私の中に在った。
45 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:04:02.64 ID:66TWKwT30
更に月日は流れ、解散式の日。
訓練兵として、すべき事はやり終え、私たちは今日を迎えた。
ユミルやサシャ、ミカサやアルミン、そしてエレンや他のみんなと一緒に、色々な事を教え合った。
残した事はない――と言えばちょっと嘘。
まだまだ学ぶ事は残っているはずだから。
それでも、一人の兵士として認めて貰える程度には成長したはず。
けど、驚いたよ。
私が十番になるなんて。
46 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:06:08.10 ID:66TWKwT30
解散式の途中、こっそりとユミルに視線を向けるけど、彼女は私を見ようとはしない。
きっと、ユミルがなにかをしたんだ。
彼女が私に劣る部分なんて、馬術以外はないのだから。
ううん、それすら怪しいかも。
ユミルが真面目にやれば、私が勝る点なんて、なにも思いつかない。
どうして?
……きっと、ユミルは私に憲兵団に行って欲しいと望んでいる。
どうしてそこまで私の事を気にかけているのか、いまだにわからないけれど。
でも、私は憲兵団に行かない。
私が望む場所は、そこにないのだから。
だから、ごめんね、ユミル。
47 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:07:20.42 ID:66TWKwT30
解散式が終わり、晩餐。
今までのご飯からは考えられないご馳走が用意されていた。
賑やかな時間だった。
皆、笑顔を浮かべて料理を口に運び、談笑している。
サシャもコニーと一緒に憲兵団に行く事を喜んでいた。
一際喜びを表現していたのはジャンだ。
元々、エレンが調査兵団を望んでいる事並に、憲兵団を強く希望していたから、大声で笑う事も仕方ない。
『人類の砦』という美名を全否定する気持ちもわかる。
だって、それが普通なのだから。
ジャンの言う事は間違いではなく、普通の人からすれば、むしろ正しい。
48 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:08:38.97 ID:66TWKwT30
けれど、そんなジャンを一蹴する人がいた。
やはり、というべき人物。
エレンだった。
先の口減らしとして戦った者たちによって得た、情報と言う希望の事を話した上で、エレンは言う。
エレン「俺には夢がある。巨人を駆逐して、この狭い壁内の世界を出たら、外の世界を探検するんだ」
初めて聞いたエレンの夢。
タイミングとか、私の粘り弱さとか、色々な要素がマイナスに噛み合って、結局尋ねられなかったエレンの夢を私は知った。
エレンらしい、無謀で無茶で、でも光に満ち溢れている。
きっと、エレンに一番近いアルミンとミカサ以外は、外の世界を探検するなんて、考えた事すらないだろう。
49 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:09:57.81 ID:66TWKwT30
羨ましいなぁ。
初めてエレンと話した日と同じ事を思った。
やっぱり羨ましいよ、エレンの生き方が。
私の気持ちなんて知らない当の本人は、ジャンと殴り合いの喧嘩を始めているけどね。
結果、ミカサがエレンを、フランツとハンナがジャンを制し、とりあえず無事に治まった。
50 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:11:34.97 ID:66TWKwT30
ミカサがエレンを担いだまま外に出る。
遅れて、アルミンも二人の後を追った。
聞きたい。
私は強く思った。
エレンがどうしてそこまで外の世界を望むのか、直接。
自分でも気付かない内に、私は立ちあがっていた。
体が先に動いてたみたい。
ユミル「……エレンたちの所に行くのか?」
クリスタ「うん」
ユミル「なにをしに?」
クリスタ「エレンたちに……ううん、エレンに聞きたいの。エレンの目に、世界はどう映ってるの、って」
そうか、と言って、ユミルは水を口に含む。
それ以上、言及しようとはしない。
私が行く事を止めようともしない。
ただ、私について来る様子もなかった。
行って来るね、と言い残して、私も食堂を出た。
51 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:13:42.32 ID:66TWKwT30
エレンたちはすぐに見つかる。
食堂を出てすぐ近くにいた。
けど、声はかけられない。
エレンたちが駐屯兵団の男性と話していたから、躊躇われた。
話し声は聞こえないけど、知り合いのようだと、なんとなく雰囲気で察した。
と、急にエレンが頭を抱えて、地面に膝をつく。
私が駆け寄った時には、エレンは気を失ってしまっていた。
そして、ミカサやアルミン、駐屯兵団の男性と共に、エレンを男子寮へ運ぶ事となった。
52 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:15:32.83 ID:66TWKwT30
翌日、エレンが目を覚ましたと聞き、私は男子寮に向かった。
流石に入る事には抵抗があり、入口の前で待っていると、エレンはベルトルト、フランツ、アルミン、そしてミカサと一緒に姿を見せた。
ミカサは男子寮の中に入ったんだ、と苦笑する。
エレンが、男子の寮に入ってくんじゃねぇよ、とミカサに怒鳴っているところだった。
ミカサはと言えば、どこ吹く風、エレンの叱りを完全に聞き流している。
エレン「あっ、クリスタ」
エレンも私に気付いたようで、彼から声をかけてくれた。
53 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:16:41.52 ID:66TWKwT30
エレン「昨日は悪かった。クリスタにも迷惑をかけちゃったらしいな。アルミンとミカサから聞いた」
クリスタ「ううん、気にしないで。それより、休んでなくて大丈夫?」
エレン「もう何ともねぇよ。んな事より、朝飯食いに行こうぜ」
エレンの顔色は悪くない。
食欲もあるみたいで、本人が言った通り、体の調子は悪くはなさそうだった。
私はその事に安堵して、頷く。
54 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:18:00.13 ID:66TWKwT30
ユミルとサシャ、ハンナも加わった食事中、私は考える。
どうすれば、エレンから話を聞ける状況になるかを。
昨晩はエレンに聞けなかったけど、今日はなんとか尋ねたい。
今のように大人数がいる場で聞く事には照れとかがあるから、最善はエレンと二人っきりの時。
妥協点は、エレンの他に、ミカサとアルミン、あとユミルとサシャの四人が居る時が精一杯かな?
ミカサとアルミンは、エレンの事を誰よりも知っているだろうし、ユミルとサシャは訓練兵の中で最も気心が知れてるから平気。
それ以外の人は、今回はちょっと、ね。
55 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:20:21.98 ID:66TWKwT30
さて、どうしよう。
今日の予定は、街の見回りの後、固定砲整備。
それらが終わると、配属兵科を決める時間となっている。
固定砲整備は班が違う上に、数人で固まるからダメ。
休憩中は、エレンと二人になれるとは限らない。
経験則では、休憩時間が一番難しいし。
配属兵科を問われる時間は論外。
しかも、決まるとすぐにそれぞれの説明で時間が取られる。
となれば、二、三人で動く街の見回りなら都合がよさそう。
それとなく、エレンが誰と回るかを尋ねてみた所、フランツとハンナだった。
食事の終わりを見計らい、フランツとハンナに交代出来ないかと聞いてみたら、あっさり頷いてくれた。
勝手に班を変えるなんて、三年間の訓練兵生活で初めての事だったから緊張したけど、よかった。
フランツ「まさか、クリスタがエレンの事をね」
ハンナ「少し意外だね」
了承を得た際、二人はニヤニヤしながらそんな事を言ってた。
なんの事だろう?
とりあえず、お礼を言って、集合場所に向かう。
56 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:22:02.11 ID:66TWKwT30
キース教官から改めて注意点を説明され、解散すると、すぐにエレンに声をかけた。
変更の旨を伝えると、そうなのか、とだけ言う。
特に問題もなく、私はエレンと二人になる事に成功。
暫くは真面目に街の見回りをして、タイミングを見計らい、私は尋ねた。
クリスタ「……あの、エレン。ちょっと変な事を聞いてもいい?」
エレン「ん?」
クリスタ「そのね、エレンはどうして外の世界を探検したいの?」
言えた、と心の中でガッツポーズをする。
やっとエレンの中核を知る事が出来るのだから、喜んでも仕方ないよね?
ここまで遅くなった言い訳をさせて貰えるのなら、エレンが一人の時って本当に少なかったんだもん。
不思議と、エレンの周りには人が集まるからね。
次がある、次がある、って悠長に構えてて、こんなに時間がかかった私は相当とろくさいと思うけど。
57 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:23:51.83 ID:66TWKwT30
エレン「どうしてって、探検したいからだけど?」
クリスタ「え? 具体的な理由とかはないの?」
あまりの単純明快さに戸惑っていると、具体的な理由なぁ、とエレンは呟いた。
エレン「アルミンの本で俺は知ったんだ。外の世界には不思議な物が山ほどあるって」
海と呼ばれる広大な塩水、炎の水、氷の大地、砂の雪原、他にもたくさん。
話し始めて熱が入ったのか、エレンは饒舌になって、それらの事を語り出した。
新しい発見を自慢する子供のように嬉々として。
58 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:25:03.95 ID:66TWKwT30
不意に我に返ったらしく、ゴホン、とわざとらしい咳をエレンはする。
エレン「まぁ、つまりだ。知ったんだから見てみたいだろ? 理由はそれだけ」
見た事がないモノを直接見たい。
要約すると、そういう事だった。
私は、ふふっと思わず笑ってしまう。
エレン「なんだよ。クリスタも笑うのか?」
クリスタ「あっ、ごめんなさい。変な夢だと思ったわけじゃないの。ただ、微笑ましいなぁ、と思ってね」
エレン「なにが違うんだ、それ」
クリスタ「私なりにわかり易く言うと、エレンにも可愛いところがあるんだなぁ、って事かな?」
エレン「意味わかんねぇよ」
59 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:26:54.93 ID:66TWKwT30
怒らせてしまった。
エレンの歩く速度が少し早くなって、私は置いて行かれないように歩幅を大きくする。
クリスタ「エレンの事を馬鹿にしたわけじゃないの。むしろ、心から応援してる。この気持ちだけは信じてくれないかな?」
エレン「そうかよ」
クリスタ「うん」
エレンを動かす根源は、色褪せない純粋な好奇心と憧れ。
どれだけ辛い現実だろうと、堪えて、それでも叶えようとする意志。
詰まる所、今まで見て来たエレンが全てだった。
エレンに裏はなく、全部曝け出していたんだ。
60 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:28:14.85 ID:66TWKwT30
不変。
それこそエレンの強さの秘訣だったんだね。
私はどうだろう?
きっと振り返れば、私の歩んで来た道は歪んで歪んで、直線の部分なんて一つもない。
これが私が羨ましいと思って憧れる、エレンとの違いなんだと、私は認識した。
気付くのが遅かったのか、早かったのか、この時の私はそれすら考える事もなく。
今日、五年ぶりに超大型巨人が出現すると、知る由もなく。
61 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:30:27.19 ID:66TWKwT30
トロスト区の壁が壊されて、私たち訓練兵も中衛部として出陣するようになった。
そして、私は知る事となる。
私自身の本質に。
それは、座ったまま気を失っているアルミンを発見した時の事だ。
私と同じ班だったコニーが必死に呼びかけて、アルミンは意識を取り戻した。
途端、頭を抱えて、悲鳴に近い声で自分を罵倒する。
それだけで充分だ。
私は察する。
あぁ、死んだんだ。
心が冷えていた。
悲しみはなかった。
どれだけ努力しても、どれだけ意志が強くとも、巨人の前ではいとも簡単に無に還る。
涙一つ、浮かばない。
それどころか、恐らく私の口許は緩んでいるはず。
何人もの友達が、なにより憧れた人が死んでも、なにも感じない。
自分は、これほどまで醜い存在なんだと知って。
62 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:32:29.98 ID:66TWKwT30
我に返った時、ユミルとコニーが口論をしていた。
このままじゃいけないと思い、止めに入った。
クリスタ「みんな気が動転しているんだよ。急にたくさんの友達が死んでいくんだもん……仕方ないよ」
白々しい。
どんな言葉で擁護されても、私は許される存在じゃない。
それを再確認した。
生きていていい人間じゃないんだ、って。
死ぬべき人間なんだ、って。
63 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:34:07.82 ID:66TWKwT30
アルミンが後衛に向かった事を確認した私は、命令通り、前進しながら望む。
どんな巨人でもいい。
出来る限り、むごたらしく殺して欲しい、と。
早く。
もう、私と言う存在を認識したくはなかった。
はやく、はやく。
同じ班の人たちの制止を無視して、全速力で進む。
ハヤク、ハヤク、ハヤク。
そして、目の前に巨人。
私に向かって伸ばされる、巨大な手。
刃を振る気なんて、ない。
捕まり、食べられる一連の作業。
ただ、それだけ。
さぁ、私を食べて。
私の望む未来まで、あと数秒もかからない。
64 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:35:17.94 ID:66TWKwT30
――はずだった。
捕まる直前、横からの強い衝撃を受けて、私は空中でバランスを崩す。
結果、巨人の手は、私がいるはずだった場所の空気を握り締めるだけ。
その光景をぼんやり見つめていた私の体は、地面に叩きつけられる事もなく、誰かに抱えられていた。
その誰かは、近くの建物の屋根に移動して、私を降ろした。
ユミル「ボサっとしてるんじゃねぇよ」
誰かであったユミルは、私を見下ろしながら言った。
酷く、苛立った目の色をしている。
65 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:37:07.19 ID:66TWKwT30
コニーたちの姿はない。
私について来たのは、ユミルだけのようだった。
私(クリスタ)の事は自分に任せろ、とユミルが言ったのかもしれない。
……どうでもいいか、そんな事。
クリスタ「……ごめんなさい」
なんとか絞り出して、私はそれだけ口にする。
ユミルは舌打ちをして、本部に視線を向けた。
私もつられるように顔を向けて、見た。
十数体の巨人に占拠されている本部を。
ユミル「あれじゃ、普通にガス補給をする事は出来ねぇな。ここで待ってろ。動くんじゃねぇぞ」
ユミルはそう言うと、屋根から降りた。
彼女が向かったのは、死体が転がっている場所だ。
そこで、下半身が残っている死体から、ボンベをいくつか引き抜き、巨人に襲われる前に戻って来た。
66 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:38:56.93 ID:66TWKwT30
ユミル「補給しろ。もうすぐ住民の避難も終わって、撤退の合図が出るはずだ。ガス切れで壁を登れませんでしたじゃ、話にならねぇ」
クリスタ「でも、私は――」
ユミル「やれ」
有無を言わさない言葉だ。
ユミルに視線を向けられるだけで、口を紡いでしまう。
死ぬ事より、ずっと恐ろしいユミルに、私は従った。
ガスの補給を終えると、ユミルの言った通り、撤退の合図が出る。
後ろを見ずに登れ、と言われ、その通りに実行した。
壁を登り切り、街を一望する。
生き残ってしまった絶望を覚えながら。
67 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:40:28.40 ID:66TWKwT30
ふと、見えてしまった。
街の屋根に取り残されている兵士たちの小さな姿を。
彼らが壁を登って来ない理由はすぐに理解した。
ガス欠だ。
危険地帯から脱出できるのに、あんなに大勢が壁を登らない理由は、他に考えられない。
近くにいた上官に、今すぐ補給部隊を送るよう申し出たが、却下。
私が行きます、と言っても却下。
それどころか、壁の内側に降りて待機していろ、と命令された。
なおも喰らいついたけど、許可が下りる事はなく、ユミルが肩に手を置き、私は唇を噛んだ。
68 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:41:44.70 ID:66TWKwT30
リフトを使って降りる途中も、降りてからも、ユミルと会話する事はなく、私は待機命令に従い、膝を抱えて座った。
ユミルは私の傍から離れようとはせず、腕を組んで壁に寄りかかっている。
見張られているみたいで、いい気分じゃない。
実際、ユミルは見張っているんだろうけど。
私が死なないように。
ユミルは私は死にたがっている事を知る、唯一の人だから。
69 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:43:08.29 ID:66TWKwT30
どのくらい経ったのかな。
街に取り残されていた仲間たちが戻って来た。
多くの人たちが、安堵と恐怖の混ざった表情を浮かべている。
だけど、ジャンやライナーたち、一部の人らの表情は暗い。
いや、固いと言うべき?
少なくとも、他の人たちとはなにかが違った。
ジャンが口にした、守秘義務に関わっている事は間違いなさそう。
70 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:48:28.39 ID:66TWKwT30
次の瞬間、壁の内側で、一発の砲声が轟く。
兵士たちの声で、周囲がどよめいている中、ライナーが真っ先に動いた。
立体機動で屋根に登り、砲撃が打ち込まれた場所へ向かう。
アニやジャン、ベルトルトも。
私も続こうとした。
もしかすると、巨人が入って来たかも知れない。
でも、ユミルが私の腕を掴み、止められる。
ユミル「行く必要はねぇよ。巨人だとすれば、私たちに連絡がねぇのはおかしい」
クリスタ「でも、もしも……」
ユミル「そのもしもの時のために、今は休む事が最優先だ。違うか?」
クリスタ「……うん」
私たちに、トロスト区の街へ続く門の前に集合するよう命令が出たのは、もう少し経ってからの事だった。
71 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:49:56.64 ID:66TWKwT30
ピクシス「注! もおおおおおおく!」
壁の上から響く大きな声。
見上げると、ピクシス指令の姿があった。
そして、指令の隣にいる人物を見て、私は言葉を失う。
コニー「エ、エレン!?」
見間違いなんかではなかった。
三年間、共に同じ訓練をして過ごし、私が憧れた、エレン・イェーガーその人だった。
司令官がなにかの話をしているけど、耳に入らない。
そんな事、どうでもよかった。
エレンが生きている。
私にとって、それが何よりも重要だった。
72 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:53:01.84 ID:66TWKwT30
立体機動装置の柄を握り、トリガーに力を込めてアンカーを射出しようとした。
今すぐ、エレンの元に向かうため。
でも、それもユミルよって阻まれた。
クリスタ「離して! 私は! 私は、エレンに謝らないといけないの!」
ユミル「落ち着け! 落ち着いて私の話を聞け!」
鼻息荒く喚き散らし、私はユミルを睨んだ。
そんな私とは対照的に、ユミルは淡々と話す。
ユミル「今はダメだ。指令の話を中断させたら、全体に支障が出る」
その代わり、と言ってユミルは続けた。
ユミル「終わったら行くぞ。おい、馬鹿と芋女、お前らもエレンと直接話したいよな?」
コニー「そりゃ……なんで生きてるのか、とか、巨人化って何なのか、とか、聞きたいし」
サシャ「でも、勝手に動いたら、罰則があるんじゃありませんか?」
ユミル「そん時はそん時だ。嫌なら私らだけで行く」
コニーとサシャは、少し考えた末に、行く、と答えを出した。
仲間だから、直接エレンの声を聞きたいという理由で。
73 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:54:16.57 ID:66TWKwT30
三人の会話の間に、私も少し落ち着いた。
コニーの言葉に、疑問を覚える事ができる程度には。
クリスタ「巨人化って?」
ユミル「指令の話を聞いてなかったのか? エレンは巨人になる事が出来るんだと」
クリスタ「そうなんだ」
ユミル「……驚かねぇんだな」
クリスタ「これでも驚いてるよ。けど、今はそんな事に頭を使う余裕がないだけ」
早く、エレンの元に向かいたい。
私の頭を占めているのは、それだけだった。
74 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:55:33.27 ID:66TWKwT30
死んでくれ、と指令が話を終えた瞬間、私たちは近くの建物の屋根に登り、なるべく高い位置から壁の上を目指した。
勝手に動くな、と上官や先輩方から言われたけど、そんな言葉で止まる気なんてない。
そして、私たちは無事に壁の上に到着する。
もちろん、歓迎されるわけがなく、上官たちによって、エレンに近付く道は塞がれてしまっているけれど。
クリスタ「指令! 私たちはイェーガー訓練兵と同期で、仲間で、友人です! どうか、数分だけでも彼と話をする時間を下さい!」
ユミル「罰なら後で幾らでも受けます。なので、よろしくお願いします」
コニー「えっと、お願いします!」
サシャ「お願いします!」
75 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:57:02.29 ID:66TWKwT30
馬鹿な事を言っていないで元の場所に戻れ、と上官方から怒鳴られる。
それでも、私たちは頭を下げ続けた。
そのおかげか、ハッハッハ、と指令は笑い声を口にする。
ピクシス「良き友に恵まれてるようじゃの、エレン訓練兵。さほど時間はやれんが、少しばかり話して来るがよい」
エレン「……ありがとうございます」
敬礼を一つ、エレンは私たちの方へ歩み寄る。
私たちの前にいた上官方は、それだけで顔を引きつらせ、道を開けた。
巨人化の話はどうやら本当のようで、この上官方は、実際に目撃したのだろう。
76 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 00:58:27.91 ID:66TWKwT30
エレン「……お前ら、無事だったんだな」
ユミル「おかげさんでな」
コニー「そんな事より、巨人化って何の事だ? お前、巨人だったのか? 人間滅ぼすのか?」
エレン「滅ぼさねぇよ。巨人になれるって方は、本当だけどな」
サシャ「もしかして、巨人を殺してた巨人って、エレンだったんですか?」
エレン「それは覚えてねぇんだ。ミカサやアルミンから話を聞いた限りじゃ、そうらしいけどな」
ユミル「とにかくだ。お前は私たちの知ってるエレンで良いんだな?」
エレン「あぁ。証明する方法はねぇけど……」
77 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:01:37.77 ID:66TWKwT30
コニー「証明する方法……そうだ。俺から質問するぞ? 本物のエレンだったら答えられるはずだ」
エレン「それで納得できるんなら、なんでも聞いてくれ」
コニー「ジャンの面はどんな感じだったか、覚えてるか?」
エレン「馬面だろ?」
サシャ「私がなんて呼ばれてたか、知ってますか?」
エレン「芋女だ。入団式の最中、芋齧ってた事も覚えてるぞ」
サシャ「自分で質問しておいてなんですが、両方忘れて下さい」
エレン「無理だっての。あんな衝撃事件、忘れたくても忘れらんねぇよ」
コニー「本当に、エレン……なんだな?」
エレン「だからそう言ってんだろ?」
サシャ「全く! 心配かけさせないで下さいよ!」
コニー「そうだ! 生きてるならもっと早く出て来い!」
エレン「悪い悪い」
78 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:02:19.02 ID:66TWKwT30
私の知っているエレンが、私の聞いていた声で、なにも変わらずコニーたちと話している。
今更だけど、これは夢のような気がしていた。
私にとって都合のいい夢。
目が覚めれば、再び灰色の現実を見る事になる夢。
でも、そうではなかった。
私の背を押すユミルの手の感触が、確かにある。
79 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:03:11.69 ID:66TWKwT30
ユミル「話したい事があるんだろ? おい、馬鹿、芋女、その辺にして後はクリスタに譲れ」
コニー「馬鹿じゃねぇよ!」
サシャ「芋女って呼ばないで下さい!」
ユミル「うるせぇ! 少し黙ってろ!」
三人が睨み合っている間に、エレンは私の方へ二歩進み、口を開いた。
エレン「俺に話したい事って何だ?」
クリスタ「その……」
80 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:04:23.72 ID:66TWKwT30
言わなきゃ、ごめんなさいって。
何に対して?
エレンが死んだと聞いても、悲しまなかった事に対して?
自分から死のうとした事に対して?
それとも両方?
もしくは他のなにか?
わからなくなって来た。
けど、謝らないと。
謝らないといけないのに、声が出ない。
視界がなんか歪んで来た。
世界が滲んで、エレンがまともに見えない。
声も出ない。
なぜか、嗚咽は漏れるのに。
あれ? なんで私は泣いてるんだろう。
なんでなんだろう?
81 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:05:47.52 ID:66TWKwT30
エレン「泣くほど心配させちゃったのか? あ~、悪かったよ」
私にもわからない。
そう言いたいのに、本当に声が出ない。
立っているのも辛くなって来た。
なんで私の体は、こんなにポンコツなんだろう?
エレン「ほら、泣き止めって。俺はこうして生きてるんだから、な?」
私も涙を止めたいよ。
けど溢れて来るんだもん。
私じゃ、どうする事も出来ないんだもん。
でも、どうしてかな?
こんなに情けないのに、ちゃんと謝れてないのに、死んじゃった人たちがみんな生き返ったわけでもないのに、なんでこんなに胸が温かいんだろう。
どうしてかなぁ……?
82 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:07:19.19 ID:66TWKwT30
リコ「おい、もういいだろ! 作戦を伝える。早くこっちに来い!」
離れた場所からエレンを呼ぶ声が私にも聞こえた。
舌打ちをして、もう少し時間にルーズになれよ、とユミルが呟いた声も。
エレン「はい! そういうわけだ。お前ら、死ぬんじゃねぇぞ?」
コニー「俺らが死ぬわけねぇだろ」
サシャ「そんな事気にしてないで、エレンは自分の事に集中して下さい」
ユミル「お前が今回の作戦の要なんだからな。失敗すんなよ」
エレン「おう!」
エレンの胸を叩く力強い音が聞こえた後、目の前から足音が遠ざかって行った。
少しずつ、一歩ずつ。
……このままじゃダメ。
私はなに一つエレンに伝えられてない。
せめて、一言だけでも。
そう思って、精一杯息を吸い込む。
むせそうになるまで、沢山。
そして、僅かに溜めて吐き出す。
83 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/10(火) 01:07:46.74 ID:Kc6BSAxBo
おもしろい支援
84 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:08:26.04 ID:66TWKwT30
クリスタ「エレン、死なないで! 絶対にッ!」
エレン「……あぁ」
振り返る事はなかったエレンの背中を、私は見送る。
それだけしか出来ない事が、辛く、苦しく、悔しい。
まだぼやけている視界でも、エレンが向かう先にミカサとアルミンがいるのはわかった。
二人は、エレンの隣にいる事が出来るのに……。
強く、強くなりたい。
私はそう思った。
エレンと同じ世界が見る事が出来なくとも、ミカサやアルミンと同じく、彼の隣に立てるように。
85 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:09:32.79 ID:66TWKwT30
その後、何らかのハプニングはあったようだけど、エレンは門の穴を塞ぐ事に成功した。
犠牲は多い。
でも、人類が初めて巨人に勝った。
奪われた領土を取り戻したんだから。
なのに、最大の功労者であるエレンは、監禁された上に裁判にかけられた。
内容は、エレンの命の価値について。
人類の希望となるか、害になるかを決めるのだろう。
やっぱり私は、その裁判に参加する事が出来なかった。
結果を聞くだけの立場。
今はそれを受け入れよう。
私に力がないのだから。
86 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:10:26.88 ID:66TWKwT30
裁判への参加を認められていたミカサとアルミンから、直接結果を聞いた。
エレンは調査兵団の一人として、一応認められたみたい。
一応、と言うのは、まだ憲兵団によって処刑される可能性もあるという事。
エレンを処刑させるわけにはいかない。
絶対にさせるもんか。
87 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:11:56.51 ID:66TWKwT30
配属兵科を問われる日、調査兵団希望者を募る場で、団長であるエルヴィン団長が途方もない計画を口にした。
他に方法はないとはいえ、聞き方によっては、自殺目的の行進とも思える内容だ。
次々と同期の人たちはこの場を離れて、最終的に残ったのは、十人ちょっと。
サシャは、涙を流して怖がっている。
コニーは、全てを諦めたような言葉を口にしている。
ジャンは、悪態を吐いている。
他の人たちも、言葉こそ口にしないけど、表情が沈んでいた。
気持ちはよくわかる。
彼らの頭には、巨人に食べられる自分たちの姿が、途絶える事なく流れているはずだから。
私もそう。
でも、私は震える事も泣く事もなかった。
88 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:13:02.40 ID:66TWKwT30
死にたいと願うだけの以前なら、そうなっていたかもしれない。
もっと酷かったかもしれない。
巨人の襲撃中も、襲撃後も、悲惨で凄惨な惨憺たる現実を突きつけられたのだから。
けど、今は目標がある。
譲れない目標が。
それを達成するためには、もう泣いてる暇なんてない。
壁の上でなにも言えなかった差が、泣いてばかりだった差が、ミカサやアルミン、なによりエレンとの距離。
一秒でも早く、その差を埋めてみせる。
89 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/10(火) 01:13:12.39 ID:sDU3ig/V0
これは面白い…!
心に来る物があるな…!
90 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:14:25.99 ID:66TWKwT30
壇上の隅に、フードを深く被ったエレンの姿があった。
彼に顔を向けながら、私は思う。
待っていて欲しいとは望まない。
いつまでも、今までのように走り続けて欲しい。
その上で、いつか私も追いつくからね、エレン。
91 :
以下、新鯖からお送りいたします [saga]:2013/09/10(火) 01:15:04.97 ID:66TWKwT30
終わり
書きたい物を書いたらこうなった
読んでくれてありがとう
92 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/10(火) 01:20:49.08 ID:yImmQHQno
乙
めっちゃ良かった
93 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/10(火) 01:37:17.48 ID:ZQTGYPxno
乙
面白かった。読み耽ったわ
94 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/10(火) 02:13:43.93 ID:Ru/4Evcgo
安易に恋愛に持って行かないのが良かった
95 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/10(火) 07:11:05.99 ID:flL/R3Fl0
続きが読みたい!
96 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/10(火) 17:43:51.43 ID:E6CgNpx20
いやーよかったわー
やっぱエレクリだわー
97 :
以下、新鯖からお送りいたします :2013/09/10(火) 19:19:54.98 ID:Vd+q6W+2O
乙
良いもの見せてもらった
転載元
クリスタ「いつか私も追いつくからね」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1378734498/
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