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京子「狂言だ!」 結衣「狂言?」

2011/10/26 05:10 | CM(1) | ゆるゆり SS
1 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:40:33.72 ID:W1wO3Tbf0
 その日の放課後もまた、ごらく部室(すなわち、本来の茶道部室)には平素と何一つ変わらない風景があった。
 京子は、二つ折りにした座布団を枕代わりにして熟睡中。
 結衣は、黙々とファッション雑誌のページをめくっている。
 ちなつは、そんな結衣の横顔を熱っぽい目で見つめている。
 あかりは……一応その場にいることはいるが、存在感が薄い。
 そして、

「としのぉきょぉこぉーっ! これを見なさーい!」

 と唐突に、かつ勢い良く綾乃が室内に飛び込んでくることすら、もはや日常のテンプレートである。

「ああ、綾乃か。いらっしゃい」

 少し顔を上げた後、それだけ答えて、結衣は再び紙面に視線を落とす。
 他の部員たちも、綾乃の登場に対して特に感情を動かすようなことはない。

「ちょ、何なのよその態度! いやしくも私は生徒会の副会長よ?
 でもって、私の役目は生徒会の……いや、学校の総意をあなたたちに伝えることなのよ?」
「すみません、杉浦先輩」
 
 ちなつが、うんざりした横目で京子の鼻ちょうちんを見やる。


3 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:41:55.03 ID:W1wO3Tbf0
「京子先輩は、ご覧の通りの有様でして」
「まだ日も高いっていうのに、よくもまあこれだけ呑気に寝ていられるものね。
 ロクでもない部長もいたものだわ、まったく」
「一度爆睡モードに入ってしまった以上、そう簡単には起きないと思います。
 申し訳ないんですが、また明日にでも……」
「ふん」

 綾乃は挑戦的に微笑み、それから手に持っていたA4版の紙を、和机の上に叩きつけた。
 
「ん、何だ?」

 結衣が、書面の文章を一瞥する。
 
「え……」

 瞬時にして、結衣の顔色が変わった。
 続いてちなつ・あかりが、怪訝そうにそれを覗き込む。

「そ、そんな……」
「嘘でしょぉ……」

 1年生たちもまた、絶句する。
 なぜなら、綾乃が持ち込んだ書類の第1行には「ごらく部に対する茶道部室退去の通達」と大書してあり、
 しかも末尾には学校長の署名と押印が輝いていたからだ。

6 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:43:05.46 ID:W1wO3Tbf0
「これは、歳納京子だけの問題ではないわ。あなたたち全員の責任よ」

 腰に手を当て、綾乃が凄む。

「私はね、この部活の情けない実態を、以前からずっと観察し続けてきた。
 そして、立派な部室を占拠するからにはそれなりの実績を示すよう、やはり昔から勧告してきた。
 なのに、あなたたちときたら、いつもダラダラしてばかりで……」
「だから、校長先生にチクったって言うんですか! ひどいです!」

 ちなつが、食ってかからんばかりの剣幕で怒鳴る。
 
「ま、待ってよぉちなつちゃん、この場合、悪いのはこっち……」

 あかりの取り成しも、激昂した友人には聞こえない(たぶん激昂していなくても届かない)。 

「だ、だいたい、部長である京子先輩に一言の断りも無く、こんな手段に出るなんて」
「あらぁ? ちなつちゃん、歳納京子の肩を持つの? 
 この、今まさに危機が迫っているにも関わらずグースカ眠りこけている、無責任な部長様を弁護するの?」
「くっ……私は、ただ、杉浦先輩が、こんな冷たい人だったなんて思わな……」
「待て、ちなつ」

 身を震わせながら歯軋りするちなつを、結衣が制する。

8 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:46:52.16 ID:W1wO3Tbf0
「生徒会の仕事は、学校の風紀とルールを守ることだ。
 綾乃のやり方は間違っていない。悪いのは、綾乃の忠告に従わなかった私たちの方だ。
 だって部活らしい部活なんて、今まで全くしたことがないんだからな。
 むしろ、今まで強硬手段に出なかったほうがおかしいぐらいだ……そうじゃないか?」
「あっ……はい」

 ちなつはすぐさま、納得した表情で口をつぐんだ。

「だから、あかりもそう言ってるのに……」

 その不満は当然のごとく無視され、ちなつが言葉を継ぐ。

「ああん、流石ですね先輩。こんな時でも、冷静でいられるなんて……」
「いや、正直すごく驚いているよ。いつかは来る日だと思っていたが、それが、こんなに突然だなんて」

 結衣はそこで一度言葉を切り、静かに人差し指を立てる。

「だけど。当然、このまま引き下がるつもりはないさ。
 ちなつちゃん、あかり、ここを見てくれ」

 その指が、通達のとある一文をなぞる。

「ただし、実際の廃部までに2週間の猶予を与える。
 それまでの間に目立つ功績を挙げ、部室貸与を継続させるに足る部だと証した場合は、この通達を撤回する……
 つまり、まだチャンスはあるってわけだな、綾乃?」
「そうよ。あなたたちの掲げる『ごらく』とやらに、私たちを納得させるだけの価値が本当にあるのなら。
 この茶室は、もうしばらくごらく部に預けておいてあげる」

9 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:48:02.83 ID:W1wO3Tbf0
 ただし、と前置きを付けた上で、綾乃はさらに厳しいルールを課す。

「何をするにしても、他の部活と内容が被るような活動は認められないわ」
「……え、なんでかなぁ?」
「例えば楽器を演奏したいなら吹奏楽部、走り回りたいなら陸上部に入ればいいじゃない。
 わざわざ『ごらく部』を名乗るなら、その『ごらく』に独自の意味と価値がなければならないわ」
「じゃ、じゃあ……京子先輩が描いた同人誌を提出します!
 確か、この学校に漫画部なんてものは無かったはずですよね?」
「ダメー。失格葛飾区、よ!」

 ぶふぉ、と結衣が噴き出す一方で、ちなつが唇を尖らせる。

「えー、どうして?」
「それって部活じゃなくて、歳納京子個人の趣味でしょ?」

 ちなつは、悔しげに歯を食いしばった。
 代わって、結衣が静かに口を開く。

「……なるほど、よく分かった。綾乃の言い分をまとめると、つまりこういうことになるな。
 ひとつ、他の部活の真似はアウト。
 ふたつ、部員全員が参加してなければアウト」
「イグザクトリー、よ」
「その条件さえ満たせば、あとは何をやってもいいんだな?」
「ええ、もちろんよ。でも……」

10 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:48:48.34 ID:W1wO3Tbf0
 綾乃は、なおも不遜な態度を崩さない。

「これまでいくら叱っても、のらりくらりとかわしてきた歳納京子!
 そしてあなたたちに、今さら何ができるって言うのかしら?」
「それは、まだ分からない。でも」

 結衣の真剣な眼差しが、綾乃の余裕を揺るがす。

「ごらく部は、必ず守ってみせる。生徒会のみんなにも、校長先生にも、そう伝えてくれ」

12 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:51:05.13 ID:W1wO3Tbf0
 綾乃が去ってから、1時間後。
 結衣・ちなつ・あかりの3人は、顔を突き合わせてあーでもない、こーでもないと、起死回生の案を練り続けていた。

「ねえ。ここはもともと茶道部だったんだし、みんなでお茶を点てて先生にごちそうする……ってのはどうかなぁ?」
「あかりちゃん、正しいお茶の作法知ってるの?」
「う。そ、それは……」
「それよりも、ほら、前にみんなで粘土遊びをしたことがあったじゃないですか!
 あんな感じで、また、芸術的な作品を……」
「だ、だめ絶対! ちなつちゃんの芸術は、人類にはまだ早すぎるよぉ!」
「はぁ?」
「そ、そうだぞちなつ。だいたい、粘土とか紙芝居とか、そういうのは工作部か美術部の領分だ」
「ん、そっかぁ……じゃあ、一体どうすれば……」
「ふああああー、今日もよく寝たぜー!」

 深刻な空気が漂っている最中ながら、何の前触れもなく、いきなり京子が起き上がった。
 寝呆け眼の部長はそのまま大きく背筋を伸ばし、友人たちの顔を見回す。

「なんだなんだぁ? みんな揃って、シケたツラしてるなぁ」

 能天気な表情に、恨みがましい視線が集中する。

「え? なに? どしたの? まさか、校長命令でごらく部が潰されることになったとか?」
「ああ。その、まさかだ」
「いやいやいや、またまたご冗談を! あ、これから結衣ん家行っていい?
 こないだ買ったラムレーズン、まだ残ってるよね?」
「それどころじゃない」
「それどころじゃないです!」
「それどころじゃないんだよぉ……」

13 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:51:50.95 ID:W1wO3Tbf0
 流石の京子も、室内の空気が不穏当に過ぎる事を肌で感じ、

「え、マジ?」
「京子ちゃん、これ見て!」

 頬をひきつらせる京子の鼻先に、あかりが例の通達を突きつける。

「どうしてくれるんですか! これもみーんな、京子先輩がヘラヘラしてばかりいるからですっ!」

 ちなつは今にも泣き出しそうだ。

「……私たちだけじゃ、いいアイデアが浮かばない。お前なら、どうする」

 結衣が、うめくように言う。
 そして杏子は、あかりから受け取った文面に素早く目を通すと、急激に顔を曇らせ……


14 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:52:45.49 ID:W1wO3Tbf0
 たりは、しなかった。


「なんだ、簡単じゃん」

 まるで修行を積んだヨーガの行者が、燃え盛る火炎の中にさえ平気で入って行くように。
 歳納京子は、眉ひとつ動かさずに、

「つまり、そんじょそこらの中学生がやったことないようなことをすればいいんでしょ?
 それで、みんなを楽しませればいいんでしょ?
 だーいじょうぶ、楽勝だって!」

 そう、宣言したのだった。

15 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:54:18.62 ID:W1wO3Tbf0
「たのもー!」

 ごらく部に最後通牒が突きつけられた、その翌日。
 昼休みになるや否や、京子は全く昨日までと変わらないテンションで、生徒会室に突撃した。

「あ、歳納先輩」
「何かご用でして?」

 その場に居合わせた向日葵・櫻子が、同時に声をあげた。
 さらに……

「来たわね、歳納京子」
「おう、来てやったぜ杉浦綾乃」
「ふっ……泣きごとなら、聞かないわよ?」
「ちっちっちっ、逆だって逆。私は、お前を泣かせに来たのだ!」
「ええっ、な、泣くほど激しいプレイって、どんなやろ……」 
 
 ひとり恍惚と鼻血を流し続ける千歳を置き去りに、京子はまるで昨日の意趣返しだと言わんばかりに、綾乃の前で1枚の書類を広げた。

「見ろっ! この『文化祭パフォーマンス大会・ステージ登録用紙』をっ!」

 登録者代表:歳納京子。
 その他の登録者:船見結衣、吉川ちなつ。

「あ、ひとり忘れてた。今すぐ書き足すから、ちょっとこのボールペン貸して」
「……なに、これ」

16 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 22:56:23.07 ID:W1wO3Tbf0
「あ、聞いてなかったの?
 じゃ、もっかい言ってあげる。これは『文化祭パフォーマンス大会・ステージ登録用紙』。
 ほら、2週間後には文化祭があるでしょ?
 でもってその日、体育館のステージでは、誰でもパフォーマンスを見せられることになってるでしょ?
 持ち時間は、ひとつのユニットにつき30分ずつ!
 ……って、え? もしかして知らなかった? やだなー綾乃、おっくれってるぅー」
「遅れてない! 知ってるわよ! だいたい、その用紙を印刷して各クラスに配布したのは生徒会だし!」
「あ、そう。じゃ、細かく説明しなくてもいいよね。さらば!」
「ま、待ちなさい!」

 そう言われて、
京子が素直に立ち止まった試しはない。
 台風に見舞われた直後のような気疲れを感じながら、綾乃は副会長席の椅子に背中を預ける。

「それにしても」

 綾乃はじっと、用紙の最下段・「パフォーマンスの詳細」欄を見つめた。

「ふうん、『狂言』ねえ……」

 しかも、それに付け加えて

『すでに演劇部があることは知ってますが、国語の授業でも現代文と古文は別モノだし、
 現代劇と古典劇も分けて扱ってもらえるとありがたいです』

 とは、なんとも厚かましい言い分である。

17 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:00:08.06 ID:W1wO3Tbf0
 苦々しい表情で登録用紙をヒラヒラ弄んでいると、それを櫻子が覗きこんできた。

「歳納先輩、今度は何をしでかすつもりなんで……ん、んん? きょーげん? 何それ?」
「まあ、まさかご存知ないの? 日本古来の伝統文化なのに」
「し、知ってるわい! アレでしょアレ、変な模様を顔に描いて、イヨー、ポンポン! ってやつ」
「それは歌舞伎のことではなくて?」
「へ?」
「ああ、まったく櫻子の無知には驚くばかりですわ」
「なんだとー! こっちだって、あんたの胸に有り余ってる脂肪分にはいつもイラついているんだよっ!」
「ちょ、それとこれとは全く関係がないでしょ! んもう、先輩も何か言ってやってくださいな!」
「え、あ……」

 いきなり話題を振られて、言葉に詰まる。
 綾乃もまた、狂言とはどんなものであるか、詳しいことは知らない。
 ただ、いつだったかの古文の授業で、実際の舞台を収録したDVDを見せられ、教師からは
 「つまり、大昔のコントみたいなものだ」という説明を受けたことだけは、覚えている。

「中学2年生に……できるものなの……?」
「乙女心は、複雑やなあ?」

 ぽん、と肩を叩かれ、綾乃は物思いを打ち切る。
 振り返れば、妄想世界から帰還したばかりの千歳が微笑んでいた。

18 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:01:23.99 ID:W1wO3Tbf0
「歳納さんのこと、そんなに心配?」
「ばっ……馬鹿なこと言わないで、誰があいつのことなんて!
 って言うか、あいつを茶室から追い出すことこそが、私の悲願であるわけだし」
「昨日、校長室に一緒に行ったやん。で、校長先生は最初、執行猶予は1週間ぐらいでどや?
 って言うてたやん」
「……む」
「でも、それを2週間先……文化祭の晴れの舞台まで伸ばしてくれるよう頼み込んだのは……
 さて、誰やったかなあ?」

 綾乃の頭頂から、もくもくと湯気が揚がり始める。

「ダラけきった女子4人組が、神聖なる茶道部室を不当に占拠して、不純な遊び場にしている。
 そういう悪い評判、最近よう聞かはるようになったねえ。
 しかも、生徒の間だけじゃなくて、先生の間でさえ。
 もしこのまま放っておけば、どっかの真面目でおせっかいな誰かさんの手によって、ごらく部は潰されてまう……
 遅かれ早かれ、な。
 そうならないためには……普段チャラチャラしてるごらく部だって、やる時はやるんやで! 
 ってところを、キッチリと見せつけなあかん。
 できるだけ多くの人が、注目している場でな」

 昼休み終了のチャイムが、鳴り響いた。

19 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:03:51.78 ID:W1wO3Tbf0
「なんやかんやで、歳納さんはハイスペックかつ友だち思いなお人や。
 やる! と決めたんなら、キッチリやり通すやろ」
「千歳! さっきからベラベラ意味不明なことばかり……」
「ほんとに、好きなんやな。信頼してるんやねぇ」

 憧れと崇敬と羨ましさが入り混じった、一点の邪気もない笑顔がそこにあった。
 綾乃はただ、茹で上がった顔を両手で覆い、生徒会室を走り去るより他はない。

20 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:05:06.11 ID:W1wO3Tbf0
 そして迎えた、学園祭当日。

「しかし……今さら聞くのもなんだけど、どうして狂言なんてやろうと思ったんだよ」

 ごらく部の4人組は、舞台袖の控え室で出番を待ち構えていた。
 無言のままじっとしているのを、何となく気まずく思った結衣が、ぎこちなく話題を作る。

「選択肢は、他にいくらでもあっただろうに」
「それはだな……えっと、ほら、いつだったか古文の時間に、DVD見たことあったじゃん。
 柿を盗みに来た山伏が、カラスの物真似をしてどうこう……ってやつ」
「ああ、『柿山伏』だっけ?」
「うん。でさ、それでピーンと来たわけよ。
 私たちごらく部の日常も、あんな感じでネタ化すればウケるんじゃね? って」
「ふうん」
「あとは……意外性、かな? どうせやるなら、まさか! その発想はなかった!
 って思われるようなこと、やりたいじゃん?」

 かなり古い付き合いではあるものの、結衣には未だこの幼馴染の思考をトレースしきることができない。
 しかし、だからこそ新鮮で愉快な……それこそ狂言舞台上の喜劇めいた日々が、ずっと続いているのかもしれない。
 そう考えると、「こいつに振り回されるのも、悪くはないかな」という苦笑が胸の奥から湧いてくる。

「じゃあ、最後の確認だ」

 いささか緊張の和らいだ結衣の一言に、ちなつとあかりは頷く。

21 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:07:05.70 ID:W1wO3Tbf0
「ひとつのユニットにつき、パフォーマンスを許されている時間は最大で30分」
「そそそ、その30分で、私たちの将来が決まるんですね」
「あ、あかり、緊張で震えが止まらないよぉ」
「京子が書いた話は、2つ。それが、私たちの武器の全てだ」
「2つだけ……うーん……たった30分じゃ、私のあふれる創作センスを表現しきれないよね、やっぱり」

 前髪をくるくるといじりながら、カラッとした口調で喋るのは、部長その人。

「京子先輩、少しは緊張して下さい。私たち、生きるか死ぬかの瀬戸際なんですよ?」
「ほ、ほんとに大丈夫かな? ちゃんとウケるかなぁ?」
「なによー、この私が書いた台本に、文句があるの?」
「……なにせ、3日間でサクッと書き飛ばした話だからな」

 いつも無計画で突っ走っていたことの反動だろうか。
 この2週間における京子の行動は、まるで無駄のないものだった。
 ……と言うか、無駄に費やせるだけの時間的余裕がないということを、流石の京子もしっかり自覚していた。
 だから彼女は、持てる知性の全てをもって、まず古文の基礎を覚え込んだ。
 さらには図書館に籠り、狂言の様式についても調べられるだけ調べた。
 そこからオリジナルの台本を書き上げ、取り残されたまま不安な面持ちでいた部員たちの前に
 ドヤ顔で広げて見せるまでには、丸3日を費やした。

22 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:10:10.44 ID:W1wO3Tbf0
「ううん! たった3日で、しかも大昔の言葉を使ってこれだけ書けちゃうなんて、やっぱり京子ちゃんはすごいよぉ!」
「……先輩って、せっかく天から与えられた頭脳を無駄遣いするために生きてますよね」

 言い方が素直かそうでないかの違いはあるが、これは後輩たちなりの最高の賛辞である。

「ふっふーん、この西京極ラム子先生にかかれば、お茶の子さいさいってもんよ!
 でも……」

 ステージの上では、サッカー部のエースがものすごい勢いでリフティングを繰り返している。
 これが終われば、次はごらく部の番だ。

「書いたのは私でも、演じるのはみんなだ。
 みんながいなけりゃ、ごらく部もなかった」

 ゆっくり、京子は頭を下げる。

「私がだらしないせいで、みんなにまで迷惑をかけて、ごめん。
 でもね、私はごらく部が好きなの。ほんとに、大好き。
 これからも、みんなと一緒に楽しく過ごしたい。
 だから……自分勝手なわがままだってことは、分かってるけど……」

24 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:11:38.33 ID:W1wO3Tbf0
 ステージのすぐ下には、生徒会メンバーの控えるタイムキーパー席がある。
 彼女たち役員の仕事は、パフォーマンスの持ち時間が過ぎた瞬間にハンドベルを鳴らし、
 この催しを次々と進行させることだ。

「お願い。みんなの力を……」

 からんからんからん。
 生徒会長が振る鐘が渇いた音を響かせ、京子の声を打消す。
 しかしその手は、結衣の暖かな手によって固く握りしめられていた。

「やるぞ」

 結衣に促されるまま、ちなつとあかりも、黙って手を伸ばす。
 4人の手が、しっかりと重なり合う。 

「みんなに見せてやろう。私たちのごらく部が、どんなに楽しい場所かを」
「やりましょう! ファーイト!」
「おおー!」


25 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:14:03.87 ID:W1wO3Tbf0
「はい、エクストリームなリフティングありがとうございましたー!
 さてさて、お次は……」

 千歳は左手にマイクを持ちながら、登録者名簿上に視線を走らせる。

「あ、歳納さん! ……と、愉快な仲間たち。つまり、ごらく部の皆さんやね」

 ごくり、と唾を飲み込む音が、すぐ隣に座る綾乃の喉から聞こえてきた。
 千歳は小声で「だいじょーぶやって」と囁いてから、

「それではエントリーナンバー17番、ごらく部による狂言です!
 さあ、はりきってどうぞー!」

 呼び出しに応え、最初に舞台中央へと進み出たのは……結衣だ。
 なぜか水玉模様のスモックに黄色い通学帽という、いかにも幼げな服装であった。
 じわじわと、観客席にざわめきが広がる(舞台袖に隠れるちなつも、「か、かわいすぎます先輩……」と目を輝かせている)。
 予想よりも大きな反響に対し、やや戸惑いがちに顔をこわばらせていた結衣だったが、とりあえずは畳んで懐にしまっておいたA3用紙を広げる。
 その上に黒々と墨書されていたのは、

 『狂言・偽菩薩』

 という丁寧な明朝体。
 結衣はタイトルをしばらく客席に掲示した後、再び紙を折り畳み、それからひとつ大きな深呼吸をして……

 やがて、朗々とした声でセリフを発し始めた。

27 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:16:49.62 ID:W1wO3Tbf0
まり(演者:結衣)「まかり出でたるは、この辺りに住まひ致す童にて、船見まりと申す者でござる。
           我が縁(えにし)たる船見結衣は、ただいま所用あつてこの家を離れております故、
           代はりて留守を預かつておりまする」


(まり、その場に座る。続いて、七森中制服姿の京子・ちなつ・あかり登場。
 あかりは後見として舞台の奥に座り、そのまま存在感を消す。
 京子・ちなつも、まず舞台奥に立つ。
 また、京子は大きな紙袋を抱えている)


京子「これは遠国に隠れもなき、ごらく部の部長でござる」

ちなつ「同じく、ごらく部の者でござる」

京子「我らごらく部と言ふは、七森中が茶室に仮住まいをいたし」

ちなつ「様々な芸事、ごらくを極め」

京子「一生に一度の青春を、楽しみ尽くすべく精進しておりまする」


28 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:18:37.98 ID:W1wO3Tbf0
ちなつ「誓文、ただ怠け居り、昼寝の鼻提灯を膨らませるばかりにはござらぬ。なう京子殿」

京子「まことに、まことにさうぢや。されば本日は日頃もようござるによつて、我が友たる船見結衣を訪ね、
    次なる芸のことを談合いたしたく存ずる」

ちなつ「シテ、これはまづ、次なる芸とは何をなされますか」

京子「ムム、それよそれ。三日三晩に思案を巡らせた末、狂言をあい勤めるべきと定めてござる」

ちなつ「ナニ狂言。それは並の中学生を抜く、長じたおことにござる」

京子「ホホ(笑ふ)、さもこそ、さもこそ。ではイザ、そろりそろりと」

ちなつ「参りませう」


(京子・ちなつ、舞台をひと巡りし、まりのすぐ近くへ)


京子「サア、これが結衣の庵ぢや」

ちなつ「念なう早く着きましてござる」

京子「では、結衣を呼ぶぞ」

ちなつ「ハア、イザ、チヤツとお呼びなされ」

京子「心得てござる。ヤイヤイ結衣、結衣や居るかやい」

29 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:20:35.18 ID:W1wO3Tbf0
(まり、立ち上がる)


まり「ムム、外より結衣を呼ばふ声が聴こえてきた。
    どこのどなたが来られたるものか、戸を開けて確かめたく存ずる」


(まり、戸を開ける動作)


まり「イヤなうなう、どこのどなたでござるか」


(京子・ちなつ共に驚く)


京子「ムム、ムム、これはなんと。あやしきことかな、あやしきことかな」

ちなつ「なんとマア、麗しの結衣殿が、小童と変じてござる
     エエ、あやしきことかな、あやしきことかな。」

まり「イヤイヤお待ちあれ。私は船見まりと申す者でござる。
   我が縁(えにし)たる船見結衣は、ただいま所用あつてこの家を離れております故、
   代はりて留守を預かつておりまする」

31 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:22:58.79 ID:7qcdo2Mi0
ごらく部すご

32 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:23:45.66 ID:W1wO3Tbf0
京子「ハア、然様でござつたか。
   こなたの顔立ち、まこと結衣やと紛ふほどなれば」

ちなつ「結衣殿の背丈が縮みたるものかと、うち驚きました」

まり「イヤイヤ、船見結衣ではなうて、船見まりでござる」

京子・ちなつ「アイ、粗相でござつた。許いてくだされい」

まり「おんでもないこと。さればまづ、本日は如何なる御用のお越しでござるか」

京子「サテ、そのことでござる。我らは結衣と同じ、ごらく部の者にござるが」

ちなつ「肝心の結衣殿が留守であれば、談合は成らぬ。本日はこのまま帰り、また日を改めて参りまする」


(京子・ちなつ去ろうとする。それを、まりが引き留めて)


まり「イヤイヤお待ちあれ、頼うだ御方、頼うだ御方」

京子「ハテ、何事でござらう」

まり「ひとつ、教えさせられい。もしや、こちらの御方は」

33 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:26:22.73 ID:W1wO3Tbf0
(まり、京子に耳うち。その後、京子はちなつの袖を引き、一旦まりから離れる)


京子「コレ、ちなつ殿。ひとつ聞いておくりやれ」

ちなつ「ハテ、何事でござりませう」

京子「あの童が申すに、もしやちなつ殿こそが魅羅狂(みらくるん)菩薩の化生ではないかとの疑義でござる」

ちなつ「ナニ、あの童が申すに、私が魅羅狂菩薩の化生ではないかと」

京子「なかなか。如何にも言はれてみれば、ちなつ殿の顔立ちは魅羅狂菩薩の姿絵や木像に生き写しでござる」

ちなつ「ムム。仰せなれど、私は未だ魅羅狂菩薩とやらを見たことがござりませぬ」

京子「ジヤア。こは何としたものか」

ちなつ「さればまづ、その菩薩の有様をお教えになるがよからう」

京子「イヤ、他でもござらぬ。魅羅狂菩薩とは、奇特の法力もて悪鬼を滅ぼし、衆生の済度に一念勤められると言ふ有難き菩薩でござるぞ」

ちなつ「これはこれは。然様に有難き菩薩に似たるとは、面映ゆきことぞ」

京子「さればちなつ殿、ひとつこれを着てみておくりやれ」


34 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:28:06.19 ID:W1wO3Tbf0
(京子、持っていた紙袋を開ける。
 中には『魔女っ娘ミラクるん』のコスプレ衣装が入っている)


ちなつ「ヤヤ、こは何と」

京子「これぞ、数々の絵巻物に伝へられる菩薩の法衣にして、我が家の重宝にござる。
   かやうなことも何時かはあらうと、本日まで肌身離さず持ち歩いてござつた」

ちなつ「シテ、これを着て如何様に振る舞へとおしやるか」

京子「古言にも『子どもは素直が一番』とやら申しまする。されば、菩薩光臨を信ずる幼児(をさなご)の、
   無垢の一念に報ひてやりたく存じまする」

ちなつ「すなはち、顔のみならず振る舞ひもまた菩薩の真似をせよとおしやるか」

京子「なかなか」

ちなつ「それは尊き思い立てかな。ようござる、幼児の無垢の一念に報ひるために、ひとつその法衣を貸してくだされ」

京子「オオ、貸しまするぞ、貸しまするぞ」

ちなつ「ヤア、着まするぞ、着まするぞ」

35 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:30:08.01 ID:W1wO3Tbf0
京子「マア、お待ちあれ。例へ姿を菩薩に装ふとも、その立ち振る舞ひも似せなければ、すぐに正体を破られまする」

ちなつ「ハア、では如何いたしませう」

京子「そこは、コレコレこのやうに」


(京子、ちなつに耳うち)


京子「よろしうござるか」

ちなつ「心得ましてござる。では、ひとつその法衣を貸してくだされ」

京子「オオ、貸しまするぞ、貸しまするぞ」

ちなつ「ヤア、では着まするぞ、着まするぞ」


(ちなつ、衣装を持っていったん退場。京子、まりに近づく)


36 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:31:21.15 ID:W1wO3Tbf0
まり「サテも頼うだ御方、お連れの方こそ魅羅狂菩薩の化生やとお見受けいたしましたが、
   御返答は如何でござらう」

京子「エエ、まさに大地射抜く眼力にて、紛ふことなく菩薩そのものでござる」

まり「オオ、オオ(喜ぶ)。絵巻物の伝ふる麗しの菩薩に、よも生きている間に会へるとは。
   これに勝る功徳はあるまいぞ」

京子「まことにおめでたうござる。されど、今しばしお待ちあれ。
   まり殿の信心まことに深ければ、かの菩薩も深く感じ入り、絵巻物のままの装束姿をお見せになりたしとの仰せにござる」


(そこに、急いで着替えを終えたちなつ登場)

39 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:36:00.66 ID:W1wO3Tbf0
------------------------------------------

 これまでも時々は、そこかしこから忍び笑いが漏れていた。
 使われている言葉こそ耳慣れないものだが、それでも真剣な態度で滑稽な演技を見せようとする熱意は、確実に伝わりつつあった。
 そして……どこからどう見ても「現代の魔女っ娘」そのものであるちなつが登場した瞬間、とうとう体育館内は爆笑に包まれた。
 時代がかった仰々しいセリフ回しと、今めかしいコスプレ。
 その聴覚と視覚とのギャップが、最高の馬鹿馬鹿しさを生んでいるのである。

 計算通りの反応に満足しながら、京子はふと、ステージ下の綾乃を窺う。

「あっははははは! なにあれ! あれは卑怯すぎるって!」

 綾乃はそんなことを言いながら、やはり顔を綻ばせている千歳の肩を、バンバンと叩いている。

(これだけ喜ばせてやったなら……まあ、借りは返せたかな?)

 京子は、綾乃の真意に薄々気づいていた。
 彼女が、これまでになく本気で自分たちを潰しに来たという事は……つまり……
 ごらく部もまた、本気の底力を見せなければならない時が来たということなのだろう。
 そのきっかけとなった不器用な優しさに、京子は内心で手を合わせる。

40 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:41:00.48 ID:W1wO3Tbf0
(どうだ綾乃。それに他のみんなも、よーく見ておけ。
 私たち、バカだろ?
 バカなことに夢中になるのって、こんなにも楽しいんだよ!)

 しょせんは、付け焼刃の稽古で演じる素人劇だ。
 セリフ回しも演技も稚拙で、どうあっても学芸会レベルを脱しきれないということは、京子自身がよく分っている。

(だけど……!)

 この「本気」を、自分たちの心中に尽きることなく湧き出てくる「楽しい!」を伝えることさえできれば、
 どれだけ笑われたって構わない。

 いや、むしろ、もっともっと「笑われればいい」と、切に思う。

 だから台本を書く上でも、かつて自分たちの身近で現実に起こり、そして「あれはおかしかったなあ」と
 胸を張って言える出来事をこそ元ネタにしたのだ。
 それは、もともと庶民のための「ごらく」だったという狂言の精神からも、さほど外れたものではないだろう。

 そんなことを考えながら、京子は、再び大きく口を開く。

------------------------------------------

41 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:42:12.36 ID:W1wO3Tbf0
京子「ソレ、つらつら申しておるうちにご光臨ぢや」


(ちなつ、恥づかしげな様子)


まり「ワイワイ(ちなつの周りを小躍りしながら回る)。ありがたや、ありがたや。
   サテもサテも、これはまことの魅羅狂菩薩でおはしまするか」

ちなつ「ムム(戸惑ふ)」

まり「これぞ魅羅狂菩薩そのものと見て、間違いござらぬか」

京子「間違いござらぬ」

まり「真実でござるか」

京子「それこそ菩薩に誓ひて、一定でござる」

ちなつ「ムム(戸惑ふ)」

京子「(小声で)コレ、ちなつ殿。こなたは今、菩薩そのものと信ぜられているのでござるぞ。
   先ほど教えた通り、イザ振る舞はしめ」

ちなつ「(面倒そうに)ヤア南無三宝。あはれ愛染、勝軍の威徳、すなはち魅羅狂菩薩の光臨なるぞ」

まり「ワイワイ(喜ぶ)。ありがたや、ありがたや。
   サテもサテも、これぞまことの魅羅狂菩薩ぢや」

43 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:44:37.84 ID:W1wO3Tbf0
ちなつ「サアサア。我がきらきらしき姿、ゆるり堪能なされたか」

まり「ハア、この上なう眼福でござつた」

ちなつ「よしよし。では、今はこれまで。私はまうかう帰りまする」

まり「イヤお待ちあれ。西方浄土へお戻りとなる前に、ひとつ絵物語めく術をば披露させられい」

ちなつ「ナニ術とおしやるか」

まり「いかにも。破邪顕正なす奇徳の御業、この目でしかと拝したくござる」

ちなつ「ムム、ムム(困り果てる)。エエ、然様か、術が見たいか。
    悪鬼妖魔を懲らす幻術、あるひは善男善女助くる仙術をば御所望か」

まり「なかなか(期待に目を輝かせる)」

ちなつ「ムム、ムム(困りながら)、ではひとつ、別儀にて得手物の術を目にかけまする」

まり「(手を打つ)ヤンヤ、ヤンヤ」

ちなつ「(杖をかかげて)ヤア南無三宝、のうぼ、ばぎゃばてい、たれいろきゃ、はらちび、しゅだや」

46 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:52:18.55 ID:W1wO3Tbf0
(ちなつ、わざとめきて杖を握る手に力こめ、ポキリ折る)


まり「オオ、これは如何なこと」

ちなつ「あな、しなしたり。鬼の目にも涙と言ふに、菩薩の手とて抜かることがあるものぢや」

まり「では、術は」

ちなつ「杖が折れたなら、術は使えぬ。アア、許させられい」

まり「(うなだれて)オオ、オオ、無念にござる」


(ちなつ、京子の側へ身を寄せる)


ちなつ「幼子の無垢なる信心に報ひよ、との仰せにござつたが」

京子「如何様、あはれなる幕切れとなつたものぢや。アレいたましや、いたましや」

ちなつ「いたましくはござれども(まりを見て)、なお仏を信じさえ居れば、またの日和もあらうに」

京子「詫びることなく、なほ畏まつておりやれ」

まり「心得ましてござる。されどマア、菩薩様」

47 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:54:46.96 ID:W1wO3Tbf0
(後見あかり、棒麩菓子をまりに渡す。
 まり、それをちなつに差し出す)


ちなつ「ヤヤ。これはまた、杖のように長い麩菓子ぢや」

まり「ふたつとなき宝杖を損じましたること、まこと惜しうござる。
   さればせめて、この棒菓子を代わりの役にお使いなされ」

ちなつ「(感じ入りて)アレアレこれはどうぢや、我ら罰当たりふたりの、嘘を重ねた不調法」

京子「それをサラリ許いたのみならず、転ばぬ先の杖すら進ずるとは」

ちなつ「この童の大悲こそ、菩薩めいてありがたけれ」


(まり、ちなつに麩菓子を手渡す)


まり「末法の世なれば、人の生き様もまた塩はゆき味に満ち満ちてござる。
   なればサア、ひと時の甘味に舌を喜ばせるがようござろう」

京子「イヤイヤ、それには及びませぬ。まり殿の喜捨こそ、如何な法具にも勝れる宝なれば」

ちなつ「コレこの通り(飛びあがって)、我が身に不思議の法力が戻りたるぞ」

まり「ヤヤ、まことにござるか」

48 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/25(火) 23:57:04.18 ID:W1wO3Tbf0
ちなつ「誓文、まこともまことぢや」

まり「シテ、術は如何でござらう」

ちなつ「オオ、言ふに及ばず。一段となのめならぬ術を披露申しまする」

まり「なんとまづ、一段となのめならぬ術とは、如何なるものでござらうか」

ちなつ「すなはち、人の心を浮き立たせる遊戯(ゆげ)の術ぢや」

まり「遊戯の術とは、どれほど面白きものでござらうか」

ちなつ「すなはち修羅道の戦とて、たちまち愉快の宴と化すほどぢや」

まり「イヤイヤそれはめでたうござる。ではひとつ、術を使ふてくだされい」

ちなつ「オオ使ふぞ、使ふぞ。されど遊戯の要(かなめ)は唄ぢやによつて、まり殿も共に音声なさしめ」

まり「心得てござる」

ちなつ「京子殿も、よろしうござるか」

京子「心得てござる」


(以下、三人でテキトーに、されど楽しくノリ)

49 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:00:09.63 ID:rITS/GJI0
(以下、三人でテキトーに、されど楽しく舞ひ唄ふ)


ちなつ「ソレ、ゆりゆららら」

京子「ゆるゆり」

ちなつ「ヤレ、ゆりゆららら」

まり「ゆるゆり」

三人「ゆりゆららゆるゆり、大山鳴動の祝着事」

ちなつ「舞ひ舞ひて、今日も明日も心は爆ぜて」

京子「背丈は伸びず、うち詫びたるも」

まり「甘菓子食べ過ぎ、酒池肉林」

三人「さればとて、密かの乙女や如何にせん」

ちなつ「稽古の末の本舞台」

京子「遅参の無礼はあるまじと」

まり「読み書き習いも二の次に」

三人「喰ふや喰はずや、いやいや喰へぬか」


50 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:01:51.19 ID:rITS/GJI0
(三人、ノリノリで舞ひ唄ふ)


ちなつ「乙女の春に桜咲き」

京子「しづ心無く桜散り」

まり「されど明日も良き日なれ」

三人「我らが唄ふは、良き日のためぞ」

ちなつ「イザ汝を恋ふ」

京子「サア汝を思ふ」

まり「されば明日も、かの傍らと」

三人「我らが唄ふは、玉の緒の絆」

ちなつ「会えぬ時には、居眠(ゐねぶ)りあるのみ」

三人「夢の中にて、自在の逢瀬」

51 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:03:04.38 ID:rITS/GJI0
(三人、手を繋ぐ)


ちなつ「ソレ、ゆりゆららら」

京子「ゆるゆり」

ちなつ「ヤレ、ゆりゆららら」

まり「ゆるゆり」

三人「ゆりゆららゆるゆり、大山鳴動の祝着事」


(三人、舞ひ唄ひながら退場。
 続いて、あかりも一礼して退場)

52 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:05:05.43 ID:rITS/GJI0
------------------------------------------

 拍手。
 拍手。
 割れんばかりの拍手。

「やった……!」

 あかり以外の3人は、熱演の結果として体中が汗まみれだ。
 しかし、舞台袖の彼女たちは、そんなことを全く意に介せず、濡れそぼってなお火照る体を互いに抱き合う。

「よかった……ほんと、よかったですぅ。わーん!」

 つい先ほどまで、多幸症めいた笑顔を保ちながら舞台の上を踊り回っていたちなつであったが、
 緊張の糸が切れた瞬間、その瞳には涙の粒が次々と浮かび始めた。

「ああ、最高だったな……なぁんて、自分で言うのもおかしいけど……ぐすっ」

 いつもはクールな結衣ですら、この時ばかりは目を拭わずにはいられない。

「あうぐぇぇぇぇぇ、あうふぃぃぃぐすしおぉぉ」

 京子に至っては感情の爆発を抑えきれず、もう何を言っているのかさっぱり聞き取れない。

「ああもう、あかりも見ているだけなのに緊張しまくっちゃったよぉ。
 でも、これで私たちのごらく部は……」

 安堵の微笑みを浮かべるあかり。
 4人は同時に、力強くうなづき合った。

53 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:07:31.10 ID:rITS/GJI0
「よーし。それじゃ駄目押しだ」

 結衣が、あかりに向かって不敵に笑いかける。

「もう勝利は決まったようなものだけど、次はもっともっと凄いヤツが控えてるからな」
「うん! なんたって2本目は、あかりが主役だもんね!」
「題して『赤座主役』……っつーか、あはは、そのまんまだね! あかりちゃん、最初の口上がんばって!」
「あぎゅぐぅぅええ」

 あかりは、腕時計をちらりと見る。
 ここまでで、約20分。
 そして残り10分で、『赤座主役』を演じ切る。
 きっかり、練習通りの時間運びであった。

 が、しかし……

54 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:08:22.82 ID:rITS/GJI0
「あ、あれ?」
「どうした、あかり」
「つ、ついにあかりも思いっき目立てるんだと思うと……ま、また、すごく、き、緊張してきちゃったよぉ。
 で、緊張のあまり、最初のセリフ忘れちゃったぁ……」
「え、ちょ、しっかりしてよ!」 
「えっと、語り出しはどんなだっけ、えーと、えーとぉ……」
「んばどぅるどげぇぇぇぇ、いばし、もるもるとぅぅぅ」
「あ、そうそう! 
 『これはシテを務めまする、赤座あかりといふ者でござる。
  シテと申すは別に主役とも言い習わし、常に舞台の中央に立ちては他の者を引き連れて……』
 だったね。
 ありがとう京子ちゃん、もう大丈夫だよ!」
「今の言い方で、よく聞き取れたな……」
「よし、今度こそ行っちゃえあかりちゃん」
「ラジャー!」

 思えばあかりの人生とは、なもりがそうさせたとはいえ、影の薄い人生であった。
 しかし、そんな忌まわしい記憶と過去とを、ついにバッサリ断ち切る瞬間が来たのだ。

(あかりが、主役……!)

 次の演目・『主役赤座』のシナリオは、作者の京子自身が執筆中に何度も吹き出してしまったという世紀の傑作である。
 他のごらく部メンバーたちもまた、練習中についうっかり爆笑して呼吸困難に陥り、セリフを喋れなくなるという憂き目に
 何度も何度も見舞われた。


(今こそ、輝く時……!)

 これを演じきった時、赤座あかりは、生まれ変わる!

55 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:09:42.85 ID:rITS/GJI0
 そう信じて舞台裏から栄光の舞台へと、最初の一歩を踏み出……そうとした、その時!








 からんからんからーん。







「はーい、ワンダフルな舞台ありがとうございましたー。
 興奮冷めやらぬ状況ですが、時間いっぱいなので次に移りますー。
 えーと、今度のパフォーマーさんは……
 あ、なんと生徒会長直々の出番やね。しかも、あの西垣先生と一緒や!
 ……なんか、やけに悪い予感がしはりますけど、とりあえずはりきってどうぞー」


56 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:12:31.39 ID:Y9QFeGHj0
あかりちゃん…

58 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:13:32.11 ID:rITS/GJI0
 フラリ立ち上がったりせと入れ替わりに、ごらく部の面々が生徒会席に殺到する。

「あ、みんなお疲れ様やー」
「ふん! まあ大して面白くもない舞台だったけど、まあ及第点ね。
 少しだけ見直し……」
「びゃぶでぇぇぇぇ、じゃがたんてるとすぅぅぅ」
「って、どうしたのよ歳納京子! 何事なの、その凄い泣き顔と謎言語は……」
「あのね、京子ちゃんは、
 『どうしてもう終わりなんだよ! 持ち時間は30分のはずだろ!』
 って言ってるんだよぉ」
「よ、よく聞き取れるわね……って、いやいやいや。あなたたち、何を言ってるわけ?」
「そうやでー。今年は応募者多数につき、1グループの持ち時間は20分に短縮します……
 って、あんだけ宣伝しておいたやないか? なあ綾乃ちゃん?」
「うんうん。先週からつい昨日まで、お昼休みの度に校内放送でお知らせしてたじゃない!」


 ごらく部一同は、その場で石のように硬直する。

「お昼」
「休み」
「だと?」
「あうあうあー」

 ……最近は、昼休みの時間すら惜しんで部室に集まり、猛練習を重ねていた。
 ……あまりにも熱心に練習するあまり、どの部員にの耳にも、校内放送など届いていなかったようで……

59 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:15:37.39 ID:rITS/GJI0
「あ、あかりの晴れ舞台がぁ……主役デビューへのヴィクトリー・ロードがぁ……」
「ま、まぁまぁ。えっとな、実は今日のトリを務めるはずだったエクストリーム・アイロンがけの人が、
 風邪ひいてもうて出演できなくなってん。だから……」
「え、それじゃ……!」
「やれやれ。本当に手間をかけさせてくれるわねえ、まったく!
 ま、客受けはそこそこだったみたいだし?
 10分ぐらいだったら、アンコールの希望を受け付てあげないこともないわ」
「わぁ! 池田先輩、杉浦先輩、ありがとうござ……」


 と、あかりが頭を下げるのと同時に。









 ステージが大爆発を起こした。

60 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:16:36.23 ID:rITS/GJI0
「……います……って、え? ええっ!
 えええええええええ!」
「あちゃー……なんとなく、こうなるような気はしてたんや」
「肝心のステージがこの有様じゃ、今年のパフォーマンス大会は中止するしかない……わよねぇ。
 残念だけど」


 力なくその場にへたりこみ、あかりは放心する。


 そして、この場にいた全員が、同時に同じことを思う。



(不憫な子……)


61 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:18:10.81 ID:rITS/GJI0
 こうして、ごらく部には元の平和でダラダラした日々が戻ってきた。


 京子は、二つ折りにした座布団を枕代わりにして熟睡中。
 結衣は、黙々とファッション雑誌のページをめくっている。
 ちなつは、そんな結衣の横顔を熱っぽい目で見つめている。

 しかしあかりだけは、それからしばらく廃人同然の状態であった……

 けど、それでもやっぱり存在感が薄いため、周囲からはあまり気にかけてもらえることがなかった。


 となむ、語り伝えたるとや。


(劇終)


62 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:19:23.31 ID:WRhbhHg/0
おつ

63 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:19:37.71 ID:rITS/GJI0
以上。

お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。

64 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:20:39.22 ID:Y9QFeGHj0
乙!

65 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:21:22.96 ID:5zyT68l60
おつ
狂言とか詳しいの?

67 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:25:00.85 ID:rITS/GJI0
>65
まったくの素人です。
けど、下手の横好きでチャレンジしてみました。
きちんとした心得のある人から見ればおかしいところだらけだと思いますが、
まあ「中学生が書いたもの」という設定ゆえ許させられい。

68 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:25:27.89 ID:pWmguFoB0

「狂言」と言って鬱系だと思ったけど、本当に「狂言」だったとは・・・・・・


69 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:30:23.02 ID:5zyT68l60
>>67
おお、そうなのか
弟がよく狂言のビデオ見てたから想像しやすかった
楽しく読めたよお疲れ様!

70 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/10/26(水) 00:34:56.23 ID:RGOnJA2X0
あかりぃ・・・

狂言集 (新編 日本古典文学全集)
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2011/10/26 05:10 | CM(1) | ゆるゆり SS
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  1. 774@いんばりあん [ 2011/10/26 23:05 ]
  2. チンプンカンプン
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