1 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:30:05 ID:13e/k.46
山無し谷無しオチ無しの日記のようなもの。
AM 5:00
携帯のバイブレーションで目が覚める。
妻「……ん、ぅぅ、ふぅぁ……」
あくびを噛み殺し損ねながらも、起こさないように気をつけて、寝返りを打って横で眠る夫くんの方を向いてみる。
夫くんは、いつもうつ伏せで眠る。枕に半分うずまる寝顔がとても可愛い。
妻「……おはようございます」
決して相手の耳には届かない声量で、朝の挨拶。
夫「……」
規則正しい呼吸に伴って上下する背中。ただの呼吸がこんなにも愛おしい。
気持ち、夫くんの腋の下辺りで、深く深く匂いを吸い込む。
妻「……すー」
夏場は汗の匂いがいっぱいで素晴らしい。
妻「……こんなことやってる場合じゃなかった」
2 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:31:06 ID:13e/k.46
朝起きたら、まず冷たい水で顔を洗って歯を磨く。
歯を磨くと、大体どんなに眠くても目が覚める気がする。目を覚ましたいなら顔を洗うより歯を磨く方が効果的だと思う。
それからほんの少しだけメイクをして、髪の毛に櫛を通し、括って背中に垂らす。
朝の臨戦態勢。キッチンへ向かう。
朝ごはんを作ろう。
毎朝、夫くんのために朝ごはんを作る。幼い頃からの夢を実現できていることがたまらなく嬉しい。
お味噌汁って凄い。大豆の加工品をお湯に溶かして大豆の加工品と海藻入れたらこんなに美味しいんだから。大豆って凄い。
納豆って凄い。大豆に大豆の加工品と芥子入れてこんなに美味しいんだから。良く考えたら冷奴もそうだ。大豆って凄い。
後は鮭の塩焼き……と、昨日の残り物だけど、ホウレン草と煮物。
じゅーという気持ちのいい音を立て、鮭に火が通っていく。
簡単なものだけど、1時間ほどで今日の朝ごはんが完成した。
妻「よしっ」
3 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:31:59 ID:13e/k.46
洗濯物をしよう。
我が家では火曜日と木曜日、そして土曜日と、場合によっては日曜日に洗濯する。
子供が出来たら、きっと毎日洗うことになるだろうと思う。
けど今は、まだ二人きり。夫くんのYシャツは特に綺麗にしなくては。
……洗う前に、顔をうずめてみる。
妻「……すー」
何故夫くんの服はこんなにも良い匂いがするのだろう。
私の語彙ではとてもじゃないけど表現できない匂い。
私はこの匂いが大好きだ。だけど匂いフェチじゃない。
なぜならフェチというのは、生物的要素を完全に排除してもなおその対象に興奮を覚える性質のことらしいからだ。
ゆえに本来、足フェチや手フェチなどというフェティシズムは存在しない、らしい。心療内科のWEB漫画で読んだ。
私は夫くんの匂いが好きなのであって、夫くん以外のものから夫くんの匂いがしていても、夫くんの匂いが単体で浮かんでいても、別段興奮しないし嬉しくない。
夫くんの身体から直接匂いを吸い込んだり、こうして服を嗅いだりするのが好きなだけだ。
だから私は匂いフェチではない。はず。
4 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:33:03 ID:13e/k.46
妻「すー……はぁぁー……良い匂い」
匂いを吸い込みながら、窓から空を仰ぎ見る。
今日は天気も良いし、外に干すことにしよう。
名残惜しさを忘れたことにして、洗濯物を済ませてしまおう。
Yシャツの襟元を軽く前洗いして、洗濯機に投入する。
意味も無く、バスケットのシュートフォームで。
妻「ナイシュー」
妻「ん、あ、もう6時半だ」
そろそろ起こす時間だ。
5 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:34:25 ID:13e/k.46
綺麗なほっぺをしておられる……。
夫くんを起こしに寝室へ戻ってきた私を惑わすのは、朝の柔らかい日差しに照らされた寝顔と、寝癖でちょっぴり跳ねている頭だった。
夫くんは、心の底まで惚れてしまった私が言うのもなんだけど、とても整った顔をしていると思う。
少なくとも私には、夫くんより素敵だと思える男性を想像できないくらい。
あばたもえくぼというけれど、夫くんにはあばたが存在しないのである。
まさにそれがあばたもえくぼ状態だと、友人には言われる。
……なるべく起こさないように、夫くんのほっぺを指でつっついてみる。指先に、ちょっぴりおヒゲの感触。
妻「……おはようございまーす」
夫「……」
夫くんはまだまだ起きそうにない。
6 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:36:48 ID:13e/k.46
他の人にとっては無駄に思えるかもしれないけれども、毎朝のこの時間もまた、私にとってかけがえのない幸せな時間だ。
妻「朝ですよー」
指先で、夫くんのほっぺにくるんくるんと円を描いてみる。
最初は小さく、徐々に大きな円に、渦巻状に。
黄金の回転の比率はいくつだったっけかなー。
円の径が10センチを超えた辺りで、夫くんに反応があった。
夫「……んん゛ッ……」
鼻にかかった、少し掠れた声がたまらん。
出会って実に20年強。
ほとんど一目ぼれ、正しくは一日惚れだったけれども、20年経っても同じ相手に相変わらずドキドキできるっていうのは、きっととても幸せなことだと思う。
……いい加減、ちゃんと起こさなければ。
控えめに夫くんの身体を揺さぶる事にする。
7 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:37:54 ID:13e/k.46
妻「おーい。起きないと、ご飯冷めちゃいますよ」
夫「ぐ、ぅぐー……………………」
犬の唸り声のような音を喉から発しながら、この上なく眠そうに目を開く。この人は昔から朝に弱い。
妻「お早うございます」
夫「……おはよ」
妻「……せっかくのお休みだし、もうちょっと寝てます?」
夫「いや、起きる……ぐ、ぐぐー……はぁ」
身体を伸ばす仕草って、改めて、とても良いものだなぁ。
夫「ああ、味噌汁の良い匂いがするな」
嗚呼。布団がめくれてあなたの良い匂いがします。
妻「今日は、ご飯とお味噌汁と、鮭と煮物とお浸しですよ。お好みで納豆もあります」
夫「おー、いいな。ちょっと顔洗ってくる」
妻「うんっ。ご飯準備してますね」
布団からのそりと立ち上がった夫くんが、目じりに涙を浮かべ、大きく口を開けながら、のんびりと洗面所へ向かっていくのを確認。
30秒だけ、夫くんの温度が残る布団に包まることにしよう。
匂いの残滓を捕食する。
8 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:41:10 ID:13e/k.46
夫「いただきます」
妻「いただきますっ」
毎日のこの瞬間が、たまらなく幸せだ。
夫「休みの日にのんびり美味しい朝ごはんって幸せだよなー」
妻「! まったくですっ!」
似たような感想を持ってくれていることがくすぐったい。
それに、その感想をこうやって口に出して伝えてくれることが嬉しい。
自然と口元が緩んでしまう。
夫「今日お昼どうしよっか?」
妻「あ、何か食べたいものありますか?」
夫「んー……せっかくの休みだし、どっか食べに行こうか?」
デート。
妻「そ、それもいいですね!」
夫「久しぶりにあそこ行こうか、橋超えたところの」
妻「お蕎麦屋さん?」
夫「そうそう」
妻「天ぷらが美味しい」
夫「わさびも美味しい」
妻「ほんと、わさび好きですねぇ」
夫「ああ、大好きだ。大好きだ」
9 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:43:29 ID:13e/k.46
……せっかくだし、少し勇気を振り絞ろう。
妻「あの、ついでにお買い物しませんか」
夫「買い物?」
妻「その……夏服とか。夫さんのも、私のも、そろそろ。……良かったら」
夫「おー良いね。久しぶりのデートだ」
妻「……デートですね!」
いかん。顔がにやける。
デートという単語を日本に広めた人は偉大だ。
デートという単語を口にするだけでこんなにもワクワクしてしまう。
10 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:46:06 ID:13e/k.46
夫「ごちそうさまでした。美味しかった」
妻「ごちそうさまでした。何よりです」
二人で掌を合わせて、ごちそうさま。
この瞬間も、私の幸せにはかけがえの無い必要なもの。
夫くんは椅子から立ち上がると、ぐーっと背伸びをする。毎朝の光景。
たまに、腰の辺りでコキッという音がする。
その音にさえ愛しさを感じてしまう辺り、私も相当色惚けてるなぁと思うけど、治せる見込みもつもりもない。
夫「さて。洗濯物でも干すかなぁ」
これは、いつもと違う光景だ。
妻「えっ?」
夫「ん?」
11 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:48:24 ID:13e/k.46
妻「せっかくのお休みだし、それくらい私に」
夫「いいからいいから。妻だってせっかくの休みなんだし、いつも甘えちゃうけどさ、ちょっとは仕事任せてくれていいんだよ」
妻「……じゃあ、お願いします。その間に食器洗いますね」
夫「うん」
柔らかく微笑んで、洗濯機の方へ向かう夫くん。
胸がきゅんとする、という表現を考えた人は稀代の天才だと思う。
その表現を知っていたら、それ以上にふさわしい表現が見つかるわけが無い。
12 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:50:49 ID:13e/k.46
脱水された洗濯物を籠に入れ、夫くんがベランダに出た。
ちょっぴりぎこちない手つきで、Yシャツをハンガーにかけて干し始める。
私は洗い物を済ませながら、夫くんの背中を見て、複雑な気持ちになる。
……心の底から、休日くらいは休んで欲しいなぁという気持ちが6割。
でもその優しさが嬉しくて嬉しくてしかたないという気持ちが3割。
と、その時、夫くんがくるりと振り返った。
夫「見て見て」
妻「え?」
夫「ねこみみ」
妻「ばっ、馬鹿ですかっ!!!」
その洗濯物の山には私の下着もあるわけで、普通に恥ずかしいという気持ちが1割。
13 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:53:27 ID:13e/k.46
夫「干し終わった」
妻「洗い終わりました」
カチリと扇風機のスイッチを押す。
ブゥーンと音を立てて、ぬるいけれども涼しい風が流れ始める。
夫「我々ハ」
妻「夫婦ダ」
夫「新しい」
14 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:54:08 ID:13e/k.46
夫「扇風機といえばさぁ」
妻「いえば?」
夫「昔、夏休みにスイカ食べてたらオニヤンマが扇風機に突っ込んできたことあったよな」
妻「あー、ありましたねぇ」
思い出して、くすくすと笑ってしまう。
妻「曰く、オニヤンマは羽ばたくものや回転するものをメスと見なして近寄るとかなんとか。光の反射で判断するんだそうですよ」
夫「マジか。調べたの?」
妻「はい、あの後気になって。公園で夫さんと一緒に竹とんぼ回してたら、オニヤンマが突撃してきてバラバラになったこともありましたよね」
夫「あーったあった。あれ目の当たりにしたとき、二人で妙に凹んだよな」
妻「懐かしいですねー」
夫くんは、昔を思い出すようにじんわりとした微笑みを浮かべている。
その微笑みを見ているだけで私は幸せになれるんだから、私の幸せというのも相当安上がりなものだ。エコロジーで何よりだけども。
夫「よし」
妻「?」
夫「童心に帰って昼までゲームでもするか」
夫くんは一枚のパッケージを見せてくる。
妻「良いですね。」
15 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:55:56 ID:13e/k.46
夫「ッ!!ッッ!!ッッッ!!」ガガッ ボッ ガガッ ガガッフッ!フッ!ダーイ
妻「ッッ!!ッッ!?ッッッッああッ!!くっそうッッ!!」ガチャガチャッターンッ
妻「ハメじゃんっ!ノーカン!ノーカンッ!!」
夫「対等な立場から全力を尽くしただけだ! 妻をハメて勝てるなら何度だろうとハメるぞ!!妻が泣き叫んで昇天するまでハメてハメてハm」
妻「ヤメロ下ネタヤメロオオッ!!!」
妻「……マブカプじゃなくてスト4なら私が勝ちますもん」
夫「ほう……?」
夫「ッッ昇竜セビ滅ッ……クッソ読まれたああああッ」ガガガガガ
妻「甘いよっはははっははははははっ!!」ガガガガッガガガッ
16 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:57:11 ID:13e/k.46
夫「あ、11時だ。そろそろ準備しようか」
妻「……はい」
うっすら汗ばむほどに熱くなってしまった。
熱くなればなるほど、言葉遣いが。直したい。
妻「……」
夫「夜は格ゲー以外のゲームでもしようか」
妻「臨むところですっ」
夫「うん。じゃ、着替えるか」
17 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 21:59:11 ID:13e/k.46
私はおしゃれというものが苦手だ。
中学生と高校生時代は良かったなぁ、服に悩まなくて良かったから。
校則もあったし、せいぜい、髪型を変えるくらいのものだった。
夫くんとのデートも、学校帰りに制服のままって事が多かったから。
えーと……今日はスキニーデニムと、黒のレースブラウs
夫「おーい」
完全に下着姿のところに、にやにや笑いながら夫くんが突撃してきた。
妻「ぅゎあーッ!?」
しゃがみこんでしまった。
既に、自分でも見ることの出来ないところまで見られたこともあるというのに、恥ずかしいものは恥ずかしいのだから仕方が無い。
妻「きがえt、着替え中ですっ!!」
夫「そうやって恥じらいを忘れないとこ凄く良いと思う」
妻「デッ 出てってくださいよっ!!」
夫「ごめんごめん」
18 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:01:33 ID:13e/k.46
顔の熱は冷めやらぬまま、玄関で待ってくれている夫くんの元へ向かう。
妻「……お待たせしました」
夫くんは涼しげなシャツとジーンズというラフな格好でありながら、それがこの上なく似合っていて素敵だからずるい。
夫「お。可愛いな」
いつものように、定型文のように、自然と放たれる“可愛い”であっても、私にとってはクリティカル率100%だった。
ふひっ。喉から変な笑い声が出そうになる。
妻「その……ありがとうございます。ところでさっきは何の用だったんですか?」
夫「いや、ドッキリイベント仕掛けようと思って」
妻「わざとですかっ」
拳を作って、軽く夫くんのお腹をぐりぐりする。
夫「あだだ」
妻「もう!酷いです、犯罪です」
夫「くっくっ、ごめんって」
なおもくっくっと喉を鳴らしながら、夫くんは私の拳を大きな掌で柔らかく受け止める。
そのまま流れるように手を繋いでくる辺り、この人は本当にずるい。
夫「じゃ、行こうか」
妻「……はい」
19 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:04:02 ID:13e/k.46
炎天下に晒され続けていた自動車の中は、茹だるような暑さだった。
夫「うおー車内はさすがに暑い!」
妻「うっ、これは暑い……」
夫「エアコンエアコン」
妻「の前に空気を入れ替えましょう」
後部座席左の窓を開ける。
夫「あ、あれか。伊藤家の」
妻「あれです。伊藤家の」
運転席と対角の窓を開け、運転席のドアを開け閉めすると車内の空気を手早く入れ替えることができるよって伊藤家の食卓でやってました。
夏場はこれやるだけでかなり車内が快適になります。
20 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:06:14 ID:13e/k.46
夫「よし、こんなもんかな」
車内はサウナからビニールハウスくらいの温度に変化した。まだ暑いけど、耐えられないほどじゃない。
サウナといえば小学1年生くらいの頃、夫くんと一緒にサウナに入ったことがあったな。
さすがにその頃の私は夫くんの汗の匂いというものにまだ目覚めてなかったから、惜しいことをしたと思う。
いつか一緒にサウナとか入って汗だくになった夫くんに抱きつきたいと思うのは多分車内の暑さに中てられたせいだ。
思ったところで、実際その状況になったら私は緊張で身動きできないだろうし。
でも私は夫くんのエリート塩だったら本気で食べたいと思う。
妻「あ、大分温度下がりましたね」
夫「よしゃ。行くか」
妻「はいっ」
ガゴッという音を立てて、ギアが入り、滑らかに発進する。
半袖で車の運転をする夫くんは素敵だと思う、特に腕が。
21 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:08:15 ID:13e/k.46
夫「そういえばさー」
自動車は良い、特に好きな人が運転してるときの助手席は。
視線は前方を向いているから、いつもはじっくりと見られない横顔を堪能できる。
妻「はい?」
夫「昔、俺がドッキリイベントされたこともあったよな」
ノールックパスがとんでもないキラーパスだった。
妻「……そんなことありました?」
夫「中学生くらいの時にさー」
妻「覚えてませんねー」
夫「俺がシャワー浴び終わったタイミングでさー」
妻「覚えてませんねー」
夫「あれ実はわざとだったろ」
妻「覚えてませんってば」
夫「妻ちゃんはえろいからなぁ」
妻「えろくありません!」
ギリシア神話の恋愛の神に誓って言うけれども、あれはわざとではなかった。
22 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:10:13 ID:13e/k.46
ギアがRに入り、ぴーぴーという機械音。
私は未だに自動車のバック駐車が苦手だけど、夫くんはとてもスムーズに駐車する。
夫「到着」
妻「ありがとうございました。今日はまだ席がありそうですね」
時刻は11時50分と言ったところ。お客さんの入りは7割前後。
夫「何にしよっかなー」
妻「私は天ざるにします」
夫「天ざるかー。俺もそうしよう」
店内に入ると、冷房の効いた空気が、うっすら汗の滲んだ肌を冷やしてくる。
何度か見たことのある小柄な店員さんがすぐさま駆けつけてくれる。
店「いらっしゃいませー」
妻「2名、禁煙です」
店「はーい。こちらへどうぞ」
壁際の席に案内された。
夫「あ、注文も一緒に良いですか?」
店「あ、はーい。どうぞー」
妻「天ざる2つ。一つは大盛りです」
店「かしこまりました。天ざるの並と大盛りですね」
店「少々お待ちください。お冷とお絞りもすぐお持ち致します」
妻「はい」
23 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:12:58 ID:13e/k.46
ほどなく、お冷とお絞りを持ってきてくれた。
お絞りで顔を拭く夫くん。こういうとき、男の人がうらやましくなる。私もメイクがなければ……。
そういえば雑誌か何かで、デート中に男の人がお絞りで顔を拭くのに幻滅する女性が多いという記事があった気がする。正直幻滅というのは良く理解できない。顔くらい拭くだろ。
あれは多分、女性側には出来ないという嫉妬と羨望を多分に含んだ結果だと思っている。
夫「久しぶりに来たなぁ、いつ振りだろ」
妻「半年ぶりくらいでしょうか」
夫「かなぁ。結婚した後一回来たよな」
妻「」
妻「そうですね」
……未だに、結婚という単語にドギマギしてしまう。
本当に結婚してくれたんだなぁと実感すると、どうしても、否が応でも。
妻「……」
夫「嬉しそうだな」
妻「ここの天ざるは美味しいですからね」
24 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:16:20 ID:13e/k.46
ほどなく、天ざるが運ばれてきた。
店「天ざる大盛りの方~」
夫「はーい」
店「はい、では並の方」
妻「はい」
店「以上でご注文はおそろいですか?」
妻「はい」
店「ではごゆっくりお召し上がりください」
夫「よし。じゃあ、いただきます」
妻「いただきますっ」
夫「わさび貰っていい?」
妻「本当わさび好きですねー。どうぞ」
夫「ありがと。……ん、やっぱ美味しいな」
妻「うん。 お蕎麦も天ぷらも美味しい」
夫「ご馳走様でした」
妻「ご馳走様でしたっ」
25 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:17:42 ID:13e/k.46
満足度の高い昼食を終え、再び車内へ。
夫「美味しかった」
妻「とっても」
夫「さて、じゃあ服見に行くかー」
妻「うん!」
最寄のショッピングモールまで、車で約1五分。
今年の年越し蕎麦には天ぷらを付けようという話をした。我らながら、随分気が早い事だ。
夫「到着」
妻「ありがとうございました。じゃあ、まずは夫さんの服を見に行きましょうか。近い順に」
夫「そうだな」
26 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:19:16 ID:13e/k.46
男性服売り場というのは、ちょっと落ち着かない。
新品とはいえ男性下着が売っていたりするのは、落ち着かない。
別に悪いことをしているわけでは決して無いのに、落ち着かない。
女性服売り場にいる男性も、きっとこういう気持ちなんだろうなぁと思う。
夫「んー……」
しかし、こうして買う服を悩んでる姿まで素敵だから、夫くんは本当にずるい。
すっと細められた目に色気を感じてしまう。
夫「よし。これ、とこれにしよう。ちょっと待ってて、会計してくる」
妻「あ、はーい」
もうちょっと悩んでるところ見たかった、とは言えないし言ったところで意味は無い。
でもそう思うのは自由であって欲しい。
27 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:21:28 ID:13e/k.46
妻「……」
多分男の人からしたら、どっちでも大して変わらねーよ!と言いたくなるニ択。
私が一人で来ていたら、間違いなく私もそう思う。どっちでも対して変わらない。
最後はコイントスで投げやりに決めてもいいくらい、大差ない二択。
そもそも私は夫くんが悩む姿を見るのは好きだけれど、自分が悩むのは好きではないし。
けれども、それが大好きな人からの感情や印象に影響するとなれば話は別だ。
必死にもなる。
殊更、一番評価して欲しい相手が近くにいるとすれば。
その場で間違いの無い評価をしてもらいたくなってしまうもの、なのだと思う。
妻「あの」
夫「んー?」
妻「どっちが、好みですか?」
夫「んー……こっちかな」
夫くんは、私が左手に持っている方を指差した。
これで“どっちでも大差ない”状態から、“夫くんの好み”という絶対的指針を手に入れることができたわけで、私は一切の迷いなく買えるのだ。
妻「へへへ。じゃあこっちにします!」
夫「うん、買っておいで」
28 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:24:30 ID:13e/k.46
こんな事をしておいてなんだけど、いつも会計中に後悔してしまう。
またやってしまった、と。
世の男性たちは今のような二択を迫られることを苦痛と感じるということを知っている。
知っていたはずなのに、はずだというのに、最後の一押し、最終決定をいつも夫くんに委ねてしまう。
妻「はー」
思わずため息が漏れる。
29 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:25:36 ID:13e/k.46
夫「おかえり」
妻「あの……夫さん、つき合わせちゃってごめんなさい」
夫「うん?」
妻「せっかくのお休みなのに」
夫「え?どういうこと?」
妻「……私が得た情報によると、男性は、女性の買い物に付き合う時間が苦痛だと」
夫「え、そんなことはないと思うけど」
妻「……」
夫「自分の好きな人が目の前でファッションショーしてくれるんだぞ。正直たまりません」
これは多分、私に気にするなって言うための方言なのだと思う。
だけど、面と向かって好きな人なんて言われると、どう取り繕おうとしたって照れる。
妻「……そ、そ、ですか」
夫くんが、人差し指の背中で、私のほっぺをすりすりと優しく撫でてくれる。
そのうち私の顔から火が出ると思う。
夫「ついでに水着でも見に行こうぜ」
妻「みっ!水着なんて! 着る予定ないですし!!」
夫「くっくっ。大丈夫、試着だけ試着だけ」
妻「冷やかしじゃないですかっ!!」
夫「水着」
妻「絶対見に行きません!」
30 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:26:30 ID:13e/k.46
駐車場に戻り、車内へ。
日陰になっていたおかげで、今度はそこまで暑くなかった。
駐車場を出て、我が家方面へ進む。
夫「残念だなぁ」
夫くんが、含みを持たせに持たせた口調でつぶやく。
先の水着の件を引きずっているのは明白。
妻「もう、水着なんて着る年じゃありませんし」
夫「えー。まだまだ若いだろ俺たち。25と26だぞ」
どうしても私に水着を着せたいらしい。
でも私はどうしても水着を着たくない。
自分で言うのは酷く自信過剰に見えて嫌だけど、単なる事実としてカップ数で判断すると、私は日本人女性の平均に比べてちょっぴり胸が大きい。
私の母もそうだし、従姉妹もそうだ。そういう家系なのかもしれない。
自意識過剰だと思われても仕方ないけど、男性の視線がそこに行くのは正直とても良く分かる。
あまりいい気持ははしない。
31 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:28:48 ID:13e/k.46
妻「……夫さん以外に見られたくないんですって言ったら萌えますか?」
夫「よしじゃあ室内で着て貰って俺だけが見ようこれならオッケー☆ ウフフ! どこでUターンできる?」
とんでもないカウンターパンチが飛んできた。
妻「ちょ、だッ、ダメです嘘です絶対水着なんて着ませんから!夕飯の買出しも行かなきゃですから!」
夫「えー」
32 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:30:14 ID:13e/k.46
我が家の近くにあるスーパーに到着した。
相変わらずスムーズに駐車をする夫くん。多分私なら2回はやり直してた。
夫「到着」
妻「ありがとうございました。夕ご飯は何かリクエストありますか?」
夫「んー……刺身とか?」
妻「あ、良いですね! じゃあ刺身用のブロック買って行きましょう」
夫「越乃寒梅まだあったっけ」
妻「まだ1本ちょっとありますよ」
夫「じゃあ酒は良いか」
妻「やっぱりお刺身には日本酒ですねー」
夫「だなー」
夫「あとチューペット買ってこーぜ」
妻「好きですねーチューペット」
夫「パキっと割って二人で食べられるし」
妻「パピコは?」
夫「パピコも好きだけどさー」
妻「私はパピコの方が食べやすくて好きです」
夫「えー……でもチューペットのほうが食べてる時えろい」
妻「……馬鹿ですね」
こんな他愛ない話をしながら買い物をするというのもまた、この上なく幸せな時間。
33 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:34:10 ID:13e/k.46
買い物を済ませて、帰路に着く。
夫「今何時?」
妻「4時くらいです」
夫「夏真っ盛りだなぁ、全然暗くない」
妻「私は冷え性だし、夏好きです」
夫「知ってる。俺は冬の方が好きだなぁ」
妻「知ってます」
2秒ほど間があって、二人とも同時にくすくすと笑い出してしまった。
夫「この会話何度目だろうなぁ」
妻「私の記憶に寄れば、夫さんは小学2年生まで夏の方が好きって言ってましたよ」
夫「えー、そうだっけ。ああ、でもまぁ。小学3年からミニバス始めたからなー」
妻「そうでしたねー」
夫「夏場の体育館は灼熱地獄だから嫌いになったんだ、多分」
私が夫くんの匂いに目覚めたのもその頃だったから良く覚えてる。
私が夏を好きな理由も本当はそれ。
冬は冬で、手を繋ぎやすくなって好きだけども。
34 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:36:09 ID:13e/k.46
まもなく、家に到着。
夫「とうちゃーく」
妻「ありがとうございました」
夫「いえいえ」
玄関の鍵を回して、家の中へ。
ちょっと熱が篭っている。
買ってきた物を急いで冷蔵庫に入れて、家中の窓を開けることにした。
それから、砥石を水に浸しておく。
戻ってくると、夫くんは、ぐぅーっと身体を伸ばしていた。
忍び寄って脇腹をくすぐりたい衝動に駆られる……鉄の自制心を発揮しておこう。
一度、くすぐったらとんでもない仕返しが舞っていた。
窒息するかと思った。
妻「今日はありがとうございました、買い物にまで付き合ってくれて」
夫「好きでやったことですから」
妻「あとはゆっくりしててください」
夫「んー……わかった。手伝って欲しいことあったらすぐ言って」
……こうして気を遣ってくれることが、たまらなく嬉しい。
妻「ありがとうございます」
35 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:37:25 ID:13e/k.46
朝、夫くんが干してくれた洗濯物。
触って乾き具合を確かめると、しっかり乾いているようだった。
手早く取り込んで、Yシャツだけ取り分ける。
夫くんは、ソファに座ってじーっとこちらを見つめている。
まずは普通にたためるものをたたんで、それからアイロン台を出してYシャツにアイロンをジューっとかけていく。
私の腕の軌跡に沿って、山が平地になっていくのが、見てて気持ちいい。
夫くんは、ソファに座ってじーっとこちらを見つめている。
妻「……」
夫「……」
妻「……」
夫くんの視線には熱を生む作用があるに違いない。顔が熱くて仕方がないし。
36 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:38:52 ID:13e/k.46
夫「……」
妻「……あの、あんまりじーっと見られてるとやりにくいです」
夫「いやー、なんというか、幸せだなーって思って」
……恥ずかしさを除けば私も同じ気持ちだ、とは、口には出せないけども。
妻「……手元が狂ってYシャツ焦がしちゃうかもしれませんよ」
夫「顔赤くしてる妻の表情の対価ならYシャツの1、2枚ぐらい簡単に捨てちゃうなぁ」
妻「もうっ! 私は良いから、テレビでも見ててくださいっ!!」
夫「テレビよりずっと楽しい」
妻「もうっ!!」
37 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:41:03 ID:13e/k.46
洗濯物をたたみ終わり、クローゼットに仕舞って、帰りがけにそのままお風呂掃除に移行。
我が家のお風呂は、ちょっぴり狭い。
いや、特別狭いわけではないけど、一般的な一人用バスタブだ。
一緒に入れないのが残念だと思う部分もあるけども、お風呂が広いからと言ってすんなり一緒に入れるかと問われると断じて否だ。
何度見られたって、自分の身体を明るい所で見られるのは恥ずかしい。
お風呂をさっと洗い終えてリビングに戻ると、夫くんは、ソファで漫画を読んでいた。
ジョジョ5部。
私はにわかである。スティッキー・フィンガーが好きだ。
欲しいのはパール・ジャムだけど。
パール・ジャムは持っていないけど、夫くんに美味しいと思ってもらえる料理を作ろう。
メインはマグロのお刺身として、白菜とジャガイモのお味噌汁。サトイモの煮転がし。
海藻サラダ。昨日作り置きしておいたひじき煮。キンキンに冷やした冷酒。
よし、今晩はこんな感じにしよう。
38 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:43:13 ID:13e/k.46
後はじっくりお味噌汁と煮転がしに火を通して大体終わり。
そしてそろそろ砥石が水を吸い切った頃合だ。
お刺身を引く前には、軽くでいいから必ず柳刃包丁を砥げと、母に口酸っぱく教えられたことを思い出す。
実は私は、刃物が好きだったりする。
ゴテゴテしたサバイバルナイフなんかは好きじゃないけど、シンプルなペティナイフや包丁が綺麗だなと思う。
かと言って、生きている神を殺したりしないし、殺人衝動も持っていない。
そして刃物の手入れをするのも好きだったりする。
しゃ、しゃ、という小気味良い音を立てながら、無心になって包丁を研ぐ。
39 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:44:34 ID:13e/k.46
時刻はいつの間にか6時半を過ぎていた。
そろそろ良い頃合だ。
妻「夫さん」
夫「ん?」
妻「あと15分くらいで出来ます。ちょっと早いけど、夕ご飯にしますか?」
夫「ん、7時前か。たまには早めの夕食も良いんじゃないか」
妻「はーい。じゃあ、もうちょっとだけ待っててくださいね」
夫「うん。運ぶときは呼んで」
砥ぎ終わった包丁で、マグロの赤身を引いていく。
この包丁、我ながらなかなかの仕上がり。
あとはお刺身をお皿に盛り付けてわさびを摩り下ろしたら、本日のメイン完成。
ご飯とお味噌汁をよそったら、夫くんを呼ぶ。
妻「夫さん、運ぶの手伝ってもらっても良いですか?」
夫「おー。うん、今日も相変わらず美味しそうだ」
コトン、コトンと、食卓にお皿が並ぶ。夫くんが小皿に醤油を注いでくれていた。
40 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:45:15 ID:13e/k.46
手を洗って、外していた指輪を付け直す。料理をするときだけは、指輪を外す。
指輪を見るたびに、やっぱり、結婚しているんだという事実を噛み締めてしまって、どう抗っても勝手に表情筋がゆるんでしまう。
夫くんはいつもそれを見てにやにやしている。
私はいつもそれに気付かないふりをしている。
二人で食卓に着いて、夫くんにお酌をする。
妻「まま、旦那様。まずは一杯」
夫「おぉっと、こりゃありがたい。……おとととと」
妻「ふふふ」
ちょっとふざけながら、夫くんが手に持ったコップにお酒を注ぐ。
夫「まま、お代官様も一杯」
妻「え、私お代官ですか……ふふ、そちも悪よのう?」
夫「良く考えたらお代官様が旦那様呼びっておかしいな」
くっくっと喉を鳴らしながら、私のコップにもお酒が注いでくれる。
こんなわけのわからない小芝居も、夫くんとやるから幸せなんだろう。
41 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:48:14 ID:13e/k.46
私はあまりビール、というより炭酸が得意じゃないけども、日本酒は好きだ。
夫「いただきます」
妻「いただきます」
ちりんと音を響かせて、軽く乾杯。そのまま一口、口の中を湿らせる程度に。
舌にぴりっと来て、鼻に抜ける香りが好きだ。
夫くんは早速わさびを醤油に溶かし、切り身にもまぶし、ぱくり。
いつもいつもとても美味しそうに食べてくれるから、私も作り甲斐があるというものだ。
夫「んーんん。美味しい」
妻「何よりです」
夫「食事の度に思う。日本人でよかったなぁ」
妻「お米とお味噌汁の無い食生活には耐えられそうにありません」
夫「あとわさび」
妻「はいはい」
ゆっくりとした動作で、夫くんがお酒をもう一口。
42 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:52:00 ID:13e/k.46
夫「刺身といえばさ」
妻「うん?」
夫「職場に来たフランスの人と、刺身を食べに行ったんだ」
妻「あ、この前の飲み会の時ですか?」
夫「いや、前の前かな。そのフランスの人、わさび食べたことなかったんだって」
妻「ほほう」
夫「これはなんですか?って聞かれた俺の上司が、笑顔でJapanese Mayonnaise!とか答えたもんだからフランスの人大喜びでわさびを大きな一塊、ばっくりっと」
妻「うひぃ」
夫「二度と食うか!!って言ってた」
妻「わさび初心者が塊をばくりはちょっと……」
夫「でもそいつ3日後ステーキにわさび醤油かけてWaoooo!Amazing!!って言ってたんだぜ」
妻「……用法容量を守って正しくお使いください」
43 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:54:37 ID:13e/k.46
夫「ごちそうさまでした」
妻「ごちそうさまでしたっ」
お酒は控えめに、酔いが回り始めたくらいでやめておくこと。
家でお酒を飲む場合の決まり。
お酒は美味しいけども、飲みすぎて良い事なんて一つもないのだ。
例えば酔った勢いで甘えに甘え、べたべたと絡み、でへへへへへと変な笑い声を上げ、
しかもその記憶が残っているという次の日の朝、心身ともにとてつもないダメージが来る。
記憶が残っていない事にしたけど、多分夫くんは気づいているだろう。
44 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:58:56 ID:13e/k.46
夕ご飯が終わって、時刻は8時少し前。
夫「風呂って、もしかしてもう洗った?」
妻「え? あ、はい。もう綺麗にしてありますよ」
夫「いつの間に」
妻「夫さんがジョジョ読んでる間に、です」
あの時の真剣な表情を思い出し、思わずくすくすと笑いが出てしまう。
多分あの顔は、ミスタが誰かと戦ってる場面だったに違いない。夫はピストルズが好きだし。
夫「言ってくれればお風呂くらい掃除したのに」
妻「私がやりたくてやってるんです。気にしないで良いんですよ」
夫「んー……毎日ありがとう。お湯張ってくる」
妻「あ、はーい。ありがとうございます」
その間に、私は食器を洗ってしまう。
特に今回大活躍だった柳刃包丁は丁寧に水気を取って、食用油を薄く塗ってから新聞紙に包んで仕舞っておく。
鋼製の和包丁はすぐに錆びてしまうから、保管には気を遣わなくてはならない。
一度、母の包丁を錆びさせてしまい、物凄く怒られた事を思い出す。
45 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 22:59:44 ID:13e/k.46
時刻は8時半。
夫「お。終わった?」
妻「はい。ひとまず一通り終了です」
夫「さて」
妻「さて」
夫「アイスクライマー」妻「スーパーマリオブラザーズ3」
夫「マリブラ3か~」妻「アイスクライマーかぁ」
夫「そっちもいいな」妻「そっちも良いですね」
ここはチョキを出そう。
夫妻「じゃんけんぽん!」
夫「あ、キノコ落ちる落ちる!」
妻「いやぁ!ちょっと待ってください!!ああ落ちてった……」
妻「私が近くに行ってから叩いてくださいよっ」
夫「すまんこここコインだと思ってた」
妻「……今こが一個多かったような気がするんですが」
夫「すまんこ」
妻「…………」
夫「すまんこ」
妻「コラァ!」
46 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:01:27 ID:13e/k.46
夫「おっと、もうこんな時間か」
夫くんの言葉で時計に目をやると、いつの間にか9時半を回っていた。
楽しい時間は本当にあっという間に過ぎてしまう。ついちょっと前に朝ごはんを作っていたような気がするのに。
妻「そろそろ終わりにしましょうか。目に悪いです」
夫「そーだな。……んぐー」
ぐーっと背伸びをする夫くん。
……やはり、これは良いものだ。
夫「先に風呂入って良い?」
妻「もちろんです。ゆっくり入ってください。もうパジャマとタオル脱衣所に置いてありますから」
夫「ん、ありがとう」
妻「!」
あやつ、極々自然に私の頭を撫でてから行きよった。
ますます、ずるい。
47 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:02:38 ID:13e/k.46
夫くんがお風呂に入ってる間に、明日の朝ごはんのおかずを1品作っておく。
今日はポテトサラダを作ろう。
じゃがいもの皮を剥いて一口大に切り、ニンジンを細かく切る。
鍋に水を張って沸かし、良く洗った生卵を一つ入れ、中火で沸騰するまで。
沸騰したら、切ったじゃがいもとニンジンを投入し、それらを柔らかくなるまで茹でる。
その間に、きゅうりをスライサーで薄くスライスして、ちょっと塩で揉んで寝かせておく。
じゃがいもとニンジンが茹で上がったらお湯を切り、ゆで卵は冷水に浸し、
じゃがいもとニンジンはそのまま少し火にかけて水分を飛ばしてから火を止める。
ヘラを使ってジャガイモとゆで卵を潰し、コショウとマヨネーズで味をつける。
隠し味で、わさびと醤油を少し。
きゅうりを混ぜ合わせて味見……。
ほんの少しだけ塩を振って味を整える。
時計を見ると、10時15分になろうかというところ。
そろそろ夫くんが上がってくるタイミングだ。
48 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:03:36 ID:13e/k.46
身嗜みをさっと整えて、髪の毛に手櫛を通す。
髪の毛は、私が自慢に思える数少ない部位だ。
夫くんは多分覚えていないだろうけども、夫くんが小学3年生のとき、私の髪の毛を褒めてくれたことがある。
今思い出しても、表情筋がだらしなくなってしまうくらい嬉しかった。
それ以来、髪の毛の手入れには最細の注意を払ってきた。
その甲斐あって、我ながらなかなか綺麗な髪の毛なんじゃないかなーと思わなくもない。
ニヤニヤしていると、お風呂場のドアが開く音がした。
表情を引き締める。
夫「お風呂開いたよ」
妻「あ、はーい。すぐ入っちゃいます」
夫「ゆっくりしておいで」
……髪の毛がしっとりしてる夫くんもまた良いものだ。
49 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:04:53 ID:13e/k.46
服を脱いで、お風呂場に。
この湯船にさっきまで夫くんが浸かっていたと思うと、なんとなくドキドキしてしまう。
シャワーからぬるま湯を出して、髪の毛を念入りに時間をかけて漱ぐ。
その後、熱いお湯に浸した後に軽く絞ったフェイスタオルで髪の毛を覆って、そのまま身体を洗う。
くしゅくしゅと泡立てたタオルで、足先から、脚、腕、首や肩、胸や背中……全身隈なく漏れなく洗っていく。最後に、デリケートな部分だけ、指で丁寧に洗う。
身体を洗い終わったら、細かく泡立てた洗顔料で顔を洗い、最後にフェイスタオルを外して髪の毛を洗う。
私の髪の毛は、肩甲骨と腰の中間の辺りまで伸ばしている。
このくらいの長さが、いろんな髪型にできて私は好きだ。
夫くんも、ショートよりロングやセミロングが好きと言っていた。
もちろん、もしかしたら私に合わせてくれた解答かもしれないけども。
それから全身泡だらけの状態で、女性ならでは、なのかもしれない日課をこなして、つるつるの身体になってから、湯船に浸かる。
丁度おへそぐらいに湯面がくるようにする。いわゆる半身浴だ。
髪の毛にはコンディショナーをつけ、タオルで湯船に浸からないように上げておく。
思わず、長い長いため息が漏れる。
50 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:05:37 ID:13e/k.46
今日はとてつもない幸せな日だった。
これだけ幸せな日だったというのに、明日もまた休みなのである。
明日に思いを馳せては、この上なくにやにやしてしまう。
半身浴でゆっくりじっくりと汗をかく。私はお風呂が好きだ。
お風呂に限らず、汗をかくのが好きだ。
胸が成長し始めるまでは、バスケットが大好きだった。
まぁ、夫くんがミニバスを始めたから、一緒にやりたくて始めたんだけども。
最後に全身をもう一度シャワーで流してフェイスタオルで水分をある程度ふき取ってから、脱衣所に出る。
下着を着けて、パジャマ着用。
化粧水と乳液、夫くんに愛想を尽かされないよう、スキンケアも欠かさない。
……でも、土曜日は髪の毛をドライヤーで乾かさない。
歯を磨いて、リビングへ向かう。タオルを持って。
51 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:07:08 ID:13e/k.46
夫「おかえり」
妻「ただいま」
夫くんは、ソファに座って雑誌を読んでいた。ネイチャーダイジェスト。
私も夫くんも、理系の道で修士課程まで進んだ身。
二人ともそういう雑誌が好きだ。
妻「あ、ネイチャー。後で読ませてください」
夫「うん」
こちらに視線を移して、少し悪戯っぽく微笑む。
夫「また乾かしてないな?」
妻「……またお願いしても良いですか?」
夫「おいで」
土曜日の夜だけ、髪の毛をドライヤーで乾かさない。
夫くんが乾かしてくれるからだ。
私の背後に座って、丁寧に丁寧に、タオルで髪の毛を挟むようにして水分を吸い取ってくれる。
自分の髪の毛に言うのもなんだか自意識過剰な気がするけども、なんというか、とても愛おしそうに拭いてくれる。
いつの頃からか私たちの間で恒例になってしまった、一週間に一回だけの私のわがまま。
いつも甘えてばかりの私だけども、いつもより堂々と高密度で甘えられる時間でもある。
少しだけ、背後の夫くんに体重を預ける。
夫くんは何も言わないけども、なんとなく今の表情が脳裏に浮かんでくる。
目を閉じてその表情を見ながら、夫くんの手の感触を堪能しよう。
52 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:08:44 ID:13e/k.46
妻「夫さん」
夫「ん?」
妻「……ありがとうございます」
本当は大好きですって言おうと思ったけど、挫折した。
夫「俺も妻の髪の毛触るの好きだから、害の無い利害の一致ってやつだ」
妻「私も、髪拭いてもらうの大好きです」
くすくすと、二人で笑い合う。
凡そ拭き終えたら、タオルを頭に被せたまま、タオル越しにドライヤーで熱風を送る。
これも伊藤家の食卓でやっていた。髪の毛が早く乾く裏技。
夫くんの掌が、タオル越しにくしゃくしゃと髪の毛を弄んでいる。そこに熱風が当たって、じわじわ熱くなっていく。
胸の奥がくすぐったくなる感触だ。顔がにやけてしまう。
53 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:10:18 ID:13e/k.46
夫「乾かすのは終了だな。梳くから、そのまま」
妻「うん」
続いて、ゆっくりゆっくり、丁寧に、私の髪の毛に櫛を入れてくれる。
櫛が頭皮を優しくなぞっていくのが、少しくすぐったい。
最後に掌で少しだけ撫で付けて、お楽しみタイムは終了。
妻「…へへ。ありがとうございました」
夫「こちらこそありがとうございます」
なぜかお互いぺこぺこしてしまう。
時刻は11時を少し過ぎたところ。
夫「そろそろ寝よっか」
妻「うん」
夫くんの後ろに着いて、寝室へ向かう。
54 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:13:58 ID:13e/k.46
夫くんがベッドに寝転がって、タオルケットをお腹に被せた。
私はエアコンを安眠モードでONにして、電気をオレンジ色の電球に切替えて、夫くんの隣に同じように寝転がり、タオルケットを被る。
夫くんの隣で眠るのにも、随分慣れてしまった。
一緒に暮らし始めた初日、引越しの疲れもあるというのに、私は床に就いてから実に3時間強、頭が茹ってしまって全く眠ることができなかった。
隣で早々に眠り始めた夫くん相手にずるいずるいと呪っていたことを思い出す。
今もドキドキすることには変わりないけども、以前よりずっと安らかに眠れるようになった。
さすがに毎日3時間眠れないと死んでしまうけども、こうしてスムーズに眠れるように慣れてしまったことは、ある意味ではとても残念だ。
いつまでも初心を忘れないことも大事だと思う。
あのドキドキは、他では味わえない幸福感だった。
始めて夫くんの隣で眠ったのは、おそらく小学1年生より前のことだけども、それはノーカンだろう。
55 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:14:53 ID:13e/k.46
オレンジ色の視界で、一度だけキスをする。
夫「おやすみ」
妻「おやすみなさい」
おしまい
56 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/11(月) 23:32:59 ID:h.Z6EGM6
乙
ものすごく良かった
57 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2014/08/12(火) 00:21:05 ID:MzaR2XFo
なにこれすげえ羨ましい
また書いて欲しいです乙
転載元
妻「結婚して1年が過ぎたとある土曜日」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1407760205/
- 関連記事
-
主にえろだったけど
所で気のせいか25と26と書いてあった気がする。
こんなに出来た奴が存在するのだろうか。