前編:
http://invariant0.blog.2nt.com/blog-entry-6930.html279 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:06:01.39 ID:T8u6ihwI0
丹波「………ッ」ダッ!
タンバが動く。
唐突に名乗りを上げて以後、この男は受けて立つ構えを解いている。
先輩を一撃で切って落とした手並み。
二階堂を吹き飛ばした荒れ狂う暴風のような一打。
見せ付けられた実力と能動的になったタンバの戦い方に、僕の胸を不安と焦燥が駆け巡る。
丹波「…………ハ」チラッ
鏡「!」
佐藤「ッ!タンバッ!」グンッ!
タンバは一番近くにいた鏡に向かって踏み込む。
一瞬、こちらを見て笑う。
やはり僕への挑発を兼ねた姉妹への攻撃。
タンバに体をぶつける勢いで飛びかかる。
280 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:08:55.32 ID:T8u6ihwI0
丹波「ハ!」ピタッ!
佐藤「!?」
タンバが突然動きを止める。
しまった―――!!
おびき出された!?
佐藤「クッ!」
こちらは止まれない!
丹波「サトウ……」クルッ
佐藤「~~~~ッ!」ギギッ!
ブオッ!
ボゴンッ!!
佐藤「おごっ!?」ガクンッ
梗・鏡「「佐藤さん!!」」
281 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:12:55.28 ID:T8u6ihwI0
飛び込んだ僕の腹部にカウンターの掌打を打ち込み、タンバは言う。
丹波「ムラがあるな……お前」
佐藤「~~~ッあ……が」ドサッ
体から力が抜ける。
フロアに膝を付き、腹を抑える。
痛みより脱力感が勝る。
腹部への打撃で腹の虫の加護が弱まる。
これまでの戦いで蓄積したダメージが呼び起こされる。
まずい―――!
丹波「ちょっとそこで寝てな……今度はこのネーチャンたちに遊んでもらうからよ………」ニヤア
動けない――――!
佐藤「き、梗……鏡………!」グハッ
気力は繋がっている。
しかし体が言う事を聞かない。
佐藤「ぁ………」フラッ
意識、が――――――
駄、目だ!
二人だけで……戦わせる、訳には――――!
鏡「…………佐藤さん」
梗「後はわたくしたちに」
視界が明滅する。
オルトロス「「お任せを」」
意識が、途ぎ……れ――――――
282 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:15:54.99 ID:T8u6ihwI0
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
ドサッ
283 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:19:31.86 ID:T8u6ihwI0
** ** **
佐藤「………………」ドサッ
梗「……………」
鏡「姉さん。集中を」
梗「ええ」
【オルトロス】沢桔姉妹は、意識を失い倒れゆく佐藤を見届け、男に向き直る。
梗は、男の拳から佐藤を救う際、押し倒した彼の感触を思い出す。
狼の中では高い身体能力を誇る佐藤の、常にない消耗した体。足元が定まっておらず、何の抵抗もなく押し倒す事が出来てしまった。
自分たちが到着した時点で佐藤は甚大なダメージを受けていた。
それでも彼は立ち上がった。
そして自分たちを庇うような突貫。
その結果のダウン。
これでいい。
佐藤は十分に戦った。
次は、自分たちの番だ。
梗「タンバさん……とおっしゃるのかしら。あなた……」
284 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:23:47.21 ID:T8u6ihwI0
丹波「あ?ああ……丹波分七だ」
梗「わたくし、沢桔梗と申します」スッ
ペコリ
右腕に買い物カゴを掛け、片足を軽く引く。スカートの裾を左手で摘まみ、梗は頭を垂れた。
丹波「…………」
梗「こちらは妹の鏡……あ、わたくしのキョウは心筋梗塞のき――――」
鏡「姉は桔梗の梗、私はミラーの鏡、です」
梗「ですわ」
丹波「……悪ぃ。こちとら学がなくてな、キキョウのキョウって言われても……」スッ
タンバが構える。
丹波「わっかんねぇんだわ……」グッ
梗「まぁ……それは残念」スッ
鏡「…………」スッ
丹波「いくぜ?」
オルトロス「「いつでもどうぞ」」
丹波「ッ!」ダッ!
タンバの突進。
285 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:27:19.02 ID:T8u6ihwI0
梗「………鏡」
鏡「はい姉さん」スッ…
丹波「ぬんッ!」ブオッ!
梗「………!」サッ!
タンバが梗に向けて右の拳を突き出す。
梗は体を横に逸らし皮一枚で回避する。
そのまま横に離脱する梗。
鏡「フッ!」シュバッ!
ガシャッ!
丹波「!?」
梗のすぐ後ろに控えていた鏡が、タンバの伸び切った右腕にカゴの持ち手を通す。
丹波「!??」
鏡「……!」グイッ!
タンバの肘の辺りまで持ち手を押し込む。
丹波「何を――!」
ガシッ!
丹波「!?」
ダンバは突き出した拳を引き戻す。
曲がった肘に、通したカゴが組み付いた。
丹波「ッ!」ガシャ!
286 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:30:30.76 ID:T8u6ihwI0
タンバは反射的に腕を伸ばし、組み付いたカゴを取り外そうとする。伸ばした腕に、更にカゴのフチと持ち手が組み付く。
丹波「~~~ッ!」バッ!
梗「ふッッ!」シュバッ!
カゴを取り外すため左手を伸ばしたタンバに、梗が蹴り込む。
ドンッ!
丹波「ぬっ……あ!」ズザッ
鳩尾に直撃。
体をくの字に折り後退するタンバ。
鏡の追撃。
鏡「はアッ!」ブオン!
ガコッ!
カゴで自由を奪った右腕の側から顎に左フックを打ち込む。
丹波「くぁっ!」ザッザザッ
梗「倒れませんのね」
鏡「太い首です。横着はできません」
梗「では地道に参りましょう」
鏡「はい姉さん」
287 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:36:20.71 ID:T8u6ihwI0
後退するタンバに更なる追撃。
狙いは鳩尾。
腹の虫の力を削ぐ。
梗は右足。鏡は左足。
二人同時に蹴りを放つ。
オルトロス「「はッッ!!」ブオン!!
ゴゴンッ!!
オルトロス「あぁッッ!!」ブオン!!
ドゴンッ!!
丹波「~~~~ッ!!」ズザッ
タンバが上体を完全に折る。
奏効。
腹部への攻撃が通った。
ダメージで腹部をカバーせずにはいられなかった。
オルトロスはこれを好機と判断。
鏡「姉さん!」ブオン!
梗「ええ!」バッ!
ゴガッ!
丹波「ぶがッ!」ガバッ
タンバの下を向いた顔面に鏡の膝蹴り。
タンバの上体が起きる。
鏡はその場にしゃがみ込む。
梗「ッッ!」ダンッ
しゃがみ込んだ鏡の肩を踏み台に梗が跳び上がる。
梗「ふッッ!」ブオン!
ゴキャッ!
丹波「~~~ッッ!?」ガクッ
起き上がったタンバの顔面に梗の膝蹴り。
オルトロスの二段飛び膝蹴り。
タンバの膝が落ちる。
288 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:41:03.95 ID:T8u6ihwI0
ダメージに脱力した膝がフロアに――――
丹波「~~~~ッッ!」グググッ!
梗「!?」
つかない。
鏡「姉さん!」
梗の跳躍と同時に間合いを取っていた鏡が、危険を察知して叫ぶ。
あれは倒れまいと踏ん張っているのではない。
まるで爆発の前兆――――
攻撃のタメ――――
丹波「ふんッッ!」グオッ!
梗「ッッ!?」サッ!
ガッシャッッ!
膝蹴りを打ち込み自由落下中の梗に、膝を折った体勢からの伸び上がるような左の拳打。
かろうじて右腕に掛けたカゴで防ぐ梗。
しかし。
バッガァッ!
梗「~~~~ッッ!?」
タンバの拳打を受けたカゴが砕ける。
カゴの底部が爆散する。
梗「~~ッッ!」スタッ
降り注ぐカゴの破片を浴びながら着地する梗。
同時にバックステップを踏む。
タンバは既に二打目を構えていた。
289 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:45:13.92 ID:T8u6ihwI0
丹波「ッッ!」バオッ!
破片を吹き飛ばしながら迫るタンバの拳。
梗「くっ!」サッ!
ゴガンッ!!
梗「がはっ!」ズザッ
梗は咄嗟に左手でタンバの拳を受け止めるも、弾き飛ばされ顔面に直撃を喰う。
鏡「姉さん!!」
梗に駆け寄る鏡。
梗「あなた………!」
梗は拳を受けた頬を抑え、タンバを睨む。
丹波「悪ィ………」ハハ…
タンバは膝蹴りを受け赤らんだ顔で笑う。
丹波「女はキレイに寝かし付けてやろうと思ってたんだが………やるもんだな、お前ら」ポイッ
ガシャ
タンバは右腕からカゴを外し、投げ捨てる。
梗「手加減、なさいましたわね………」ギリリッ
鏡「………!」
丹波「いやいや次はちゃんとやるぜ?怪我はさせない。優しくしてやるよ………」ニタア
梗「ッッ侮辱を!!」ダッ!
鏡「姉さんッッ!」
激昂した梗がタンバに飛びかかる。
290 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:49:20.83 ID:T8u6ihwI0
丹波「結構、効いてはいるんだ……」ボソッ
ス…
タンバは右半身を引き、ゆるりと左手を前に出す。
梗「はあぁッッ!」ブオン!
パシィッ
突進とともに放たれた梗の拳を左手で払うタンバ。
同時に、右の拳を構えていた。
鏡「駄目!」
丹波「ヤッちまうぜ……サトウ」ニヤア
梗「!」ゾワッ
丹波「ふッッ!」
シュバァッ!
ドッ!
梗「ぁ――――!?」
梗の腹部に、タンバの拳打が突き刺さる。
梗「あ――――ぅ」フラッフラッ
丹波「……………」
一瞬、その場に静止する梗。
一歩、二歩とタンバに向かって力無く前進し――――
梗「――――――」ガクン
ドサッ
膝から、崩れ落ちた。
291 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:54:13.55 ID:T8u6ihwI0
鏡「………ッ!」
絶句する鏡。
梗を一撃で沈めたタンバの実力に言葉が出ない。
胴体から顔面へのコンビネーション、その一打ごとの手応えは確かだった。
タンバにダメージがないとは思えない。
しかし、それでも届いてはいない。
打倒には至らない。
鏡は、タンバを倒した上での弁当奪取が不可能に近い事を悟った。
丹波「…………」
鏡「……………」ジリッ
タンバに弁当奪取を優先させる意思は見られない。
そして鏡には、タンバに背を向けて弁当コーナーに走る勇気がなかった。
あったとしても、友人たちの助勢に来ておいて、自分一 人だけ弁当を獲る訳にはいかない。
残された道は一つだけ。
丹波「…………やるかい?」チラッ
鏡に目線をやり、タンバは言う。
鏡「くっ………!」グッ
無謀を承知で鏡は構える。
*** *** ***
292 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/15(金) 23:58:46.59 ID:T8u6ihwI0
*** *** ***
『がはっ!』
『姉さん!』
佐藤「…………」
『ッッ侮辱を!』
『駄目!』
佐藤「……………」グ
*** *** ***
293 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:04:11.34 ID:PzsF2o3i0
*** *** ***
丹波「ッッ!」グオッ!
鏡「~~~ッッ!」サッ!
ゴンッ!
鏡「うあっ!?」
タンバの左の掌打。
かろうじてブロックする鏡。
丹波「ぬっんッッ!」
ブオン!
鏡「くっ……」サッ!
ガオッ!
鏡「う!」サッ!
初?を受けた事でバランスを崩しながらも、なんとか二打目、三打目を躱す。
丹波「ふんッ!」ブオッ!
ガッ!
鏡「ッッつあ!」ズザッ!
四打目で回避運動に無理が出始める。 タンバの拳がガードに上げた腕を掠める。
タンバ「はッッ!」ブオッ!
バガンッ!
鏡「ぐっ……!」ズザッ!
五打目が固めた両腕のブロックを叩く。
堪らず後退する鏡。
丹波「―――――――ッッ!」ダンッ
グオッッッ!
鏡「!!!」バッ!
踏み込みざまのタンバの右拳打。
鏡は大きくサイドステップを踏んでこれを躱す。
鏡「~~~ッッ!」スタッ
回避と防御で精一杯で、攻撃の間合いに入れない
294 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:08:24.65 ID:PzsF2o3i0
丹波「………」ス…
間合いが開けばタンバは構え直す。
その、冷静で油断の無い目付き。
梗を一撃で屠ったカウンターが脳裏をよぎる。
先手を打つ事を躊躇してしまう。
鏡「…………」ジリッ
カゴ技を使おうにも、タンバの猛攻に回収の隙を見い出せない。
無闇な突撃は自殺行為。
かといって受けに回って凌ぎ切れるほどタンバの攻撃は甘くない。
打つ手がなかった。
梗が倒れた今、鏡一人でタンバを相手に出来る事は少ない。
鏡「ふぅ…………」スッ
鏡は一旦、体の力を抜いた。
295 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:11:10.41 ID:PzsF2o3i0
丹波「…………足捌き、体捌きは悪くない」
それを見たタンバが口を開く。
丹波「別にいいんだぜ?このまま付き合ってやっても」 ハハ…
タンバが笑う。
心中を見透かされている。
鏡「………いえ、結構です。次で終わりにします」グッ
丹波「そうかい………まァなんだ。楽しかったぜ……」グッ
鏡は覚悟を決めていた。
一か八かの突貫。
残された手は、もうそれしかない。
鏡「行きます!」ダッ!
駆け出す鏡。
その時。
???「俺が隙を作る……」グンッ!
296 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:17:01.10 ID:PzsF2o3i0
丹波「!」
鏡「ッ!!は、はい!」グンッ!
鏡の突進に呼応するように飛び出した一つの影。
二階堂「うおおッッ!」バッ!
鏡に並走し、追い越し、二階堂がタンバに飛びかかる。
丹波「なっ!」ブオッ
ガッ!
二階堂「ぬッッ!あ!」ガシィッ!
タンバが咄嗟に突き出した右腕に両腕を絡みつけ、両足で胴体を挟む二階堂。
丹波「こいつ!」グイッ!
二階堂「今だ!」ググッ!
鏡「はいッッ!」ダダダッ
ダンッ!
鏡「ふッ!」ブン!
ゴキャッ!
丹波「ぐぉっ!?」ガクン!
鏡の右の肘打ちがタンバのこめかみに炸裂する。
タンバの膝が落ちる。
今度こそ明確なダメージ。
しかし。
297 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:20:15.70 ID:PzsF2o3i0
丹波「~~~ッッ!っだあァァッ!」グイィッ!
タンバは雄叫びとともに体を捻り、二階堂の足のホールドを引き剥がす。
二階堂「!?」
丹波「ぬあぁッッ!」
ブオン!
ダガンッッ!
二階堂「がはっ!」
右腕ごと二階堂をフロアに叩きつける。
鏡「二階堂さん!」
丹波「っガあァッッ!」
ブオッッ!
ボゴッッ!
鏡「がッッ!!?」
自由になった右腕を鏡の鳩尾に捻り込む。
鏡「ぐっ!」ドサァッ!
吹き飛ばされフロアに転がる鏡。
丹波「死に損ないがッッ!」グアッ!
タンバの怒りの勢いが止まらない。
仰向けに倒れた二階堂に左腕を振り上げる。
丹波「おおッッ!」ブオン!
二階堂「く………!」
???「連!」ダッ!
298 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:23:24.33 ID:PzsF2o3i0
丹波「!?」
ゴガッ!!
???「ぬっ……ぐ!」
二階堂「や……ま、のもりさ、ん……」ガクッ
力任せに振り下ろされたタンバの腕を、クロスさせた両腕で受け止める山乃守。
意識を失う二階堂。
丹波「ッッ!」グオッ!
山乃守「!」
山乃守にタンバの右拳が迫る。
???「ふッッ!」
ヒュン!
バチィッッッ!
丹波「ッッ!?」
烏頭「下がって!!」バッ!
山乃守「ッ!」バッ!
タンバの目元に、烏頭が腕を鞭のように撓らせて叩きつける。
タンバの追撃が止まる。
間合いを取る山乃守と烏頭。
299 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:26:58.94 ID:PzsF2o3i0
鏡「う……【ウルフズ・ペイン】……」
烏頭「寝てていいから……【オルトロス】の妹さん」
鏡「すいま……せ……ん」ガクッ
鏡も意識を失った。
山乃守「……さて」
烏頭「…………」
丹波「ッッッッ~~~~ッ糞!」ダンッッ!
足を踏み鳴らし、痛みに悶える丹波。
山乃守も烏頭も手出し出来ない。
丹波「糞ッ!」ブンッ!
丹波はすでに、烏頭の一撃によるショックから立ち直る気配を見せていた。
頭を振り、目を見開く。
丹波「お前ら……」ギンッ!
充血した眼球。
釣り上がった眉。
烏頭「怪物……ね」
山乃守「……悪いな、みこと」グッ
烏頭「謝るくらいなら連れて来ないで」スッ
丹波の悪鬼の形相に気圧されつつも、二人は構えた。
倒れた槍水と佐藤の姿が、二人の視界に入っていた。
** ** **
300 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:32:07.13 ID:PzsF2o3i0
** ** **
『がはっ!』
『二階堂さん!』
佐藤「……………」グッ
『がっ!』
『ぐっ!』
佐藤「…………」ググッ
** ** **
301 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:37:04.21 ID:PzsF2o3i0
** ** **
丹波「何人いるかわからねェ……」
鏡と二階堂に対する暴虐。
丹波「何をするかもわからねェ」グッ
鬼気迫る気配。
丹波「おまけに効いちまってもいる……」ググッ
怒気を孕みつつも隙の無い構え。
丹波「もう時間をかける気はない……覚悟してもらう」ギンッ!
勝機があるとは思えなかった。
烏頭「……下がって」
山乃守「……いやだ」
烏頭と山乃守は、丹波から視線を外せなかった。
烏頭「邪魔」
山乃守「………駄目だ」
目を離せば、隙を見せればやられる。
烏頭「馬鹿」
山乃守「……だな」
最悪のタイミングでの到着。
本職の空手家。
手負いの狼。
丹波は完全に弁当など見ていない。
丹波「ッッ!」ダッ!
この男の獲物は。
302 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:40:43.77 ID:PzsF2o3i0
丹波「ッッッ!」ダンッ!
烏頭「じゃあ死んで」タンッ
山乃守「喜んで」
丹波が迫る。
丹波が踏み込むと同時に、烏頭は右に跳んで逃れる。
丹波「ぬんッッ!」
ブオン!
ドンッッ!
山乃守「うっぐ!」ミシミシッ!
残った山乃守に丹波の右拳打。
両腕を上げ受け止める山乃守。
丹波「ッッ!」ブオッ!
丹波は右から左掌打に繋ぐ。
烏頭「ここ」ヒュ!
ガキィッ!
丹波「ぐっ!」
丹波の顎に横合いから烏頭の右拳打。
丹波「チッ!」グオッ!
烏頭「亮」サッ!
山乃守「喜んでッ!」バッ!
烏頭に向き直る丹波。
間に割って入る山乃守。
303 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:44:03.35 ID:PzsF2o3i0
丹波「なっ!?」ブオッ!
ゴガンッッ!
山乃守「ぐっへぇ!」ズザッ!
かろうじてブロックする山乃守。
丹波「くっ!」クルッ!
山乃守を囮、盾に使った烏頭の攻撃。
烏頭「フッ」ヒュバッ!
サイドに回った烏頭が再び丹波の顎を狙う。
丹波「~~~ッッ!」サッ!
深くダッキングして躱す丹波。
余裕のない回避動作。
山乃守の献身により、烏頭は攻撃する上での絶好のポジションとタイミングを奪っていた。
304 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:47:54.70 ID:PzsF2o3i0
烏頭「もう一回」バッ!
しかし同時に、烏頭は理解していた。
山乃守「あいよ!」バッ!
これは、長く続く攻勢ではない。
丹波「ぬぅっ……!」ブオッ!
二階堂を庇った一打を合わせて、これで四打目のブロッ ク。
山乃守「ぐっ!?」ミシミシッ
山乃守の体が持たない。
いつまで防ぎきれるかもわからない。
烏頭「ふッッ!」ブオッ!
ゴッ!
丹波「くっ!」ザッ!
丹波の顎を斜め下から蹴り上げる。
直撃を奪うも効果は薄い。
二度目で既に反応されていた。
駄目で元々の三打目だった。
山乃守を盾、目くらましにした奇襲はもう読まれている。
305 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:50:48.76 ID:PzsF2o3i0
烏頭「……!」サッ!
後退する烏頭。
山乃守「っ!」バッ!
烏頭「ッ!駄目!」
愚直に丹波と烏頭の間に入る山乃守。
丹波「邪魔だッッ!」
ブオッ!
ゴガンッ!
山乃守「がはっ!」ドサァ!
烏頭「!」ダッ!
ガードごと叩き潰され倒れる山乃守。
ニ対一という情況から、丹波は防御を意識し攻撃動作を抑えていたのだろう。
山乃守からの攻撃がないと看破され、拳打を強振された。
烏頭は間合いを詰めた。
烏頭「ッッ!」ヒュン!
腕を撓らせ丹波の顔面を狙う。
丹波「ッッ!鞭打か!」サッ!
ヒュオッ!
皮一枚で躱す丹波。
306 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 00:54:32.02 ID:PzsF2o3i0
巨体を見事に制御した鮮やかな体捌き。
先程とは違う必要最低限の回避動作。
攻撃の間合いを維持したままの回避運動。
カウンターが来る。
烏頭「――――ッ!」ゾワッ
烏頭は腕を振り抜いた姿勢のまま青ざめた。
丹波「ッッ!」
ブオッ!
山乃守「ぬおおッ!」
烏頭「亮!」
山乃守はあくまで烏頭の盾に徹する。
ドゴンッ!
山乃守「――――ッぐはっ!」ドサッ
烏頭「ッッ!」バッ!
胸部に丹波の拳打を受け倒れる山乃守。
最後の好機。
烏頭が踏み込む。
307 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/16(土) 01:00:43.14 ID:PzsF2o3i0
烏頭「はッ!」ヒュン!
バチィッッ!
丹波「ぬうっ」ビリビリッ!
丹波の右の頬、目の下辺りに烏頭の鞭打が炸裂する。
痛みに片目を閉じ顔を背ける丹波。
烏頭「はあァッッ!」ブン!
烏頭が丹波の死角から追撃の左フック。
山乃守が捨て身で作った隙。
当たる。倒せる。
烏頭は拳を強く握り込んだ。
丹波「~~ッッ!ッッ!!」ブオン!
烏頭「!?」
ガキィッッ!
丹波が振った腕が烏頭の左フックを受け止めた。
死角を突いたにも関わらず狙い澄ましたような迎撃。
反応された――――!?
丹波「厄介な技を!」ブオッ!
烏頭「~~~~ッ!」
ボゴンッ!
烏頭「あっが――――」ドサッ!
丹波「これで……」
倒れゆく烏頭を丹波は悠然と見下ろす。
丹波「終わりだな……」
烏頭「――――…………」ガクッ
烏頭は意識を失った。
* * *
309 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/16(土) 01:11:55.78 ID:LqQ8NuQpo
乙
丹波つええな
310 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/16(土) 01:19:10.57 ID:wukdg6rTo
乙
堤の猛攻を耐えきった耐久は流石だよな
317 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:10:00.89 ID:zCUgcYMM0
* * *
『――――…………』ドサッ
佐藤「…………――――?」グッ
何かが。
誰かが倒れる音。
意識が戻る。
佐藤「……ッ!」ズキン
一瞬、自分が何処にいるのかわからず混乱する。
しかしすぐに、腹部の鈍痛と冷たいフロアの感触で思い出す。
ここはスーパー。
弁当コーナー前。
今は半額弁当争奪戦の最中だ。
まだ、終っていなければ。
佐藤「ぅ……」
槍水先輩。
二階堂。
梗、鏡。
佐藤「……た、ンバ」ググッ
顔を上げる。
丹波「…………」
タンバがこちらを見下ろしていた。
318 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:13:45.76 ID:zCUgcYMM0
佐藤「ぅ……ぐ」ググッ
立ち上がろうとフロアに手を付く。
佐藤「ぬ……ぅ!……ぐっ」ドサッ
腕に力が入らない。
丹波「これまでだよ……サトウ」クルッ
一言呟くと、タンバは僕に背を向けた。
佐藤「……!」
ゆっくりと歩み去るタンバ。
その言葉、その様子から僕は察する。
佐藤「~~っく!」
顔を持ち上げ周囲を見回す。
烏頭「…………」
まず目に入ったのは烏頭の姿だった。
山乃守「…………」
山乃守さんもいる。
何故二人がここに、とは思わなかった。
引き寄せられたのだろう。あのタンバという男に。
狼ならたとえ古狼であっても無視できない気配に、僕たちの危機を予感して。
319 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:17:17.86 ID:zCUgcYMM0
二階堂「…………」
二階堂も。
梗「…………」
鏡「…………」
オルトロスも。
それなのに。
仲間たちの助太刀を無駄にしてしまった。
勝てなかった。
槍水「…………」
佐藤「せ、んぱ……ぃ」
すいません。
縄張りを、守れませんでした。
佐藤「ぁ……ぐぁ」フッ
意識が朦朧とする。
もう抵抗する意味はない。
負けたのだ。僕たちは。
もういい。
佐藤「…………ぅ」
320 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:20:40.19 ID:zCUgcYMM0
あの化物を相手に、僕は限界まで戦った。
腹を下し体調もベストではない中で、タンバと正面から打ち合ったのだ。
負けて当然の戦い。
立てないのも無理はない。
もういいだろう。
十分だ。
たくさんだ。
佐藤「――……――」
もう、休んで……も…………
……………………
…………………
………………
……………
…………
………
……
* * *
321 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:22:23.16 ID:zCUgcYMM0
今。
322 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:23:57.76 ID:zCUgcYMM0
今、僕。
323 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:25:13.61 ID:zCUgcYMM0
何、考えた。
324 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:27:51.26 ID:zCUgcYMM0
何を考えた。
何を考えてる……!
『腹を下し』
『体調もベストではない中で』
何を……!
何を!何を!何を!何を!何を!
何を!!
情けない事をッッ!!
佐藤「~~~~ッ!!」ダンッ!
丹波「!………」ピタ
諦める理由に!
佐藤「ぬぅぅぅッッ~~~っ!」グググッ
負けた言い訳に!
丹波「…………!」クルッ
あせびちゃんを使うってのか!?
325 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:31:34.56 ID:zCUgcYMM0
佐藤「~~ああッッ!!」グッ!
彼女に食べ物を貰ったから?
それで腹を下して?
体調を崩し、そのせいで負けた。
そのせいで立てなかった。
何を馬鹿な事を!
ふざけた事を!
丹波「……サトウ、お前」
佐藤「まだだッ!タンバッ!!」ゴッッ!
あせびちゃんに食べ物を貰って。
腹を下して。
体調を崩したからこそ!
だからこそ僕は立つんだろうが!
負けちゃならねぇんだろうが!
佐藤「まだ僕は負けてない!」ギンッ!
誰が相手だろうと!
丹波「……やっぱりお前……」ニヤア
負けられない!
今日だけは!
326 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:35:40.35 ID:zCUgcYMM0
佐藤「ッ!」ギリッ
丹波「お前だけは……」
丹波が笑う。
丹波「本気で潰してやらないといけねぇと思ってた」ス…
この期に及んでまだ笑う。
佐藤「~~~~ッ!!」ギリリッ
丹波「来な、サトウ」
佐藤「笑うなッッ!!タンバッ!!」ダッ!
タンバに向かって一直線に駆ける。
丹波「笑わずにいられるかよ、サトウ」グッ
丹波が右拳を握り込む。
佐藤「おおおおおッ!」グンッ!
構わず突進する。
丹波「ッ!」グアッ!
右腕を振りかぶる丹波。
佐藤「ッッ!!」ダンッ!
知った事ではない。
僕は丹波の射程距離に踏み込んだ。
僕も右拳を振りかぶる。
佐藤「あああッッ!」ブオン!
丹波「あばよぉッ!サトォォッ!!」ブオン!
327 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:39:19.39 ID:zCUgcYMM0
???「佐藤!」ガバッ!
佐藤「なっ!」
???「丹波ッ!」バッ!
バチィッッッ!!
佐藤「ぐっ!?」ドサッ!
丹波「ッ!泉先生!」
僕と丹波の拳が交錯する刹那、僕は飛びかかってきた誰かに押し倒された。
金城「ここまでだ!佐藤!」
佐藤「ウィザード……!」
【魔導士】金城優。
泉「丹波君……君もだ」ビリビリ
タンバの拳を受け止めた男が口を開く。
禿頭で、サイドに残った髪を長く伸ばした和装の男。
丹波「泉先生……」グッ
泉「退けと言っとるッッ!!」
丹波「…………チッ」スッ
男に一喝され、丹波が拳を引く。
佐藤「~~ッどけ!ウィザードッ!邪魔をする なッッ!!」
金城「駄目だ!今日の争奪戦はこれまでだ!」
佐藤「ふざけるなッ!いくらアンタでもこんな事!」
丹波「…………」
泉「…………」
328 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:41:38.83 ID:zCUgcYMM0
金城「佐藤!お前のためを思って言ってるんだ!第一この 男は…………」
佐藤「いいからどいてくれッ!まだ僕は――――」
???「佐藤……」
佐藤「…………!アブラ神!?」
馬鹿な…………!
まだ誰も弁当を獲っていないというのに、何故アブラ神が売場に……!?
アブラ神「金城の言う通りにしておけ。今夜はこれで終いだ」
佐藤「そんな…………」
アブラ神「ほれ……」ガサ
アブラ神は、手に持った袋をタンバに差し出した。
丹波「……何だ?」
アブラ神「弁当だよ。俺の奢りだ。ガキどもを揉んでもらった礼だとでも思ってくれ」
佐藤「?」
丹波「……警察に通報されても仕方ねぇと思ってたんだがな……」ガサ
佐藤「!??」
け、警察?何を言って――――
329 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:44:26.56 ID:zCUgcYMM0
アブラ神「仕掛けたのはガキどもだ。それに……まぁ、な んだ。ここの連中がアンタみたいな奴を見れば、こうなっ ちまうのさ……」
丹波「……そうかい」
まさか…………!?
そんな……!
泉「佐藤君、わかってくれ。見たところ君も限界……これ以上やらせる訳にはいかん」
アブラ神「先生の言う通りだ。このまま続けりゃあ最悪、 冬休みは病院のベッドで過ごす事になる」
泉「無念だろうが……この男は本来、君たち狼が戦う相手ではないのだ……承知して欲しい」
佐藤「あ、あ……」
言葉が出ない。
信じられない。
佐藤「そんな……馬鹿、な……」
スーパーで、争奪戦であれだけの強さを誇るタンバ が……。
金城「もう、わかったな?佐藤」
佐藤「…………はい」
狼ではない、なんて――――
** ** **
330 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:47:21.27 ID:zCUgcYMM0
** ** **
その後僕たちは、バックヤードの休憩スペースでダメージを負った体を休めていた。
白粉「先輩……」グス
槍水「…………」ナデ
顎を打ち抜かれ失神した先輩は、意識こそ戻ったものの足元が定まっておらず、大事を取ってソファに横になっていた。
白粉が目に涙を浮かべて寄り添う。
先輩が無言でその頬を撫でた。
二階堂「…………」
梗「…………」
鏡「…………」
烏頭「…………」
山乃守「…………」
顎髭「…………」
坊主「…………」
茶髪「…………」
誰も口を開こうとしない。
泉宗一郎と魔導士の乱入で争奪戦が終結した時点で、顎髭と坊主を除く全ての狼が意識を失っていた。
泉、魔導士、アブラ神が手分けして狼たちをバックヤードに運び、全員が意識を取り戻した今も、休憩スペースは沈黙に包まれたままだった。
331 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:50:32.38 ID:zCUgcYMM0
全員が今夜の惨敗を噛み締めていた。 激戦区の名うての狼が、揃いも揃って誰一人あのタンバ という男に敵わなかったという事実に、打ちのめされていた。
佐藤「…………」
タンバが狼ではない事をまだ皆は知らない。 事情を知る魔導士と泉は、アブラ神のフロア清掃を手伝うため席を外していた。
山乃守「あの、丹波って男は……」
山乃守さんが沈黙を破る。
その重い口ぶりに、全員が山乃守さんに視線を向けた。
山乃守「プロの格闘家だ……詳しくは知らないが、何日か前のスポーツ新聞に記事が出てた」
茶髪「道理で……只者ではないと思っていたけど」
顎髭「戦闘中の一挙一動の無駄の無さはそういう訳か……」
坊主「その上、あれ程の狼としての資質を持つとなれば……」
受け入れ難い敗戦。 その理由を確認し合うように、三人がポツポツと口を開く。
惨めだった。
しかし、僕に彼らを責める権利はない。僕もまた、奴に敗れた一人なのだから。
332 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:54:09.14 ID:zCUgcYMM0
佐藤「…………」
しかし、どうにもスッキリしない。
プロの格闘家という、タンバの強さの背景にある肩書きが明らかになっても、何か腑に落ちないものがある。
魔導士は、タンバは狼ではないと言った。争奪戦後のタンバの態度、言動からも間違いないように思えた。
それでも、まだ僕は心の奥底で、奴が狼ではないという事実が信じ切れないでいた。
奴が狼でないというのなら、あの異常なまでの気配はなんだ。
腹の虫の加護を得た僕たちをものともしなかったあの強さは、本当にプロの格闘家だからという理由だけで片付けられるものなのか。
333 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:57:10.78 ID:zCUgcYMM0
普段は意外と鈍いところもある先輩が、スーパー限定で鬼神の如き強さを発揮できるのは腹の虫の加護があるからだ。
争奪戦に於いて力を発揮するために何より重要なのは、 半額弁当への飢餓感で腹の虫の加護を得ること。
その筈ではなかったのか。
いくらプロの格闘家とはいえ、スーパーでの戦いを知らないタンバが何故あそこまで戦えたのか。
佐藤「…………」グッ
わからない事だらけだ。
魔導士を問い詰めるまでは、とても帰る気にはなれない。
バタン
程なくして、魔導士たちがバックヤードに戻って来た。
金城「お前たち、体は大丈夫か?」
誰も言葉を返さない。
泉「…………」
アブラ神「…………」
そんな事はどうでもいいと、全員が無言で訴える。
334 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 22:59:50.98 ID:zCUgcYMM0
金城「……仙、もう平気か?」チラッ
槍水「……ええ、もう大丈夫です……それよりも……」ムクリ
一人横になっていた先輩は、魔導士に話を促すように起き上がった。
槍水「あの男は何者です。泉先生はお知り合いのようでしたが……」チラッ
どうやら先輩は泉と知り合いらしい。
先輩、魔導士、アブラ神に先生と敬称で呼ばれるこの男は、一体どういう素性の持ち主なのだろうか。
泉「……うむ。あの男は以前、ウチの道場で食客として世話していた事があってな……」
鏡「道場……失礼ですがあなたは……」
泉「ん?ああ、すまん自己紹介を忘れていた。私は泉宗一 郎。この近所にある竹宮流道場の主だ」
金城「俺と仙はHP時代に少し先生に稽古をつけてもらった事があるんだ」
アブラ神「この人も若い頃は狼でな」
佐藤「『古狼』……」
泉「ハハ……さすがにもう参戦する事は無いがね。その縁で、この地域の半額神とは懇意にさせて貰っておる」
335 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:03:48.88 ID:zCUgcYMM0
梗「あのタンバという男、プロの格闘家という話ですが」
泉「空手家だ。空手をベースに、ボクシング、レスリン グ、果ては私が宗家を務める古流の実戦柔術……竹宮流の 技も習得しておる……」
二階堂「聞きたいのはそんな事じゃない……」
二階堂が呟く。
あの男が格闘家としてどんな経歴を持ち、どんな技を習得していようが、そんな事には興味がない。
二階堂はタンバのスーパーでの戦歴を聞きたかったのだろう。
僕はあの男が何者なのかを聞きたかった。
佐藤「ウィザード、もういいだろ?早く教えてくれ。あの男の経歴なんてどうだっていい……」
二階堂「……?」
槍水「佐藤……?」
佐藤「あれは、何だ」
狼ではないというのなら。
あの男は『何』なんだ。
336 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:06:58.43 ID:zCUgcYMM0
槍水「どういう事です……先輩」
金城「あの男……丹波分七は……」
魔導士は壁に背を預け、腕を組んだ。
金城「狼ではない」
一瞬、場が静まり返る。
槍水「…………!」
二階堂「なん……だと……?」
山乃守「優……お前……」
烏頭「……何、言ってるの」
梗「ご冗談でしょう……?」
鏡「それは……いくらなんでも……」
顎髭「おいおい……」
坊主「嘘だろ……?」
茶髪「……ふざけてるの?」
口々に動揺を示す狼たち。
泉「信じられないのも無理はない……しかし、事実だ」
アブラ神「奴が狼なら、争奪戦の中断なんて無粋はしない。戦いが終わってもいないのに、タダで弁当をくれてやるなんて真似はな……」
半額神が決着前にストップをかける前代未聞の事態。
その必要がある相手。
佐藤「何なんです、奴は」
金城「奴は……『餓狼』だ」
** ** **
337 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:10:06.30 ID:zCUgcYMM0
** ** **
佐藤「が、ガロウ……?」
金城「餓えた狼、『餓狼』だ」
槍水「……?では、狼ではない、というのは……」
初めて聞く言葉。
槍水先輩も知らないらしい。
金城「『餓狼』とは、一言でいえば『自覚なき狼』だ」
梗「???では、やはり狼なのでは?」
鏡「争奪戦を知らず、しかし狼としての高い素質を持つ 者、という事でしょうか?」
アブラ神「概ねその通りだが」
泉「しかしそれでは認識が足りない」
金城「そう……あの男は争奪戦の事も、狼の事も何も知らない。 腹の虫の加護も、勝利の一味も、何も……争奪戦における暗黙のルール、知識の全てを、あの丹波という男は知らない。つまり奴は狼ではない。かといって、奴が犬や豚に分類される事もない」
泉「丹波君は、自分が『餓狼』である事も知らない」
槍水「狼ではない……なのに『自覚なき狼』……『餓狼』とは一体……」
338 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:13:37.93 ID:zCUgcYMM0
泉「『大猪』『アラシ』といった争奪戦におけるイレギュ ラーの一種だと考えてくれたまえ」
金城「『餓狼』は半額弁当ではなく、闘争を求める」
泉「狼の中にも勝利の一味に強い拘りを持ち戦いを好む者はいるが、より純粋に闘いだけを求める者が『餓狼』と呼ばれる」
佐藤「そんな……それじゃあ『餓狼』は半額弁当に興味がないという事ですか?『腹の虫の加護』を得た僕たちをあれほど圧倒したあの男が……」
金城「それは、あの男が無自覚に『闘争への飢餓』で力を引き出していたからだ」
佐藤「『闘争への飢餓』……?」
金城「『腹の虫の加護』と似た力だ。半額弁当への飢餓感で力を発揮する俺たち狼とは違い、『餓狼』は闘いを希求する事で力を発揮する。その源となるのが『闘争への飢餓』だ」
泉「丹波君は闘う事だけに人生を捧げてきた男だ。ただひたすらに強さを求めて闘い続ける事で、いつしか『闘争への飢餓』に目覚めた……」
339 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:17:04.92 ID:zCUgcYMM0
佐藤「待って下さい。つまり『闘争への飢餓』とは、スー パー以外でも発揮される『腹の虫の加護』と同種の力、という事ですか?」
泉「左様。『闘争への飢餓』とはあくまでスーパーに於ける呼称だ。格闘技の世界ではその力に明確な呼称はない。また、その力について言及される事も少ない。ただお定まりの精神論の一種として、なんとなく存在が認知されてい る……明言される事のない格闘家の間にある曖昧な共通認識、といったところか」
槍水「なんとなく、わかってきました……金城先輩が『餓狼』を『自覚なき狼』と言った意味が……」
二階堂「『闘争への飢餓』に目覚めた人間が争奪戦の場に現れた場合、本人に自覚がなくとも俺たち狼から見て『餓狼』と呼ばれる存在になる……」
340 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:21:58.96 ID:zCUgcYMM0
金城「『闘争への飢餓』に目覚めた者は狼と変わらぬ気を放つ。それ故に『餓狼』に遭遇した狼は何の疑問も持たずに戦ってしまう」
泉「そしてその戦いには大きな危険が伴う。必然的に『餓狼』となる者は闘いの中で生きる格闘家に限られる。『闘争への飢餓』に支配された『餓狼』と『腹の虫の加護』を得た普通人にすぎない狼とでは戦力に大きな差が生じる」
金城「それに何より、『餓狼』は半額弁当を求めていない。俺たちが戦うべき相手ではないんだ」
アブラ神「……今夜、争奪戦を途中で止めたのはそういう訳だ。お前たちの身の安全を優先させて貰った……すまなかったな」
アブラ神の苦渋の表情。
半額神にこんな顔をされては、誰も文句など言える筈がなかった。
槍水「話はわかりました……しかし、何故金城先輩は『餓狼』について教えてくれなかったんです。そのような危険な存在なら……」
金城「俺も『餓狼』について知ったのはHP部を抜けた後だったんだ。東区のスーパーで一度だけ『餓狼』に遭遇した事があってな……その時も半額神の判断で争奪戦は中断された」
341 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:26:40.03 ID:zCUgcYMM0
アブラ神「『餓狼』は希少な存在だ。ほとんどの狼が存在すら知らずに引退していく。俺も実際に目にしたのは今夜が初めてだ。ジジ様ですら、生涯で二度しか遭遇していない」
泉「その二人の『餓狼』が、若き日の松尾象山とグレート巽だ。君たちも名前くらいは知っておろう」
佐藤「!」
山乃守「こりゃまた……えらいビッグネームだな……」
二人とも格闘技に詳しくない僕でも知っている有名人だ。
北辰会館館長、空手家として数々の逸話を持つ生ける伝説、松尾象山。
FAW社長、プロレスラーのグレート巽。
思わぬ大物の名前に一同が息を飲む。
泉「その希少性故に当時はまだ『餓狼』という呼び名が定着していなくてな……あの頃の二人は単に【大猪殺し】と呼ばれていた……」
佐藤「大猪……殺し!?」
二階堂「『餓狼』は大猪すら凌駕すると……?」
342 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:30:53.47 ID:zCUgcYMM0
アブラ神「……前にジジ様が話してくれた事がある。『狼、大猪、アラシが全員地を這う中、一人悠然と佇む怪物がいた』と……」
槍水「…………!」
狼と大猪、更にアラシまで同時に相手をして、全て倒してのける実力。
タンバの強さを身を持って経験した後でなければ、とても信じられない話だった。
佐藤「ウィザード、あなたも『餓狼』と戦ったんですか? その時はどうなったんです。あなたならあるいは――――」
大猪を凌駕する化物に、狼である魔導士が敵う筈もない。
しかし、聞かずにはいられなかった。
金城「戦った。俺が戦ったのは泉先生のかつてのお弟子さんでな。争奪戦だというのに見た事もない投げ技や関節技を使ってくるから、何か変だと思ったんだが……手心を加えられ、翻弄されて終わりだった……」
泉「不肖の弟子だがね……」
泉の表情が曇る。
泉「丹波君と互角か、それ以上の強さを誇る天才だよ…… 金城君が敗れたのも無理はない」
343 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/20(水) 23:34:27.22 ID:zCUgcYMM0
佐藤「そんな……」
槍水「…………」
やはり魔導士も敗れていた。
現役最強の【魔導士】でも敵わない。
『餓狼』
住む世界が、違いすぎる。
アブラ神「とにかくお前ら、今後スーパーであの男に出くわしても決して手出しするな。聞いた通り、丹波は半額弁当に興味がない。お前らの戦う相手じゃないという事をわかってくれ」
槍水「はい…………」
佐藤「…………」
返事をしたのは槍水先輩だけだった。
その先輩の表情も苦渋に満ちている。
無理もない。
アブラ神はこう言ったのだ。
負けたまま引き下がれ、と。
誇りを持ってスーパーを駆ける狼にとって、それは最大の屈辱だった。
** ** **
344 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/20(水) 23:42:33.17 ID:zCUgcYMM0
今日は以上です
この泉先生は槍水に虎王を伝授してしまっている設定です。アニメ版プール回の水着虎王を見てそんな妄想をしていました。ストーリーに組み込めなくて残念です
魔導士は藤巻が手配犯である事を知っていますが、泉先生に配慮して言及しなかったという事で
346 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/21(木) 01:56:07.75 ID:dhlVQ/ZWo
乙
先輩は虎王使えるのかよwww
あと狼に対して餓狼っていいな
347 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/02/21(木) 19:27:01.91 ID:VfHtqi9IO
先輩に虎王かけられて死ねるなら今すぐでもいい
348 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/21(木) 20:11:25.48 ID:dhlVQ/ZWo
先輩に腕に抱きつかれて太ももで頭を挟まれ、その柔らかい感覚を感じながら投げられ最後にもう一度腕を掴まれながら背中側から馬乗りか
ふぅ……
349 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/21(木) 20:32:52.89 ID:BfJQgKpgo
二つ名が変態なのが多すぎるwwwwww
351 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:06:51.50 ID:HfRNcJgn0
** ** **
山乃守「それじゃあ……」
魔導士たちの説明が終わり、山乃守さんが口を開いた。
山乃守「帰るか……みこと」
烏頭「うん」
槍水「烏頭先輩……今日はありがとうございました」ペコリ
烏頭「別にいい……でも仙、佐藤も……無茶は駄目。アブラ 神の言う事をちゃんと聞いて」
槍水「わかっています……」
佐藤「山乃守さんも、ありがとうございました」
山乃守「いいってそんな。俺と洋の仲だろ?」ハハ
佐藤「山乃守さん……」
朝にも同じ台詞を聞いたが、今のはなんだか格好良い。
山乃守「連もだぞ?無茶は禁物だぜ?」
二階堂「わかっていますよ。またアンタにらしくない無茶 をされては敵いませんからね。自重しておきます」
山乃守「はは、ならいい。それじゃあな。優も、またな」
烏頭「バイバイ」
金城「ああ、またな」
こうして山乃守さんと烏頭は店を後にした。
その背中に、二階堂が小さく『ありがとう』と呟いた。
352 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:09:50.49 ID:HfRNcJgn0
鏡「では姉さん、私たちも帰りましょう」
梗「そうですわね」
槍水「二人も、ありがとう」
鏡「構いません。皆さんがご無事ならそれで」
佐藤「それにしても、さすがの勘の良さだね。こうして駆けつけてくれるなんて」
梗「道端であの男とすれ違って異様な気配を感じたものですから……それと」スッ
佐藤「?」
梗「これを見て、何か嫌な予感がしまして……」
佐藤「!?」ゾッ
そう言って梗がポケットから取り出したのは、先ほど僕と著莪が二人に渡した御守りだった。
御守りは既にドス黒く変色していた。
353 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:12:17.51 ID:HfRNcJgn0
梗「不思議な事もあるものですわね……」
鏡「駆けつけてみれば案の定、ですからね……」
佐藤「ほ、ホントダネ。ま、また新しいのを贈らせてもらうよ……それは僕の方で処分しておくから」
梗「まぁ!それは嬉しいですわ!」
鏡「すいません。ではお願いします」
佐藤「ははは、いいんだヨ。気にしないデ」
手の震えを抑えつつ御守りを受け取る。
鏡「それと二階堂さん、先程はありがとうございました」 ペコリ
二階堂「気にするな。結局、大した助けにはならなかったしな」
鏡「はい。それでも、ありがとう」ニコッ
二階堂「ふん……」
梗「ふふ……それでは、わたくしたちはこれで失礼しますわ」
鏡「さようなら」ペコリ
佐藤「またね」
オルトロスも店を後にする。
僕は手元の御守りに視線を落とし、沢桔姉妹と、二人を僕たちの窮地に導いてくれたあせびちゃんに感謝した。
354 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:15:37.77 ID:HfRNcJgn0
茶髪「あたしも帰るわ」
顎髭「……俺も」
坊主「行くか」
アブラ神「お前らも、今日話した事は肝に命じておけよ」
顎髭「わかってますよ」
坊主「すまなかったな、ワンコ。力になれなくて……」
佐藤「いいよ……そんな」
顎髭「……お前、今夜はよくやったよ……あの化物相手に…… だから絶対に無茶はすんなよ?」
坊主「なんだか、お前はあの手の大物とやたら縁があるからな、心配なんだよ」
佐藤「なんだよ……あんたらまで。わかってるから、大丈夫だよ」ハハ…
茶髪「私は魔女さんとの共闘が楽しかったから、それで良しとしておくわ」
槍水「ふん……」フッ
茶髪「フフ……それじゃあね、ワンコ」
顎髭「じゃあな」
坊主「またな」
佐藤「うん、また」
三人も店を後にした。
結局、茶髪の仇が取れなかった事が心残りだった。
355 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:18:58.90 ID:HfRNcJgn0
二階堂「俺ももう行く」
佐藤「二階堂……さっきは……」
二階堂「礼ならいらん。俺もオルトロスと同じで、奴の気配に引かれただけだからな」
佐藤「二階堂……」
二階堂「そんな事より、またスーパーで相手になってもらうぞ。今夜は消化不良だったからな」
佐藤「はは……そうだな。楽しみにしておくよ」
二階堂「ふん……じゃあな」
佐藤「ああ」
二階堂は薄く笑ってバックヤードから出て行った。
出来る事なら、今夜は二階堂と、相棒とともに勝利を掴みたかった。
356 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:22:15.24 ID:HfRNcJgn0
金城「さて、俺も帰るとするか」
槍水「金城先輩、今夜は面倒をおかけしてすいませんでした」
金城「いいさ、かわいい後輩たちのためだからな。それよりも、絶対に餓狼には手を出すなよ?」
槍水「先輩……」
金城「縄張りの主であるお前と佐藤が一番無茶をしそうで心配なんだ」
佐藤「僕もですか?」
金城「お前もだ。その無茶に助けられた事もあったが、今回は絶対に駄目だ。戦っても無駄に体を傷めるだけだからな」
佐藤「だから、わかってますってば……」
金城「……なら、いいがな。泉先生、どうされますか、またバイクで送りましょうか?」
泉「いや、歩いて帰るよ。帰りもあの格好は少々恥ずかしい」
金城「それもそうですね。それでは、お先に失礼します。仙、佐藤、白粉、またな」
槍水「はい、また」
佐藤・白粉「「さようなら」」
魔導士も店を去り、バックヤードには僕たちHP同好会の三人と泉先生、アブラ神が残された。
357 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:25:01.94 ID:HfRNcJgn0
槍水「……先生、あの格好とは?」
泉「んん?いやな、袴でバイクの後に乗るには、こ う……」
泉先生は手で袴の裾を持ち上げる真似をする。
泉「太ももまでまくり上げないといけなくてね、先程は緊急だったから気にしなかったが、もう一度は恥ずかしい」 ハハハ
槍水「フフ、そうでしたか。今夜は先生にもご足労頂いて、本当にありがとうございました」
泉「構わんよ。君らが無事で済んで何よりだ」
佐藤「…………」
アブラ神「佐藤、白粉。これ持ってけ」ガサ
佐藤「これは……」
白粉「そんな……」
アブラ神が僕と白粉に袋を差し出す。
中身は見るまでもなかった。
358 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:27:48.29 ID:HfRNcJgn0
アブラ神「今夜最後まで立っていたのは、丹波とお前ら二人の三人だからな」
佐藤「でも……」
白粉「私は、戦ってもいないのに……」
アブラ神「残しておいても捨てるだけ……貰ってやってくれ」
槍水「頂いておけ、二人とも。気持ちはわかるが弁当を無駄にしては狼の名折れだ」
佐藤・白粉「「……はい」」
僕たちは弁当を受け取った。
佐藤「…………」ガサ
戦いで分が悪くても、最終的に弁当を手にする事が争奪戦の勝利。
佐藤「…………」ギュ
槍水「…………」
今夜の敗北は戦闘での敗北。
争奪戦は中断され、勝敗はついていない。
それでも、今手にした弁当は、負けて手にした弁当。
そう思わずにはいられなかった。
** ** **
359 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:30:42.32 ID:HfRNcJgn0
** ** **
閉店時間が迫り、僕たちと泉先生はホーキーマートを後にした。
先輩と白粉を送って行くと申し出たのだが、僕のダメー ジの深さを理由に先輩に断られた。
別れ際、先輩は言った。
槍水「私はまだ帰省しないつもりだ」
佐藤「え……それってまさか」
泉「槍水君……!」
槍水「勘違いするな佐藤。泉先生も、違いますよ……」
佐藤「ならどうして……」
僕は先輩がタンバとの再戦に乗り出すつもりなのだと誤解していた。
泉「?……ああ、そうか」
僕と同じ誤解をしたらしい泉先生も一瞬眉をひそめたが、すぐに何かに気付き表情を緩めた。
泉「そうだった。明後日はあの弁当が出る日だったな……」
槍水「そうです」
360 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:33:32.12 ID:HfRNcJgn0
白粉「明後日、何か特別なお弁当が出るんですか?」
槍水「ああ、毎年ホーキーマートでは28日、29日の二日間、社会人の仕事納めの時期に合わせて500円ワンコイン の豪華弁当が売り出されるんだ。その名も『年末ご奉仕弁 当』」
佐藤「?アブラ神にしてはシンプルな商品名ですね」
泉「それは毎年弁当の中身が違うからだよ。去年は確か、 牡蠣飯に国産和牛のすき煮、旬の野菜、茸、きすの天ぷら……」
白粉「スーパーのお弁当とは思えない内容ですね……」
佐藤「500円ですよね……」
槍水「500円だ。アブラ神が無茶な弁当を作るのはいつもの事だが、この弁当は最初から利益度外視、年末の集客の呼び物として数量限定で作られる。半値印証時刻まで残る事は稀だが、残れば確実に月桂冠になる」
泉「私は半額になる前に買って食べたが、絶品だったよ。月桂冠として食べれば尚更だろうね」
佐藤・白粉「「…………」」ゴクリ
361 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:36:02.86 ID:HfRNcJgn0
槍水「餓狼が半額弁当に興味がないのなら、現れる可能性は低い。争奪戦は通常通り行われるだろう。それで、もしお前たちも予定が合えば……」
佐藤・白粉「「行きます!!」」
泉「ふふ……」
槍水「今夜は散々だったからな、活動納めのやり直しだ」 フフ
佐藤・白粉「「はい!!」」
活動納めのやり直し。
明後日の半値印証時刻にホーキーマートに集まる約束をして、今夜は解散となった。
** ** **
362 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:38:42.29 ID:HfRNcJgn0
** ** **
先輩、白粉と店の前で別れ、僕は帰る方向が同じだという泉先生と二人、並んで路地を歩いていた。
泉「降ってきたな……」
泉先生が不意に夜空を見上げ呟く。
佐藤「雪……」
釣られて視線を上げると、夜空に雪がちらついていた。
佐藤「…………」
泉「…………」
雪の降りしきる中、僕たちは無言で歩いた。
会話の内容が思いつかなかった訳ではない。
むしろ先輩たちと別れ、泉先生と二人きりになった今、 聞きたい事は山ほどあった。
タンバについて。
餓狼について。
しかしタンバから手を引くよう半額神や魔導士、他の狼 たちから釘を刺された手前、口にするのは憚られた。
363 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:41:09.47 ID:HfRNcJgn0
佐藤「…………」
餓狼に興味がある素振りを見せまいと、つい黙り込んでしまう。
泉「…………」
佐藤「…………」
泉「…………」チラッ
佐藤「…………」
泉「……金城君もね」
佐藤「…………?」
泉先生が口を開く。
泉「最初に餓狼と遭遇した時は、今のきみと同じだったよ……」
佐藤「……何の話です」
どうやら……
泉「負けたまま引き下がるのは嫌だ、と……そんな事を考えていたのだろう?」
心中を見透かされていたらしい。
佐藤「…………はい」
364 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:45:13.73 ID:HfRNcJgn0
泉「……金城君もね、そうだった。私の弟子、名を藤巻というのだが……奴にスーパーで敗れたあと、連日この地域の スーパーを駆けずり回って藤巻を探していたよ」
佐藤「それは、再戦のため、ですよね……」
泉「無論、そうだ。らしくもなく熱くなっていてな。毛玉君や他の狼たちからも情報を求めて捜索の手を広げ、やがて魔導士完敗の話は餓狼を知るジジ様や私の耳にも入るようになった」
佐藤「それで先生やジジ様があの人を止めた……」
泉「……いいや、止まらなかった。餓狼の存在、成り立ちを説明し、藤巻から手を引くよう説得したが、最初は頑として聞き入れなかった」
佐藤「そんな……」
あの冷静沈着な魔導士が、半額神や古狼の説得を無視してまで報復に固執するなんて……。
泉「彼は藤巻に敗れた悔しさで狼としての本分を見失っていた。あくまで半額弁当を求めてこその狼……しかし、あの頃の金城君は藤巻と戦う事しか頭になかった。半額弁当が見えなくなっていたのだ……」
佐藤「半額弁当が……見えなくなる……」
そうだ……。
闘いだけを求める餓狼を相手にするという事は、半額弁当の奪取という、狼の本懐から目を背ける事になる。
目を背ければ、どうなる?
365 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:48:41.88 ID:HfRNcJgn0
佐藤「…………!」
泉「わかってきたようだね。狼は餓狼を同類と見て、戦いを仕掛ける。まず勝てはしない。ほぼ確実に敗れる。そして当然、誇りある狼は報復を試みる。餓狼との再戦、それはすなわち弁当とは無関係な戦い。闘争のみを求める餓狼の土俵に上がるという事。つまり――――」
佐藤「報復を試みて餓狼との再戦に挑んだ場合『腹の虫の加護』が得られない……!」
初戦は相手を狼と誤解して挑むから、弁当に意識が向き『腹の虫の加護』が得られる。
しかし相手が弁当に興味がないとわかった上で挑む再戦では――――
泉「その通り。餓狼の真の恐ろしさは初遭遇時ではなく再戦時にこそある。『腹の虫の加護』が得られない、あるいは著しく弱まった状態で、『闘争への飢餓』で力を引き出す餓狼とぶつかる事になる」
佐藤「ウィザードもそれに気付いた……」
泉「そう、狼と餓狼では戦う土俵がそもそも違う、という事にね。そして彼は藤巻から手を引いた……」
佐藤「よく、わかりました……僕たちが戦う相手ではない、という意味が……」
餓狼との再戦の危険性。
餓狼遭遇時の魔導士と同じく、敗戦の悔しさでそこまで考えが及んでいなかった。
今夜の戦いは、あれでも善戦できていたのかもしれない。
366 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:53:17.76 ID:HfRNcJgn0
佐藤「しかし先生、何故僕にだけこの話を……?」
泉「君が餓狼に出会った頃の金城君に似ているように見えたから、といのが一つ……そして……」
先生は歩く速度を緩めた。
遠くを見つめるような目。
泉「君や金城君に、狼を引退した頃の自分を重ねてもいた ――――」
佐藤「引退した頃の先生……?」
先生は頷き、一つ大きくため息をついた。
泉「私が争奪戦と出会ったのは、まだ武術家として未熟な小僧の時分でね。食うに困って半額弁当に手を出し、狼の世界を知った。楽しかっよあの頃は。夢中で弁当を求め、必死でスーパーを駆けた……」
佐藤「先生は武術の道にありながら、餓狼ではなく狼だったんですね……」
泉「ああ……だが争奪戦を知り数年が経ち、武術の腕が上がるにつれ、私は弁当を奪取する事よりも戦いそのものを楽しむようになっていった……」
佐藤「…………」
本物の武術家である先生と素人の自分を同列に語るのは不遜だが、なんとなく共感できる話だった。
367 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/23(土) 23:57:35.18 ID:HfRNcJgn0
泉「ある日の事だ。私が毎夜通っていたスーパーに、その当時の強豪、実力者が一堂に会した事があった。加えてアラシまで現れて、その日の争奪戦は大荒れに荒れた……」
佐藤「勝ったんですか……先生は」
泉「勝ったよ……いや、負けた、のかな」
佐藤「どういう事です?」
泉「一人勝ちだった……他の狼たちもアラシも全員フロアに倒れ伏していたよ。満足のいく戦いだった。愉快だったよ、竹宮流の技まで使って大いに暴れまわり、結果、立っていたのは私一人だった……」
佐藤「なら、どうして負けたなんて……」
泉「戦いを終えて意気揚々と帰宅し、私は気付いた……」
泉先生は歩みを止め、目を細めた。
泉「弁当をね……買っていなかったんだ、その日の私は…… 狼もアラシも全員打ち倒しておきながら……!」
佐藤「…………!」
泉「それに気付いた時の衝撃は忘れられない。自分を恥じたよ。月桂冠さえ出ていたのに、私は戦う事に満足して弁当を買う事を忘れたのだ……」
佐藤「そんな……」
泉「その日以来、私は狼である事をやめた……なぜなら私は……あの夜……!」
368 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/24(日) 00:03:05.04 ID:/G9VZEh80
先生は細めた目をきつく閉じ、眉間にシワを寄せた。
辛そうな表情。
やがて搾り出すように、先生は言った。
泉「あの夜……ッ!私は勝ったと思ったのだ……!弁当を手にしていない以上、争奪戦では敗北しているにも関わら ず……!弁当を買い忘れた事に気付いて尚、勝ったとしか思えなかったのだ……ッ!」
佐藤「…………!」
泉「金城君は、餓狼を『自覚なき狼』と言った。しかし、半額弁当を求める狼が闘いの愉悦に目覚め、餓狼と化すケースもある……その実例が私だ……」
佐藤「先生……」
泉「私はね、金城君や君に私と同じ道を歩んで欲しくはな い……もはやスーパーに自分の居場所がないと悟った時のあの気持ちを、君に味わって欲しくはない……だからあの頃の金城君や、君にこの話をした……」
古狼、泉宗一郎がスーパーを去った訳。
先生は僕を諌めるために辛い思い出を語ってくれたのだ。
タンバとの再戦は、いよいよ諦めるしかない。
369 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/24(日) 00:08:31.17 ID:/G9VZEh80
佐藤「わかりました……先生。餓狼には手出ししないと約束します……」
泉「……うむ。それでいい。君はあくまで狼として――――」 ハッ
佐藤「……?先生?」
先生は不自然に話を中断し、路地の前方を見た。
佐藤「!」
僕もすぐに気付いた。
路地の前方、外灯の明かりの向こう側。
薄い暗がりの中に人影が見えた。
はっきりと姿が見えなくても気配でわかる。
泉「丹波君……!」
丹波「どうも……先生」ザッ
やはりタンバ……!
泉「丹波君……君は……」
佐藤「…………!」
丹波「怖ぇ顔すんなよ、サトウ……」ククッ
泉「丹波君、彼は……!」
丹波「わかってますよ、先生。ただちょっとコイツにね……」
タンバが僕に視線を向ける。
370 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/24(日) 00:13:14.89 ID:/G9VZEh80
佐藤「なんの用だ……」
丹波「用って程のモンでもないんだが……」ポリポリ
佐藤「…………?」
タンバは後頭部を掻きながら言い淀む。
丹波「サトウ……」
タンバは頭から手を下ろし僕を見据えた。
丹波「またな……」クルッ
佐藤「……!」
そう、一言だけ呟いて、タンバは踵を返す。
泉「~~~~ッ丹波君!明日道場に来なさい!」
歩み去るタンバの背に先生が叫んだ。
丹波「…………」ヒラヒラ
了解の意を示すように背を向けたまま手を振り、タンバは路地の闇に消えた。
佐藤「…………」
泉「佐藤君……!いかんぞ、わかっているな?」
佐藤「…………はい」ブルッ
泉「~~~~ッ!!」
わかっている。
餓狼ともう一度戦うという事は、狼である自分を捨てるという事。
ただの佐藤洋として、餓狼、プロの格闘家、空手家のタンバに挑むという事。
どう考えても無謀。
佐藤「…………」
しかし、タンバの『またな』という一言は。
明後日の先輩たちとの約束よりも、深く僕の胸に刻まれた。
*********************
371 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/24(日) 00:17:55.73 ID:/G9VZEh80
今日はここまで
これで二章終了です
三章はこれ程長くならないと思います
ベン・トーでは原則ありえない一対一の勝負にする予定です
374 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/24(日) 06:06:03.54 ID:t0BsBhczo
ついにタイトルの弁当の情報が出たか
てか泉先生の過去すげえな
375 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/24(日) 07:58:27.54 ID:6WjczEQco
乙
元々赤字覚悟で500円が半額で250円なのか
売れ残るのが不思議なレベルだww
377 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:15:03.37 ID:0EqUWJOn0
第三章
佐藤「年末ご奉仕弁当」丹波「250円……!」
12月27日。
時刻は10時20分。
泉宗一郎は、自宅道場の板の間で丹波分七と向かい合っていた。
泉「――――と、いう訳だ。だから彼らにスーパー以外で手出しをしても、君の満足のいく戦いにはならない」
丹波「俄には信じられませんが……」
泉は昨夜の言い付け通り道場に現れた丹波に、半額弁当争奪戦、狼について説明した。
丹波はあのような中途半端な決着に納得する男ではない。
他の狼たちはともかく、強引な中断で決着がついていない佐藤洋が路上で丹波の襲撃を受ける危険を避けるため、 昨夜の事情を戦闘する必要があった。
丹波「心配しすぎですよ……先生」
話が終わり、丹波は正座を崩し胡座をかいた。
丹波「確かにガキにしちゃ強かったが……いくらなんでも、こちらから手を出したりしません」ハハ…
泉「…………」
その言葉を、泉は信じなかった。
378 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:18:28.35 ID:0EqUWJOn0
確かに、丹波には武の道に生きる者としての誇りも、歳相応の思慮深さもある。
泉とて、丹波が素人の高校生を相手に野試合を仕掛けるなど、本来なら考えもしない。
泉「なら……昨夜佐藤君を待ち構えていたのは何故だね……?」
丹波「…………」
粗野に見えて思慮深く、冷静で、強か。
空手家、丹波分七のそんな一面を知る泉だったが、同時に彼の深淵にあるもの、本質的な部分を見抜いてもいた。
丹波分七の本質。
闘いを求める獣の性質を。
丹波「あいつ次第だった……昨日は」
泉「佐藤君がその気なら、あの場でスーパーの決着をつけていたと?」
丹波「ええ……ですが、どうも……そういう空気じゃなかったんでね……」
泉「スーパーの外では、あの通りただの高校生だよ、彼は」
丹波「はい。泉先生のお話を聞いて、納得しましたよ。腹の虫の加護……確かにそんなものの存在でも信じない限り、ブーツや双子の強さは異常としか思えない」
379 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:21:42.54 ID:0EqUWJOn0
泉は丹波に、餓狼についての説明はしていない。
丹波が、自身が餓狼と呼ばれる存在である事を知っていようといまいと、彼が餓狼である事には変わりがない。
説明する意味がなかった。
泉は単に、狼たちが求めるのは半額弁当であって、戦いそのものは弁当奪取の手段としか考えていないと話した。
昨夜の狼たちへの忠告と同様に、戦う相手を間違えている、と。
泉「彼女たちのように、年端もいかない女子供に力を与えるのが腹の虫の加護だ。争奪戦に於いては、性別、体格、 身につけた戦闘の技術はある程度無視され、腹の虫の加護が最重要とされている」
丹波「…………」
泉「槍水君もまた、スーパーの外では可憐な乙女に過ぎない……」ホゥ
丹波「……先生?」
泉「以前、ウチで稽古をつけてあげた事があるんだが、なかなか筋がよくてね。虎王を教えた時など――――」
丹波「虎王!?」
泉「あっ」
380 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:24:45.23 ID:0EqUWJOn0
丹波「あのブーツに虎王を教えたんですか!?」
泉「ああ、いや、その……」
丹波「何考えてんスか……先生…………」
泉「いやあ、なんだかんだ同業者の間では有名な技だし、 いいかなって……」
丹波「『いいかな』って……藤巻が知ったらなんて言うか……」
泉「な、内密に頼む……」
丹波「それは……いいですけど……」
泉「…………」
丹波「…………」
道場に沈黙が降りる。
泉「ともかく……」
丹波「……はい」
泉「狼への手出しは無用。彼らにも君をスーパーで見かけても手を出すなと伝えてある」
丹波「それは……わかりました。ですが……」
泉「こ、虎王の事は君にも藤巻にも本当にすまなかったと思っている……!魔が差したのだ……!あの脚線美は……ッ!」ギュ
泉は正座した袴の膝元を握りしめた。
381 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:27:11.26 ID:0EqUWJOn0
丹波「あ?ああ、いえまぁ、それはいいんですけど……」
泉「?ではなんだね。まだ何か――」
丹波「サトウの事なんですが……」
泉「!丹波君、やはり君は……」
丹波「いえ、ただ……」
泉「ただ、なんだね……」
丹波「どうにも、ね。あいつは――」
丹波の目が据わる。
泉「……!」
泉は息を飲んだ。
以前、立ち合った時と同じ目。
やはり、丹波もまた、佐藤洋の性質を見抜いている。
泉「ならん。何度でも言う。彼らは君の相手ではない」
丹波「彼『ら』じゃない。サトウの話です。昨日やった中じゃ、筋が良かったのはブーツ、茶髪、双子あたりだが……一番面白かったのはあいつです」
382 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:29:21.65 ID:0EqUWJOn0
泉「確かに。佐藤君はある種、倒し甲斐のある……というか……打てば響くような、闘い甲斐のある男だ。しかし彼はまだ高校生、そして素人……丹波分七が闘う相手ではあるまい」
丹波「……スーパーなら、あいつは昨日のように強くなるんでしょう?」
泉「なる。しかし駄目だ」
丹波「先生……」
泉「……どうしても彼に手を出すというなら――――」
泉は立ち上がる。
泉「私が相手になる。力ずくでも君を止める」
丹波「――――ハッ……先生」
丹波は笑みを浮かべた。
丹波「それじゃあ、俺にはご褒美だ……」ニタア
泉「ぬっ……!」
丹波「教えて下さい……サトウの連絡先を……」
泉「~~~~ッ!!」
** ** **
383 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:32:09.36 ID:0EqUWJOn0
** ** **
餓狼、丹波分七来襲の翌日。
時刻は13時10分。
佐藤「…………」ポチポチ
僕は寮の自室で携帯を開き、ネットに接続した。
某大型匿名掲示板を開き、今朝寮長から男子寮生に一斉送信されたメールにあったスレッドタイトルを検索する。
『ちょwww妹が下着姿で寝てるww』
佐藤「これか……」
検索結果に目当てのスレッドを見つけ、開く。
佐藤「…………」
『ここはID腹筋スレです
sageずに書き込み、IDに出た数字の回数腹筋して下さい』
佐藤「…………」ポチポチ
僕は一言『寮長氏ね!!』と書き込んだ。
スレッドに書き込みが反映され、僕は自分のIDを確認する。
佐藤「……9、14…………126回か」
384 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:35:32.33 ID:0EqUWJOn0
床に腰を下ろし膝を曲げ、僕は腹筋を開始する。
佐藤「いっち……にっ……さん……」グッグッ
この、ID腹筋スレは。
佐藤「しっ……ごっ……ろっ……く」グッグッ
寮長が立てたものだ。
佐藤「ななっ……はちっ……」グッグッ
目的は男子寮生の欲望発散。
佐藤「くっ……じゅっ」グッグッ
休み中だろうと関係なく行われる、烏田高校男子寮、伝統のトレーニング。
IDに数字が出なければお休み。
数字が出た者は一人5レス、すなわち5セットの参加を義務づけられる。
腹筋しながら、スレッドを更新する。
『寮長の馬鹿!』
『寮長のアホ!』
『くたばれ寮長!』
『妹の画像よこせ寮長!』
『そもそも寮長に妹なんていたか!?』
『落ち着けみんな!これは寮長じゃなくて女王様からの命令だと思え!』
『黙れU!!寮長のクソッタレ!』
『なんなのこのスレ……誰だよ寮長って』
佐藤「……ふッ」グッグッ
385 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:38:45.35 ID:0EqUWJOn0
帰省した寮生の皆も、それぞれ地元で腹筋に励んでいるようだ。
レスに『寮長』と書く事で、烏田の男子寮生である事を示している。
ID腹筋スレである事をわかっていながらも期待してしまう男心と、匿名掲示板である遠慮のなさから、寮長への罵声を兼ねるのが伝統の一部になっていた。
最後のレスは一般の利用者だろう。
佐藤「ひゃくにじゅう……ろっ……く!」グッ!
1セット目を終え、2レス目を書き込む。
『寮長!パンツはまだか!!」
佐藤「ふっ……ふっ……」グッグッ
腹筋を開始。
佐藤「ふっ……ふっ……」グッグッ
無心で体を動かす。
昨夜の事を忘れるには、丁度いい気晴らしだった。
佐
386 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:41:49.99 ID:0EqUWJOn0
佐藤「ふっ……ふっ……」グッグッ
昨夜、泉先生と別れた後、僕は毛玉に連絡を取った。
丹波の事を聞くためだ。
知り合いの中で格闘技に詳しい人物に心当たりがなく、 何かと事情通の毛玉なら何か知っているのではないかと考えたのだ。
毛玉は丹波を知っていた。
数日前、テレビで試合が放送されていたらしい。
昨日丹波と戦った狼たちは、試合の放送時間と半値印証時刻が被っていたため誰も放送を見ていなかったのだ。
毛玉に動画サイトに試合の映像がアップされている事を聞き、僕はまっすぐ寮に帰らずネットカフェに向かった。
佐藤「ふっ……ふっ……」グッグッ
試合の映像は衝撃的なものだった。
こんな試合をする人物に正面から飛び掛かったのかと思うと寒気がした。
次いで丹波のプロフィールを検索した。
しかし詳しい事は何もわからなかった。
387 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:45:30.96 ID:0EqUWJOn0
丹波分七。
寝技、関節技にも精通した流浪の空手家。
謎の空手家という肩書きを強調するめ、FAWは丹波の詳しい経歴を公開していなかった。
丹波が初めて公の場で戦ったのは、やはりFAWの興業だった。
人気レスラー梶原年男の試合に、梶原の本来の対戦相手を襲撃、撃破し、クマの着ぐるみを着てリングに乱入。
そのまま梶原と闘い撃破した試合が、ネット上では丹波のデビュー戦とされていた。
この乱入騒動は、後にマッチメイクされた丹波vs堤を盛り上げるため、FAWが丹波の衝撃的デビューを演出するため仕組んだ試合だと解釈されているらしい。
梶原との一戦も、動画サイトで視聴した。
そして僕は、梶原と丹波の試合がネットで囁かれているような、演出、八百長の類ではなく、本物の真剣勝負だと確信した。
根拠らしい根拠はない。
腕を折られた梶原の悲鳴が、演技にしては真に迫っていた、というのもあるが、僕が目を奪われたのは丹波の表情だった。
388 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:49:19.43 ID:0EqUWJOn0
着ぐるみの頭を取り、アップで映し出された丹波の表情。
据わった目付きのまま口角を持ち上げるあの不敵な表情が、スーパーで見たものと同じだと気付いた瞬間、僕はあの試合を作り物だとは思えなくなった。
佐藤「ふっ……ふっ……」グッグッ
堤城平。
梶原年男。
あれが、丹波の本来の獲物。
僕には狼としての誇りがある。 半額弁当を追い求める自分を卑下する事はないが、丹波の住む世界を垣間見て、改めて思い知らされた。
あの男は僕が戦う相手ではないと。
泉先生や魔導士は、餓狼は狼が戦うべき相手ではないと言った。
しかしそれ以前に、僕、佐藤洋と丹波分七が拳を交える事がまず有り得ない、本来ならあってはならない事だと思えた。
選ばれた人間だけが立ち得るリングに、丹波は立っている。
あの光り輝くリングの中での闘いを見れば、ただの高校生に過ぎない僕が丹波との再戦を望むなど、おこがましいにも程がある。
389 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:52:42.78 ID:0EqUWJOn0
住む世界が違う。
次元が違う。
僕にとって、丹波はあまりにも遠い存在だった。
諦めるしかない。
佐藤「ふっ……ふっ……」グッグッ
昨夜の熱を振り払うように、僕は腹筋に励んだ。
佐藤「ふっ……ふっ……」グッグッ
丹波の事を考えるのはやめて、明後日の争奪戦の事を考えようとした、その時だった。
ガチャ
佐藤「?」
???「ただの馬鹿そうなガキかと思ったら……」
佐藤「!?」
丹波「こういう事はちゃんとやってんだな……」
佐藤「タン……バ……!」
丹波「泉先生に聞いてな、寄らせて貰ったぜ……」
佐藤「なんで……!」
390 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:56:16.07 ID:0EqUWJOn0
丹波「まぁ、な……」キョロキョロ
突然の来訪。
丹波は僕の部屋を見渡し、眉尻を下げて笑う。
その険のない表情が、昨夜のスーパーと試合の映像でしか丹波を知らない僕には意外だった。
丹波「漫画に……ゲーム……やはりガキだな、佐藤」ハハ……
ジャンプSQを拾い上げ、パラパラとめくる丹波。
佐藤「~~~~ッなっ何しに来たって聞いてんだ!」
丹波「泉先生にな、許可を貰ってきた」バサッ
佐藤「許可……?」
泉先生に許可?
何を言ってる……?
丹波「俺とお前の決着をつける許可だ。場所は昨日のスー パーでいい……」
佐藤「なっ!?」
丹波「泉先生に聞いたが、お前ら、スーパーなら強いんだろ?昨日はなかなか楽しめた。決着がついていないのはお前だけ……やるよな?」
そんな……!
何故泉先生がそんな事を許した……!?
あれほど餓狼には手を出すなと言っていたのに――――
391 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 02:59:21.74 ID:0EqUWJOn0
佐藤「ほ、本当に……泉先生が?」
丹波「ああ、色々と条件はつけられたが……本当だ」
佐藤「でも……」
丹波「なんだ?ビビってんのか……今更……」
佐藤「あんたの試合を見た。僕なんかがあんたとやったって……」
勝てる訳がない。
やる意味はない。
丹波「ハァ……」
丹波がため息をついた。
丹波「何を今更だ、佐藤。昨日のお前は……」
佐藤「あっあれは!……あんたが、狼だと思ったから……」
知らなかったから戦えた。
知っていれば。
佐藤「あんたの事を知っていれば、やろうとは思わなかった……」
丹波「…………違うな」
佐藤「?」
392 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:03:37.87 ID:0EqUWJOn0
丹波「俺の事を知っていようがいまいが、お前は戦ったよ……」
佐藤「そんな……」
丹波「…………スーパー以外じゃただのガキだってのはマジ なんだな……」ハァ
自覚がねぇときてる、と。
訳のわからない事を呟く丹波。
丹波「まったく……」
丹波は僕に歩み寄り、しゃがんで目線を合わせた。
佐藤「…………!」
丹波「佐藤……一度だけだ……」ドンッ
拳を握り、緩く僕の胸を叩く丹波。
佐藤「…………!」
丹波「一度だけ、俺も狼になってやる……」
佐藤「!?」
丹波が……餓狼が、狼に……?
393 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:05:47.25 ID:0EqUWJOn0
丹波「争奪戦については先生に聞いた。先生には今日から 明日の夜までメシを喰うなと言われてる」
佐藤「それが、泉先生がつけた条件……?」
丹波「ああ、他にもいくつかあるが……とにかく、弁当を奪い合う闘いならやってもいいとさ……先生や……昨日の優男が立会人を務めるそうだ。まぁ、詳しい事は後で先生に聞きな……」
丹波を空腹状態にする事で、丹波の興味を闘いから逸らし弁当に引きつけるという事か……。
しかし、それでも互いの戦力差は歴然。
佐藤「…………でも、やっぱり」ブルッ
争奪戦に於ける条件を整えた所で、僕が丹波に敵う道理などない。
394 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:08:55.64 ID:0EqUWJOn0
昨夜の熱はもう冷めた。
僕は怖気づいていた。
やりたくない。
恐ろしい。
僕は。
佐藤「僕には無理だ……あんたと――――」
丹波「――――佐藤」ククッ
ドンッ
丹波がもう一度、僕の胸を叩く。
佐藤「…………!」
ドン
ドンッ
扉をノックするように、二度、三度。
丹波「お前…………笑ってるぜ」
佐藤「!」サッ
僕は右手で口元に触れた。
丹波「話はついたな……」スッ
丹波は立ち上がる。
丹波「それじゃあな。明日だ」
最後に凶悪な笑みを浮べ、丹波は部屋を去った。
佐藤「…………」ペタ
右手が触れた口元は、丹波の指摘通り、口の端が持ち上がっていた。
丹波に叩かれた胸が、やけに熱い。
** ** **
395 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:12:48.90 ID:0EqUWJOn0
** ** **
金城「丹波がそんな事を……」
泉「やむを得ない……これしか方法は……」
時刻は14時15分。
泉に呼び出され、金城は道場を訪れていた。
通された居間で泉と向き合う。
金城「まさか、丹波の方が佐藤に固執するとは……」
泉「佐藤君との再戦を許さなければ、これから毎晩ホー キーマートに出向く、と言っておった。もし、そんな事をされたら……」
金城「毎夜、狼たちは丹波に蹂躙され、弁当は誰にも穫られず、ホーキーマートの争奪戦は成立しなくなる。あの店の争奪戦が、崩壊する……!脅迫だ……それではッ!」
泉「佐藤君との対戦を許可すれば、その一戦限りでスー パーを去る、と」
金城「馬鹿な……!」
泉「すまぬ……丹波君に手を引かせるため争奪戦について話した事が裏目に出た……」
金城「餓狼は大猪でも止められない……脅迫に乗るしかないのはわかります……ッ!」
金城は拳を握りしめた。
396 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:16:17.91 ID:0EqUWJOn0
金城「だがそれでは……!まるで佐藤が餓狼をスーパーか ら追い出すための生け贄だ……ッ!」
泉「…………すまぬ」
金城「…………!」
泉は目を閉じ、口を真一文字に結ぶ。
その表情を見て金城は悟った。
泉が全て承知の上で、丹波の申し出を受けた事を。
泉宗一郎は、決して浅慮でこんな馬鹿げた戦いを許す男ではない。
金城はなんとか怒りを呑み込み、体から力を抜いた。
泉が目を開く。
金城「先生、話して下さい。どういうつもりでこんな事を……」
泉「……丹波君には、明後日の夜までメシを喰うなと言いつけてある。そして、争奪戦のルールをより詳しく説明した」
金城「餓狼を狼に……可能なのでしょうか……?」
泉「狼から餓狼に転じた私が保証する。一時的な転身なら可能……そしてもうひとつ……丹波君を佐藤君の所へ向かわせた……」
金城「なんのために?」
泉「丹波君には、佐藤君を挑発して来い……煽って来い、 と」
金城「泉先生……!」
一瞬で頭が湧き上がる。
397 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:20:06.80 ID:0EqUWJOn0
金城は立ち上がり、詰め寄った。
金城「あんたって人はッ!」グアッ!
ドガッ!
泉「…………」ドサッ
金城は拳を振りかぶり、泉を殴りつけた。
泉は抵抗する事なく金城の拳を受け入れた。
金城「佐藤の『闘争への飢餓』を煽るつもりかッッ!!」
泉「…………」
金城「餓狼を狼に!狼を餓狼に!それがあんたの書いたシナリオかッ!!」
泉「…………」
金城「藤巻を追っていた頃……『闘争への飢餓』に支配されていた俺にはわかる……!一度餓狼に転ずれば、もうスーパーには戻れない……狼としての誇りが……半額弁当を欲する心が失われてしまう……!それはあんたが一番わかっている筈だッ!」
398 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:23:39.96 ID:0EqUWJOn0
絶食させ弁当に意識を向けさせれば、餓狼を一時的に狼に転身させる事は可能だろう。
しかし狼が餓狼に転ずるという事は、戦いという手段が、目的に変わる事を意味する。
そうなれば狼はスーパーを駆ける意味を失う。弁当への関心を失い、スーパーを去る事になる。
餓狼が一時的に弁当を欲し狼に転じても、失う物はなにもない。
争奪戦が終われば丹波は丹波の戦いに戻るだけだ。
しかしその逆は――――
闘いの愉悦に目覚めた佐藤は――――
泉「……果たして」ムクリ
泉は起き上がり、口を開いた。
泉「そうだろうか……」
金城「…………?」
泉「餓狼に転じた頃の私、そしてHP部を抜け、孤独に餓狼を追っていた頃の君にはなかったものを、佐藤君は持っている……」
金城「あの頃の俺や、先生になかったもの……」
399 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:27:49.91 ID:0EqUWJOn0
泉「…………」
泉の澄んだ瞳。
真摯な眼差し。
誠実な教導者の目。
金城は泉の言わんとする事に気づいた。
金城「仲間……」
泉「……左様」
泉が微笑む。
泉「昨夜、バックヤードでの佐藤君と仲間たちのやり取りを見て、な……胸が熱くなった……本当に、久しぶりに……狼だった頃の気持ちを思い出した……」
金城「…………」
金城はHP部を去り、独りスーパーを駆け、餓狼と出会った頃の荒んだ過去に想いを馳せた。
確かにあの頃の自分は孤独だった。
それに気付いたからこそ、金城は藤巻から手を引く事が出来た。
スーパーには仲間がいる。
だからこそ、金城は今も狼としてスーパーで戦っている。
泉「古狼と呼ばれていながら、その実餓狼に転じ、狼の気持ちなど忘れてしまっていた私が、あの頃の情熱を思い出したのだ……彼らなら、佐藤君を引き戻してくれる……そう思ったからこそ、この策を実行に移した。丹波君の目を弁当に、佐藤君の目を丹波君との闘争に向けさせる策をな」
400 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:30:43.42 ID:0EqUWJOn0
丹波から『闘争への飢餓』を奪い、佐藤から『闘争への 飢餓』を引き出す。
金城「上手くいくでしょうか……」
泉「おそらく佐藤君は、丹波との闘争に我を忘れるだろう。だから佐藤君にも絶食の指示を出す。『腹の虫の加護』で彼を繋ぎ止める……そして金城君、君にもやって欲しい事が二つある」
金城「何です」
泉「丹波君の要求は一対一の勝負。君の号令で、他の狼たちの参戦を禁じて欲しい。できるかね?」
金城「それは……アブラ神の協力を得られれば可能でしょうが……もう一つは……?」
泉「今夜の争奪戦に佐藤君を連れて行き……『あの技』を彼に授けて欲しい」
金城君「『あの技』……まさか!?」
401 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:33:53.92 ID:0EqUWJOn0
泉「その危険性故に禁じ手とされ、争奪戦の歴史の闇に消えた技……『天を駆ける者』にのみ使用可能なあの技を……」
泉は、ただ佐藤を死地に送り込むつもりではなかった。
金城「相手が餓狼、丹波分七なら……佐藤にはあの技を使う資格がある……という事ですか」
泉「それで佐藤君に万に一つの勝機が生まれる」
スーパーでの戦いを知らない丹波には、もしかしたら通用するかもしれない。
丹波を倒せるかもしれない。
一筋の光明。
金城「……わかりました。早速ホーキーマートに。毛玉に連絡を取って狼たちに事情を伝えます。その後は佐藤と……」
泉「……うむ。頼んだ」
金城「それでは、また明日の『争奪戦』で」
泉「うむ……!」
金城は道場を後にした。
** ** **
402 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:36:55.49 ID:0EqUWJOn0
** ** **
時刻は18時30分。
僕は争奪戦に向かうため寮を出た。
先輩から番号を聞いたという泉先生から連絡があり、事の次第を聞かされ、絶食の指示を受けた。
確かに、限界まで腹の虫の力を引き出すのは丹波と戦う上では必須の準備だろう。
相手が相手だ。
丹波との、一対一の争奪戦。
あくまで弁当の奪取を目的に戦う条件で組まれたこの変 則マッチを、他の狼たちも了承してくれたらしい。
明日は特別な弁当が出る日だというのに、サシの争奪戦などという勝手を許してくれ狼たちのためにも、絶対に負けられない。
出来うる限りの準備をする必要がある。
絶食の指示を受けながら争奪戦に向かうのもその一環だった。
403 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:43:03.61 ID:0EqUWJOn0
佐藤「お待たせしました」
金城「ああ、では行こうか」
槍水「佐藤……」
寮まで迎えにきてくれた二人の先輩と落ち合う。
佐藤「先輩……」
槍水「…………」
槍水先輩の表情が険しい。
槍水「すまん、佐藤……本来なら私が戦うべきなのに……」
佐藤「……いえ、構いません。先輩の縄張りで奴の好きにはさせません。それよりも……明日の約束を反故にしてしまって……」
やむを得ない事とはいえ、活動納めのやり直しはお流れになってしまった。
槍水「仕方のない事だ。また来年、だな……」
佐藤「はい……」
金城「……丹波の要求は佐藤との決着……できる限りのフォ ローはする」
槍水「……はい」
佐藤「それで、どういう事なんです?今夜の争奪戦には何 故……」
泉先生には、ただ魔導士とスーパーに向かえとだけ言われていた。
404 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:45:52.23 ID:0EqUWJOn0
金城「……俺に出来る唯一の事……お前に、ある技を伝える」
佐藤「ある、技……」
金城「俺たちも形式上は争奪戦に参戦するが、技の伝授を優先する」
佐藤「わかりました。とにかく、あなたと戦えばいいんですね」
金城「ああ、そうだ……そして仙――――」
槍水「……はい」
金城「この後佐藤の身に何が起きようと、一切の手出しは無用」
槍水「はい……」
やはり先輩の表情が冴えない。
先輩は僕がこれから教わる技について何か知っているのかもしれない。
それほど危険な技なのだろうか……。
佐藤「その技とは一体……」
金城「実際に見た方が……いや、体感した方が早い。行こう、スーパーへ」
佐藤「はい」
** ** **
405 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/27(水) 03:49:22.55 ID:0EqUWJOn0
** ** **
そして、数十分後。
槍水「佐藤ッッ!!」ダッ
佐藤「~~~~ッ!!???」ドサッ
僕は、スーパーのフロアに尻餅をついていた。
佐藤「…………ッ!!」
い、今のは――――!?
金城「わかったか?佐藤……何をされたのか……」
佐藤「これが……!この技が……!」ブルッ
スーパーに於ける禁じ手――――!!
金城「そう、その名も――――」
** ** **
413 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:22:29.90 ID:DuMWRGKc0
** ** **
12月28日。
決戦当日。
時刻は15時20分。
僕は竹宮流道場にいた。
泉「ふう……佐藤君、これで終わりにしよう」
佐藤「ハァっハァっ……っはい!ありがとうございまし た!」
泉先生に稽古をつけてもらっていた。
勿論、竹宮流の技を習得するためではなく、体を動かしてより強く腹の虫の加護を引き出すのが目的だった。
マメに水分補給はしていたが、昨日の昼から何も食べていない。
昨夜の争奪戦の後、弁当を獲った魔導士、先輩の夕餉にお茶だけで同席し、先程、泉先生の昼食にも同じように飲み物だけで同席した。
荒行である。
拷問だった。
グ ゥゥ……キュルキュル……
佐藤「腹減った……」
泉「ハハハ、良い仕上がりだね」
佐藤「はい……これはもう、絶対に勝たないと……」
泉「うむ、勝てるとも。争奪戦は君のフィールドだ」
佐藤「……はい」
414 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:26:36.66 ID:DuMWRGKc0
気休め、だろう。
確かに、争奪戦は僕のフィールドだ。
しかし相手が丹波では、そんな事は何のアドバンテージにもならない。
限界まで力を引き出したとしても力の差は埋まらないだろう。
それに。
佐藤「月桂冠が出ればいいんですけど……」
年末ご奉仕弁当が半値印証時刻まで残る可能性は低い。
昨年は二日間で一つ売れ残り槍水先輩が奪取したそうだが、残らない年の方がやはり多いらしい。
あとは月桂冠さえ出れば僕の状態はベストに仕上がる。
この空腹状態で月桂冠を目にすれば、力を限界まで引き出す事が出来るだろう。
丹波戦の準備、その最後の仕上げを、運に委ねるしかないのが辛いところだった。
泉「そうだな、あとはそれだけ……だが、まぁ……」
泉先生は穏やかな笑みを浮かべ、言う。
泉「……残る、だろうね。今夜は」
佐藤「…………」
泉「そういうものだよ……」
佐藤「そう、ですか……」
不思議と、泉先生の言う事を信じられた。
そういもの、か。
何にせよ、信じて待つしかない。
泉「さて、後は寮に帰って体を休めておきなさい。時間になったら槍水君が白粉君と迎えに行くと言っておった」
佐藤「はい、わかりました。それでは……」
泉「うむ。また後でな」
僕は道場を後にした。
** ** **
415 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:29:38.63 ID:DuMWRGKc0
** ** **
『丹波君はね、空手しか知らない男だ』
『闘う事、強くなる事だけが彼の人生……』
『それ以外、彼には何もない』
多数派に嘲笑される少数派という立場に、僕、佐藤洋は慣れている。
『堤君との試合で日の目を見るまで、彼は在野の空手家に過ぎなかった』
『定職に就いた事などおそらくないだろう』
『まだ高校生の君には信じられないだろうが、世間にはそういう人間もいるのだ』
慣れているつもりだった。
しかし、甘かった。
『家も無く』
『仕事も持たず』
『ただ己の信ずる道を征く猛者がね』
何がマイノリティ・ライフだ。
『食う事よりも、闘う事……』
『喰らう事……そんな事しか考えられない愚か者……』
『まあ、私もあまり人の事は言えんがね』
416 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:33:39.71 ID:DuMWRGKc0
僕には友がいる。
同じセガ好きの著莪がいる。
槍水先輩がいて。
白粉がいて。
共にスーパーを駆ける狼の仲間たちがいる。
僕の趣味嗜好や私生活、そして狼としての一面は、確かに少数派に分類されるものではある。
しかし、僕は孤独ではない。
男子寮には灰色の青春を共に謳歌する残念な仲間たちがいる。
時代に見放され、歴史に埋もれつつあるセガのゲームを遊ぶ時、いつも隣には著莪がいる。
白粉が小説を書くキーボードの打鍵音が鳴り響く中、先輩とボードゲームで遊び。
夜は、スーパーを駆ける。
少数派ではあっても、僕は独りではない。
これで不遇に喘ぐ少数派、マイノリティを気取るなどお笑い草だ。
丹波は、本物だ。
格闘家という社会的な立場。
その生き方は、泉先生の言うように『愚か者』のそれだ。
丹波の生き方に理解を示す人間は少ないだろう。
あの男にあるのは、真に己の身一つ。
惨めな孤独ではなく、誇り高き孤高。
417 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:36:37.67 ID:DuMWRGKc0
空手家として生き、己を高めるために、どれだけのものを犠牲にしてきたのだろう。
毎日帰れる暖かい家が、気を許せる友が、恋人が欲しいと思った事はないのだろうか。
職も家もない事を惨めに思わなかったのだろうか。
普通の人生を歩む人間に馬鹿にされた事は?
笑われた事は?
あの強さを、一体どれだけのものを捨てて手に入れた?
佐藤「…………」
気が遠くなる。
考えれば考えるほど、丹波は化物だ。
ただ単に肉体の強さ、技のキレだけではなく、一高校生の僕から見ると、あの男の生き方そのものが怪物じみている。
畏敬の念すら覚えてしまう高い壁。
そんな怪物と。
プルルル
佐藤「……はい」ピッ
そんな丹波と、これから僕は戦う。
槍水『時間だ。寮の前まで来ている。出られるか……?』
佐藤「はい、すぐ行きます」
時刻は18時30分。
決戦の時が近づいていた。
** ** **
418 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:39:34.07 ID:DuMWRGKc0
** ** **
時刻は18時45分。
半値印証時刻の15分前。
佐藤「…………!」
ホーキーマートに到着した僕たちを、狼たちが出迎えた。
佐藤「どうして……」
著莪「応援に来たに決まってんだろ?」
梗「それしか出来ないのが歯がゆいですが」
鏡「健闘を……勝利をお祈りしています」
二階堂「下手を打ったら承知しないぞ?変態」
山乃守「頑張れよ、洋」
烏頭「無理はしないで……佐藤」
茶髪「勝ってね、ワンコ」
顎髭「気張れよ……」
坊主「狼の意地を見せてやれ……!」
佐藤「みんな……!」
今夜の戦いは、丹波の脅迫、要求で実現したものだ。
魔導師や先輩には僕をスケープゴートにする後ろめたさがあったようだが、それでも僕はこの戦いを私闘だと思っていた。
これは佐藤洋一個人が、丹波分七に挑む私闘だと、そう考えていた。
佐藤「今日は本当にごめん……そして……」
だが違う。
やはり、今夜の戦いは。
419 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:43:13.57 ID:DuMWRGKc0
佐藤「ありがとう。絶対に勝つよ、みんなのために も……!」
一狼としての戦いだ。
絶対に、負ける訳にはいかない。
僕は狼たちの誇りを背負って戦うのだ。
白粉「佐藤さん……」
佐藤「白粉……」
白粉が、おずおずと僕の前に歩み出る。
白粉「わ、私、一昨日はすごく怖くて……そ、それで今日はその、もっと怖くて……でも、ぇあっと、その、なんていうか……」
佐藤「……うん」
大勢の狼たちを前に緊張しているのか、いつも以上にどもりながら、ゆっくりと言葉を探す白粉。
僕もゆっくりとそれを待つ。
やがて白粉は、意を決したように涙ぐんだ目を瞑り。
白粉「あの、その、頑張って下さい……!」スッ
小さな握り拳を僕に向かって突き出した。
白粉「お弁当、獲って下さい……!絶対に負けないで……!」
佐藤「ああ……!HP同好会の力、あいつにみせてやるよ……!」コツン
僕も拳を握り、白粉の拳と突き合わせた。
槍水「佐藤……」スッ
佐藤「先輩……」コツン
先輩とも拳を合わせる。
槍水「勝て。もうそれ以外、言うべき事はない……私の縄張りをお前に預ける……!」
佐藤「任せて下さい。必ず勝ちます」
丹波と戦えるのは今夜だけ。
勝ち逃げなど絶対にさせない。
420 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:47:30.44 ID:DuMWRGKc0
金城「佐藤、そろそろ下見に行け……ここからは一人で…… 集中力を高めるんだ」
泉「勝機はある。最後まで諦めてはいかんぞ?」
佐藤「はい。お二人も色々とありがとうございました」
狼たちの囲みを抜け、一歩踏み出す。
普段は店内外周をゆっくりと回って弁当コーナーへ向かう事が多いが、今夜は気が急いていた。
一刻も早く年末ご奉仕弁当の有無を確認したい。
僕は陳列棚の間を通り、一直線に弁当コーナーを目指した。
佐藤「…………!」
陳列棚の間、その直線上、弁当コーナー前に大柄な一人の男。
一昨日と同じ服装。
一昨日と同じ気配。
佐藤「丹波……」ゾワッ
歩みが止まる。
恐れているのか、昂ぶっているのか。
佐藤「……ッ!!」ブルッ
判然としない体の震え。
佐藤「~~~~ッ!!」ガチガチ
歯の根が合わない。
421 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:50:06.53 ID:DuMWRGKc0
高鳴る心臓の鼓動、全身の震えを抑えるのに精一杯で、 足が動かない。
気持ちばかりが前へ、前へと先行し、体が硬直する。
そしてようやく自覚する。
これは恐怖ではない。
二階堂「佐藤……」
佐藤「二階堂……」
二階堂が僕の目の前に立ち塞がる。
二階堂「ッ!!」フォンッ!
バチィッッ!!
佐藤「!!」
唐突な張り手。
佐藤「~~~~ッ!」ビリビリ
そのショックで、震えが止まる。
二階堂「……行けそうか?」
佐藤「ああ……」
僕は過度な昂ぶりが収まり、体が適度な緊張を取り戻すのを確認する。
佐藤「礼を言う……!」
二階堂「ふっ……」
二階堂とすれ違い、弁当コーナーへ。
** ** **
422 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:54:36.33 ID:DuMWRGKc0
** ** **
丹波「よう……」
佐藤「ああ……」
弁当コーナーに辿り着き、丹波と並び立つ。
陳列棚には弁当が一つ、残されていた。
これが。
佐藤「年末ご奉仕弁当」
丹波「250円……!」
佐藤「馬鹿げてる……これは……」
丹波「まったくだ……」
毎年内容が違うという年末ご奉仕弁当は、想像を超える豪華弁当だった。
まず目を引くのは容器の半分を占めるメインのステーキ丼。 格子状の焦げ目がついた、白米をほとんど覆い隠すサイズのステーキ。
丼ものという形態、表面に散らされたスライスニンニ ク、木目調の加工が施された和風の容器、そして何よりこの弁当を作ったのがアブラ神であるという事実から、ステーキの味付けが上品なワインベースのソースなどではな く、ガッツリかきこめる醤油ベースの味付けである事が容易く推測できる。
佐藤「ん……」
やはりそうだ。
容器の側面に、大き目の醤油の小袋がテープではりつけてある。
白米にはソースが染みているが、それに加えてステーキにかけるためのものだろう。
白米と肉にそれぞれしっかりと味を付けることで、元々高い両者の親和性を更に高める狙い 。
米、牛肉、醤油、ニンニクの組み合わせ……そして、アブラ神の弁当への細い心配りを知っていれば、もう食べるまでもなくこのステーキ丼の旨さがわかってしまう。
423 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 22:58:01.54 ID:DuMWRGKc0
容器の残り半分には、鳥の唐揚げ、だし巻き卵。
茸、 レンコン、里芋、人参、インゲン豆などの野菜の煮物。
煮物の取るスペースがアブラ神にしては多いが、それだけ他の味付けがしっかりとしているのだろう。
さらに、イチゴ、巨峰、キウイ、さくらんぼが盛りつけられた小鉢状の別容器まで付属している。
毎年恒例の集客の呼び物、とはいっても、この弁当がスーパーに、それも500円で並べられている事に目眩すら覚える。
デパートで1000円台で売られている弁当といっても通用しそうだ。
しかもこの弁当が、あと10分もしないうちに、250円まで値下げされるなんて……。
丹波「うまそうだな……」
佐藤「ああ……」
丹波「こいつを奪い合う訳だ。俺とお前で……」
佐藤「ああ、僕とあんただけだ。勝った方がこいつを食う」
丹波「こいつを獲った方が勝ち……それが争奪戦……」
佐藤「そうだ」
丹波「……悪くねぇな」
丹波が笑う。
佐藤「…………」
この笑みを、今度こそ消してやる……!
丹波「じゃあ、後は待つだけか……」
佐藤「ああ……!」
僕と丹波は弁当コーナーを離れた。
** ** **
424 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:04:17.18 ID:DuMWRGKc0
** ** **
時刻は18時59分。
間もなく半値印証時刻。
佐藤「…………」
僕はカップ麺の棚の前に立ち、壁掛け時計を睨みつけていた。
あと数秒。
5、4、3、2、1――――
バタン
バックヤードの扉が開く。
アブラ神が現れる。
アブラ神「…………」
店内に向かって一礼し、惣菜コーナーへ。
売れ残りを並べ直し、半額シールを貼り、続いて弁当コーナーへ。
アブラ神「…………」スッ
わかりきった事、ではあるが。
アブラ神「…………」ペタ
やはり年末ご奉仕弁当は、月桂冠になった。
アブラ神「…………」
アブラ神がバックヤードに向かい歩き出す。
佐藤「すぅっ――――はあっ……!」
大きく深呼吸を一つ。
佐藤「……よし」グッ
始まる。
アブラ神「…………」
バタン
佐藤「ッッ!!」ダッ!
アブラ神がバックヤードに引き上げる。
丹波「ッッ!!」ダッ!
僕は弁当に向かって駆ける。
棚の間から抜け出すと、別の列から丹波も駆け出した。
佐藤「ッ!」グンッ
425 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:08:11.77 ID:DuMWRGKc0
丹波の巨体に似合わぬスピード。
僕も速度を上げる。
丹波「ハッ!」
スタートは僕の方が早かった。
しかし。
ダンッ!
ほぼ同時に弁当コーナーに辿り着く。
佐藤「~~~~ッ!!」
キュキュッ!
丹波「…………!」
直前でブレーキ。
月桂冠を間に挟む形で、丹波と向かい合う。
佐藤「ッ!」バッ
弁当に手を伸ばす。
丹波「させんッ!」
バチンッ!
佐藤「くっ!?」
丹波が僕の手を払う。
佐藤「ッ!」バッ!
構わずもう一度。
丹波「ふっ!」
バチィッ!
佐藤「――ッ!」
丹波「ッ!!」バッ!
再度僕の手を払い、そのまま弁当に手を伸ばす丹波。
佐藤「ぬっ!」
バチィッ!
丹波「ちぃっ!」
僕も怯まず丹波の手を払う。
426 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:11:33.69 ID:DuMWRGKc0
丹波「……ッ!」
ギンッ
佐藤「~~ッ!」
一瞬、睨み合う。
佐藤「っく!」バッ!
丹波「ッ!」バッ!
同時に手を伸ばす。
ババッバチィッ!
バチィッ!
バチンッ!バチィッ!
佐藤「ぬぅっ!」ビリビリ
丹波「ちぃっ!」
互いに弁当に手を伸ばしては払い、伸ばしては払う争奪戦の攻防。
丹波は昨日の言葉通り、狼の戦いに徹している。
佐藤「ふッ!」バッ!
丹波「ッ!」バッ!
バチンッ!
427 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:13:41.50 ID:DuMWRGKc0
しかし、いつまでもこの攻防は続くまい。
この生温い攻防に終始する丹波ではない。
相手の打倒よりも弁当を優先するのが狼の戦いだが ――――
丹波「~~~~ッでぇいッッ!!」グアッ!
佐藤「――――ッ!」サッ
ガゴンッ!!
佐藤「~~~~ッ!?」ザッ
相手を無力化して弁当を奪取するのも狼の戦い。
佐藤「ぐっ……!」サザッ!
焦れた丹波の拳打を、ガードを上げて受け止めた。
** ** **
428 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:19:34.75 ID:DuMWRGKc0
** ** **
丹波「~~~~ッでぇあッッ!!」グアッ!
泉「……始まった」
泉は呟いた。
開始後しばらくは、互いに弁当に手を伸ばし払い合う攻防を繰り返していた両者だが、均衡を破ったのはやはり丹波だった。
佐藤「ぐっ!」ザッ!
ここからだ。
金城「いよいよですね……」
泉「ああ……丹波君は今宵、確かに弁当を求めている。しかし餓狼はどこまで行っても餓狼……」
金城「奴が競争よりも、佐藤を打倒した上での奪取を選ぶのはわかりきっていた……」
槍水「丹波の気配は一昨日よりは弱まっています……しかしそれも、ほんの僅かの事……」
泉「できる限りの手は打ったが、はっきり言って気休めにすぎん……両者の力の差は歴然……」
金城「佐藤が、どれだけ食い下がれるか……隙を見出だせるのか……」
槍水「…………」
泉「すべては、ここから……」
ここから、佐藤にとっての本当の戦いが始まる。
佐藤「おおおっ!!」ダッ!
** ** **
429 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:23:43.26 ID:DuMWRGKc0
** ** **
佐藤「おおおっ」ダッ!
丹波の拳圧に後ずさる。
弁当との距離が空くのを嫌い、僕は即座に間合いを詰める。
丹波「ッ!」ブオッ!
当然、そこにカウンターをセットする丹波。
佐藤「くっ!」サッ
僕も承知の上での突進。
顔面狙いのカウンターを、重心を落とし上体を折って躱す。
佐藤「でぇあッ!」グオッ!
ボゴンッ!
丹波「ッ!」
低い体勢から伸び上がるように、丹波の右の脇腹を左のボディアッパーで突き上げる。
丹波「チィッ!」ブオッ!
懐に潜り込んだ僕に拳打を打ち下ろす丹波。
佐藤「ぬっ……く!」サッ!
再び重心を落として躱す。
佐藤「っおおッ!」グオッ!
ボゴンッ!ゴンッ!
丹波「うおっ!?」
躱しざま、右の脇腹に左をもう一打、鳩尾に右拳を突き刺す。
佐藤「おおッ!」
ゴンッ!ボゴンッ!ガンッ!
丹波「ゲハッ!?」
そのままボディへ集められるだけ左右の拳打を集める。
430 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:27:25.66 ID:DuMWRGKc0
戦っていて肌でわかる。
丹波は腹を空かせている。
一昨日とは違い、今夜は腹への攻撃は有効――――
佐藤「………ッ!」バッ!
腹の虫の力を削ぐ戦法は。
丹波の懐に潜り込む危険は百も承知……!
それでもリスクを侵す価値はある!
佐藤「うおおっ!」グオッ!
ボゴンッ!!
丹波「ぐおっ!?」ガクンッ
右の掌底で鳩尾を抉る。
丹波の顔が苦痛に歪む。
優勢。
だがこれは一時的なもの。
腹部への攻撃を繰り返せば、その先にある危険な領域が見えてくる。
丹波「ぐっ……ぬぅ!」ザザッ
丹波が後退する。
この機を逃してはならない。
今のうちに一打でも多く打ち込む。
少しでも丹波にダメージを……!
佐藤「……ッ!」ダッ!
僕は間合いを詰めた。
** ** **
431 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:30:38.57 ID:DuMWRGKc0
** ** **
丹波「ぐっ……ぬぅ!」ザザッ
梗「いける……!?」
鏡「このまま詰め切れれば……!」
沢桔姉妹は息を飲んだ。
一昨日の夜、腹部へ会心の一打を見舞っても怯まなかった丹波が、佐藤のボディ攻撃で後退する。
佐藤「……ッ!」ダッ!
佐藤が追いすがる。
佐藤「であッ!」ブオッ!
ドゴンッ!
丹波「ぐっ!!?」ズザッ
佐藤の追撃のボディストレート。
戦闘開始早々、意外にも先に好機を掴んだのは佐藤だった。
432 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:34:35.20 ID:DuMWRGKc0
梗「いけますわ!」
鏡「ええ……!」
金城「いや……」
金城が口を挟む。
山乃守「優……?」
金城「これは一時的な攻勢だ。それは佐藤もわかっている……」
梗「どういう事ですの?」
泉「丹波君を空腹状態にし、争奪戦のルールを教える事で、彼を狼の土俵に降ろすのが今回の作戦……」
金城「しかし、それは一時的なものでしかない」
泉「戦闘開始後しばらくは、丹波君は狼に転じ、餓狼としての力を弱めた状態。この状態なら、佐藤君が攻勢を取る事は可能……」
金城「しかし佐藤の一打一打が、丹波の餓狼としての本能を引き戻してしまう。打ち込めば打ち込むほど、刻まれた痛みで丹波は本来の姿を取り戻していく……」
鏡「では、佐藤さんもわかっている、というのは……」
泉「これは私と金城君が授けた作戦の第一段階にすぎん。丹波君が餓狼に戻る前に可能な限りのダメージを与える」
金城「その後は――――」
佐藤「ああッ!!」グオッ!
** ** **
433 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:37:38.21 ID:DuMWRGKc0
** ** **
佐藤「ああッ!!」グオッ!
攻撃の手を緩めない。
ゴンッ!
丹波「ッッ!?」
体をくの字に折った丹波の顔面に掌打を叩き込む。
佐藤「ふんッッ!」ブオッ!
ゴガンッ!
丹波「がっ……あ!」
頭部への攻撃を繰り返す。
佐藤「……ッッ!」バッ!
もう一打……!
否、一打と言わずニ打三打!
ここで倒し切るつもりで……!
佐藤「うおおおおおッ!!」
ゴンッガンッドゴンッガンッ!
バカンッゴンッドゴンッゴンッ!!
ゴンゴンゴンガンガガガッドンッ!!!
丹波「ぶはっ!?」ザザッ
丹波が退く。
逃さない!
佐藤「はあああああッ!!」ダッ!
ゴンゴガガッガガゴガンッ!
バゴガガゴンッガンガンッ!!
佐藤「うおおあああッ!!」グオオッ!
ガガガガガガガガガゴンッッ!
丹波「~~~~!!??」
434 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:41:18.80 ID:DuMWRGKc0
佐藤「でぇ――ッッ!」ブオッ!
倒れろッッ!
丹波!!
佐藤「あああッッッ!!」ブン!
ゴキャッッ!!
丹波「ごはっ…………!」グラッ
丹波が足元が揺らめく。
もう一打……!
トドメを……!
佐藤「ぬぅぅッッ――」グオッ!
丹波「――――ッッ」ブンッ!
佐藤「!?」
ガボンッ!
佐藤「がハッ!?」
丹波の突然の反撃――――
佐藤「ぐぅっ!」ドサッ!
来た――――!
丹波「佐藤ぉ…………!」ユラ…
餓狼の目覚め――――!!
佐藤「丹波……!」ザッ
僕は即座に起き上がる。
丹波「やってくれたな……」ギンッ
丹波の威圧感が増す。
佐藤「…………!」グッ!
望むところだ……!
佐藤「丹波ァァァッッ!!」ダッ!
これこそ、僕が望んだ闘いだ!!
** ** **
435 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:44:55.27 ID:DuMWRGKc0
** ** **
佐藤「丹波ァァァッッ!!」ダッ!
烏頭「佐藤……?」
山乃守「今……あいつ……!?」
二階堂「何を考えてる!?」
そのまま丹波を打倒しかねない程の佐藤の猛攻。
その連撃に差し込まれた丹波の一打を受け、佐藤は吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ、佐藤は弁当コーナーのすぐ近くに倒れた。
対する丹波と弁当コーナーの距離は2メートル以上離れていた。
弁当奪取の好機。
それでも佐藤は弁当に目もくれず、丹波に向かって突進する。
白粉「……!!」
茶髪「ワ、ワンコ……?」
顎髭「まただ……!あいつ……!」
坊主「一昨日と同じ……!」
山乃守「どういう事だ?」
白粉「さ、佐藤さん、一昨日の戦いでも……皆さんが気絶して、佐藤さん一人が起き上がって……」
顎髭「あいつ、手ぶらで帰ろうとした丹波に襲いかかったんだ……」
坊主「あの時も自分の方が弁当コーナーに近かったのに……!」
436 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:47:07.42 ID:DuMWRGKc0
金城「……!」
泉「来た……!」
金城は眉間に皺を寄せた。
佐藤本人にも伝えていない作戦の第二段階。
佐藤から『闘争への飢餓』を引き出し、丹波と拮抗させる。
佐藤には、丹波が狼のうちに可能な限りのダメージを与え、授けた技を打ち込む隙を作る、とだけ伝えてある。
金城「佐藤……!」グッ
泉「信じろ……彼を……ッ!」
金城「わかっています……!」
金城は拳を握りしめた。
** ** **
437 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:50:20.20 ID:DuMWRGKc0
** ** **
佐藤「ぁあァあああアッッ!」ブオッ!
ガンッ!
丹波「ハッ!」ガシッ
佐藤「!」
打ち込んだ右拳を掴まれる。
丹波「ふんッッ!」ブオッ!
ゴボッッ!
佐藤「げはっ!?」
腹に丹波の膝蹴り
佐藤「ぐっ……!」
効いてないッッ!
佐藤「ぬンッッ!」ブオッ!
ドンッ!!
丹波「ハッッ!」
佐藤「!?」
丹波の腹にこちらも膝蹴りを返す。
先程のような手応えがない。
佐藤「この……ッッ!」ブオッ!
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
丹波「ハッ……佐藤ぉぉッ!」
佐藤「~~~~ッッ!?」
右腕を掴まれたまま、膝蹴りを三発。
一昨日のような不毛な感触。
438 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:52:59.34 ID:DuMWRGKc0
佐藤「~~ッだあァッッ!」ブオッ!
ゴゴンッッ!!
丹波「クククッッ……」
佐藤「~~ッ!?」
丹波は笑う。
丹波「お前って奴は……」ククッ
可笑しくて仕方ないという表情でゆるりと首を振る。
佐藤「くっ!」バッ
右腕を強引に外す。
佐藤「ッッ丹波!」
そのまま右腕を振りかぶる。
佐藤「笑――――!」ブオッ!
丹波「佐藤…………」ブオッ!
ゴガッ!!
佐藤「う――――!?」
カ、
佐藤「な――――」
カウンター……!
しま……った……!
佐藤「――――ッッ!?」ガクン
踏み留まる……!
まだだ……ッ!
439 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/05(火) 23:56:27.68 ID:DuMWRGKc0
丹波「…………」スッ
丹波が構える。
佐藤「う……あ……!」グラッ
こちらも構えようとするがよろめく。
まずい……!
丹波「ふッッ!」ブオッ!
ゴンッッ!!
佐藤「~~~~ッッガハッ!」
駄目だ……!
丹波「クククッ」ブンッ!
ガンッ!!
佐藤「ごはっ!?」
やはりこの男……!
丹波「ハハハッッ!」ブオッ!
ゴガッ!
佐藤「ぐはっ!!」
強すぎる……!
丹波「ハハハハハッ!ッッ!」グオッ!
ゴキャッ!
佐藤「クッ~~~~あ――――…………」グラッ
丹波の連打をまともに貰う。
急速に体から力が抜けていく。
ダメージで腹の虫の力が減退していく。
佐藤「あ………う……」ガクッ
だが、まだ……!
佐藤「く……あ……」
まだ、僕は……!
丹波「終いだッッ!佐藤ォッッ!」ブン!
丹……ば……!
ゴキャッ!
佐藤「~~~~――――…………」ガクッ
ドサッ
** ** **
440 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:00:59.96 ID:HIZpfYA80
** ** **
佐藤「~~~~――――…………」ガクッ
ドサッ
丹波「ふぅっ…………」クルッ
著莪「佐藤ッッ!!」
丹波の拳打が顎を捉え、佐藤が倒れる。
丹波は佐藤に背を向け、弁当コーナーに向かって歩き出す。
泉「………!」
金城「くっ……!」
佐藤の倒れ方――――
あれは打撃による乱戦が主となる狼なら、誰もが知る倒れ方。
繰り糸を失った操り人形のような倒れ方。
槍水「…………!」ギリッ
白粉「佐藤さん……!」
絶対に起きない倒れ方。
著莪「あの野郎……!」ギリッ
著莪は奥歯を噛み締めた。
争奪戦とはいえ、姉弟同然に育った従兄弟を目の前で倒され頭に血が昇っていた。
著莪「…………ッッ!」ザッ!
著莪が一歩を踏み出す。
当然、あの男に一撃くれてやるためだ。
黙って見ている事などできない。
441 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:04:52.64 ID:HIZpfYA80
金城「待て!」
著莪「待たない……!」
金城が著莪を制止する。
著莪は即座に突っぱねた。
泉「待ちなさい……!著莪君!これは一対一の争奪戦だ! まだ丹波君は弁当を獲っていない!」
著莪「知った事か!奴にみすみす弁当をくれてやれってのか!?」
槍水「著莪……頼む、もう少し待ってくれ……!」
著莪「仙!あんたまで!」
白粉「お願いします……著莪さん……待ってください……だってまだ、まだ……!」
著莪「花……!」
槍水「まだ争奪戦は終わっていない……!」
著莪「何言ってんだ……!あの倒れ方じゃあ――――」
その時。
セェーガーっ
著莪「!」
著莪の携帯の着信音が鳴り響いた。
佐藤「……………」ムクリ
二階堂「なっ……!?」
梗「立った……」
佐藤が起き上がる。
あのダウンから。
著莪「セガで立った……」
佐藤「…………」
槍水「佐藤……!」
白粉「佐藤さん……!」
金城「ここへきて……」
泉「正念場……ッ!佐藤君!」
** ** **
442 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:08:30.46 ID:HIZpfYA80
** ** **
佐藤「…………」ハッ
今一瞬寝てた。
佐藤「……丹波」
丹波「…………」ピタッ
丹波が僕に背を向けている。
弁当コーナーに向う歩みを止めた。
丹波「本当に……」クルッ
丹波が僕に向き直る。
佐藤「…………」
何故立てたのかわからない。
餓狼、丹波分七の攻撃で、僕の体は満身創痍に陥っていた。
佐藤「…………」
不思議な感覚だった。
今僕は、丹波の情け容赦ない連撃を浴びて倒れた筈なのに。
佐藤「……著莪」ボソッ
著莪と徹夜でバーチャをやって、寝落ちしかけた時のような……。
そんな覚醒の感覚だった。
丹波「白いな、お前は……」スッ
443 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:12:20.02 ID:HIZpfYA80
しかし次はないだろう。
次に倒れれば、もう起き上がれない。
これが最後。
次の一合で、僕の残弾は尽きる。
佐藤「…………」スッ
丹波が構える。
僕も構えた。
丹波「終わりにしてやる……!」
最初で最後のチャンス。
佐藤「僕が勝つ……!」
今しかない。
今こそ『あの技』を――――
丹波「言ってな……!」ダッ!
来た。
丹波が僕に向かって一直線に駆けてくる。
444 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:16:29.62 ID:HIZpfYA80
丹波「ッッ!」ダンッ
僕に向かって右腕を振りかぶりつつ、左脚を強く踏み込む。
佐藤「ッ!」タッ
僕はその左膝に右足を掛け、踏み台にし、翔び上がる。
丹波「!?」ガクン!
続いて丹波の左肩を踏み台にし、さらに高く。
佐藤「ッッ!!」ダンッ!
丹波「なっ!?」ガクン!
さらに上へ。
目指すは――――
金城『強く踏み込み、高く翔べ。目指すは相手の直上 ――――』
丹波の直上――――!
天井へ――――!!
佐藤「…………ッ!!」タッ
僕は身を翻し、丹波の真上、天井に足をついた。
丹波「~~ッッ!?」グッ
丹波は僕に踏み台にされ、大きく腰を落とした体勢から体を持ち上げようとしている。
今――――!
445 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:19:38.43 ID:HIZpfYA80
佐藤「ッッ!!」ダンッ!
丹波が体を持ち上げる動作に合わせ、強く天井を蹴る。
佐藤「~~~~ッッ!!」グオッ!
落下しながら右肘を振りかぶる。
狙いは脳天……!
喰らえ……!
これが僕の最後の一撃!!
佐藤「丹波ァァッッ!!」ブオンッ!
ガガゴッッッ!!!
丹波「ッッッ!!??!?」
秘技必殺!!
佐藤「~~~~ッッ!!」スタッ
『天井被り』 見参!!
** ** **
446 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:22:26.32 ID:HIZpfYA80
** ** **
佐藤「~~~~ッッ!!」スタッ
正面から踏み込んで来る相手の膝、肩を踏み台にして飛び上がり――――
相手の直上、天井まで翔ぶ。
踏み台にされ体勢を崩し、腰を落とした相手が体を持ち上げる動作に合わせ、天井で勢いをつけた打撃を脳天に打ち込む――――
泉「踏み台にされた際の上方からの圧力、その圧力に反射的に逆らい、伸び上がった直後、脳天に打撃を喰らう……」
金城「その結果この技を喰らった者は、遥か頭上にある筈の天井に頭を強打したように錯覚する――――」
泉「名付けて、必殺飛翔『天井被り』ッ!」
茶髪「………!」
梗「『必殺』……」
鏡「『飛翔』……」
著莪「『天井被り』……!」
447 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:26:22.24 ID:HIZpfYA80
金城「天井で勢いをつけた打撃を脳天に打ち込む危険性から、スーパーでは禁じ手とされている技だ……!」
泉「両者の体格差を考慮し、序盤でできる限りダメージを 与え、丹波の足を弱らせ――――」
金城「踏み台にした際、丹波の体勢を十分に崩せる状態を作る」
そして『闘争への飢餓』を煽る事で、佐藤の戦闘への集中を高めさせ――――
泉「最後の最後……丹波君がトドメの一撃を放つ最大にして唯一の好機での使用……!」
金城「よくぞものにした……佐藤!」
槍水「…………!」
丹波「……!?」ガクン!
梗「効いていますわ!」
鏡「倒れる……!」
二階堂「丹波が……!」
丹波「がっ……!?」ドサッ
** ** **
448 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:31:03.24 ID:HIZpfYA80
** ** **
佐藤「…………!」サッ
丹波に天井被りを浴びせ、残心を取る。
丹波「がっ……!?」ドサッ
佐藤「ッ!!」
丹波が倒れる。
一昨日の夜の戦闘を通じて、これが丹波の最初のダウン。
丹波を狼の土俵に引きずり降ろし、スーパーでの戦いを 知るアドバンテージを最大限に活かし、さらに禁じ手とされる秘技まで使って、ようやく奪った最初のダウン。
丹波「~~~~ッッッ!?」ドスッ
佐藤「……なんて奴だ」
丹波はフロアに膝を付き、次いで両手を付いた。
四つん這いの体勢で苦痛に表情を歪めながらも、まだ意識を失っていない。
佐藤「~~~~ッ!!」ダッ!
僕はトドメを刺すため駆け出した。
丹波に同じ技が二度通用するとは思えない。
今が丹波に勝つ最初で最後のチャンスだ。
これを逃せば、今後僕がこの男から勝利をもぎ取る機会は永遠に失われる。
今が――――!
佐藤「ッッ!」
今だけが――――!!
槍水「佐藤ッッ!!」
449 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:34:38.95 ID:HIZpfYA80
佐藤「!!」ピタッ!
先輩の声。
槍水「何してる!今がチャンスだ!」
佐藤「…………?」
チャンス?
何を言ってるんだ?
そんな事わかっていますよ。
今、丹波にトドメを――――
今しかないんだ……!
槍水「今しかないッッ!弁当をッッ!」
佐藤「…………!」
弁当……
半額弁当……
年末ご奉仕弁当……
佐藤「~~~~ッッ!?」
僕は。
何を……?
丹波にトドメを……?
それが、勝利……?
佐藤「~~~~ッッ!!」ブンブンッ
何、考えてるんだ……!?
僕は……!
450 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:37:17.60 ID:HIZpfYA80
白粉「佐藤さん!弁当を!!」
二階堂「走れ!変態ッッ!!」
梗「佐藤さん!!」
鏡「急いで!!」
烏頭「佐藤!!」
山乃守「洋!!」
茶髪「ワンコ急いで!」
顎髭「もうここしかない!」
坊主「今しか!」
佐藤「みんな……」
著莪「佐藤ォっ!」
佐藤「著莪……」
著莪「さっさとケリ着けて来いっ!走れッッ!」
佐藤「ああ……!」クルッ!
仲間と共に歩むのか。
孤独を顧みず勝利に拘泥し、果てに孤高を目指すのか。
ここ最近、度々繰り返していた自問自答。
答えは、今、出た。
僕は丹波に、闘争に背を向けた。
451 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:39:35.91 ID:HIZpfYA80
佐藤「……!」ダッ!
僕は狼だ。
僕の戦いは、僕の戦場は。
佐藤「やった………!」パシッ
争奪戦しかない。
スーパーだけが。
僕の――――
佐藤「やったぞぉッッ!!」バッ!
僕は年末ご奉仕弁当を手に取り、天に掲げた。
僕が心底から求める勝利を、仲間たちに掲げて見せた。
** ** **
452 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:42:58.57 ID:HIZpfYA80
** ** **
佐藤「……………」グラッ
もう、限界だった。
丹波から受けたダメージが、争奪戦の終結とともに一気に溢れ出す。
佐藤「――――」フラッ
そのまま倒れそうになる。
駄目だ――まだ――――
弁当を食べるまでは――――
佐藤「――――」フッ
???「よっと……」ガシィッ!
佐藤「――――?」
もう意識を保っていられない。
フロアに倒れる。
そう思った刹那、僕は誰かに体を支えられた。
丹波「……負けたよ、佐藤」グイッ
佐藤「……丹波」
丹波だった。
丹波が僕の体と、弁当が傾かないように支えてくれていた。
佐藤「……ありがとう」
丹波「落としちゃもったいねぇからな……」ハハ
丹波は笑う。
今度は寮で見た険の無い笑顔。
それを見て、僕は勝利を実感した。
453 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:46:18.50 ID:HIZpfYA80
丹波「おい」
丹波は、争奪戦を観戦していた狼たちに声をかけた。
丹波「どこか、この近くに座れる場所はないか?」
佐藤「……!」
一度だけ狼になってやると、丹波はそう言っていた。
その言葉通り、丹波は最後まで付き合ってくれるつもりのようだ。
僕は内心で苦笑した。
槍水「すぐ近くに……公園がある。そこで」
丹波「そうかい」
丹波の意を察した先輩が答える。
丹波「じゃあ行くか、それまで耐えろよ佐藤」
佐藤「ああ……」
槍水「待て、佐藤がその状態では心配だ。私も行く」
金城「仙……」ポン
同行を申し出た先輩の肩を魔導師が叩いた。
金
454 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:48:06.21 ID:HIZpfYA80
金城「これは二人の争奪戦だ。二人で行かせてやれ」
泉「佐藤君は後で皆で迎えに行こう」
槍水「先輩、先生……ですが……」
佐藤「すいません……先輩」
丹波「悪ぃな」
槍水「…………わかった。しっかり味わっこいよ、佐藤……」
佐藤「はい……!」
先輩には悪いが、先生と魔導師の言う通りだった。
これは二人の争奪戦。
二人の夕餉。
年末ご奉仕弁当を巡り戦った、狼と餓狼の夕餉だ。
** ** **
455 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:51:01.15 ID:HIZpfYA80
** ** **
レジで支払いを済ませ、先輩に弁当を温めてもらい、僕と丹波は近くの公園までやって来た。
丹波「ほれ……」
佐藤「ああ……」
朦朧とする意識の中、丹波が開けてくれた弁当を受け取る。
佐藤「…………」ゴクリ
ステーキ丼にかけられた醤油とニンニクの香り。
唾液が湧き出る。
丹波「すきっ腹にはたまんねェな……」
佐藤「まったくだ……それじゃあ……頂きます」
僕は手を合わせ、礼をする。
丹波「えらく行儀がいいな」
呆れた様子の丹波。
佐藤「当然のマナーだろ」パク
言い返しつつ、ステーキ丼を一口頬張る。
佐藤「~~~~ッッッ!」
打撃を受け切れた口内の傷に、ソースが染みる。
しかし、それでも絶品だった。
佐藤「ハグっ――むぐっ」ガツガツ
白米に染みた濃い目の味付けのソース、そしてステーキに後がけした醤油の風味に食欲を刺激され、体の痛みを忘れる。
456 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:54:52.82 ID:HIZpfYA80
柔らかな牛肉と白米に合わせた和風の味付けが堪らない。
僕は二口、三口とステーキ丼をがっついて、野菜の煮物に箸をつけた。
佐藤「ハグっ――――!」
旨い。
スライスニンニクを散らした濃い目の味付けのステーキ丼と打って変わって、こちらは上品な味付けだ。
鳥の唐揚げを一口で頬張り、続いて再び野菜の煮物を食べる。
さっぱりとした味付けの野菜の煮物が、ステーキ丼、唐揚げの濃厚な味を引き立てている。
だし巻き卵も旨い。
ふわりとした甘めの味付けが肉と野菜のコンビネーションに良いアクセントを加えている。
佐藤「むぐっハグハグっ――」ガツガツ
僕は夢中で年末ご奉仕弁当に喰らいついた。
そして弁当を半分ほど食べた所で、容器と箸を丹波に差し出した。
佐藤「ん」スッ
丹波「いいのかよ」
457 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:57:09.00 ID:HIZpfYA80
佐藤「いいよ。どうせダメージで全部食べるのはきつい」
丹波「そうかい、じゃあ遠慮なく……」
弁当を受け取り、そのまま掻き込むように食べようとする丹波。
佐藤「おい」
これは見逃せない。
一旦、丹波を制止する。
丹波「あ?なんだよ?」
僕は丹波に向かって合掌して見せた。
丹波「ああ……別にいいじゃねぇか……」チッ
佐藤「駄目だ」
丹波「わかったよ……」
丹波は弁当を膝に置き、手をあわせた。
丹波「イタダキマス……これでいいかよ?」
佐藤「ああ……」クスッ
お行儀良く手を合わせた姿が猛烈に似合わない。
丹波「さてと……」ジュルリ
丹波は弁当を手に取り、食べ始めた。
丹波「ガッガッ――ハグっ、むぐ」ガツガツ
佐藤「…………」
猛然と弁当を掻き込む丹波。
458 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 00:59:46.69 ID:HIZpfYA80
丹波「あグッはむっ――」ガツガツ
一夜限り狼になった丹波に、残りを全部譲るつもりで渡したのだが、この男には敗者の遠慮というものがまるでない。
佐藤「ハハ……」
僕はその豪快な食べっぷりに苦笑した。
丹波「――――ふぅっ」
丹波は弁当を食べ終えた――――
丹波「ほれ」スッ
かに見えた。
佐藤「え?」
丹波は僕に容器を差し出した。
佐藤「…………」
差し出したされた容器には、メインのステーキ丼が一口 だけ残されていた。
丹波「あと一口くらい食えるだろ?」
佐藤「ああ……」
丹波「勝ったのはお前だ。最後は……」
佐藤「ああ……!」
僕は弁当を受け取り、
佐藤「…………」パク
最後の一口を頬張った。
佐藤「……旨い」
これぞ勝利の一味。
丹波分七に勝って手に入れた、弁当の味。
** ** **
459 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 01:02:59.47 ID:HIZpfYA80
** ** **
その後、僕と丹波はデザートのフルーツを分け合って食べ、先輩が買ってくれたホットのお茶を飲んでいた。
丹波「…………」
佐藤「…………」
お茶を飲み終え、二人とも黙って夜空を見上げた。
佐藤「最後に……」
僕は口を開いた。
佐藤「聞いておきたい。なんであんたみたいな人が、今夜は――――」
どうして狼に。
どうして僕なんかと。
丹波「昨日な――――」
そう聞こうとした僕の言葉を丹波が遮る。
佐藤「?」
丹波「お前の寮に行く時、えらく時間を喰った……一時間はあの辺をウロウロしてた……」
丹波が何を話したいのかはわからない。
それでも僕は相槌を打った。
佐藤「道場まで歩いて15分もかからないけど……迷ったの?」
460 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 01:07:13.77 ID:HIZpfYA80
丹波「ああ……先生に住所を書いたメモを貰ったんだが…… そのメモにあった烏田のカラスが読めなかった……トリダって読み間違えてたんだ。それで、迷っちまった」
それは…………
…………何と言っていいのか。
佐藤「それは、また……」
丹波「馬鹿だろ……?」ハハッ
言葉を探す僕に、丹波は笑ってズバリと言う。
佐藤「うん、まあ……馬鹿だね……」
恐る恐る同意する。
丹波「ハハ……」
穏やかな笑みのまま、遠い目をする丹波。
丹波「地上最強の空手家ってのは……」
佐藤「――――ッ」
不意に丹波が口にした言葉に息をのむ。
461 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 01:10:46.72 ID:HIZpfYA80
丹波「そのくらいの馬鹿でもなけりゃあ、目指せねぇ ……」
佐藤「…………」
丹波「お前たち狼も、目指す所、求めるものは違っても、 似たようなタイプの馬鹿なんじゃねぇかって……そう思った」
佐藤「…………!」
丹波「佐藤、お前はその中でもとびっきりの馬鹿だ」
佐藤「ひどいな……」
丹波「いや馬鹿だよ、お前――――」
丹波は立ち上がる。
丹波「その手の馬鹿に突っかかって来られたら、相手をしない訳にはいかねぇだろ?だから一夜くらい、お前らのくだらねぇ戦いに付き合ってやってもいいと思った――――」 ザッ
丹波は言いながら、歩き出す。
462 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 01:14:25.61 ID:HIZpfYA80
佐藤「丹波……さん」
僕も立ち上がる。
丹波は立ち止まり、振り返る。
丹波「今夜の戦いは、それだけの事……」ニッ
佐藤「…………」
丹波「…………それじゃあな」クルッ
丹波「あばよ……楽しかったぜ」ザッ
佐藤「…………」
丹波の背中が遠ざかる。
佐藤「丹波さん……」ボソッ
463 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/03/06(水) 01:20:12.35 ID:HIZpfYA80
僕たち狼の戦いは、部外者には決して理解されないものだと思っていた。
佐藤「…………」
しかし、空手に生涯を捧げ、プロのリングにまで上がった男が、僕たち狼を自分と同じ類の馬鹿だと言った。
佐藤「…………」
全く別の道を行く丹波のそんな言葉に、僕は強く胸を打たれた。
佐藤「丹波さんッッッ!!」
黒いブルゾンを着た丹波の後ろ姿が闇に溶ける間際、僕は叫んだ。
丹波は歩みを止めた。
佐藤「ありがとうございましたッッ!!」バッ
僕は叫び、頭を下げた。
胸を貸してくれた丹波に、礼をせずにはいられなかった。
丹波「――――」ヒラヒラ
丹波は背を向けたまま手を振り――――
そのまま、闇夜に消えた。
佐藤「――――」ドサッ
僕はベンチに腰を下ろした。
体中が痛い。
これは、丹波によって刻まれた痛み。
僕はこの痛み、そして今夜食べた弁当の味を、生涯忘れる事はないだろう。
佐藤「………」
餓狼との戦いを。
餓狼に勝利して食べた年末ご奉仕弁当の味を。
その、勝利の一味を。
** 完 **
464 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/06(水) 01:26:53.41 ID:HIZpfYA80
以上で完結です
読んでくださった方、レスを下さった方、本当にありがとうございました
シンプルな筋立てなのにやたらと文字数が多くなってしまって申し訳ないです
次にスレ立てする時はこのスレでの反省を活かしてもっと読みやすいものが書ければと思っています
465 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/06(水) 01:33:18.68 ID:XipanbHKo
乙
ついに完走しましたな!
なんかこんな時間なのに弁当食べたくなった
466 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/06(水) 05:08:54.74 ID:Z8tWLOKRo
乙!
そして完走お疲れ様
すべてをお互いに認め合うっていいな
最後の礼はグッときたぜ
467 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/06(水) 07:35:31.56 ID:hYrCRLaZo
乙、面白かったよ
471 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/09(土) 04:53:19.17 ID:UGYSSmIeo
やべえ普通に面白かった
転載元
【ベン・トー】佐藤・丹波「「年末ご奉仕弁当250円ッ!!」」【餓狼伝】
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