1 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/26(土) 02:38:30.04 ID:+bKCE8Li0
ベン・トー、餓狼伝のクロスSSです
*ベン・トーは原作8巻終了後で、キャラの年末年始の過ごし方が原作とは違います。
*餓狼伝は丹波VS堤の少し後という設定で、板垣版準拠となります。作者は餓狼伝の原作小説は未読です。
*丹波の性格はほぼ創作、佐藤の方も原作とは若干メンタリティが異なります。
*三章構成で二章途中まで書き溜め有り。続きを書きながら少しずつ投下していきます。
*作者はサターンユーザーでしたが、ライトユーザーでした。色々とご容赦ください。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1359135509
2 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 02:45:17.38 ID:+bKCE8Li0
丹波分七は独り、夜の繁華街を歩いていた。日は沈んだばかり。まだ宵の口である。街には大学生と思しき飲み会 グループや、背広姿で連れ立って歩くサラリーマンらが行 き交っていた。
まだ午後七時前だというのに早くも顔を赤くした学生たち。仕事から解放され、緩んだ表情を見せる作業着姿に背 広組。どこか弛緩した喧騒を聞きながら、丹波は一人、 苦々しい思いに囚われていた。
丹波がこの夜、歓楽街に求めていたのは酒でも女でもなく喧嘩だった。丹波は過去に、この界隈で喧嘩相手を物色したことがあ る。今夜は同行していないが、相棒の涼二に因縁をつけさ せ、適当な相手を人気のない場所に誘い出し、一戦交える。そうやって何度か、腕に覚え有りといった風のヤクザ 者、運良く出会えた本職の格闘家、時には単なる喧嘩自慢の素人までをも相手取り、闘争への欲求を満たしてきた。
3 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 02:49:33.31 ID:+bKCE8Li0
喧嘩相手を探すには都合の良いガラの悪い場所。それが丹波のこの歓楽街に対する認識だったのたが、どうやら今 の様な浅い時間の場合、その限りではないらしい。
目につくのは堅気者らしい風体ばかりで、獲物になりそ うな人間は見当たらない。 丹波はすでに、街の険のない空気に気勢を削がれつつ あった。
―アハハ!モブオクンナニヤッテンノー! ―ウェ~イコロンダ~オコシテ~
丹波(……チッ)
泥酔した学生らしき男と連れの女のやり取りを見て、丹 波の気持は完全に切れた。
丹波(今夜はやめだ。この空気はたまんねェ)
何処かで時間を潰して出直すことも考えないではなかっ たが、緩んだ空気に萎えた闘争心が、今夜中に戻るとも思 えなかった。堤城平とヤクザの喧嘩を目撃したあの夜のよ うな、強い刺激でもない限りは。
丹波(何処かでメシ喰って帰る かァ…)ハァ
往来を睥睨していた視線を周囲の飲食店に向ける。根無 し草の空手家という、冗談のような肩書きを現実に持つ丹 波の懐は寂しい。 基本的に、生活費は日雇い仕事による収入で賄っている 身なのだ。先日のFAWの興業で、堤城平と戦って得たファ イトマネーで多少は潤っているが、収入が不安定であるこ とには変わりがない。鍛えた肉体を維持するためには節約 し過ぎても本末転倒なのだが、可能な限り食費は抑えた い。
4 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 02:55:34.94 ID:+bKCE8Li0
悩む丹波の脳裏に、大手牛丼チェーンの看板がよぎる。 駄目だ。あれは食い飽きた。却下して、次々と侘しい夕餉の候補を挙げてはみるが、どれも気乗りがしない。 歓楽街に軒を連ねる飲食店は、貧乏学生のような食生活を送る丹波の目には眩しい。500円から1000円の夕食候 補を思い浮かべていた情けない自分を自覚して、丹波は思わず顔を顰めた。
丹波(金がない訳じゃねぇ)
内心で、自尊心を保つための言い訳を始めてしまう。
丹波(堤とやりあって空手で金を稼いだんだ…俺は…)
次に思いつくのは財布の紐を緩める言い訳だった。 喧嘩相手を探すという本来の目的を果たせなかったのだから、せめて食事ぐらいは贅沢をしてもいいのではないか。堤戦と試合前の調整で蓄積した疲労の回復のためにも、滋養に良いものを食するべきではないか。 顔面の腫れや裂傷、全身に負った打撲は癒えたが、体はまだ本調子とは言い難い。怪我の回復にも体力を消耗するものだし、ここはやはり――。
5 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 03:10:12.82 ID:+bKCE8Li0
丹波(………………………)
丹波は焼肉屋の前を通り掛かり、その店先の明かりに目を奪われた。
丹波(………………………)
それほど高い店ではない。丹波は背広姿の二人組が店に入って行くのを、足を止め横目で見送った。
丹波(‥‥‥‥‥ハァ)
丹波は再び歩み出す。着古したブルゾンのポケットに両手を入れ、口内に溜まった唾液を飲み込む。
丹波(牛乳、生卵、鯖缶……身になれば何でもいい…食い物 なんて)
結局、丹波は飲食店からの誘惑に耐えた。普段通り、味や食べ合わせを無視し、身体作りにのみ重点を置いた食材をスーパーなどで安く手に入れ、ねぐらに帰る。そう今夜の方針を定め歓楽街を後にする。 向かう先は、かつて世話になっていた泉宗一郎宅、竹宮流道場の近所にあるスーパーマーケット。
店名は、ホーキーマート。
何度か利用したことがある店だ。今から向かえばタイムセールに間に合うかもしれない。
丹波(割引の弁当くらいは買うかぁ……)
丹波は足を速めた。
一度食べたあの店の弁当は、味も脂も濃くて旨かった。
6 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 03:15:17.77 ID:+bKCE8Li0
*****************
需要と供給、これら二つは商売における絶対の要素である。これら二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント…………その前後に於いて必ず発生するかすかなずれ。その僅かな領域に生きる者たちがいる。己の資金、生活、そして誇りを懸けてカオスと化す極狭領域を狩場とする者たち。
――――人は彼らを《狼》と呼んだ。
これは、スーパーという狩場に迷い込んだ、一匹の餓狼の物語である。
*****************
8 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/26(土) 06:14:21.01 ID:4e3hFGqko
乙
この丹波さんを客観的に見たら獲物を物色してる辻斬りにしか見えないなww
10 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 11:22:11.91 ID:NPCoNoHd0
第一章 「いいぜ……やってやるよ……!」 ――丹波分七
時刻は18時50分。
丹波はホーキーマートに到着した。自動ドアを通り店内へ。泉宅で竹宮流の客分として世話になっていた際、買い出しで何度か訪れた事があるため、商品の大まかな配置は覚えている。まずはざっと店内を見て回り、帰りに見切り品の食材を買って帰ればいい。とりあえずは、弁当が残っているかを確認するため奥にある弁当コーナーへ。店内外周の飲料コーナー、精肉コーナー前を通り、目当ての弁当・惣菜コーナーに辿り着く。
丹波(おぉ、あるじゃねぇか)
3割引のシールが貼られた弁当を見つけ、丹波は思わず 顔を綻ばせた。
迷わず手を伸ばし、弁当に手が届く寸前――。
丹波は気付いた。 後方から突き刺さる視線に。
丹波(………なんだ?こんな場所で……)
振り返るまでもなくわかる。 視線に込められた意志。それは丹波にとって、あまりにも馴染み深いものだった。 一旦弁当から手を引き、素知らぬ顔でその場を離れる。 近くにあったカップ麺の棚の前に移動し、弁当コーナーの後方、視線の主を確認する。
丹波(ガキが三人)
11 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 11:29:00.43 ID:NPCoNoHd0
そこにいたのは、まず制服姿の男子高校生が二人。一人はピアスに顎髭のチャラけたガキ、もう一人は細目の坊主 頭。そして、白いコートを着ているため服装からは判断できないが、おそらくは二人と同年代の女子高生……らしき茶髪の女が一人。女は制服の二人と一緒でなければ高校生には見えなかったかもしれない。
丹波(最近のガキは発育が良すぎるぜ………まったく)
それはともかく、これで先程の視線に合点がいった。店内の時計で時間を確認する。18時53分。
丹波(確か、この店のタイムセールは7時だったな)
あの高校生三人組は、19時のタイムセールで弁当が半額まで値引きされるのを待っていたのだろう。もしかすると親元を離れて生活していて、食費を切り詰める必要があるのかもしれない。この辺りには、最近流行りの低価格で大ボリュームの弁当を売る店はない。ランチタイムならいざ知らず、この時間に高校生が気軽に入れる飲食店も少な い。あれほど品数の揃ったボリューム十分の弁当を、200円から300円で手に入れる機会は貴重だ。この時間に高校生がここにいるということはバイトなどもしていないのだろうし、半額弁当に必死になるのも無理はない。
丹波(それで、あの敵意剥き出しの視線って訳か……)
12 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 11:35:48.45 ID:NPCoNoHd0
丹波はそう解釈して、苦笑する。もしかしたら、先程の歓楽街で求めても得られなかった喧嘩相手に、こんな所で出会えたのかと勘違いしかけていたのだ。それが半額弁当狙いの高校生だったのだから、自嘲せずにはいられない。
金がないのは丹波も同じたが、この場は三人に譲る気になっていた。さすがに高校生を出し抜いて半額弁当を手に入れる気にはなれない。あの三人が無事に弁当を買い、それでも余っているなら自分も買う。それでいい。丹波は今宵何度目かの溜息をついた。
丹波(俺の食生活は高校生と同レベルかよ……ん?)
なんとなく手に取ったどん兵衛を棚に戻し目線を上げると、三人組から少し離れた位置に立つ別の女子高生と目が合った。
丹波(まぁ、目立つナリではあるがよ……)
188?107?の体躯を誇る丹波は、他人からの好奇の視線には馴れている。小柄な女とすれ違うと、思わずといった風に見上げられる事も度々ある。あの女子高生も同様だと思ったのだが、一つ異様な点があった。女子高生はかち合った視線を外さないのだ。
丹波(なに見てやがんだ?)
14 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 11:47:38.31 ID:NPCoNoHd0
あまり見かけない、毛先を外側に跳ねさせる様にセットした髪型。制服の上からモッズコートを羽織り、足は黒いタイツと膝丈の編上げブーツ。一見すると、白いコートに茶髪の女子高生とそう変わらない背丈に見えるが、それは ブーツで底上げされているからで、実際の身長は丹波よりも30?以上低いだろう。髪型や服装はどことなくワイル ドな印象だが、よく見れば華奢で小柄な少女に過ぎない。
そんな彼女が、なぜ――。
丹波(小娘が……。なにをそんな据わった目で俺を見る? あれじゃあ、まるで……)
まるで、こちらに喧嘩を売っているようだ。 あれと同じ目を何度も見てきた。路上でやり合った喧嘩相手。道場、試合場で競い合った格闘家。いずれにも劣らない鋭い眼光。幾度となく仕掛け、仕掛けられた野試合の経験が、丹波 に少女の視線から敵意を読み取らせる。少女と自分が殴り合う想像は、とてもではないができな い。しかしその僅かに緊張をはらんだ佇まいと油断のない目付きからは、確かに闘争の予兆が滲んでいる。
丹波(普通に考えりゃあ、あいつも半額弁当狙いで俺をラ イバルと勘違いしているってところだが……)
それにしては少女の放つ気配は剣呑にすぎる。体を斜にして棚を見ているようで、互い違いにした両足、その軸足の踵が僅かに浮いている。いつでも仕掛けられるよう備えているようにも、こちらを牽制しているようにも見える。 あの少女の姿勢が、たまたま丹波の経験に照らして闘いの準備段階であるように見えている。冷静に考えればそれだけの話なのだが、丹波の本能が警戒を解くことを許さない。
15 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 11:57:04.80 ID:NPCoNoHd0
馬鹿らしい、と頭を冷やそうとしても上手くいかない。丹波は妙な意地で逸らさずにいた視線を壁掛け時計に移した。視界の隅で、少女も時計の方を向くのが見えた。
時刻は18時59分。秒針を見るともう間もなく19時になるところだった。
5、4、3、2、1――。
丹波(時間だな……)
バックヤードに続く銀色の扉が開き、中から店員が現れた。真冬だというのに半袖のTシャツを着た強面の大男だ。店名のプリントされたエプロンを着けているが、まったく似合っていない。手には値札シールを印刷する機械を持っ ている。 店員は店内に向かって一礼すると、惣菜コーナーへ。売れ残った商品を並べ直し、割引シールを貼っていく。続いて、店員が弁当コーナーで同じ作業を始めたところで、丹波は気づいた。
丹波(ガキが増えてやがる)
三人組の付近に高校生、大学生らしき男女が数名。全員に独特の緊張感がある。特に目を引くのはウルフヘアの女子高生だ。限界まで引き絞られた弓弦のような、あからさまな緊張を見せている。
丹波(こいつらみんな半額弁当狙いか…?こりゃあ弁当は無しだな……)
弁当の残りは確か、3個か4個。集まった学生たちはその倍はいる。当然、全員が手にする事は出来ない。すでに決めていた事だが、やはり弁当は諦めるしかなさそうだ。
16 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 12:02:31.27 ID:NPCoNoHd0
少女の理不尽なガン付けで止めていた足を動かす。作業を終えた店員とすれ違い、横目に少女を見ると、こちらをまだ気にしつつも、友人らしき別の女子高生と話していた。
???「私の狙いは―――だ」
???「ぇあっと、私は―――で」
???「そうか、では――」
丹波(やはり弁当目当て。そんで狙いが被らないように打ち合わせてんのか……マメだねェ)
通りがかりに僅かに聞こえた会話から、ブーツの少女がやはり半額弁当狙いである事が知れた。二人とも、なにやら無駄に長いけったいな商品名をスラスラと口にしている。
――トコロデサトウハドウシタ? ――ェアット、スコシオクレルッテ。マニアワナイカモッテ。 ――ソウカ……
しかもまだ待ち人がいるらしい。この店の弁当は人気があるのかないのかよくわからな い。タイムセールまで売れ残りはするが、割引された後はこれほど客が集まる。やたらと油を多様したラインナップが昼間や夕方の客層には受けが悪く、それを見越した近隣の学生たちがタイムセールに集い競争になる、という事だろうか。そうだとすると、ここは学生御用達の店なのかもしれない。
17 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/26(土) 12:18:07.86 ID:lbKO8QhZo
狼つながりか
期待
18 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 12:18:44.05 ID:NPCoNoHd0
丹波(なんだ……そういう事か……)
丹波は気付く。最初から、場違いだったのだ。言ってみれば、自分は今、学生に混じって人気の学食の列に並んでいるようなものなのだろう。
丹波(この時間、この店の弁当コーナーはガキどもの縄張 りって訳か……)
そうと分かれば少女に睨まれた事にも納得できる。あれは空気を読んで立ち去れという非難の視線だったのだ。もちろん、ここがスーパーである以上、あの少女が他人に弁 当を買うなと言う権利などありはしないが、どんな所にもその場でしか通用しない独自のルールやマナーがあるものだ。
丹波(そういう事か……)
丹波はこの手の幼稚で排他的なローカルルール、マナーには寛容だった。社会性の希薄な空手家としての人生は、非公式なルールに従う事も多い。
丹波(しかしよ……)
先程の歓楽街。普段と違う時間帯に出向いたせいで目の当たりにした、堅気の社会人が楽しそうに騒ぐ姿。いい歳をして、たまの贅沢な食事も躊躇わざるをえない現実。それらから目を背け、逃げる様に、排斥される様にしてスー パーに来てみれば、また真っ当な人生を生きる学生たちから疎外される。
今更こんな事で傷ついたりはしない。
しかし、普通の暮らしをする人間を見ていると、あらゆるものを犠牲にして邁進してきた空手の道に霧が掛かる。道は確かにそこにある。あると信じているが、視界を阻まれ迷いが生じる。
19 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/26(土) 12:27:45.43 ID:NPCoNoHd0
自分の人生はこれでいいのかと、そんな事を考えてしまうのだ。
堤との戦いを思い出す。
満員の観衆と中継用のカメラが見守る中、鍛え抜いた拳足と技を存分に打ち合った。ただ堤を打ち負かす事だけに集中していた。勝利を収 め、観客からの喝采、同業者からの賞賛を受けた。
だが、それだけだった。試合が終わってみれば、残ったのは痛めつけられた体と試合報酬の現金だけ。ファイトマ ネーの額は、無名の空手家にすぎない丹波にとっては高額だったが、それでも一年分の生活費にも届かない。怪我の治療費こそFAWが別途負担してくれたが、せいぜいが、これで無事に年を越せるといった程度の稼ぎにしかなっていない。
丹波(まぁ……それはいい)
待遇に不満があった訳ではない。
不満を持てない自分に疑問を持つのだ。堤と最高の舞台で戦えれば、金銭など二の次だと考えてしまう自分に。むしろ、現金報酬という現実的な成果が、試合後の余韻を台無しにしているとさえ感じている事に。プロの格闘家として闘い、報酬を得る。そんな当り前の事に拒否感を覚える自分の在り方に、言い知れぬ不安を覚 えるのだ。
20 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 12:34:40.26 ID:NPCoNoHd0
普通の人間が、自分の技能や経験、何よりも時間を切り売りしてまで手に入れる安定を、安息を、丹波は犠牲にして生きている。
堤の様な強者と闘い、その余韻が去ると、今夜の様に堅気者の生活に目をとられる事がたまにある。不意に自分の馬鹿さ加減を自覚させられ、いたたまれなくなり、暴れ出したい衝動に駆られる。
俺はこれでいいのか――?
幾度も繰り返した自問。
答えは、いつも決まっていた。
丹波(あぁ……戦りてぇ……)
悩んだところで、結局は闘いに戻る。
空手家として歩む人生。その将来に対する不安は、闘う事でしか払拭できない。
丹波(もうどうにもならねぇ……後戻りなんか出来ねぇん だ……空手しかないだろうが、俺には)
丹波は余計な事を考えるのをやめた。
何か腹の膨れるものを買って、とっとと帰って寝る。そして明日になればまた街に繰り出し、狩りをする。今度開催される北辰館トーナメントで獲物を物色するのもいい。闘う事だけ考えていれば気分は上々なのだ。
21 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 12:39:29.14 ID:NPCoNoHd0
丹波(ん……?)
弁当コーナー前を通過する際、学生たちが視線をくれる。ブーツの少女ほどの威圧感はないが、僅かに丹波の琴線に触れるものがある。
丹波(しかしこいつら、何故弁当を取らない?)
見栄か?半額になるのを待っていたと思われるのが恥ずかしいのだろうか。あの連中の年頃ならありそうな事だ。自分が立ち去れば学生たちは動くだろうと考え、丹波は歩みを速めた。
丹波(難儀なもんだぜ、ガキなんて)
後方で、店員がバックヤードに戻る、扉の閉まる音が聞こえた。
その時だった。
丹波(ッ!!~~~ッ!?!?)ゾワッ
予兆――どころの話ではない――。
まるで―――。
扉が閉じる事が最初から合図と定められていたような ―――。
丹波(なんだッ!これは!)バッ
丹波は咄嗟に振り返る。
振り返った瞬間、丹波が目にしたもの―――。
それは、闘争だった。
24 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/26(土) 21:14:11.51 ID:FKwFTAzPo
乙乙
丹波文七がベン・トー参戦とか楽しみすぐるww
26 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 23:32:21.71 ID:KhUpg+L90
丹波「………………………はあ?」
目を疑う。思わず素っ頓狂な声が漏れた。
ブーツ「はあっ!!」ドンッ!
ウルフヘア「ぐうっ!」ズサァッ
ブーツの少女がウルフヘアの少女に中段蹴りを決め吹き飛ばした。
茶髪「ふっ!はあっ!」ゴッ!ダンッ!
モブA「!!~~~ッ…………」ガクッ
モブB「なあっ!?」ドサッ
三人組の一人。茶髪に白コートの少女が、前方から迫る男子学生の顎に側面から掌底を打ち込み失神させ、ほぼ同時に後方から迫った男子学生に返す刀で足払いを掛けた。
顎髭「今日は数が多いな…ふっ!」ドッ!
坊主「まったくだ!はっ!」ガッ!
三人組の残りの二人。顎髭と坊主頭が背中を合わせ、周囲を取り囲む三人の男子学生を相手に打ち合っている。
モブC「ちぃっ!」
モブD「こいつら!」
モブE「共闘(たたかい)馴れてやがる!」
顎髭と坊主は3対2の状況をまったく苦にしない連携を見せていた。
丹波「………………なんだぁ、こりゃあ?」
27 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 23:37:24.77 ID:KhUpg+L90
状況が理解出来ず、丹波は立ち呆けた。学生たちが闘っている。それはわかるが、何故いきなり―――。
丹波(おいおい……まさか、こいつら―――)
半額弁当?
半額弁当を奪い合って?
丹波(それしか考えられねぇが……いくらなんでもこれは………ん?)
おさげ眼鏡「…………………」ジッ
丹波は、ブーツの少女と話していたおさげに眼鏡の小柄な少女が、乱戦の外側からじっと自分を見ているのに気付いた。
おさげ眼鏡「……………フヒッ」ニチャリ
丹波「~~~~~~ッ!??!?」凶ッ
粘りつくような笑みを浮かべるおさげの少女から、謎のプレッシャーが発せられた。丹波は、反射的に重心を落とし、両腕を前に突き出した。
丹波(この俺があんな小娘にッ…… 気圧されている!?構えを取っている!?)
28 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 23:41:51.88 ID:KhUpg+L90
自分で自分のやっている事が信じられない。 丹波は、訳もわからず構えたまま体を硬直させた。
そして。
顎髭「………チッ。やっぱりか」
坊主「なんて夜だ……まったく」
丹波「ッ!」
三人の男子学生を倒した顎髭と坊主が、構えた丹波を見咎めた。
顎髭「魔女から忠告は受けていたが、やはり狼………!」グッ
坊主「魔女の杞憂であって欲しかったよ。久々にアブラ神の弁当が食いたくて来てみれば……」スッ
丹波(まさか!俺にも仕掛けるつもりか!?)
顎髭「いくぞ!」ダンッ!
坊主「応ッ!」ザッ!
丹波(本当に来やがった!嘘だろ!?)
29 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 23:46:21.67 ID:KhUpg+L90
覚悟を決めた様子で飛びかかってくる顎髭と坊主。二人同時に正面から突進して来る。途中で坊主が急ブレーキをかけ、左に方向転換。一瞬坊主に目を奪われるが、顎髭はそのまま真っ直ぐ突っ込んで来る。
丹波(しまったッ!こんなフェイントに―――!)
顎髭「うおぉぁッ!」ガンッッ!!
丹波「クソッタレ!!」ズザアッ!
坊主の方向転換をフェイントにした顎髭の突撃。技も何もあったものではない、ただの全力疾走からの体当たり。丹波は両腕で顎髭を受け止めた。
丹波の技量なら受け流す事は容易だったが、おさげの少女のプレッシャーで体に無用な力が入っていた事が災いした。
顎髭「ぐっ……!…があぁっ!」ガシィッ
肩を掴まれ突進を止められた顎髭が、もがく様に丹波の腕に絡みつく。
丹波(糞ッ!来るッ!左からッ!!)
坊主「貰った!!」ドムンッ!
丹波「~~ッ!」グラリ
30 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 23:51:01.36 ID:KhUpg+L90
顎髭坊主コンビの本命の一打が丹波の左脇腹を捉えた。坊主の右の掌打。高校生にしては重い。しかし丹波にとっては軽い一撃。
丹波(くっ糞ガキども……!治ったばかりだってのに……!)
坊主の一撃には、本来なら丹波の巨体にダメージを与える威力はない。しかし坊主が捉えた左脇腹は、堤城平の抜き手によって深刻な打撲傷を負わされた箇所だった。いくら鍛えていても怪我が治癒したばかりの箇所は弱い。ほんの一瞬だけ、丹波の膝が揺れた。
顎髭「いけるか!?」
坊主「いやまだだ!効いてない!一旦離れろ!!」
丹波「離すと……思うか……?」ガシッグイッ
顎髭「なっ…!うわっ!」ジタバタ
坊主「おい…嘘だろ……」
丹波は体を離して後退を図った顎髭の襟首を掴み、そのまま片手で高々と持ち上げた。軽い。あまりにも軽い体。ただの高校生の体だ。
31 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 23:54:41.75 ID:KhUpg+L90
丹波「敵うと思ったのか……?ガキが……!」
思わず大人気ない台詞が口をつく。二人の奇襲で頭に血が昇っていた。まだ子供が相手と あって躊躇する理性が残ってはいるが、二人の弁明次第では何をしてしまうか分からないところまで、丹波は昇り詰めていた。
顎髭「ぐっ…敵う敵わないって問題じゃねぇ!離っ……せ!オラァ!」ガッ!ゴッ!
丹波「てめぇ……!」グググッブンッ!
顎髭「うおおっ!?」ヒュン
坊主「なっ!?」
顎髭「ぐあっ!?」ダンッ!ドサァ!
坊主「顎髭ぇ!!」
抵抗する顎髭を軽く放り投げて床に叩き付ける。もう臨界寸前だ。これ以上何かされれば、相手が誰だろうと抑えられない。
32 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/26(土) 23:59:57.08 ID:KhUpg+L90
丹波「なら何が問題だッッ!言ってみろ糞ガキど もッッ!!」
坊主「~~~ッ!?」ビリビリビリッ!!
顎髭「うっあ……!くそっ……」ググッ
歴然な戦力差を理解した筈だ。
腕力の違いは見せ付けた。こちらの耐久力も思い知っただろう。なのに、それでもまだ、坊主は構えを解かない。顎髭も背中から床に叩き付けられたというのに、早くも立ち上がろうとしている。仮に街のチンピラ程度の連中ならここまでの闘志を見せる事はまずない。この時点で詫びをいれるか、逃げ出すかのどちらかだ。
丹波(異常だぜこいつら……たかが弁当のために…………ッそうだ!)
異常といえば、もう一人―――。
33 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 00:06:32.25 ID:kJKP7XH/0
おさげ「ふむ……突如現れた謎の柔道家……いや空手家?プロレスラー……まあこの辺の設定は後で固めるとして、ある事件を追っていた顎髭と坊主が行方不明となり無残にも菊紋を汚された姿で発見される……二人が違法な地下闘技 場の摘発のために裏付け操作を進めていた事から、犯行は闘技場の関係者によるものと当たりをつけたサトウ……サ イトウ刑事は闘技場への潜入捜査を試みる………しかしそこで繰り広げられていたのは、互いの貞操を賭けて争われる 闇の格闘トーナメントだった!サト…サイトウは強大な敵……肉棒を掻き分け、トーナメントに出場しているであろう真犯人を探し出す事が出来るのか!サトウに幾人もの肛門括約筋を陥落させてきた裏世界の格闘家たちが迫 る……!」ニチャ
丹波(何をブツブツ言ってやがる……!?)ゾワゾワッ
おさげ眼鏡「過去にも似たような展開があったけど……バ トル展開って私のフィールドのような気がするし……もっと設定を詰めて獣道で培った格闘プレイ描写を上手く活かせれば私はあの時よりも更なる高みに………あぁ後は佐藤さんさえ来てくれれば完璧なのに……佐藤さんとあの人の絡みが見られれば『確信』が得られるのに………」ニチャアア
丹波「なっなんだお前はさっきからッ!」
おさげ眼鏡「ひぇっ!」ビクッ
丹波「見せもんじゃねぇぞッ!」
おさげ眼鏡「ひゃっひゃい!」スタコラ
躊躇いながも怒鳴りつけてみれば、おさげ眼鏡はただの気弱そうな少女だった。怯えた様子で何処かに駆けて行く。
34 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 00:10:07.20 ID:kJKP7XH/0
丹波(行ったか……あのガキだけは何かヤバイ……何かはわ からんがとにかくヤバイ……!)ブルッ
|ω・`)ジッ――スゴイハクリョク…ソシテキンニク…
丹波「ッ!ッがアァっ!!」ゴッ!
|彡 サッ
丹波「~~~ッ!こっ怖ぇぇ……!」
なんだあの邪気は―――!?今まで感じた事のない絡みつくような―――。
丹波(いや!もういい考えるな!)ブルブルッ
坊主「ッシャアァッ!」バッ
丹波「チィッ!」
顎髭「っ待て……!一人じゃそいつは……!」
丹波「まだやるか!ガキがアァっ!!」グオォッ!
おさげの少女に怖じけた事を誤魔化す様に、丹波は吼えた。
35 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 00:14:51.80 ID:kJKP7XH/0
坊主「ぅおアァアァッ!」ブンッ!
丹波「はっ!」パシッ
坊主「ッ!!」
丹波「ふんっ!!」ズムンッ!
坊主「~~~ッ!?グっ……ハァッ」ガクッ
坊主の右拳を受け止め、鳩尾に五分の力で、固く握り込んだ拳を突き刺す。坊主は目を剥いて崩れ落ちる。やはり特に鍛えている様子はない。未発達な高校生の体でしかない。ここのところ体を作り込んだ人間ばかり殴っていた所為で、拳を打ち込んでも罪悪感しかない。
丹波「これでわかったろ……無駄だよ。何度やろうと同じだ」
坊主「あっ……ぐぅ…!いっ言った筈だ……!そんな事は引き下がる理由にはならんッッ!!」
顎髭「くっ……!勝てないからやめるなんて……そんな奴はここにはいないぜ……オッサン!」グッグググ…
丹波「お前ら……!」
???「二人の―――」
背後から、凛とした女の声。
36 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 00:18:42.57 ID:kJKP7XH/0
丹波「………!」バッ
ブーツ女「―――言う通りだ……狼の誇りに賭けて、退く訳にはいかん」
茶髪「その二人、結構長い付き合いなのよね……お礼ぐらいはさせて貰うわ」
声の主はブーツの少女だった。隣には腕組みをした茶髪。 茶髪には独特の余裕があるが、それは荒事に挑む際の彼女なりのスタイルと察せられた。しかしブーツの少女は違う。惚れ惚れするような気迫を真っ直ぐこちらにぶつけてくる。喧嘩を売られていると感じたのは間違いではなかった。そしてブーツの少女が半額弁当狙いのタイムセール待ちという推測も当たりだった。
半額弁当狙いのライバルとして喧嘩を売られていた、という事らしい。あの視線は立ち去るように促すものではなく、当初感じたように警戒と牽制の意志が込められたものだったのだ。
37 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 00:25:18.46 ID:kJKP7XH/0
丹波「正気か………?」
周囲を見回してみれば、立っているのは顎髭、坊主、ブーツ、茶髪の四人―――。
|ω・`)ジッ――スゴイメヂカラ…ソシテキンニク…
………四人だけで、それ以外の学生は全員フロアに伸びている。
丹波「やるってのか……小娘ども……」ギロリ
ブーツ女「当然だ」カッ
茶髪「ただでは帰さない」スッ
丹波「チッ……」
丹波(俺が半額弁当狙いのライバル―――)
ブーツ女「っ!」ダッ!
茶髪「いくわよ!」ダッ!
丹波(―――という誤解)グッ!
ブーツ女「はあぁっ!」ダガンッ!
丹波(おそらくそれを解けば――)
茶髪「ふっ!」スパァンッ!
丹波(この場は収まる)
ブーツ女「ふっ!はっ!」ダンッ!ガンッ!
丹波(なのに何故―――)
茶髪「はぁっ!」バンッ!ガッ!
丹波(俺は――こんなガキどもに)
38 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 00:28:36.70 ID:kJKP7XH/0
固めたガードの隙を突く少女二人の猛攻―――。
軽いが鋭く急所を貫く連撃が―――。
丹波(駄目だ―――)
―――堤城平によって負わされた負傷。その傷痕を―――。
抉り、疼かせた。
丹波(思い出しちまう――体が――そんな事されたら――)
ブーツ女「おぉぉッッ!!」
茶髪「まだまだぁッッ!!」
ガンッバンッドギヤッバキッゴンッズンッバガンッズガッゴキッドンッバグッ メメタァッ!ズムッドムッズガッゴキンッザキィッドリュッバッカァァァンッ!
丹波「~~~~~ッ!?」
39 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 00:33:21.10 ID:kJKP7XH/0
二人の年齢と性別を考えれば驚嘆すべき技量だった。
さすがに威力には欠けるが、無駄のない急所だけを狙った連撃。一人が末端を叩けば、もうひとりが正中線を突く。ガードをノックする様な軽打に気を取られると、もう一人が体重を乗せた一打を放つ。こちらを格上と正しく認識した上での遊びも遠慮もない連携攻撃。打撃による人間の倒し方を心得た動きではあるが、おそ らく技は我流だろう。しかし、それ故に生み出される荒々しさと機能美を兼ね備えた動きは、ある種の才能と資質を感じさせる。明らかに顎髭坊主とは一線を画す何かを、ブーツと茶髪 は持っていた。
こいつらがガキじゃなかったら。
同性で体がでかければ。
子供を相手には闘えないと、冷静になろうとすればするほど、冷却を阻害するように見せ付けられる学生たちの闘志と技量。
もう、我慢の限界だった。
40 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 00:37:16.49 ID:kJKP7XH/0
丹波(いい……………知らねぇ)ギンッ
ブーツ女「ッ!?」バッ
茶髪「なっ!!?」サッ
丹波「―――ぜ……」ボソッ
ブーツ・茶髪「「……!」」ゾクッ
丹波「いいぜ……やってやるよ……!」ゴッ!
もう全てがどうでもいい。小娘でも獲物は獲物。
丹波(力の差を見せ付けてやる……!!ガキども!!)
42 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:02:17.97 ID:kJKP7XH/0
茶髪「ちょっとやばそうね、魔女さん」
ブーツ女「最初からわかっていた事だ。私一人でもやる。下がっても構わないぞ」
茶髪「冗談言わないで。あなたこそ、ここは私に任せてワンコでも呼んで来なさいよ」
ブーツ女「自分の縄張で後輩に頼れるか」
茶髪「そう言うとは思ったけどね」クスッ
丹波「相談は――――」ダッ
茶髪「!」サッ
丹波「もういいか……?」ドリュッ!
茶髪「がっ!?」ドゴンッザザッ
まずは茶髪に仕掛ける。さすがに反応がいい。型も何もない軽く振り抜いた拳はガードに阻まれた。さらに茶髪は、ガードを上げると同時にバックステップを踏み、衝撃を受け流す芸当までやって見せた。
43 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/27(日) 01:04:58.27 ID:1DxGtnhG0
ベン・トーはアニメ、板垣作品は刃牙しか見てないにわかだけど面白いなー
オルトロス辺りのかなり人外な動き相手にどう立ち回るのか楽しみ
44 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:05:48.73 ID:kJKP7XH/0
ブーツ女「ッッ!」グオッ!
丹波「来るかい!」
予想通り、打ち終りの隙を狙われた。
ブーツ女「ふッッ!」バッ!
丹波「チィッッ!」バチィッ!
ブーツの右の掌打を右腕で払い除ける。
ブーツ女「なっ!?」グラッ
丹波「ふんッ!」シュバッ
掌打の軌道を逸らされ、前のめりにバランスを崩すブー ツ。こちらの右手側に倒れ込んでくる。今なら倒せる。右半身を引いて体を開き、押し倒すように左の掌底を背面から打ちこむ。
しかし。
45 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:10:00.07 ID:kJKP7XH/0
ブーツ「くぅっ!」バッ!
丹波「!!」
バチィッッッ!!
ブーツ女「ぐ!?」
ブーツは無理やりに体を捻り、左の飛び膝蹴りで左掌打を迎え撃った。掌打と膝の激突音が響き渡る。
丹波(………!)
あえてそのまま倒れ込む事でこちらの掌底を躱す、というなら戦略的に理解できる。だがブーツの取った行動はその真逆。無理な体勢から放った飛び膝蹴り。ブーツにとってなんのメリットもない迎撃。ブーツからすれば、体格差を考慮して躱せる攻撃は躱すべきだ。例えそれがガードの上からでも、こちらの攻撃を受ける事は体力の消耗に繋がる。それがわからない訳でもないだろうに、咄嗟に迎撃を選択してしまう気の強さは、 とても女子高生とは思えない。
46 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:14:53.38 ID:kJKP7XH/0
丹波(足癖の悪いタイプなのは間違いない……丈夫で重量のあるブーツは武器代わりって訳か……)
丹波「……………やるな。縄張り、と言ったが……ここではあんたが一番なのかい」
ブーツ女「そうだ。この場に限っては譲らない」ビリビリ
茶髪「意地っ張りなの。この娘」
丹波「なら……二人で来な。それなら少しは本気を出せる」
ブーツ女「……………」ギリッ
茶髪「だってさ。どうする?」
ブーツ女「言うまでもない!」ダッ
茶髪「!あぁもう!こっちに合わせる気はないわけ!?」 ダッ!
丹波「……………」スッ
もう怪我をさせてでも仕留める。
あしらい、いなす闘い方ではいつまで経っても終わらない。
組み技では完全に壊してしまう。この場合は軽打でも意識を奪える打撃だ。丹波は、少女二人の体を行動不能に追い込む覚悟を決めた。
47 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:18:57.55 ID:kJKP7XH/0
丹波(一発で寝かしつけてやる!)
ブーツ女「あぁあッ!」グンッ!
丹波(ギアを上げてきたか!そして―――!)
茶髪「ふッ!」シュバ!
ブーツ、茶髪の同時攻撃。ブーツが正面から鳩尾狙いの中段蹴り。茶髪が顎を左側面から狙ったハイキック。二人ともこちらが受けて立つ構えを取り、重心を落とした事を見逃していない。
丹波(腹はくれてやるッ!!)サッ
危険度の高い茶髪の蹴りを優先して払う。予想外の重さ。しかし問題なく捌いて右の掌底を茶髪の顎先にねじ込む。
丹波「ッッ!!」ガコッ!
茶髪「っ!!~~~~ッ!?」ガクンッ
丹波(一人!!そして来いッ!!)
ブーツ女「ッあアッ!!」ドゴンッ!
丹波「~~~~~ッ!?!?」グラリ
48 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:22:42.85 ID:kJKP7XH/0
ブーツの蹴りを鳩尾にもろに喰らう。想定外の威力。急所とはいえ少女の蹴りなら耐えられると踏んでいただけに、衝撃は大きい。
丹波(これが小娘の蹴りだと!?)
ブーツ女「とどめッ!」シュバ!
丹波「っ!!させるかァァァァあッッ!!」ブおンッ!!
ブーツ女「!?」ゾワッ
ブーツの追撃に対するカウンター。
思わぬダメージに硬直した体を強引に動かすため、丹波はこの時、手加減を忘れた。
正真正銘、丹波分七の渾身の一打。全身全霊の右の正拳を、小柄な少女に向かって打ち下ろした。
打ち下ろしてしまった。
その時だった。
49 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:26:25.10 ID:kJKP7XH/0
???「先輩ッッ!!」グォォッ!
丹波「!?」
バッガァァァァァァンッッ!
ブーツ女「佐藤!?」
???「ぐあっ!!」ドサッ
正拳を打ち下ろした瞬間、男子学生がブーツを庇うように飛び込んできた。手にした買い物カゴで正拳を受け止め、尻餅をつく。
50 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:29:50.41 ID:kJKP7XH/0
丹波「…………………」
ブーツ女「佐藤!無事か?」
佐藤「遅くなりました……先輩」タッ
こちらを睨みつけながら、佐藤、と呼ばれた少年は立ち上がる。ブーツの学校の後輩。加勢に来た仲間、と見て間違いないだろう。
少年の眼光もまた、ブーツに負けず劣らず鋭い。他の学生同様、体格差に臆した様子もない。 それどころか、少年の眼には怒気が篭っている。怒り。おそらくは、ブーツに拳を向けた事に、この少年は怒っている。
51 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:33:03.77 ID:kJKP7XH/0
丹波(…………このガキ)
佐藤「あんた……タダじゃ帰さないぜ………?」ギラッ
丹波「……ハッ。同じ事をそこの―――」クイ
フロアにうつ伏せに倒れ、失神したまま動かない茶髪を指し示し、挑発するように言ってやる。
丹波「――ネーチャンにも言われたぜ?」ククッ
佐藤「!!茶髪……っ!」ググッ
顎髭「くっ……すまん……!」
坊主「俺たちがいながら……」
佐藤「顎髭……坊主!」
丹波(このガキは……)ニタア
52 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:35:44.58 ID:kJKP7XH/0
丹波(…………このガキ)
佐藤「あんた……タダじゃ帰さないぜ………?」ギラッ
丹波「……ハッ。同じ事をそこの―――」クイ
フロアにうつ伏せに倒れ、失神したまま動かない茶髪を指し示し、挑発するように言ってやる。
丹波「――ネーチャンにも言われたぜ?」ククッ
佐藤「!!茶髪……っ!」ググッ
顎髭「くっ……すまん……!」
坊主「俺たちがいながら……」
佐藤「顎髭……坊主!」
丹波(このガキは……)ニタア
53 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:39:50.01 ID:kJKP7XH/0
獲物を狩りそこねてスーパーに来てみれば、弁当を奪い合う学生の争いに巻き込まれ、初めて女子供に手を上げ た。
佐藤「先輩………」
ブーツ「……なんだ」
ブーツも茶髪も顎髭も坊主も、十分に強い。特にブーツの実力は女性である事を考えれば異常とさえ言える。
佐藤「今日のメニューは……」
ブーツ「『男なら、いや女でも登ってみせろ!このフライ の山を!そして白米の原野を走破しろ!ミックスフライマ ウンテン弁当!!』……『アジの苦味は青春の苦味……!特 大アジフライ弁当!』……『お前達にはこれが必要な筈 だ!油だ、脂だ!肉と油脂だ!!ミートミックス弁当 だッ!!』………の3個だ。まあ、どれもいつものアブラ神だ」
佐藤「本当ですね……」フッ
だが、それでも足りない。たとえ体格、性別、技量、に不足がなくても、どれだけ素晴らしい闘志を見せようと。
54 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:42:47.27 ID:kJKP7XH/0
ブーツ「商品名だけで十分か?」
佐藤「はい。先輩の口から聞ければ、見なくても」
ブーツたち四人では、喧嘩のし甲斐がないのだ。冷静に実力差を悟り、敵わないという前提で掛かって来られても、その闘いに愉しみは見い出せない。
丹波「おい……」
相手が遥か格下でも構わない。こちらを本気で打ち負かそうとする相手であれば、強者でも弱者でも構わず叩きのめし、力で我を通した満足感に浸る。それでこその喧嘩。 先程までの闘いは、言うなれば道場で後輩の稽古相手を務めたようなもの。相手のための闘いであり、自分のための闘いではない。
55 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 01:49:20.80 ID:kJKP7XH/0
丹波「そろそろいいか?お前らも寝かしつけてやるから、さっ さと来な」
佐藤「……先輩、僕が前に出ます」チラッ
ブーツ「………すまん。サポートは任せろ」
その点、この佐藤という少年は良い。顔見知りを害された怒りに、素直に身を任せている。
佐藤「いくぞッ!!!」ダッ!
頭にあるのは報復の意志のみ。そんなツラ構え―――。
丹波「来いッ!小僧ッ!」
喧嘩のし甲斐があるツラ構え。
丹波分七は佐藤少年の表情に、求めていた獲物の臭いを嗅ぎつけた。
*****************
58 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/27(日) 08:46:45.88 ID:WVBoeNd/o
乙
白粉凶悪すぎワロスww
丹波がガキ相手に本気を出すと勝っても負けても格が下がりかねないがどう捌くのか
わりと話はそれるが丹波がベン・トーと聞いて
青いエコバックなんて目じゃない凶悪極まりない戦法を思いついたが
原作未読なら絶対出てこないので安心だな
60 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:12:26.85 ID:/iQkiaRX0
第二章 「喰らいつく……!」 ――佐藤洋
多数派に嘲笑される少数派という立場に、僕、佐藤洋は慣れている。
世の中には、長い物に巻かれ多勢に属する事で安心を得るタイプの人間と、その安心を犠牲にしてでも孤独に我が道を行くタイプの人間がいる。現在、僕の周囲には圧倒的に後者が多く、過去の対人関係を振り返ってみても、やは り後者が多い。
そもそも、人生のスタート地点である実家からして何かがおかしかった。
熱狂的を通り越して偏執的なセガ信者で、30代にしてかめはめ波の早朝練習、40代でネズミのマスコットキャラクターで有名な某夢の国が、某大国の侵略拠点であると妄想したりする色々とアレな父親と、ネトゲで女子中学生 を自称し、JCの二文字がただのアルファベットの並びに見えない残念な『お兄ちゃん』たちを手玉に取る、これまたアレな母親の元で生まれ育った時点で、僕の進む道はある程度決まってしまっていたのだろう。
両親からして、訓練されたエリート・マイノリティ。二人の血を受け継ぐ僕は、サラブレッド・マイノリティ。
この世に生まれオギャアと一泣きしたその時点で、僕には少数派として生きていく資質があったのだ。
61 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:17:34.03 ID:/iQkiaRX0
その上、生来の資質を磨き上げる生育環境も完備されてしまっていた。
父や叔父夫婦の手によって従姉妹の著我あやめと共に脳内をセガブルーに染められ、石岡君を始めとした小中学校 時代の友人たちの様々な奇行を見聞きし、時にはその輪に加わり、気付けば僕もまた、立派なマイノリティとして一 本立ちを果たしかねない人間になっていた。
幼少期からマイノリティ・ロード一本道。
セガのゲーム があまりにも魅力的だった事と、同じくエリート・マイノリティの道を歩む親族や友人たちが常に周囲にいたせいで、僕は自分の人生になんの疑問も持たずにこれまで生きてきた。 思い返せば他の道に進む分岐点はいくらでもあったのに、悉く見逃してここまで来てしまったのだ。
62 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:21:37.84 ID:/iQkiaRX0
具体的には……広部さんから貰ったシャーペンの芯を蒐集していた時とか……!あの時に気付くべきだったのだ!こんなの変だよおかしいよやめなきゃって!石岡君が奢我の抜け毛を集めていた事を咎めておいて、何故自分はやめな かったんだ!訳がわからないよ!僕がやたらとシャー芯を催促する理由を知った時の広部さんの絶対零度の瞳を思い出せ!
…………最高だったろうが!
違った!そうじゃない!…………クソッやっぱり最高じゃねぇか!
広部さんはどうあっても最高だろうが!
なんて事だ!話を変えないと……!広部さん関連の話題では結局、広部さん最高マジ女神という結論にしか行き着かない……!何がいいか……何か、如何に僕が無自覚にマイノリティ・ロードをひた走って来たかを知らしめる良いエ ピソードはないか……何せ当時は自覚がなかったものだから、なかなか適した話が浮かんでこない……!
63 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:25:18.11 ID:/iQkiaRX0
えぇっとぉ……。
あ!
あれ、あれがいい!
そうだよ修学旅行の話がいい!
………………。
修学旅行の夜にラペリング降下で女子の部屋に突入しようとした時だってそうだ!なんで旅館の庭の池に落ちる前に気づかなかったんだ!(あの時の広部さんの冷たい目も 最高だったなぁ……)こんな馬鹿な事やめるべきだって!
こんな馬鹿な事をやる人間であってはいけないって!
気づいて引き返せば違った人生も有り得たかもしれないのに、広部さんとキャッキャッウフフ出来た未来もあったかもしれないのに……!僕はまるで熱に浮かされたように、前だけを見て義務教育修了までの十五年間を過ごしてしまった……!
64 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:29:19.22 ID:/iQkiaRX0
その結果僕は、自分が正しいと信じれば、これが好きだという愛があれば、たとえそれが多数派に指を刺され笑われる事柄であっても、全く意に介さない頑強なメンタルを持つに至った。
精神的に強くなったと言えば聞こえは良いが、単に鈍感で視野が狭いだけだとも言える。
そう、それはまるでハード事業撤退前のセガのような、危険な性質……。
時代の先駆者、荒野の開拓者たらんと無人の野を全力で駆け抜け、一部のマニアを除く大多数のユーザーを遥か彼方に置き去りにしてしまったセガ製ハードのような、致命的な孤独に陥る危険性を持った人間に、僕、佐藤洋は育っ てしまったのだ。
65 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:33:37.83 ID:/iQkiaRX0
高校入学後も類は友を呼ぶと言わんばかりに、まるで引かれ合うスタンド使いの様に、Mの兄弟、高段位桃色少年団といった不毛な青春を煮詰めて発酵させた様な連中とばかり親しくなり、僕のマイノリティ・ライフはより一層混迷の色を強めた。
思春期に増大した性欲が生殖という本懐を果たせず暴走し、妖気すら放つ性癖を童貞に与える地獄絵図。
Mの兄弟筆頭、小太りマゾの内本君。
ロシア美女愛好家の矢部君。
「二次性徴が憎い」ロリコンの霧島君。
まだ純粋さを残していた非モテ中学生とは、明らかに一線を画す何かを彼らは持っていた。中学時代の友人にもおかしな性癖を持つ者はいたが、高校に入ってから出会った彼らは自身のSAGAにより自覚的で、意識してそれぞれの趣味嗜好を突き詰めてしまっていた。彼らは現実の異性との交流を強く望みながら、それが如何に困難であるかをそれぞれの中学時代に痛感し、その上でこの男子寮に集った魔法使い候補生たちだった。
66 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:38:03.54 ID:/iQkiaRX0
もう当分はこのままなんだろうな……。いや、下手したら一生童貞かも……いや、いやいやさすがにそれは―――いくら……なんでも……ない、よな?
眠れぬ夜、布団の中でふとそんな事を考えてしまう、選りすぐりのエリート童貞。すなわち彼らもまた、僕と同じエリート・マイノリティ。不遇に喘ぐ少数派に属する人種。
高校に入り、新しい友人が出来た事は喜ばしい。
しかし僕は彼らとの出会いに失望してもいた。生まれて初めて地元を離れ希望に満ちた新生活が始まると思いきや、そこにあったのは面子と住む場所が変わっただけの慣れ親しんだマイノリティ・ライフだったからだ。
僕はここでようやく気づいた。
自分が歩いてきたのは日陰者の歩む道で、現在もその道を歩き続けており、もう引き返せはしないのだと。
わかっていても抜け出せない。
腐っていくのが気持ちいい。
それが『マイノリティ・ライフ』!
もういっそ、これは何者かによるスタンド攻撃なんじゃないかと妄想してしまう程、春先の僕は追い詰められていた。
67 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:41:15.86 ID:/iQkiaRX0
実家を離れ入寮して間もない頃は、部屋に持ち込んだド リームキャストでクレイジータクシーを遊びながら、訳もなく広部さんの顔を思い浮かべたり何故か著我の声を聞きたくなったりして、気付くと涙が頬を伝っていたものだっ た。
高校生になってようやく自分がマイノリティである事を自覚し、それでもなおセガのゲームは最高や!とか考えている己の業の深さに、涙したのだ。
そんな僕のマイノリティ・ライフが極まったのが、半額弁当争奪戦との出会いだった。
68 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:44:35.53 ID:/iQkiaRX0
争奪戦の世界を知り、僕は狼たちと出会った。
彼らもマイノリティではあったが、男子寮の友人たちとは何かが違っていた。
寮の友人たちと僕の青春はそれはそれで否定すべきものではないのだろう。しかし彼らとの関係は時に、身を寄せ合い傷を舐め合う醜悪な馴れ合いの様相を呈してしまう事がある。寄り添い合う事で、却って惨めさを強く感じてしまう関係でもあるのだ。
それに対して狼たちとの関係は清々しいものだった。それぞれに孤独を抱え、それでも馴れ合う事をよしとせず、 孤高を極めんとする彼ら。
彼らと出会い、戦い、夕餉を共にした事で僕は、人生を少数派として生きる弊害、その毒が裏返ったように感じたのだ。
69 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:51:09.44 ID:/iQkiaRX0
槍水先輩、白粉花。HP(ハーフプライサー)同好会の仲間。
争奪戦に参戦して間もない頃から幾度も拳を交えた、顎髭、坊主、茶髪。
ダンドーと猟犬群。
二つ名持ちの狼として再会した【湖の麗人】著我あやめ。著我と同じ高校の井上あせび、【オルトロス】沢桔姉妹。対オルトロス戦でコンビを組んだ二階堂連。
地方遠征で戦った【ギリー・ドゥー】禊萩真希乃。その相棒の淡雪えりか。全国各地の狼たち。
【ガリー・トロット】山木柚子。
かつてのHP部員、【ウルフズ・ペイン】鳥頭みこと。
最強を目指すナンバー2、【サラマンダー】響鉄平。
そして最強の冠を戴く狼、【魔導士】金城優。
70 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:54:58.79 ID:/iQkiaRX0
彼らは皆、半額弁当争奪戦という、興味のない人間が見れば馬鹿らしいと笑って終わりの戦いに真剣に挑む酔狂者だ。
仮に僕が、彼ら酔狂者を嘲笑う多数派の人間だったとして、現在のような絆を彼らと結ぶ事が出来ただろうか?
答えは当然、否だ。
争奪戦と無関係なただの友人になれたかどうかさえ怪しい。
槍水先輩、茶髪、沢桔姉妹、真希乃、淡雪……。ついでに著我と白粉、鳥頭……。おまけにあせびちゃん……。いけないとは思いつつも茉莉花……。
何故だろう。どういう訳か女性陣の顔ばかりが思い浮かんだが、僕、佐藤洋もまた酔狂者だったからこそ、彼らと仲間やライバルとして絆を紡ぐ事が出来たのだ。
マイノリティ万歳と言わざるを得ない。争奪戦に違和感 なく参戦できる特殊な価値観を養う事が出来たという意味 で、僕のこれまでの人生は間違いではなかったのだ。
71 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 17:59:20.20 ID:/iQkiaRX0
少数派にしか到達できない幸福というものが、この世には確かに存在する。
サラマンダーとの激闘を乗り越え、HP同好会の部室で槍水先輩や皆と過ごしたクリスマスの夜に、僕はそれを実感したのだ。
思い思いに騒ぐ仲間たち。
槍水先輩の笑顔。
奪取した弁当で胃が満ちるのと同時に、心も満たされたあの幸福は、僕がマイノリティでなければ手に入る事はなかった。それまで負の要素だと思われていた事柄が正に転じる幸運を、僕は聖夜に掴み取ったのだ。毒が裏返った。今まで して来た辛い思いは、この日報われるためにあったのだと感動に打ち震えた。さようならマイノリティ・ライフ、はじめましてどうぞよろしく僕と槍水先輩のリア充・ライフ。
パーティーから帰宅したあと、僕はそんな事を考えて興奮してしまいなかなか眠れなかった。
明日よ早く来い!
リア充・ライフ開幕の朝よ早く来い!
昨夜の僕は確かに人生の絶頂にいた。
その筈だった。
それなのに、何故……。
72 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:02:17.82 ID:/iQkiaRX0
山乃守「おいブラザー、どうした?さっきから黙りこくって」サスサス
佐藤「……いえ別に。何でもないですよ。山乃守さん」
山乃守「おいおいよせよ~そんな他人行儀な呼び方ぁ。俺と洋の仲だろ~?兄さんか亮でいいって」ユッサユッサ
佐藤「え、いや、まあ……はい」
それなのに何故、素敵なクリスマスの余韻も冷めやらぬ26日の早朝に、僕はこの男と二人きり、公園の冷たいベ ンチに肩を抱かれて座っているのか。
73 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:07:03.80 ID:/iQkiaRX0
何故だ。
どうしてこうなった?
昨夜との落差はなんだ。 甘く切なく、それでいて賑やかな聖夜は僕の見た夢だったのか?
僕がこの世に生まれ落ちた瞬間から始まり歩んできた不遇なマイノリティ・ライフは、実は仲間たちに出会い絆を結ぶための布石にすぎず、昨夜のクリスマスパーティーが、少数派に甘んじて耐え忍んできた結果開く事が出来た幸福の扉……。つい数時間前までそんな、美しい道筋を振り返り悦に入っていたのだけれど……え?何、違ったの? 僕の勘違いだった?
寂しい非モテ男子高校生の殻は破り捨て、今日この日から僕と槍水先輩の輝かしいリア充ライフがスタートするんじゃないの?
メールの着信音で目を覚まし、さては槍水先輩からのおはようメールかと勘ぐって携帯を確認して、画面に表示された名前が山乃守さんだった時はリアルに頬をつねって悪夢から覚めろと自分に言い聞かせた。しかし残念ながら覚 醒する事叶わず、山乃守さんの呼出しに応じて現在に至る訳だけれど……え?あれ?こっちが現実なの?
嘘だよ、だってこの人、同棲してる鳥頭と仲直りして、 今この時間は二人で朝チュンしてるはずでしょ?
こんな所にいる筈ないじゃん。
早朝の公園で僕なんかと逢瀬してる 訳ないじゃん。
という事はだよ?という事は、やっぱこれって夢じゃん?悪夢じゃん?
74 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:11:36.56 ID:/iQkiaRX0
ん?
あぁ、やっぱり。
やっぱりこれ、悪夢だよ。
|ω・`)ジッ――クリスマスノヨクアサニフタリキリ…
ほら、あそこの木の陰から半分顔を出して邪気を放つ白粉のような何かがいるけど、僕と山乃守さんが二人で会うのをあいつが知ってる筈ないし、登場に脈絡がなさすぎる。これは夢ならではの都合の良い人物配置で、僕の想像力の足りない部分を、こういう時は決まってあいつが現れるという経験則で補っている状態なのだろう。まったく、僕もまだまだだな。イマジネーションには自信があったのに、こんな現実に則した夢しか見れないなんて。
山乃守「いや、参ったよ。みことの奴にまた追い出され ちゃってさぁ」グイッ
ナイトメア山乃守さんが、僕の肩を強く抱き寄せ、山乃 守さんなら有り得そうな、えらく現実味の強い台詞を吐 く。しかもこのナイトメア、やけに感触が生々しく、暖か い。
75 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:15:27.40 ID:/iQkiaRX0
佐藤「……まだ仲直りして一日しか経ってませんよね?山 乃守さん」
ナイトメアとはいえ、一応は世話になった山乃守さんであるから邪険にする事も出来ず、僕は会話に応じてしまう。
馬鹿みたいだよね。これ、夢なのにね。
あー早く覚めないかな、この悪夢。
山乃守「それがさ、クリスマス前に追い出されて俺、ホー ムレスやってたじゃん?今もだけど。あの時にナンパした娘から部屋に帰ったあと電話掛かってきちゃって」テヘ
本当に、無駄にリアルな悪夢だ。
今、普通に「うわぁ……」とか思ってしまった。これが夢である事を冷静に客観視しながら、同時に夢の内容に感慨を持つとか、僕って奴はどこまで器用なんだ。
佐藤「山乃守さん……それは鳥頭も怒りますよ。怒りを収めた矢先にそんな……」ハァ
山乃守「一件目の着信は許してくれたんだけどな~」
佐藤「……一件目?」
山乃守「二件、三件、四件目くらいまでは、まぁギリギリセーフだったんだけどな~」ハハハ
佐藤「………………」
山乃守「五件目であいつ完全にキレちまって。無言で立ち上がってキッチンから包丁持ってきてさ、ボソッと一言『大丈夫、ケーキを切るだけだから』って!」アハハハ!
76 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:19:25.65 ID:/iQkiaRX0
佐藤「アハハじゃねえよ!笑えねえよ!鳥頭が持ち味発揮しちまってるじゃねえか!あとあの短期間で何人ナンパしてんだよ!何人ナンパしてんだよ!!何ッ!人ッ!ナ・ ン・パッ!してンだよッッ!!」ゴオオッ!
山乃守「ハハハ!いやだって!俺たちケーキなんて買ってなかったし!明らかに違うもん斬る気じゃねえかって!」 ヒィオカシー!
佐藤「あ、あんたって人は……」
山乃守「まぁそういう訳でさ、呼び出したのはちょっと洋に頼みたい事があって……」
佐藤「なんです。お金ならないですよ?」
山乃守「いやあ、金じゃないんだ。少し前ならともかく雪が降るほど冷え込むと野宿はキツくてな……」
……何か、いよいよ悪夢じみてきたぞ?
山乃守「洋の部屋に……」ゴゴゴ
佐藤「……………」ゴクリ
山乃守「泊めてくれないか……しばらく。烏田の男子寮ならチェックも甘いだろうし、部屋で大人しくしてりゃあ……」ググッ
77 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:24:53.07 ID:/iQkiaRX0
なんて事だ……!
これはもう間違いない!これは夢だ!悪夢だ!
ワイズマ ンにイデアを奪われたんだ!
助けてエリオット!クラリス!早く来てナイツ!!
何が悲しくて記念すべきリア充ライフ開幕の朝にこの男を部屋に迎え入れなければならないんだ!
山乃守「なあ、頼むよ……。一泊でいいからさ……」ハァハァ
佐藤「あ………」ハッ
この寒い中、長時間外にいたせいで頬の赤らんだ山乃守さんの顔が間近に迫る。
感じる温もり、僅かに期待を滲ませた低く落ち着いた声。薄っすらと無精髭の生えた口元、 野宿で碌に眠れていないのかドス黒く縁取られた目の隈。
話術、交渉術に長けた山乃守さんではあるが、今はさすがに余裕がないらしく、ほんの少しだけ必死さが見て取れる。こんな早朝から人を呼び出すらしくない気遣いの無さも、その裏付けであるように思えた。
同情心をくすぐる作戦という事もこの人なら有り得なくはない。しかし危機に瀕した恩人を前にして、何とかしてあげたいという気持ちを抑えられる程、僕は悪人ではない。これが相手の善性につけ込んだ交渉術であったとして、それがなんだというのか。
義を見てせざるは勇なきなり。
僕の答えは決まっていた。
78 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:29:22.70 ID:/iQkiaRX0
佐藤「嫌です」
なんの修飾もなく漏れ出た本心。
これが、僕の答えだった。
この寒空の下、野郎二人で話し込む事が「嫌」なのか、 泊めてくれという申し出に対する「嫌」なのか、山乃守さんに肩を抱かれ密着されている事が「嫌」なのか、もう何 が「嫌」なのかは分からない。嫌だと思ったから嫌だと口にした。ただそれだけだった。
僕の魂がこの男の全てを、この情況の全てを拒否している。
そんな感じだった。
義を見てせざるは勇なきなり。
それがなんだというのか。
山乃守「えぇ~!頼むよブラザ~、連も毛玉も実家に帰っちまってもう頼れるのがお前しかいないんだよぉ」
佐藤「嫌です。帰ります」サッ
79 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:32:44.53 ID:/iQkiaRX0
これ以上付き合っていては、なし崩し的に部屋に転がり込まれる事は目に見えていた。
さっさと部屋に帰り、山乃守さんの番号を着信拒否にしてやり過ごす。それが一番だ。
なに、風邪ぐらいはひくかもしれないが、この人はホームレス生活には慣れているし大丈夫だろう。コンビニや図書館など、無料で暖を取る手段はいくらでもある。
佐藤「それでは。これで失礼します」ペコリ
山乃守「洋!待ってくれ!頼むよ、俺にはお前しかいないんだ!」ガバッ!
佐藤「ちょッ!?山乃守さん離して!気持ち悪いですよ!」ジタバタ
山乃守「離すもんか、離すもんかよ!洋!お前がいないと駄目なんだ!」ギュッ
佐藤「だからなんでそう誤解を招くような言い方をするんですか!アンタは!ていうかそのセリフ鳥頭に言ってやれよ!!」
80 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:35:43.67 ID:/iQkiaRX0
|ω・`)ジッ――フムナルホドナルホド
佐藤(~~~~白粉ッ!?)凶ッ
佐藤「山乃守さん!これ以上はまずいッ!!早く離れて! あいつが……あいつがッ!」
これ以上ヤツに燃料を与えてしまっては!
世を乱す物の怪が解き放たれてしまう!!
|ω・`)ジッ――ヤハリサトウサンハウケニマワッテナンボ…
山乃守「嫌だ!お前が話を聞いてくれるまで絶対に離さない!」ギュゥゥッ!
佐藤「馬鹿野郎!あんたのためを思って言ってるんだ!心を喰われるぞッ!」
|ω・`)ジッ――ノンケッテトコロガミソ…
81 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:40:35.43 ID:/iQkiaRX0
山乃守「何言ってんのかわかんねぇ!頼む洋!考え直してくれ!」ガッシィッ!
佐藤「やめろぉ……!嫌だ!離せ!!それ以上くっつく なぁぁぁぁぁぁ!!」
|ω・`)ジッ――アンナニミッチャクシテ…
佐藤「あ、あぁ………!」ガクガク
|ω・`)ジッ――イヤヨイヤヨモ…
|スッ……(´・ω・`)――スキノウチ…!
佐藤「嫌だっつったら………」ワナワナ
佐藤「嫌なんだよぉぉぉぉぉッッ!!」 ガァァ!
山乃守「そう言うなって洋ぉぉぉぉぉッッ!!」ゴオオ!
???「何やってんのアンタたち……」
山乃守「ッ!み、みこと!?」
佐藤「うっ鳥頭ぅ……!」グスッ
82 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:45:19.93 ID:/iQkiaRX0
山乃守「ッ!み、みこと!?」
佐藤「うっ鳥頭ぅ……!」グスッ
鳥頭「帰って来ないし電話も繋がらないから探しに来てみれば……なに佐藤口説いてんの……」ジトッ
山乃守「みことっ違うんだ、これは……!」
佐藤「鳥頭ぅ~ヒッもうこの人連れて帰ってよぉグスッ僕もう嫌なんだよぉエグッ」ウルウル
鳥頭「あぁもう佐藤、冗談だから。大体分かってるから泣 かないの。怖いのは連れて帰るから……」ナデナデ
佐藤「ヒッグ僕っ今日からっングッりっリアじゅっヒッグなのにっエグッ槍水っ先輩とっ!白粉もっグスッ怖いっヒッし」ウワー
鳥頭「はいはいクリスマス楽しかったんだね。仙との事色々妄想してさらに楽しくなってたんだもんね。もう大丈夫だからね」ヨシヨシ
佐藤「う、ングッんン………」グスッ
83 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:48:03.71 ID:/iQkiaRX0
|ω・`)ジッ――ウズサン…シュラバ…?
鳥頭「白粉も、修羅場じゃないから出ておいで」
|ω・`)ビクッ
|スッ……(´・ω・`)――シュラバジャナイノ…?
鳥頭「私たち帰るから。佐藤を連れて帰って」
白粉「はっはい!」タタタッ
山乃守「み、みこと……」タラリ
鳥頭「部屋に帰ったら昨日の事詳しく聞くから。それまで喋らないで」ギロリ
山乃守「はい……」
鳥頭「それじゃ、佐藤、白粉またね」バイバイ
白粉「はっはい!さようなら!」ペコリ
佐藤「ズッ………グスッ」バイバイ
山乃守「朝早くに悪かったな洋。生きてたらまた連絡するわ~」タッ
84 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 18:52:15.14 ID:/iQkiaRX0
―――ヒトギキノワルイコトイワナイデ…
―――オ、オレガワルカッタミコトキノウノアレハ―
白粉「……行っちゃいましたね」
佐藤「ヒック……グスッ……」
―――こうして、僕の悪夢の朝は終わりを告げた。
あまりの嫌悪と恐怖に泣き出し最後には幼児退行までしてしまったが、救世主・鳥頭の登場で全ては丸く収まり、 白粉の邪気も霧散した。
もう、リア充じゃなくても良い。
僕はそう思い始めていた。
安息の冬休みがあれば、それで――。
白粉「元気を出して下さい佐藤さん。鳥頭さんは山乃守さ んにとって世間体を保つための偽装かのじ――」
佐藤「いい加減にしろッ!」グイッ!
白粉「ょぐぇっ」
何故、僕はせっかくの冬休みに白粉のおさげを引っ張るはめに陥っているのか。
僕のマイノリティ・ライフは昨夜で終わった筈ではな かったのか。
昨夜のパーティーで僕は幸福の扉を――――。
―――以下略。
86 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/27(日) 19:02:12.35 ID:j9A8EgN8o
乙です
サイトウ、いや佐藤ドリキャスも持ってたのかッwwww
87 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/01/27(日) 20:58:41.80 ID:LEa0y84Oo
乙
マイノリティと言う名の紳士だな…
89 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:14:15.41 ID:/iQkiaRX0
ナイトメア山乃守さんを、意外にも勇気のイデアの持ち主だったらしい鳥頭(多分、ナイツに体を貸していた)が連れ去り、僕は悪夢から解放された。
起床してすぐに山乃守さんの呼び出しに応じたため朝食がまだだった僕は、白粉を伴いコンビニに寄って帰る事にした。
ちなみに白粉は、朝6時に不意に目が覚め(僕が山乃守さんからメールを受け取る30分前)なんとなく朝の散歩に出掛け、吸い寄せられるように公園にやって来たのだとか。山乃守さんが呼び出しに指定した公園は、僕たち烏田の寮生が暮らす地域からは結構な距離がある丸富大の近くだったのだが、それでも散歩と言い張る辺りに白粉の狂気を感じる。 春に出会った頃より明らかにパワーアップしている白粉の腐力には戦慄するばかりだが、今はそれについては考え まい。思い切り泣いたので、何か暖かい物を食べて一息つきたい心境だった。
90 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:18:16.60 ID:/iQkiaRX0
佐藤「はぁ……そういえば白粉もまだ帰省してなかったんだな」
白粉「は、はい。年末はお母さん仕事が忙しくて…いつもお父さんも大変そうで……それに一人の方が執筆も捗りますし。寮母さんが休みに入るまではこっちにいようかと」
佐藤「ふうん。まあ僕も似たようなもんだよ。寮暮らしに慣れちゃうと一人でダラダラしたくなるよな」
白粉「ふふ、そうですね……」
執筆も捗りますし、の部分が引っかかるが、考えてはい けないし突っ込んでもいけない。せっかく鳥頭が邪気を払ってくれたのだ。わざわざ藪を突いて蛇を出す事もない。
佐藤「はあ、何食べようかな」
白粉「わ、私は中華まんにしようかな…」
佐藤「あぁいいな。僕もそうしよう」
白粉を刺激しないように他愛のない会話をしつつコンビニへ向かう。
道中、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけ、悪夢に疲弊した僕の心が僅かに華やいだ。
91 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:21:36.05 ID:/iQkiaRX0
佐藤「なあ白粉、あれって……」
白粉「は、はい。鏡さん、ですね」
佐藤「だよな。お~い!」
鏡「?あら佐藤さん、白粉さん。お早うございます」ペコリ
佐藤「おはよう!」ワーイ
白粉「お、おはようございます」ペコリ
鏡「?朝からお元気ですね、佐藤さん」クスッ
別の高校に通っているため遭遇率の低い沢桔姉妹の妹、 鏡。彼女と二日続けて会えるとは、神はまだ僕を見捨ててはいなかった。
先程の山乃守・白粉コンボで受けた精神的ダメージが、挨拶を交わしただけで急速に回復していく。
美人だが話していると少し頭が痛くなる姉の梗の姿が見えない事も、今の僕には救いだった。
92 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:26:20.85 ID:/iQkiaRX0
鏡「佐藤さん、目をどうされたんですか?充血してますよ?」
佐藤「え、いや、なんでもないよ?ちょっと昨日は楽しくて興奮しちゃって、寝付きが悪くてさ」
鏡「ふふっ佐藤さんもですか。実は姉も昨日のパーティー から帰ったあと興奮気味で。『てっぺん回ってからが本番ですわよ鏡!』なんて言って夜ふかししまして……」
佐藤「……あぁ、それで一人なのか」
鏡「はい、姉はまだベッドの中です。いつもなら休日の朝は二人で近所のパン屋さんに焼き立てを買いに行くのですが……姉がぐずって遅くなってしまって」
佐藤「ふうん。じゃあ今から朝食を買いに行くところ?」
鏡「ええ、そうです。パン屋さんは人気のお店ですし、朝の分はもう売り切れだと思うので、そこのコンビニで済ませようかと」
佐藤「………!」
こ、これは……!
93 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:31:46.14 ID:/iQkiaRX0
誘うしかない……!
ビッグチャンスの到来である。 沢木姉妹の残念じゃない方こと沢桔鏡さんと朝食をご一緒出来れば、先程の悪夢を完全に払拭する事が出来るだろう。逃す手はない。逃してはならない。聖夜にリア充への転生を果たした(果たしたよね?)僕なら、やってやれない事はない筈だ。
しかし僕と鏡の仲は、気軽に食事に誘えるほど親密なものではない。出会った経緯を考えれば悪感情は持たれていない筈だが、いきなり食事に誘った場合、不本意ながら広まってしまっている僕の二つ名【変態】が元で警戒される可能性がある。争奪戦後の夕餉ならともかく、【変態】こと僕を含む少人数での平場の食事は、常識人の鏡なら敬遠する事も十分に考えられる。
争奪戦においても私生活においてもガードの甘い姉の引き締め役を担っている彼女だから、余計にその懸念は強い。白粉がいる事で警戒を緩める、という事にもあまり期待出来ない。女二人男一人という構成ならいける!なんて楽観は、この場合はするべきではないだろう。最近は少しマシになったが、白粉は極度の人見知りで引っ込み思案な 上、鏡と特別に仲が良いわけでもない。この局面で戦力に 数えるのは酷というものだ。
こうなってくると、一緒にいたのが白粉ではなく著我だったらと思わずにはいられない。
人好きのする容姿と性格を合わせ持ち、他人との距離を詰めるのが異常に上手く、さらに鏡と同じ高校で交流もある奢我なら、なんの気負いもなく―――――。
94 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:36:22.84 ID:/iQkiaRX0
???「お~す。珍しい面子だね、何やってんの?」
???「洋くんに花ちゃんに副会長~朝から会えるなんてラッキーだよ~」
鏡「あら。今日は朝から知り合いによく会いますね」フフッ
白粉「お、おはようございます。奢我さん、井ノ上さん」
著我・あせび「「おはよう」~」
著我「ほいで?何やってんだよ佐藤。もしかしてあたしんち来るとこだった?」
佐藤「――――――」
著我「佐藤?………どったの?こいつ」
鏡「さあ……つい先程お会いして私が朝食を買いに行くところだと言ったら急に黙り込んでしまって……」ハテ?
奢我「ふぅん……あぁ、なるほど」
95 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:40:34.90 ID:/iQkiaRX0
白粉「あ、あの佐藤さんは、あの、さっき山乃守さんと色々ありまして、それでちょっと元気がない、というか――」
著我「ふむ……いや大丈夫だよ花。それは関係ないから。 いや、あるからこそってところか?」
鏡・白粉「「???」」
奢我「まぁこいつの事はいいから。それより朝メシ買いに行くなら一緒に行かない?あたしら徹ゲー明けで腹ペコなんだ」
あせび「ぐーペコだよ~」
鏡「いいですね。そうしましょうか」
白粉「ぇあっと、いいですけど」チラッ
佐藤「―――――――――」
あせび「洋くん?おはよ~あせびだよ~?どうしたの~?」ユサユサ
奢我「ほら、あせびも行くよ。佐藤はあとから来るから」
あせび「ほんと~?」
鏡「いいんですか?」
奢我「うん平気だから。ほら行こ?花も」
鏡「は、はい……」チラチラ
白粉「はい……」キニナル
佐藤「――――――――――」
96 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:44:23.95 ID:/iQkiaRX0
――アッチハアンマンカウヨ~
――アタシハピザマンカナ
――アノホントニヨカッタンデスカ?サトウサンウゴキマセンヨ?
――ヨホドショックダッタンデスネ…
―――なんの気負いもなく、鏡を食事に誘ってくれるだろう。従姉妹同伴という点を差し引いても、相手が高嶺の花、沢桔鏡であるなら、これは大勝利といえ――――。
佐藤「ってあれ?鏡?白粉?あれっ何処行った?ん?あの 金髪は著我?それにあせびちゃん、だと―――!?」
一体いつの間に!?
まさか奢我の奴、従兄弟の窮地をジョースター家的な血縁超パワーで察して駆けつけてくれたのか?
いや、そんな事よりも、四人連れ立って歩いているとい う事は!?奢我は既に鏡を食事に誘って――――――!?
なんて事だ………!
97 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:49:17.61 ID:/iQkiaRX0
佐藤「『著我があせびちゃんと共に現れ、鏡を食事に誘った』という過程がふっ飛ばされた……!?そして『著我たちが食事に向かう』という結果だけが残された………これは ――――」
著我「次にお前は『ボス!?ボスがこの町に!?』と言う」
佐藤「ボス!?ボスがこの町に!?ハッ!」
著我「佐藤~お前誰も見てないのによくそんな一人芝居できるね。どんだけキング・クリムゾン好きなんだよ」
佐藤「でも著我ぁ!お前いつの間に来たんだよ!考え事してたら皆いなくなってるからビックリしたんだぞ!」
突発的に奇妙な出来事に遭遇したら、とりあえずはジョ ジョネタに走って精神の平静を保つ。これは基本である。
ちなみにキング・クリムゾンとは、『ジョジョの奇妙な冒険 第五部 黄金の旋風』に登場するラスボス、ディアボロのスタンドで、時を吹き飛ばす事で過程を消し飛ばし、結果だけを残す能力を持っている。
ジョジョは名作なので未読の方は是非読んでみて欲しい。掲載誌のウルトラジャンプ、コミックスは勿論、テレビアニメも絶賛放映中である。Blu-ray、DVDも続々発売され、富永TOMMY弘明氏の歌う主題歌『その血の 運命』も各所で高い評価を受けている。今ジョジョが熱い。ジョジョから目を離せない。
98 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:53:14.08 ID:/iQkiaRX0
著我「そーのー血のさーだーめー………」
佐藤「ジィヨォ~~~~……ジョォッッ!!!」
著我「まったく……これで満足した? 考え事ったってあんた、どうせ鏡をどうやって誘おうか悩んでただけだろ? 朝から山乃守さんに呼び出されて散々な目にあったから挽回しないと~とか考えて」
佐藤「何故それを!?著我、お前まさか新手のスタンドつか――――」
著我「あ~もうそういうのいいから。さっさとしないと置 いてくよ」クルッ
佐藤「あっ待って!」
著我は相変わらずこの手の遊びにはなんだか冷たい。はいはいステマステマとか思っているのだろうか。だとしたら少しショックだ。仕方のない事とはいえ、従姉妹の成長に郷愁の念を覚えずにはいられない。昔は楽しそうに付き 合ってくれたのにな……。
99 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/27(日) 22:58:49.69 ID:/iQkiaRX0
著我「それとな……佐藤」
佐藤「なに?」
著我「あたしは一部より二部の方が好きなんだよ……」
佐藤「……や?みを~」
著我「あっざむいてっ刹那をかわして~?」
Coda氏による第二部主題歌『BLOODY STREAM』も絶賛発売中!!
佐藤「著我ぁ!」パアァ
著我「へへっ///ほら行くよ!みんな待ってるから!」タッ
佐藤「うん!」
そして僕は、照れくさそうに笑う従姉妹と共に早朝の町 を駆けるのだった。寝癖さえ様になる著我の金髪が風になびくのを、幼いあの日のように夢中で追い掛けた……。
やったぜ!
従姉妹と腐女子を含むとはいえ、女の子四人と朝食だぁ!
*****************
109 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:19:48.90 ID:WgiUWX1t0
著我とあせびちゃんの二人と合流し、僕たちは五人でコンビニに向かった。
近所に住む奢我の導きで、早朝からフライドフーズや中華まんを大量に作っている奇特なコンビニに向かい、僕らは各々、目当ての朝食にありつく事が出来た。
鏡以外の四人が中華まんを買った。
奢我がピザまん、白粉が肉まん、あせびちゃんがあんまんと、三人がコンビニ中華まんの王道三種に散ったので、 僕はなんとなく肉じゃがまんにした。コンビニの中華まん お馴染みの邪道系だが、わりと食べ出があって好きなのだ。
四人ともホットドリンクをせて買い、僕だけつくね棒を追加で注文した。レジ横の温熱機のついたケースの中に、著我に聞いていた通り揚げ物が所狭しと並べられているのを見て、ついつい食指が動いたのだ。まだ朝の8持だというのに、この店は何を考えているのか。コンビニ版アブラ神のような人が店長なのだろうか。
110 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:23:55.75 ID:WgiUWX1t0
鏡はというと、店に入るなりパンコーナーに直行し、ロングセラーでいつもいつでもそこにある例のアップルパイを迷いなく手に取った。聞けばコンビニに来るといつも必ず買うのだとか。お嬢様然とした鏡が100円の菓子パンに顔を綻ばせているのを見てキュンときたりしたのだが、その辺は割愛する。あの笑顔は僕の思い出の1ページに保存された。今後一切、門外不出とさせて貰う。
鏡は姉の分のアップルパイも一緒に買い、自分の分だけレジで温めて貰っていた。これには少し驚いたのだが、袋の裏で推奨されている食べ方らしい。よく考えたら、アップルパイは冷めた状態で食べる事も多い菓子だが、焼き立てのアツアツが一番美味しいものなのだろう。焼き立てのアップルパイなど食べた事はないのだが、そのままでも美味しいリンゴをわざわざ加熱調理するのだから、きっと焼き立てが一番美味いのだろうと想像する。
鏡曰く。
鏡「少しベタベタしますけど、しっとりして美味しくなりますよ。私は夏以外は温めて食べます。本格的なものにはさすがに劣りますけど、これはこれで、といった感じですね」
との事。
111 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:28:56.74 ID:WgiUWX1t0
パイのカケラを口のまわりにつけて穏やかにホットアップルパイの解説をする鏡のほっこり満足そうな表情もまた、僕の思い出の1ページに保存された。当然、門外不出である。
奢我「ふぅん。あたしもたまに買うけど温めた事はないや。今度やってみよ~」ハグハグ
あせび「洋くん洋くん~あっちのあんまんとつくね棒一口 交換しよ~?しょっぱいのが欲しくなってきたよ?」
佐藤「…………………!」
山乃守さんたちと別れた公園に戻りベンチに座るなり、 あせびちゃんがごく自然な流れで鏡の膝の上にちょこんと座った時には、僕と奢我の間に緊迫した空気が流れた。
常備していた対あせびちゃん用のお守りを鏡のコートのポ ケットに忍ばせてなんとか事無きを得たのだが、本当に肝が冷えた瞬間だった。 白粉が落ち着いた事に安心して忘れていたが、僕たちはあせびちゃんという爆弾を抱えていたのだ。
112 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:31:29.25 ID:WgiUWX1t0
過去の経験から、あせびちゃんから貰う食べ物にも【死神】の呪力が宿る事は実証済みである。しかし可愛い女の子との一口交換イベントを前にしては、あえて火中の栗を拾いに行きたくもなるのだった。
佐藤「いいよ~はい」デレデレ
あせび「わ?い」ハムハム
あせび「おいしい~はい洋くんあんま?ん」
佐藤「わ?い」アムアム
あせび「おいしい~?」
佐藤「甘~い」デレデレ
あせびちゃん「えへへ~甘いって~」
鏡「ふふっ。よかったですね」ナデナデ
113 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:38:53.97 ID:WgiUWX1t0
もうこの後腹がどうなってもいい。あせびちゃんの恐怖を身を持って知っている僕だが、心の底からそう思えた。
山乃守・白粉ショックのマイナスを補って余りある至福の時間である。著我が恒例の白粉イジリに精を出してくれたおかげで、僕は鏡とあせびちゃんの三人でスイーツな一時を過ごす事が出来た。持つべきものは気の効く従姉妹。
著我あやめ様々である。
著我「寒いよ花~」ダキッ
白粉「ひゃあっ!」ビクッ
著我「はぁ暖かい、お前体温高いな~」
白粉「ぇあっと、著我さんそんなにくっつかないで……」
小柄な白粉を背後から抱きしめる著我。むずかるように抵抗する白粉。それほど嫌そうではない所を見るに、白粉も著我に慣れたのだろうか。微笑ましい光景である。ああしていると、とてもではないが悪魔召喚の邪法を修得した外道召喚士には見えない。
白梅、奢我、鳥頭……。白粉の邪気を払う神通力は、諸事情あって男性には宿らない。女性陣にはこの調子で頑 張って欲しい。
白粉の密かな趣味は、本当に気が引けるが僕だけは肯定してやれないのだ。
114 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:42:43.70 ID:WgiUWX1t0
著我「佐藤ぉ何ニヤニヤしてんだよ?」
佐藤「いや別に。仲良くなったよな、お前ら」
白粉「ふぇ、でも、私なんかが一緒にいたら著我さんにご迷惑ですし///」
著我「花ァそういうの無しって言ったろー?お前が嫌だって言っても離さないからな~?」ギュウウッ
白粉「ひゃっ!しゃ、著我さん///」マッカッカ
佐藤「あははっ」
あせび「花ちゃん真っ赤だよ~」
鏡「仲良しですね」フフッ
この場に槍水先輩がいないのが残念なぐらいに、楽しい時間だった。
115 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:47:45.91 ID:WgiUWX1t0
しかし、所詮は偶然会って開かれたささやかな朝食会。
五人とも食事を終え、なんとなく別れ難く他愛のない会話に花を咲かせていたのだが、ちょっとした水入りですぐにお開きとなった。
鏡の携帯が鳴り響いたのだ。
鏡「あっ」
携帯の画面を見た瞬間、アイデンティティ崩壊必至の 『いっけねぇ忘れてた!』という表情を見せる鏡。 誰からの着信かは、その顔を見てすぐに分かった。
うん。楽しく食事をしながら内心では、鏡ゆっくりしてるけどいいのかなーと思っていたのだ。
116 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:51:52.60 ID:WgiUWX1t0
鏡「もっ、もしもし姉さん!ごめんなさい忘れてました!」
やはり姉トロス。電話の相手は鏡の姉、沢桔梗だった。
鏡「本当にごめんなさい……え、どこって……近所の公園です……はい、いえ一人ではありません……佐藤さんたちと偶然会って、朝食をご一緒して……」
梗『ずるいですわー!!』
今から行きますわー!!と、携帯のスピーカーから漏れ聞こえる程の梗の絶叫。著我が楽しそうに、あちゃあと呟いた。
鏡「ね、姉さん!落ち着いて下さい、もう朝食は食べ終えて帰るところですから!」
慌てた様子の鏡。僕の脳内の沢桔姉妹フォルダに鏡のレア画像が次々と追加されていく。
鏡「はいすぐ帰りますから……え?それはちょっと……皆さんにもご都合があるでしょうし……来年では駄目ですか?……はい、それは確かにそうですが……いえでも……はい。も う、分かりましたよ。それでは切りますね、また後で」ピッ
電話を切り、鏡はあせびちゃんを抱き直しつつため息をついた。
117 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 22:56:27.50 ID:WgiUWX1t0
鏡「はぁ……そういう訳で、私はここでお暇します」ギュ
奢我「姉さん拗ねちゃった?ハブっちゃったもんな~」
鏡「あはは……それはもう、盛大に」
何かと大仰で派手派手しい梗だから、盛大に拗ねるという表現がしっくりとくる。きっと今頃、ベッドでシーツに包まり大泣きしているのだろう。
苦笑しながらあせびちゃんの猫耳帽子に口元をうずめる鏡の方も、帰りたくないと拗ねているように見えて大変にキュートである。
いいんじゃないでしょうか。
佐藤「仕方ないよ、また皆で遊ぼう」
鏡「ええ、それは是非。というか……あの、昨日の今日で申し上げにくいのですが……」
著我「どったの?姉さん何だって?」
鏡「はい『わたくしも皆さんとお食事をご一緒したいですわ!鏡、皆さんを昼食にご招待なさい!プチ忘年会ですわ!』と……」
118 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 23:00:18.84 ID:WgiUWX1t0
佐藤「それは……まぁ、僕は暇だから良いけど」
著我「私もいいけど、昼?プチ忘年会なのに?夜じゃなくて?」
鏡「はい。私たち、今日の午後に実家に帰る予定で。姉は昨夜の招待の返礼を今年の内に、と。あの、急すぎる話なので無理はなさらないで下さい」
著我「いんや平気だよ?な、佐藤?私は一回帰って少し寝 てから行くよ」
佐藤「うん、大丈夫だよ。僕も帰省する前にこっちで遊びたいし」
あせび「あっちも行っていい~?」
鏡「はい是非いらして下さい。白粉さんも。あ、佐藤さん、槍水さんももしご都合がつけば」
佐藤「うん。まだ帰省しないって言ってたし連絡してみるよ。場所はどうするの?」
鏡「私たちのマンションにしましょう。正午にここで待ち合わせという事で」
119 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 23:04:08.14 ID:WgiUWX1t0
著我「オッケーわかった。佐藤、花、一回帰るの面倒だろ?あたしンち来いよ」
白粉「そ、それじゃあお邪魔します」
佐藤「それがいいな。先輩は駅まで迎えに行けばいいし」
鏡「それでは……」
話がまとまり、鏡はあせびちゃんを膝から下ろし立ち上がる。
鏡「姉のワガママを聞いて頂いてありがとうございます」ペコリ
鏡「姉さんを宥めないといけないのでこれで失礼しますね。また後ほど」
あせび「ばいば~い」フリフリ
佐藤・著我「ばいば~い」フリフリ
白粉「ぇあっと……」フリフリ
鏡「ふふふ、さようなら」フリフリ
あせびちゃんに倣って皆で手を振り鏡を見送る。
姉の怒りを最小限に抑えたい思いからか、小走りに駆け出す鏡。歩みを進めながら手を振る僕たちに応え、そのまま前に向き直り駆け出した鏡の動作をちょっと危なっかしいな、と思っていると。
120 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 23:06:44.56 ID:WgiUWX1t0
鏡「ひゃっ」
素っ頓狂な声を上げ、鏡はすっ転んだ。前のめりに盛大に。鏡らしからぬ間の抜けた絵面だった。
佐藤「だっ、大丈夫!?」
著我「やっぱり駄目だったか……」
佐藤「…………!」
著我の呟きに僕も気付く。
あせびちゃんとあれだけ密着していて、なんの影響も受けずに済む筈がなかったのだ。
121 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/28(月) 23:11:09.03 ID:WgiUWX1t0
佐藤「け、怪我とかない?」タタッ
鏡「いたた……大丈夫です……ちょうど雪の上に転んだので」エヘヘ
佐藤「そう……よかった」ホッ
鏡「あはは……今度こそ失礼します。それでは……」ペコッ
佐藤「うん。気をつけてね」バイバイ
鏡「はい。またお昼に」
若干バツの悪そうな顔で立ち去る鏡を見送り足元に目をやると、そこには鏡が転んだ時にこぼれ落ちたのだろう、対あせびちゃん用のお守りが。
佐藤「…………!?」
拾い上げると中の御札どころか、袋まで焼け焦げたように黒く変色していた。
もし、鏡にお守りを持たせていなかったら――――。
転ぶぐらいでは―――――。
著我「佐藤……」ポン
佐藤「しゃ、著我……」カタカタ
著我「神社寄って帰ろう」
やたらと苦楽の緩急の波が激しい朝だった。
*****************
129 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 20:58:31.79 ID:wAmUsnct0
一旦自宅に帰るというあせびちゃんと別れ、僕、白粉、著我の三人は神社に向かった。
事情を知らない白粉は不思議そうな顔をしていたが、例の強面の神主から午後のプチ忘年会に参加する人数分の御札を購入した。
何かあればいつでも相談に来いという神主の心強い言葉を背に、僕たちは神社を後にした。
あせびちゃんとの友人関係を今後も問題なく継続させるたにも、争奪戦に勝利し夕食代を浮かせ、御札の購入費を捻出しなければならない。 僕は若干軽くなった財布を握りしめ、そう決意を新たにするのだった。
130 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:02:26.71 ID:wAmUsnct0
著莪のマンションに着くと、著莪は入浴してすぐに眠ってしまった。
著莪「適当に時間潰しといて~」
リビングには食べ散らかしたお菓子やジャンクフードのゴミ、出しっ放しのサターンとバーチャスティック。著莪とあせびちゃんの徹ゲーパーティーの残骸を白粉と二人で軽く片づけ、僕は著莪のセガコレクションからナイツを取り出し遊ぶ事にした。
ソニックの制作チームによって開発された、セガファンによってはソニック以上と評する者さえいる名作アクションゲームである。マルチコントローラーは、残念ながら実家にあるらしい。個人的にナイツは普通のコントローラーの方が遊びやすいのだが、あの独特のグリップ感とマルコン使用時にしか味わえない不思議な浮遊感が時々恋しくなる。しかし無いものは仕方ない。まずはノーマルコントローラーで遊び、正月に地元に帰ったらマルコンでプレイし直そう。
131 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:05:44.13 ID:wAmUsnct0
白粉にもゲームを進めてはみたが、思い付いた小説の展 開を携帯にメモしておきたいとの事で、僕たちは各々好きに時間を潰す事になった。
ナイツが傍にいてくれたので、邪悪な文章を携帯に書き込む白粉にさほど恐怖を感じる事もなく時は過ぎ、やがて槍水先輩に連絡を入れても非常識ではない時間になった。
佐藤「9時半か……そろそろ先輩に電話するかな」
白粉「あ、それならさっき私がメールしておきました」
佐藤「へ?あ、あぁそう。ふぅんならいいや……」
なんて事しやがる白粉! 僕が先輩に電話したかったのに!!
佐藤「そ、それで?先輩来れるって?」
白粉「はい大丈夫みたいです。11時半頃に駅に迎えに行くと伝えてあります」
佐藤「そっか、悪いな手間取らせて」
白粉「いえそんな。いいんですよ」ニコッ
132 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:09:25.81 ID:wAmUsnct0
畜生!白粉畜生!!
佐藤「じゃあ、あと一時間くらいしたら著莪を起こそうか」
白粉「そうですね」カチカチ
佐藤「………………」
槍水先輩に電話できる貴重な機会を潰され意気消沈したが、引っ込み思案な白粉がせっかく気を遣ってくれたのだから良しとしておこう。
その後は夢中でナイツをプレイした。
あっという間に一時間が過ぎ、著莪を起こすため寝室へ。
佐藤「著莪~そろそろ起きろよ」
著莪「うぅん……さとぉ?」
133 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:12:42.41 ID:wAmUsnct0
まだ寝足りないのか、寝ぼけた様子の著莪。これを予想して少し早めに起こしに来たのだ。無理に起こすと後が怖いので、僕はベッドに腰掛け、うつ伏せで枕に顔をうずめる著莪の頭を撫でた。
佐藤「ほら、ちゃんと乾かさないから髪ボサボサだぞ。梳かしてやるから起きろよ」ナデナデ
著莪「ん……ぁ…そっか、出掛けるんだっけ………今何時?」
佐藤「10時半。櫛どこ?」
著莪「そこの棚の上……。仙は?」ムクリ
佐藤「来れるってさ。11時半に駅。大丈夫?二時間も寝てないけど」
134 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:16:16.94 ID:wAmUsnct0
著莪「あぁ大丈夫。徹ゲーって言ってもあせびが2時頃寝 落ちしちゃって。あたしも3時には寝たんだ」
佐藤「ならいいけど。平気だったのか?あせびちゃんと一晩一緒なんて」
著莪「大丈夫。事前に部屋中に御札貼っておいたから。写真立ての裏とか」
そう言って著莪は、ベッドサイドの著莪ママ、リタの写真を指し示す。
母親の写真の裏に御札を貼るとか、なんだか切迫していて笑えない。家族の愛の力が昨夜著莪を守ったのだ、とか、そんな事を考えてしまう。
写真の中のタの笑顔がやけに神々しく見えた。
著莪「それによく考えたら、あせびの父さん母さんは毎日一緒に寝起きしてる訳だし」
当然、あせびちゃんのご両親は健在である。
135 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:19:58.87 ID:wAmUsnct0
佐藤「それもそうだな。神経質になり過ぎるのもよくないか」
著莪「うん。『そういうの』って意識すると寄って来るっていうしなー」
『そういうの』が、どういうのなのかは、もう考えないでおこう。僕らはただ、可愛い可愛いあせびちゃんと仲良くやっていく。
それだけでいい。
著莪「さてとっ!髪直す前に着替えるわー」ヌギッ
佐藤「おわっ!?いきなり脱ぐなよ!」バタバタ
突然着替えを始める著我。僕は慌てて寝室を出た。
佐藤「お前っそういうのやめろよな!」バタン!
136 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:23:14.99 ID:wAmUsnct0
―――アハハッベツニイイジャーン
佐藤「よくねぇよっ!まった………く!?」
白粉「ふむふむなるほどなるほどなるほどなー」カチカチカチカチカチカチ
佐藤「白粉…………!?」ゾクッ
糞ッ!少し目を離すとこれだ!
白粉「著我さんを男性に脳内変換すれば……!インターポールから派遣されてきた金髪ハーフ刑事……イタリアの種馬……!」ニチャア
佐藤「著我をお前の妄想に巻き込むな!!」グイッ
白粉「うぐぇっ!」
137 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:26:09.05 ID:wAmUsnct0
著莪「あたしがなんだってー?」ガチャ
佐藤「なんでもない!」
著莪「?まぁいいけど。佐藤、髪やって。そんで時間までバーチャやろう」
白粉「あ、あの今先輩からメールが来て……」
著莪「お、なんだって?」
白粉「迎えに来てもらうのは悪いから先輩の方からこっちに来るそうです」
著莪「あーそっか。仙ってここ来た事あるっけ。気ぃ遣わなくてもいいのに」
まったくだ。こちらから先輩をお迎えに上がりたかったというのに。片膝ついてお迎えして、手の甲にキスをしたのち、昼食会にエスコートしたかったというのに。
138 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:28:46.91 ID:wAmUsnct0
佐藤「何時頃来るって?」
白粉「11時半です。さっき約束したのと同じ時間です」
著莪「じゃあ結構ゆっくりできるな。佐藤にご奉仕してもらいつつゲームやろう」ニッコリ
佐藤「なんだよご奉仕って。髪梳かすだけだろ」
白粉が喜びそうだからその言い方はやめて欲しい。朝から白粉の邪気に晒されるのは夏合宿以来だが、やはり一日中ずっとはかなり消耗する。早く禍払いの巫女たちと合流したいところだ。著莪一人では力が足りないのかもしれな い。
139 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/29(火) 21:33:27.23 ID:wAmUsnct0
携帯で時刻を確認する。
現在10時40分。先輩が来るまであと50分。もう年明の冬期合宿まで顔を合わせる事はないと思っていただけに、 山乃守さんの非常識な呼び出しに感謝してしまいそうになる。
著莪「ニヤけちゃってまぁ……仙とは学校で毎日会ってるじゃん」ムスッ
佐藤「ふっ……わかってないな、著莪。休日、それも心躍る冬休みの初日だぜ?校外で……それも同好会の活動とは無関係な集まり……」
著莪「気になるあの子が見せる、普段とは違う意外な表情……ってか?妄想しすぎだアホ」ヤレヤレ
佐藤「あ、アホとはなんだ!ロマンってものがあるだろうが!」
著莪「もういいから。それより髪!バーチャ!お茶!」
佐藤「髪とバーチャはともかく最後はなんだ!」
著莪「やっぱりコーヒーにして」
佐藤「そういう事じゃない!」
そして先輩が来るまでの50分間は、著莪の執事よろしく働きまわり、あっという間に過ぎ去った。
*****************
144 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 21:51:24.81 ID:fkiXiLh40
槍水「高いな……」ホウ
佐藤「ええ……すごいですね」ホケー
著莪「スゲーあせびんちとはまた違った凄さ」
槍水先輩と合流し、鏡とあせびちゃんの二人と公園で待ち合わせ、僕たちは沢桔姉妹のマンションに向かった。
二人のお嬢様らしい振る舞いやご両親が会社を経営しているという話から、冗談半分に漫画じみたセレブな暮らしを想像していたのだが、想像そのままの高級高層マンションだった。
145 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 21:55:57.79 ID:fkiXiLh40
二人の部屋は25階にあり、通された20畳はあろうかというリビングの窓際に、先輩、著我、僕の三人で並び下界を眺めた。これぞまさしく勝者の眺望。人がゴミのようだ、とはこういう事か。
佐藤「外から見た時思ったんですけど、これってタワーマンションって奴ですかね?」
槍水「うむ、15階以上の高層住居用ビルをそう呼ぶと、 以前テレビで見た事がある。多分そうなのだろう」
著莪「あたしも贅沢してる方だと思ってたけど、次元が違うわ」
あまりの生活格差に呆けてしまった僕たち三人に比べ て、白粉とあせびちゃんは元気だった。白粉は萎縮して大人しくなるかと思いきや、意外にも嬉々としてハイセンスな高級家具や寝室、浴室の写真を撮らせて貰いつつ二人の案内を受けていた。なんでも割とメジャーな部類の『その手の本』には、何故か学生の身でセレブな独り暮らしをする美形キャラが出てくる場合が多いらしく、そのイメージに二人のマンションがぴったり合致するのだとか。
寝室、浴室を見て感嘆の声の上げる白粉を珍しく無邪気で可愛いなと思っていたのだが、その理由を聞いてまたげんなりとさせられた。
146 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 21:59:52.63 ID:fkiXiLh40
白粉の奴、マッチョだけじゃないのか……。 彼女もまた、業深きマイノリティという事なのか。
白粉「凄い!凄く大きなベッドですね!」パシャパシャ!
梗「お~っほっほ!わたくしと鏡が二人で寝て、さらに殿方を複数名迎え入れてもまだ余裕がある特大サイズですわ!」
白粉「ふむふむほうほう」キラッ
鏡「姉さん、私と姉さんが二人で寝てもまだ余裕がある、で十分でしょう。それに何故ベッドに迎え入れるのを男性に限定してるんですか……しかも複数名って……」ハァ…
梗「鏡!?ではあなた男性ではなく女性をお迎えしたいと!?実家に戻るのを延期して今夜は槍水さんたちと淫靡な夜を過ごしたいと!?知りませんでしたわ!鏡が百合っ子ちゃんだったなんて!」
鏡「はぁ……なんでそうなるんですか。私はノーマルです。何処で覚えたんですか百合なんて言葉……本当にどうでもいい事ばかり覚えるんだから……」
147 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 22:03:17.22 ID:fkiXiLh40
梗「でも困りましたわ。それだと佐藤さんが仲間ハズレ に…………はっ!そうですわ!」
鏡「姉さん」
梗「わたくしたち姉妹を主体に考えるからいけないのですわ!ここは佐藤さんを中心にわたくしたち女性陣でハーレムを形成すればいいのですわ!これで万事解決!」
鏡「姉さん……」
梗「そうと決まれば鏡!早速コンドームを買ってらっしゃいまし!わたくしたちは高校生、佐藤さんのお子を孕むのはまだ早いですわ!」
鏡「姉さん……!口を閉じて貰えますか?最初から問題は起きていませんので、解決も何もありません。佐藤さんはハーレム形成をお望みになる人非人ではありませんし、帰省の予定も変更ありません。……それに!淫靡、百合、ハーレムとぼかし気味の表現から、急にコンドームとか孕むとか直な言葉に移行しないで下さい!語彙にムラがありすぎて変な緩急がついてます!」
148 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 22:07:19.52 ID:fkiXiLh40
梗「えぇっ!?ハーレムは全ての殿方にとって大望であると聞きましたわよ!?」
鏡「なんでそう一部の偏った意見をすぐ真に受けるんですか姉さんは……もうインターネット禁止にしますよ?パソコンも携帯も没収しますよ?」
梗「そっそれだけは勘弁して下さいまし!The novel four o'clockとか読めなくなってしまいますわ!」
白粉「!!」ギクッ
鏡「?どうしました?白粉さん」
149 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/01/30(水) 22:10:44.06 ID:fkiXiLh40
白粉「いっ、いえなんでも……それより次はバスルームを見せて頂きたいなーって……」
鏡「?ええ、構いませんよ。では行きましょうか。姉さんを置いて」
梗「き、鏡?なんだかさっきからわたくしに冷たいような……?わたくし何か粗相をしましたかしら……?」ビクビク
鏡「知りません。さあ、行きましょう白粉さん」スタスタ
白粉「は、はい……」
梗「あぁっ!ひどいですわ、鏡!わたくしも参りますわ!」
―――ドウシテソンナイジワルナサイマスノ!?
―――シリマセン。スコシハジブンデカンガエテクダサイ
あせび「このベッドすごくおおきいよ~これならあっちの寝相でも落ちないよ?」ゴロゴロ~
153 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:13:38.85 ID:3WLv0jxb0
なんてやり取りがあった後、ホスト側である沢桔姉妹はキッチンに向かい昼食の準備を始めた。
昼食には鍋を振舞ってくれるらしい。
鏡から手ぶらで来てくれて構わないと連絡を受けていたのでその通りにしたのだが、僕たちが下手な持参品を持ち寄らなくて正解だった。鏡は帰省前の冷蔵庫の整理を兼ねている事を申し訳なさそうにしていたが、急な集まりでしかもタダ飯なのだから文句などある筈もなかった。
154 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:20:11.40 ID:3WLv0jxb0
何度か一緒に半額弁当やどん兵衛を食べた事があるため深く考えずにいたのだが、この暮らしぶりを見る限り、間違いなく二人は半額弁当の『勝利の一味』に魅入られたタイプの狼なのだろう。
狼としてのキャリアを幼少期まで遡る事が出来る熟練の二人だが、先輩のように『腹の虫』の力を引き出す事で名を上げた狼と比べると、よりグルメな印象がある。さしずめスーパーにおける沢桔姉妹は、勝利の一味というスパイス、極上の香辛料を求める王侯貴族といったところだろうか。
二人の私生活を垣間見て、彼女たちの狼としての在り方 を再認識する僕だった。
槍水「しかし、考えさせられるな……」
佐藤「何がです?」
槍水「お前たちには争奪戦における腹の虫の重要性を説いてきたが、オルトロス程の狼がこれだけの暮らしをしているとなると……」
どうやら、先輩も似たような事を考えていたらしい。
155 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:24:32.91 ID:3WLv0jxb0
著莪「勝利の一味に執念を燃やすのも悪くない、ってか」
槍水「あくまでスパイス、と言いたい所だが……少し、そんな風に思った」フッ
著莪「あたしはもともとそっちがメインだけどね~」
槍水「それが悪いとは思わない。しかし勝利の一味に拘り過ぎては勝率を落とす。そして栄養常態が悪くなり体調を崩す。腹の虫の真の力は、健康体における空腹常態でなければ引き出せない」
著莪「効率重視って話?あたしそういうの苦手だなー」
槍水「そういう訳でもない。効率重視というなら、そもそも半額弁当に拘る必要がない。食費を抑えて良好な栄養常 態を保つ方法は、探せば他にいくらでもあるだろうしな。
私が言いたいのは、強敵相手の勝利の一味は贅沢品だという事だ。たまにしか手に入らないから価値がある……そればかりに目が眩んでいては身を滅ぼす」
勝率優先、健康第一だ、と結んで、先輩は一息ついた
156 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:26:49.55 ID:3WLv0jxb0
著莪「なるほどね。まぁアタシは楽しいから戦うってだけだね、やっぱり」
佐藤「……………僕は」グッ
槍水「……佐藤?」
先輩の話には納得できる。
既に何度か聞いていた話ではあったが、争奪戦の場数を踏んだ事で、僕は先輩の語る理論を実感できるようになっていた。しかし同時に、場数を踏んだ事で見えてきた別の側面もある。
157 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:31:12.16 ID:3WLv0jxb0
僕が争奪戦に参戦した当初の目的は、生活費を節約する事にあった。先輩の色香に惑わされた事も否定できない が、大きな参戦理由は懐の寒さだった。
食費を大幅に抑える事ができ、なお且つ十分な栄養を摂取できる半額弁当は、少ない仕送りで暮らす高校生の僕にはあまりにも魅力的だった。
そして少ない仕送りで暮らす学生、そんな境遇にある人間が僕だけの筈もない。
似たような理由でスーパーに集った狼たちとの戦いに身を投じる事になるのは、スーパーの、半値印証時刻の必然だった。
同じような事情を抱えた狼同士の戦いは真剣味を帯び、熾烈を極めた。各々の懐事情と食生活に関わる争いなのだからそれも無理からぬ話で、その真剣さが僕には心底面白く、愉しかっ た。スーパーの弁当コーナーで殴り合い割引弁当を奪い合うという、客観的に見た場合の滑稽さですら大きな魅力の一つだった。
158 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:35:36.95 ID:3WLv0jxb0
そう。
僕たちの戦いは滑稽だ。
あまりにも馬鹿らしい争いだ。
先輩の言う通り、栄養を十分に補い、財布にも優しい食生活の送り方は、きっと探せばいくらでもある。
それでもなお半額弁当に拘る理由は一つしかない。
極上の勝利の一味』を求めて。
それ以外に狼としてスーパーを駆ける理由など、僕には見つけられない。
全ての狼がそうだと思っていた。
そして実際に大半の狼がそうだ。
勝利の一味、その旨みがなければ、あれ程の数の狼が集まる訳がない。
僕は勝ちたかった。
他の狼とて勝ちたいに違いない。
だからこそ争奪戦は面白い。
159 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:39:56.56 ID:3WLv0jxb0
しかし、槍水先輩は少し、ほんの少しだけ、他の狼とは違うのだと、僕は思い始めていた。
先輩の導きで食べた弁当の味、そして僕なりに考えて挑んだ先輩のための戦いを思い出す。
夏合宿の帰の電車で食べた真希乃、淡雪お手製のちらし寿司には、敗れたのにも関わらず勝利の一味に匹敵するスパイスが加わっていた。 サラマンダーとは奴に勝利する事そのものよりも、その先にある先輩の笑顔のために戦った。
未熟な僕にとっては珍しくない日常的な敗北の後でも、先輩や白粉、狩場を同じくする狼たちと夕餉を囲めば、戦い終えた満足感に浸る事が出来た。
160 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:45:28.80 ID:3WLv0jxb0
槍水先輩の導きの先には、いつも笑顔の夕餉があった。
勝敗とは別次元の、勝利の一味以外のスパイスが散りばめられた夕餉が。
敗者として啜るどん兵衛や、売れ残りの惣菜を極上のディナーに変える、何か。その『何か』を求める事こそ、【氷結の魔女】槍水仙の、狼としての在り方なのではないかと僕は思うようになっていた。
スーパーにおいては怜悧冷徹、対立する狼を圧倒的な強さで容赦なくねじ伏せる先輩だが、しかしその実、狼同士の絆を重んじる慈愛に満ちた優しい人なのだ。
槍水「佐藤」
そんな優しい先輩だから、言葉に詰まった僕の心中を察して、こんな事を言ってくれたりもする。
161 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:49:30.52 ID:3WLv0jxb0
槍水「お前には、ガリー・トロットの縄張りに日参していた頃のように、強敵との戦いに拘る質があるのは私も承知している。同好会の先輩とはいえ私はお前を縛るつもりはない。お前はお前の思うように戦えばいい」
佐藤「……はい。ありがとうございます、先輩」
著莪「まじめだねぇ、HP同好会」
槍水「茶化すな著莪」
著莪「へ~い」
槍水「まったく」
佐藤「でも」
槍水「ん?」
佐藤「でも、勝利の一味が半額弁当の全てではない、というのは、僕も実感している事ですから……先輩のお話もよくわかります」
槍水「そうか。ならいいんだ。何事もお前自身で体験して 理解するのが一番いいからな。他の狼の考え方に左右されるのはよくない」
佐藤「はい……」
僕は、本心を偽った。
162 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:53:19.95 ID:3WLv0jxb0
否、偽ってはいない。
敬愛する槍水先輩の意に反したくないというのも、僕の偽らざる本心なのだから。
しかしそれとは別に、確かに存在する戦いへの渇望。
強敵、難敵を求める願望と、槍水先輩への想い、HP同行会に籍を置く狼としての自負が混在し、葛藤が生じる。
僕の狼としての在り方はこれでいいのかと、そんな事を考えてしまうのだ。
先輩は自立した狼であれと僕に言う。僕はその優しさに応え、強くなり先輩と同じ道を行きたいと願う。そして強くなろうと戦いを繰り返すごとに勝利の一味に魅了され、いつしか僕は、戦いではなく闘いを求め始めていた。
先輩もHP同好会も関係のない、僕だけの闘いを。
163 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 22:59:35.52 ID:3WLv0jxb0
自分だけの純粋な闘争を望めば望む程、仲間たちとの距離が離れてしまうような気がして、先輩の『お前の思うように』という言葉が素直に受け取れない。
僕はどうするべきなのだろうか。
これまで通り仲間たちと共に歩むべきか。
それとも孤独を顧みず、勝利の一味に拘泥し、果てに孤高を目指すか。
ここ最近、何度も繰り返している自問自答。
答えは、まだ出ない。
梗「みなさん!」バン!
不意にリビングの扉が開き、エプロンを着けた梗が現れた。後ろには鍋を持った鏡。同じくエプロンを着けている。
164 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:04:14.09 ID:3WLv0jxb0
梗「お食事の準備ができましたわ!」
著莪「おぉ!待ってました!」
鏡「ダイニングテーブルでは手狭ですので、こちらにお持ちしました」グツグツ
槍水「いい匂いだな」ジュルリ
梗「わたくし自慢の鏡の豆乳鍋ですわ!」
鏡「なんで姉さんが私の料理を自慢するんですか。『鏡ご自慢の豆乳鍋ですわ!』ならわかりますが」
梗「だって鏡、鏡の全てがわたくしの自慢ですのよ?自慢の妹を自慢して何がいけませんの?」
鏡「それは嬉しいですが姉さん。私にだけ鍋を持たせて、 なんで姉さんは手ぶらなんでしょう」
梗「あ!いえこれは、き、鏡の両手が塞がっていてはリビングのドアが開けられないと思いまして?」
鏡「疑問形なせいで忘れてたのがバレバレです。まったく、それにしたってお碗くらいは持てたでしょうに」
165 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:08:00.12 ID:3WLv0jxb0
佐藤「あ、それだったら僕手伝うよ。ついでに白粉とあせびちゃんも呼んでくる」
槍水「私も行こう」
梗「まぁいけませんわ!お客様にそんな!」
鏡「姉さん。姉さんはどうせ何もしないのでそれは私の台詞です。それに、あんまりお客様扱いしていては皆さんと仲良くなれませんよ」
梗「そっそれもそうですわね!えぇっとぉ……それではっ!佐藤さん、槍水さん!」
佐藤「は、はい」
槍水「なんだ」
梗「キッチンに行ってグラスとお碗を人数分持ってらっしゃいまし!」ファサァッ
166 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:12:19.68 ID:3WLv0jxb0
鏡「………………はぁ」
佐藤「…………」ポカーン
槍水「」
著莪「あっはっはっは!」オカシー
梗「あ、あれ?わたくし何か変な事申しました?」
鏡「姉さん、どうして普通にお願いできないんですか…… それではお二人が姉さんの召使いのようです」
梗「え、えぇ?だって仲良くと言いましたから……普段鏡にお願いするのと同じように……」
鏡「姉さん……お嬢様キャラがブレないにもほどがあります……普段の振る舞いに私と仲良くする意図があったとか……頭が痛いです、私」
梗「???」オロオロ
著莪「あっはっは!もういいからさ、鏡は鍋置いて佐藤たちとキッチン行っておいでよ。そんで姉さんはこっちおいで」
167 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:17:10.69 ID:3WLv0jxb0
梗「しゃ、著莪さん!」ダキッ
著莪「おぉよしよし」ギュ
梗「わたくしまた何か粗相を!鏡を怒らせてしまいましたわ!皆さんに嫌われてしまいますわー!」ビエー
著莪「へーきへーき。誰も梗のこと嫌ったりしないから」 ナデナデ
―――ホントウデスノ?フタリトモオコッテマセンノ?
―――ホントホント。ダイジョブダッテ
鏡「はぁ……姉さんはしばらく著莪さんにお任せして、私たちはキッチンに行きましょうか……」
佐藤「そうだね……」
槍水「なんというか、お前も大変だな……」
鏡「いえ、いつもの事なので」
槍水「しかし、『自慢の妹を自慢して何が悪い』というのには同意だな。姉は妹が大好きで誇らしくて仕方ないものだ」ウンウン
鏡「槍水さん、無理に姉さんの目線に合わせなくてもいいんですよ?」クスッ
槍水「む。そういう訳ではないんだが……」
佐藤「あはは……」
168 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:21:50.50 ID:3WLv0jxb0
悩んでいるのが馬鹿らしく思えるような時間だった。
今はもう、余計な事を考えるのはやめよう。 どうせ、狼としての葛藤を打破する術は、スーパーを駆け半額弁当を奪取する以外にないのだから。
戦いの中にしか答えはない。
今はただ、槍水先輩のおかげで出会えた仲間たちと、楽しい食卓を囲めばいい。
セガのゲームと、可愛い女の子、あとは美味しい食べ物があれば、気分は上々なのだ。
佐藤「…………」
上々、なのだ。 その筈だ。
しかし、やはり。
169 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:24:34.38 ID:3WLv0jxb0
闘りてェ…………
170 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:31:21.31 ID:3WLv0jxb0
*****************
鏡お手製の豆乳鍋は絶品だった。
美味しそうな料理を前にして、セレブに萎縮している場合ではなくなった僕たちは競い合うように鍋を貪り食った。
やたらと僕に精のつく食材を勧める梗。それをたしなめる鏡。ショげた梗を先輩と著莪が慰め、脈絡なく巻き起こるあせび・トラブルを水際で防ぐ僕と著莪。
白粉先生が僕のふとした言動、行動から邪悪な電波を受信すれば、梗がおよそ食卓には相応しくない下ネタを天然でぶちまけ場を凍りつかせる。
天然に天然で返す先輩。
フォローにまわる鏡と著莪。
僕は白粉のおさげを引っ張り、神に祈りながらあせびちゃんの『洋くんあ~ん』に応じるのだった。
171 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:35:08.30 ID:3WLv0jxb0
佐藤「わ、わ~い」モグモグ
佐藤「…………!?」
あせび「おいしい~?」ワクワク
佐藤「う、うん、おいしいよ~?」カタカタ
あせび「えへへ~おいしいって~」
鏡「ふふっよかったですね」
佐藤「……………」カタカタ
朝と同じようなやり取りにほっこりしながらも僕は、鏡お手製の豆乳鍋、その具材である筈の鮭の味が何故かコー ラ味になっている事に密かに驚愕していた。
この食卓にコーラなど無く、鏡が豆乳鍋の鮭をコーラで味付けするなどという暴挙に走る筈もない。
一体この食卓に何が起きているのか。あまりに不可解。 奇妙な出来事。これはスタンド攻撃を受けている可能性がある。
僕はそんな風に現実逃避をしながら、恐怖に震え懐のお守りを握りしめた。
172 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:39:20.95 ID:3WLv0jxb0
槍水「ほら白粉、これ煮えているぞ」ヒョイ
白粉「あ、ありがとうございます…」ハグハグ
著莪「花、野菜も食えよ」ヒョイ
白粉「ありがとうございます」ハグハグ
鏡「白粉さんマロニーがお好きなようですね。もっと入れましょうか?」
白粉「ふぇ、じ、じゃあお願いします」ケプッ
この手の食事では遠慮しがちな白粉の碗に、著莪や先輩や鏡が次々と具材を盛りつけていた。
自分たちもバクバクと鍋を喰らいつつ代わるがわる白粉の世話をする三人の手際の良さには、忙しなく子育てをするオカン的な母性が 宿っているようで、見ていてなんだか面白い。僕にとっては悪魔神官でも、彼女たちにとって白粉は女性特有の庇護欲、母性を刺激する可愛らしい女の子に過ぎないのだろう。
白梅の白粉愛は、それでも行き過ぎだとは思うけれど。
173 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:42:36.69 ID:3WLv0jxb0
梗「白粉さん白粉さん!わたくしもよそって差し上げますわ!お碗をこちらへ!」サァサァ
鏡「姉さんはお碗をひっくり返しそうなので大人しくしていて下さい。それより肉や魚ばかり食べすぎですよ。姉さんも野菜を食べなきゃ駄目です」ドバドバ
梗「あぁっ!?隅っこでクタクタになった白菜を大量に!?」
鏡「あまり長々と入れておくと白菜の水分で鍋の味が薄くなるので。姉さん処理をお願いします」シレッ
梗「うぅ……わかりましたわ」グスッ
著莪「よしよし大丈夫だぞ~梗。佐藤が代わりに食ってやるってさ」シレッ
佐藤「なんでそうなる!?」
174 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:46:06.12 ID:3WLv0jxb0
梗「まぁ佐藤さん!なんてお優しいんでしょう!それじゃあお願いしますね!」ドバドバ
佐藤「はは……うん任せてよ。ボクハクサイダイスキナンダー」
梗「やっぱり佐藤さんは紳士ですわね。ここはやはり帰省を延期して今夜は―――」
鏡「駄目です」
梗「もう!鏡のいけず!」
槍水「そういえば何時の電車で帰るんだ?」
鏡「夕方の5時です。まだ余裕がありますから、ゆっくりして頂いて構いませんよ」
槍水先「そうか。ではお言葉に甘えさせて貰う」
175 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:50:30.00 ID:3WLv0jxb0
現在時刻は13時20分。
片付けは手伝って帰るとして、二人の準備の時間を考えるとお暇するのは余裕を持たせて15時頃になるだろうか。
あせび「今年はもう二人とお別れなんだね~。あっちなんだか寂しいよ~」
あせびちゃんがいつもより若干沈んだ表情でそんな事を言う。
あせびちゃんが寂しそうだと、見ているこっちまで寂しくなってくるから不思議だ。
鏡「また来年になったらいくらでも遊べますよ」フフ
あせび「ほんと~?だったら今度はあっちがお料理つくってあげるね~?」
鏡「まぁ、それは楽しみですね。来年が待ち遠しいです」
佐藤・著我「「………!」」
176 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:55:07.46 ID:3WLv0jxb0
あせび「楽しみだね~。何作ろうかな~」ワクワク
鏡「うふふふ」ニコニコ
著莪「あ、あーだったらあせび、その時は私も是非ご一緒したいなー、なんてー。あせびの手料理また食べたいなー」チラッ
佐藤「~~~~ッ!」コクコク!
落ち着け著莪!棒読みが過ぎるぞ!それではあせびちゃんに怪しまれる!彼女には僅かな不審も抱かせるな!
大丈夫だよ、わかってるから!
鏡をむざむざやらせはしない!
そしてあせびちゃんも傷つけない!
なんだか仲良くなった二人の未来は僕が守る!
佐藤「ア、あー、あセびちゃん、その時は是非僕も呼ンデ欲しいナー。あせびちゃンの料理はゼッピンダカラナー」
著莪「くっ………!」フイッ
177 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/01(金) 23:59:48.23 ID:3WLv0jxb0
義憤に駆られ、勇気を振り絞って魔の食事会への参加を表明したものの、恐怖に抗いきれず著莪以上の棒読みになり、まるで日本語片言の外国人のような変な抑揚がついてしまった。
それを見た著莪が悲痛そうに両目をきつく閉じ顔を背ける。
おそらくは、死地とわかっていながら飛び込まざるを得なかった僕を見ていられなかったのだろう。
もしかしたら、突発的に発現した僕の外人キャラがツボってしまい笑いを噛み殺しただけかもしれないが。
あせび「ほんと~?あっち嬉しいよ~。それじゃあまた皆でご飯だね~」
佐藤「ははは……そうダねータノしみだねー……」
…………皆?
178 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 00:02:52.52 ID:xVI/Xk8c0
槍水「せっかくだ。またこの面子で集まろう。いいか?井ノ上」
!?
梗「それは素晴らしいご提案ですわ。今から楽しみですこと」ウフフ
!!!??
白粉「ぇあっと、私も是非……」オズオズ
!!?!??!?
槍水「そうだ白粉、白梅も誘ってみたらどうだ?」
~~~~~~ッッ!!?
白粉「あ、そうですね。いいかな?井ノ上さん」
あせび「もちろんみんな大歓迎だよ~あっち張り切っちゃうね~?」ニコニコ
佐藤・著莪「「」」
179 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 00:06:12.36 ID:xVI/Xk8c0
なんて事だ………!
参加人数が僕を含め七人、だと!?
あ、あせびちゃん主催の食事会に、六人の無垢な乙女たちが集う、だと?
彼女たちの胃袋を守りつつ、あせびちゃんを傷つけないように立ち回るとか、無理ゲーにも程がある!
何をどうすればいいのか検討もつかないぞ!?
あせび「えへへ~楽しみだね~?洋く~ん?」ニコニコニッコリ
佐藤「~~~~っ!」
180 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 00:13:01.75 ID:xVI/Xk8c0
無邪気な笑み。
本当に、本当に楽しそうな、幸せそうな笑顔。
こんな顔を見せられてはこう答えるしかない。腹を括るしかあるまい。僕は覚悟を決めた。
佐藤「~~~~~…………うん、そうだね、すごく楽しみだね」フッ
著莪「………………サトォ」ブワッ
著莪が堪え切れないといった様子で眼鏡を外し、小声で僕の名を呼び目元を抑えた。
おそらくは、腹を括った僕の漢の表情に感動したのだろう。
もしかすると、笑いがドツボに嵌り涙が浮かんできただけかもしれないが。
181 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 00:18:10.45 ID:xVI/Xk8c0
あせび「また来年もみんな一緒だね~」ニコニコニッパァ
佐藤「そうだねー……」ハハ…
どうせ……。
どうせ何処かで見ているんだろう?あせびちゃんに取り憑いている『何か』!!
いいぜ……?見せてやる。
見せてやるよ……お前に僕の胃袋を破壊出来ても、彼女たちの笑顔までは砕けないという事を……!
声に出して宣戦布告しておいてやる!いいか、よく聞いておけよ!
佐藤「喰らいつく……!」ボソッ
著莪「ブフォッ…………サwトォw」クルシィ
あせびちゃんの料理に!
【死神】の呪いは僕が喰らい尽くしてやる!
後に残るのはあせびちゃんの笑顔だけだッ!!
そして著莪!
お前やっぱり僕の苦境を楽しんでただけ かッッ!!!
*********************
185 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 18:21:53.38 ID:xVI/Xk8c0
*****************
楽しい食事の時間はあっという間に過ぎ去り、時刻は15時25分。
ソファで横になりそのまま眠ってしまいそうになっていた著莪とあせびちゃんを叩き起こし、僕たちは沢桔姉妹の部屋を出た。二人とも昨夜の夜更かしが効いているようだった。
姉妹は一階のエントランスまで見送りに降りて来てくれた。
鏡「それでは名残惜しいですが、皆さん、よいお年を」
梗「よいお年を。今年は皆さんのおかげで実り多い一年になりました。改めてお礼を申し上げますわ」
佐藤「こちらこそ。また来年、スーパーで会うのを楽しみにしてるよ」
著莪「鍋スゲー美味かったよ。ごちそうさま」
白粉「ご、ご馳走様でした。よいお年を」ペコリ
槍水「スーパーでまみえる時には今日のようにはいかないぞ?」フッ
梗「あら……魔女さん、それは……」ニヤァ
鏡「……」フッ
梗・鏡「「望むところです」わ」
あせび「ばいば~い」
そして僕らは沢桔姉妹のマンションを後にした。
マンションを出てすぐに、僕は口を開いた。
186 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 18:27:02.64 ID:xVI/Xk8c0
佐藤「先輩、今夜はどうするんですか?」
無論、この上まだ遊ぼうというのではない。スーパーに向かうのかどうかを聞いたのだ。
沢桔姉妹が最後に見せた【オルトロス】としての表情に、胸がザワついていた。今夜、戦わずには眠れない。
槍水「当然、行く。茉莉花に会える日を先送りにしてまでこっちに残ったんだ。行かないはずがない」
予想通りの答えだった。
佐藤「白粉は?」
白粉「私も行くつもりでいました。スーパーはネタの宝庫ですから。今夜はなんだかいい予感がするんです」
こちらも予想通り。しかし後半部分は謎である。
187 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 18:30:45.85 ID:xVI/Xk8c0
佐藤「著莪はどうする?」
著莪「ん~あたしはパスで。さすがにちょっと眠いし。冬休み初日に怪我でもしたらつまんないし」
佐藤「えぇ~行こうぜ著莪ぁ」
著莪「この面子で行くとなるとアンタらのホームだろ?今日はもう遠征はしんどいよ。いいじゃんか、HP同好会の活動納めって事で三人で行ってくれば」
槍水「活動納めか……それは考えていなかったな」
佐藤「活動納め……」
確かにそれは考えていなかった。
僕としては、せっかく休みに予定が合ったのだから皆でスーパーにと思っていただけなのだが、同好会の正式な活動と考えると気持ちの乗りが違う。梗が単なる食事会を 『プチ忘年会』と表現したのと同じだ。時節に合わせて日 常的に行なっている同好会活動の呼称を変えるだけで、なんだかワクワクしてくる。
188 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 18:33:50.41 ID:xVI/Xk8c0
槍水「では、今夜は私の縄張りに三人で行くか」
佐藤「はい!そうしましょう!」
白粉「は、はい!」
著莪「がんばれよ~」フアァ…
佐藤「そうだ、先輩。活動納めっていうなら制服に着替えて集まりませんか?」
この後は一旦解散という事になるだろうし、所詮は言葉だけの活動納めに少しでも雰囲気を持たせるには、良いアイデアであるように思えた。
槍水「予定にはなかったが正式な部活動だからな。それがいいだろう」ウム
白粉「で、では制服に着替えてホーキーマートに集合、という事ですね」
189 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 18:36:25.20 ID:xVI/Xk8c0
佐藤「なんか、楽しくなってきましたね」ヘヘッ
槍水「ふふ、そうだな。どうせなら来年から年中行事に組み込むか」
佐藤「いいですね。賛成です」
白粉「なんだか盛り上がりますね」フフ
著莪「なぁ~んかあたしも行きたくなってきちゃうな~」
佐藤「なら来ればいいじゃんか~合宿だって一緒に行ったんだし」
槍水「そうだぞ著莪。今更変な遠慮はよせ」
著莪「う~ん………いや。やっぱやめとく。帰って寝とくわ。アンタらとご一緒するのはまた来年って事で」
190 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/02(土) 18:40:07.01 ID:xVI/Xk8c0
佐藤「ん~………」ムスッ
著莪「なんだよ佐藤ぉ」ニヤニヤ
著莪「あたしがいないと寂しいってか?」ガバッ
佐藤「うわっ!ち違ぇよ!皆一緒の方が楽しいと思っただけだっつーの!」ジタバタ
著莪「可愛いとこあるな~お前も」ギュウウ
佐藤「だから違うって!離せよ!こんな所で恥ずかしいだろ !」バタバタ
著莪「やだよ~」ギュウウッ
槍水「相変わらず仲が良いな」フム
白粉「そうですねぇ」フフ
―――ハナセシャガー!
―――ヤダーアトチョットダケー
これで、今夜の予定は決まった。
先輩も白粉も2、3日中には地元に帰るというし、著莪の言うとおりこれがHP同好会の今年の活動納めになるだろう。
山乃守さんの呼び出しから始まり、結果的には楽しく過ごす事が出来た一日を最高の形で締めくくるためにも、なんとしても半額弁当を奪取しなければならない。
仲間と共に過ごす充実感と戦いへの期待で、僕の胸ははち切れそうになっていた。
早く暴れたいと、体が疼いて仕方ない。
*****************
193 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 21:28:18.97 ID:KY/WkNYp0
*****************
幕間 オルトロス
時刻は16時15分。【オルトロス】沢桔姉妹は、帰省のため自宅最寄りの駅に向かって歩いていた。
梗「なんだかこの街を離れるのが寂しいですわ……」
不意に足を止めた梗が、自宅マンションのある方角を振り返り呟いた。
鏡「冬休みの間実家に帰るだけで、そこまで言うのは大げさ………と言いたい所ですが」
普段なら姉の大袈裟な物言いに冷静な突っ込みを入れる鏡だが、今はその言葉に同感だった。
もちろん、今年出会った友人たちとの別れを惜しんでの事だ。
194 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 21:32:42.49 ID:KY/WkNYp0
狼として夕餉を共にする事は過去に何度かあったが、ただの友人同士として食卓を囲んだのは今日が初めてだった。
鏡は佐藤たちに、鍋にしたのは帰省前の冷蔵庫の整理のめだと言ったが、実は先程の豆乳鍋は、一から材料を買い込んで作ったものだった。
冷蔵庫の整理とは、手ぶらで来たことを申し訳なさそうにする佐藤への、鏡なりの気遣いでついた嘘だった。
本格的なもてなしである事が知れれば佐藤たちは恐縮してしまい、楽しい食事会が台無しになると考えたのだ。
しかし、気遣いだけでもなかった。
気遣いというのは、鏡の自分に対する言い訳だ。
皆で鍋を囲みたいという梗のリクエストで決まったメニューだったのだが、女性が多いから豆乳鍋にしよう、唯一の男性である佐藤には食べ出のある具材を買ってこようと提案したのは鏡だった。
195 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 21:37:02.97 ID:KY/WkNYp0
佐藤についた嘘は気遣いであると同時に、鏡の照れ隠しでもあった。
鏡もまた、友人たちと鍋を囲みたいと思っていたのだ。
姉妹は視線を合わせ、微笑み合う。
梗「また来年、ですわね」ニコッ
鏡「ええ、そうですね」フッ
楽しい食事、その心地良い余韻が二人を包んでいた。
二人は再び歩み出す。
年末年始は家族で過ごし、友達とはまた来年。
楽しい事は、また来年。
196 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 21:41:19.48 ID:KY/WkNYp0
???「……………」ザッザッ
梗・鏡「…………!?」ザワッ
――――前方から。
梗・鏡「「!!?」」凶
前方から歩いてきた男とすれ違う。
梗・鏡「「~~~~~ッ!?」」バッ!
二人は咄嗟に振り返る。
???「………………」
梗「……………」
鏡「今のは………」
男が放つ、二人にとってはあまりに馴染み深い気配。
その、あまりの強さに戦慄する。
197 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 21:45:22.84 ID:KY/WkNYp0
梗「下品な『狼』ですこと……まだ日も沈まないうちから、それも路上で……」
鏡「確かに狼がスーパーで放つ気配でしたが………何者でしょうか?学生には見えませんし……」
男が立ち止まった姉妹に気づき振り返る。
???「……………あァ?」チラッ
190センチはありそうな長身。その長身を、冬服の上からでもわかる程に筋肉が覆って いる。
荒々しい刈り込みの短髪、左眉を縦に切り裂く傷痕。身に纏うブルゾンとジーンズは見窄らしいくらいに古びているのに、足元のハイテクスニーカーだけは一目で高級とわかる本格的な物だ。
体格も相まって男の服装はどこか、動き易さを重視しているように、二人には見えた。
???「………………」ギラッ
198 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 21:50:25.55 ID:KY/WkNYp0
梗「……………!」キッ
鏡「姉さん……!?」
男の気配に当てられて梗のスイッチが入る。
スーパーでもない、半額弁当もないこんな路上で。
鏡は慌てて、しかし努めて冷静にフォローにまわる。
鏡「姉さん、そんなに見ては失礼ですよ?」
梗「………………」
鏡「凄い体格ですね。何かスポーツでもやっていらっしゃるのかしら」クイ
梗「…………鏡……ええ、そうですわね。ご立派ですわ………では、行きましょうか。電車に乗り遅れてしまいますわ」 クルッ
???「…………フン」フイッ
わざと男に聞こえるように、男の大きな体格に思わず振り向いてしまった、という風を装う。 梗はそれを察して話を合わせ、駅の方向に向き直る。
???「……………」ザッザッ
男の方も姉妹への興味を失ったようで、視線を逸らし歩き去った。
199 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 21:54:41.56 ID:KY/WkNYp0
鏡「ふぅ……肝が冷えましたよ姉さん」
梗「ごめんなさい、鏡………ですが、あの男の放つ気配―――あれはまるで――まるで――――」
鏡「抜き身の日本刀のよう、ですか?確かに、身の危険を感じるほどの闘気でした……」
姉妹には男が狼であるとしか思えなかった。
それも、歴戦の自分たちが畏怖の念を抱く程の強豪。
あの男は間違いなく強い。
それも桁違いに。
梗「わたくしたちの知らない、何処かの名のある『古狼』 といった所かしら……」
鏡「ええ、学生ではないでしょうし、おそらくは。それにしても―――」
出会ったのがスーパーでなくてよかった、と鏡は思った。
思ってしまった。
二つ名持ちの狼である自負と誇りよりも、恐怖が上回った。
200 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 21:58:50.79 ID:KY/WkNYp0
鏡は、コートのポケットに入れた御守りを握りしめた。
先程、佐藤と著我から、訳は聞かずに黙って受け取ってくれ、そして肌身離さず身に着けておいて欲しい、と言われて貰った物だ。
何でも、昼食会に集まった全員が同じものを持っているらしい。
何故いきなり御守り?と訝しく思わないでもなかったが、友達とお揃いの品を持てるのが嬉しくて深くは追求しなかった。
鏡「…………?」
御守りを握りしめ、その感触に鏡は違和感を覚えた。
ポケットから御守りを取り出し、驚愕する。
鏡「!?ねっ、姉さん!」
梗「こ、これは……!」
201 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 22:02:52.74 ID:KY/WkNYp0
御守りが、まるで焼け焦げたように黒く変色していた。
否、焼け焦げた、というよりは―――
まるで、腐食したような――――。
梗「ッ!」
梗も自分の御守りを取り出す。
ポケットから取り出す際に掴んだ紐が、ボロリと、朽ちたように崩れた。
紐を失ったお守りが地面に落ちる。
梗の御守りもまた、黒く変色していた。
鏡「………………」
梗「……………鏡」
鏡「……はい。姉さん」
202 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 22:06:40.29 ID:KY/WkNYp0
梗「槍水さんたち……帰省を遅らせてわざわざこちらに残っているということは……」
鏡「はい。間違いなくスーパーへ。縄張りでの争奪戦のためでしょう」
鏡は、姉が自分と同じ事を考えているのに気付いた。
梗「…………では鏡。帰省は延期。よろしいですわね?」
鏡「はい。父さんと母さんには私から連絡を入れます」
御守りに起きた異変。二人はそれを、持ち主である自分たちではなく、同じ御守りを共有する友人たちに迫る危機、その凶兆と捉えた。
そしてすれ違った謎の狼と凶兆とを、結びつけずにはいられなかった。
203 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 22:10:00.37 ID:KY/WkNYp0
あの男が【氷結の魔女】の縄張りに向かうとは限らない。
しかし、それでも――――。
梗「嫌な予感がしますわ。急ぎませんと」
鏡「大丈夫です、姉さん。一旦マンションに戻って荷物を置いてからでも、半値印証時刻には十分間に合います」
二人はマンションの方へと踵を返した。
梗「何もなければよいのですが……」
鏡「そうはいかないでしょうね……おそらく」
昼食会の余韻など、既に消し飛んでいた。
204 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/03(日) 22:14:16.55 ID:KY/WkNYp0
沢桔姉妹は、知らなかった。
御守りに起きた異変が、先程まで一緒にいた【死神】井ノ上あせびの呪力によるものだという事を。
御守りの腐食と男は、完全に無関係だった――――。
********************
211 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:10:54.03 ID:fYTh6cDh0
*****************
幕間 ウルフズ・ペイン(ガンコナー)
時刻は18時。山乃守亮は独り、夕方の街を歩いていた。
クリスマス前に、恋人の烏頭みことと同棲している部屋を追い出され、仲直りしてクリスマス当日にまた追い出され、さらにまた仲直りして、今もまた山乃守は独りだった。
といっても、また烏頭を怒らせた訳ではない。
山乃守の手には、エコバックが握られていた。
スーパーへのお使いの帰りだった。バッグの中身は挽肉と玉ねぎ。今夜のメニューはハンバーグだと聞かされていた。
ちなみにお駄賃は500円。
部屋を追い出された際に頼ったのが、毛玉、二階堂連、佐藤洋の男性三人だった事で、烏頭は情状酌量の余地有りと温情裁定を下し、軽いお叱りと使い走りにするだけで怒りを収めてくれた。
烏頭のお叱りは、至極あっさりとしたものだった。
しかし烏頭の場合、激昂するよりもむしろ、そのあっさりとした『軽いお叱り』こそが恐ろしい。
山乃守は思い出す。
―
212 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:15:15.66 ID:fYTh6cDh0
――
―――
――――
―――――
数時間前。 佐藤と別れアパートに帰り着くと、烏頭が不意に口を開いた。
烏頭『携帯貸して』
山乃守『は、はい』
烏頭『…………』カチカチ
山乃守『あの……何を?』ゴクリ
烏頭『……終わり』カチカチパタン
山乃守『……?』
烏頭『あんたがナンパした五人の女の番号―――』
山乃守『あっあ、そうか悪い!履歴から消すの忘れてた!いやぁうっかりうっか―――』
ピロリロリン――
烏頭の携帯メールの着信音が鳴り響いた。
烏頭『私の携帯に、メールで送っておいたから……』
山乃守『…………!?』
烏頭は自分の携帯を撫でる。
烏頭『あんたがこの娘たちに接触した場合、私の方からも「ご挨拶」させてもらうね?』ニコッ
山乃守『~~~~ッッ!?』
―――――
――――
―――
――
213 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:21:40.26 ID:fYTh6cDh0
山乃守「…………」ブルッ
思い出すだけで震えが来る。
女は恐ろしい。中でも烏頭は特に恐ろしい。
二言三言にこめられた怨嗟の強さの桁が違う。
その事を再認識した山乃守だった。
山乃守「………ん?」
バス停の前を通り過ぎ、山乃守は立ち止まる。
山乃守「ん~?」
バスを待つ客の列の中に、知った顔がいた気がしたのだ。
山乃守「あ」
二階堂「あ」フイッ
山乃守「れぇ~ん」
二階堂「………」チッ
214 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:24:38.46 ID:fYTh6cDh0
やはり知った顔だった。
二階堂連。昨夜、部屋を追い出されていの一番に連絡を取った大学時代の後輩である。
その時はすでに地元に帰ったと聞いていたのだが。
山乃守「や~っぱり嘘だったかぁ」ニヤニヤ
二階堂「いえ、嘘ではないですよ。ちょっとこちらの友人に用が出来まして。予定を変えたんです」シレッ
山乃守「そんな冷たくすんなって~洋といいお前といい~。もうみことの奴にも許して貰えたし面倒かけないからさ~」
二階堂「なんだ、そうですか。ならもう部屋に帰れますね」
山乃守「………」
二階堂「それと、この間貸した金返して貰えますか?」
山乃守「……この分だと毛玉の奴も居留守かな」ハハッ
215 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:28:16.48 ID:fYTh6cDh0
二階堂「でしょうね。日頃の行いが悪すぎるんですよ、あんたは」ジトッ
山乃守「やっぱ俺には洋だけ……ってか」
二階堂「あいつは【変態】で馬鹿だから、どうせあんたの呼び出しに素直に応じたんでしょう」ハァ
山乃守「ああ、洋も部屋には入れてくれなかったけど」
二階堂「当然だろ。寮暮らしの高校生に頼るなんて……何考えてんだあんたは……」
山乃守「いやぁ、わかってはいたんだけど俺もヤバかったんだ。お前のアパートに行った交通費で金が尽きてな。大学の傍の公園で夜明かししたら、朝には動けなくなっちまって。もうさ!ガッチガチで、頭に雪とか積もってん の」!アハハ
二階堂「馬鹿だろあんた……」
山乃守「お?部屋に上げてやればよかったなーとか思った?」
二階堂「いえ。そのまま凍死すればよかったのにな、と」 ハァ
216 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:31:21.49 ID:fYTh6cDh0
山乃守「はは……キツイね~……さすがにちょっと堪えてきたぞ……」
二階堂の本気で忌々しそうな表情にめげそうになる。
最後の溜息が、山乃守の胸を地味に抉った。
二階堂「そりゃ結構な事です。ほら、もうバス来ましたから、帰ってくださ―――!?」ゾワッ
バスが減速しつつ、停留所に近づいて来る。
山乃守「連?…………!?」ゾクッ
バスが到着し、停車する。
乗り口、降り口が開き、バス停の列が動き出す。
しかし、二階堂と山乃守は動けなかった。
山乃守「…………ぁ」
二階堂「…………!」
降り口から出てきた一人の男に目を奪われ、身動きが取れなかったのだ。
217 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:35:08.90 ID:fYTh6cDh0
???「…………」ザッ
二階堂・山乃守「「~~~ッ!?」」
左眉の傷痕が印象的な大男。
スーパーを駆ける狼なら、反応せずにはいられない強すぎる気配。
その威圧感に、二人は身を固めた。
???「…………」ザッザッ
二階堂「………」ゴクリ
山乃守「なんだ……ありゃあ」タラリ
男が歩き去り、その背中が遠ざかっても、二人の緊張は解けなかった。
山乃守・二階堂「「…………」」
乗客「あの、列進んでますよ」イライラ
二階堂「……すいません」スッ
二階堂は列を外れ、後ろの乗客に順番を譲った。
その意図を察し、山乃守は眉を顰める。
218 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:37:55.17 ID:fYTh6cDh0
山乃守「ッ!……連、やめておけ」
二階堂「いえ、やめません。あの男、間違いなく狼……この時間、この場所で降りたという事は……」
山乃守「今夜、西区のスーパーの何処かに現れる可能性が高い」
二階堂「そういう事です」
山乃守「古狼どころか、ほとんど引退状態の俺でも気配を 感じる化物だぞ?それもこんな路上でだ……悪い事は言わねぇ、やめておけ」
二階堂「そんな化物だからこそ、行くんです」ザッ!
山乃守「連!」
二階堂「止めても無駄です。それでは」ザッザッ
山乃守「連……」
219 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:41:15.28 ID:fYTh6cDh0
止められない事はわかっていた。
首輪から開放された二階堂が、あれ程の狼を無視できる筈がない。
二階堂は今、強者とまみえる喜びで目が曇っている。戦う喜びで身の危険を察知できていない。
しかし。
山乃守「だからといって……」
山乃守に出来る事はない。
一応『古狼』と呼ばれてはいるが、二階堂に言った通りほぼ完全に引退した身なのだ。
現役時代も戦闘に長けた狼ではなかった。
自分がスーパーに行っても、助太刀にはならない。
山乃守は帰途に着く。
山乃守「まぁ……無事を祈ってるよ、連」クルッ
220 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:46:17.90 ID:fYTh6cDh0
帰って烏頭の手料理を食べ、今夜は暖かい布団で眠る。
それでいい。
山乃守「どうせ魔女か優がなんとかするだろ」
唯一、気掛かりなのは―――。
山乃守「……あの男……どっかで見たような……?」ウーン
山乃守は、男の顔に見覚えがあった。
山乃守「駄目だ、全然思い出せねぇ」
しかし山乃守は――。
野郎の顔を覚えるのが苦手だった ―――。
****************
221 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:49:52.51 ID:fYTh6cDh0
烏頭「あ」
18時35分。キッチンに立ち夕食の準備をする烏頭が小さく声を漏らした。
山乃守「どした~?」ダラダラ
山乃守は、数日前にホームレス生活をしていた際に暖を取るために拾い、なんとなく捨てずに取って置いたスポーツ新聞を読んでいた。
普段はスポーツ新聞など読まない事もあって、なかなか新鮮で面白い。
暇潰しには丁度良かった。
烏頭「パン粉……切れてるの忘れてた」
山乃守「そっか。じゃあもう一回行って来るよ」ペラ…
222 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:53:20.32 ID:fYTh6cDh0
烏頭「……いい。私が行って来る。あんた、体調良くないでしょ。もう許してあげる」
山乃守「はは、わかる?昨日の野宿が効いてるみたいだわ」ペラ…
烏頭「それはあんたの自業自得だから。でも今日は勘弁してあげる」
山乃守「はは……さいで」ペラ…
ペラ…ペラ…
山乃守「!」
芸能、アダルト記事を読み終わり、なんとなく開いたスポーツ欄、目に入った見出しと写真に、山乃守は驚愕する。
『血濡れの死闘 丹波VS堤』
先日開かれた、FAWの異種格闘興業の記事だった。
掲載された、空手衣を着た二人の男の写真、その内の一人―――。
山乃守「丹波……分七……!」
先程、バス停で見た狼だった。
223 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:56:52.72 ID:fYTh6cDh0
山乃守「どうりで……見覚えがある筈だ」
格闘技には興味がないので忘れていたが、山乃守は数日前にもこの記事を目にしていた。
山乃守「連、こいつはいくらなんでも……」
プロの格闘家。そして狼として放つ尋常ならざる気配 ―――。
二階堂を行かせるべきではなかった。
可愛がっている後輩の佐藤洋も、この辺りをホームに戦う狼だ。
【氷結の魔女】はともかく、【魔導士】金城優が今夜スーパーに出張って来るとは限らない。
腹を括るしかなかった。
【ガンコナー】山乃守亮は、出掛ける支度をする【ウル フズ・ペイン】烏頭みことに声を掛けた。
224 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 22:59:06.66 ID:fYTh6cDh0
山乃守「みこと」
烏頭「何?」
山乃守「ホーキーマートに行くんだよな?」
みこと「そうだけど?今からだと仙に会っちゃうかもしれないけど。別に平気だから心配しないで」
山乃守「ああ、そういう事じゃない。俺も一緒に行くよ」
みこと「?どうしたの……急に真面目な顔して。似合わないよ」
山乃守「事情は道すがら話す。とにかく俺も行く」
みこと「なんなの?別にいいけど……」
225 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:01:47.69 ID:fYTh6cDh0
山乃守は、自分一人で行くよりは腕利きの烏頭を連れて行った方がいいと判断した。
丹波分七は狼だ。
仮にスーパーで戦ったとしても、烏頭が丹波に敵うとは思えない。それでも自身よりは烏頭の方が、二階堂や佐藤にとって頼りになる援軍なのは間違いない。
山乃守「行こう」
みこと「本当にどうしたの……熱でもあるの?」
いざという時は、烏頭や後輩たちの盾になる覚悟だった。
山乃守は、コートを羽織った。
*****************
226 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:05:25.77 ID:fYTh6cDh0
幕間 魔導士
時刻は18時45分。【魔導士】金城優は、ホーキーマー ト近くの自販機の前にバイクを止め缶コーヒーを飲んでいた。
あと少しで、ホーキーマートの半値印証時刻。
サラマンダーを撃破したという佐藤洋の成長ぶりを見物し、かつてのHP部の流れを汲むHP同好会の面々に、今年最後の挨拶を、と考えていた。
相手に合わせ変幻自在に戦い方を変える、【変態】する黒妖犬。
サラマンダーの語った佐藤洋の戦い振り、まだ浸透してはいないが、自身の二つ名と似通った由来を持つ【カペル スウェイト】という異名。
まだ自分とぶつかる時期ではないが、年が明ける前に一度、佐藤の戦いを見ておきたいという思いがあった。
コ
227 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:09:44.45 ID:fYTh6cDh0
コーヒーを飲み干し、ゴミ箱に空き缶を捨て、ヘルメットを被りバイクに跨る。
金城「!」
そして、エンジンを掛けようとした、その時だった。
???「…………」ザッザッ
金城「……………」
金城のすぐ傍を、一人の男が通り過ぎた。
???「……………」チラッ
金城「……………!」グッ
同程度の身長の金城から見ても、大きいと感じる巨躯。
鍛え方の次元が違う。
金城と男とでは、身に纏う筋肉の量が違い過ぎる。
男を前にしては、金城などただの痩せけた小僧に過ぎない。
そしてその力関係は、金城のフィールドであるスーパーでも変わらないように思えた。
228 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:14:32.63 ID:fYTh6cDh0
???「…………」ザッザッ
金城「………何者だ?」
歩み去る男の背を凝視しつつ、金城は呟いた。
男が狼なのは間違いない。
自分が狼の気配を読み違える筈がない。
しかし路上で、あれ程の気配を絶えず放ちながら歩くのは異常だった。
一目で猛者とわかるあの男ほどの狼が、こんな無作法をするだろうか―――。
金城「ッ!まさか……!?」
金城は『ある可能性』に思い至り、バイクのエンジンを掛けた。
金城「もし、そうだとすれば……!」
それは、最悪の可能性。
スーパーに於いて、『大猪』の来襲を超える最凶のイレギュラー。
229 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:17:57.10 ID:fYTh6cDh0
金城「急がなくては……仙、佐藤……!」
あの男はおそらくホーキーマートに向かう。そして後輩の槍水仙や佐藤洋とぶつかるだろう。 金城の推測が当たっているなら、如何に【氷結の魔 女】、成長著しい佐藤洋でも、敵わない。
金城が向かうのはすぐ近所にある、知人、泉宗一郎の自宅。
竹宮流道場。
槍水も佐藤も、言葉で止められるほどヤワな狼ではない。あの男に出会えば、彼らなら戦ってしまうだろう。
事態の収拾には自分の力だけでは足りない。 助力を請わなければならない。
金城は車道に飛び出し、アクセルを回す。
金城「泉先生……」ブオン!
バイクを飛ばせば、半値印証時刻にはまだ間に合う。
金城の心臓が、焦燥に早鐘を打つ。
*****************
230 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:21:03.72 ID:fYTh6cDh0
*****************
時刻は18時35分。
その時僕は、男子寮の共同トイレで腹部の激痛と戦っていた。
佐藤「くっ……ぐおぉ……ぁ」ギュルル
い、痛い………!
思わず情けない呻き声が漏れてしまう。
そして違うモノも漏れる……!
何か悪い物を食べた、という可能性は低い。
腹痛の原因は明らか……!
あせびちゃんとの一口交換、そして同じくあせびちゃんに食べさせて貰ったコーラ味の鮭………!
一口交換と『あ~ん』を前に引く訳にはいかなかった男の意地を差し引いても、新品の御守りを持っていた事で僕の中に油断があったのかもしれない……!
231 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:23:46.23 ID:fYTh6cDh0
痛恨……!まさに痛恨のミス!
何かと理由をつけて、あせびちゃんから食べ物を貰う事態を回避するべきだったのだ……!
著莪のように器用に立ち回って……!
器用に………
回避……する、べき……
か、い……ひ……。
佐藤「くぅぅっ……でも、でもッ!」ギュルルッ!
あせびちゃんの笑顔を前にッ!
『彼女の差し出す食べ物を食べない』なんて選択はッ!
232 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:27:02.55 ID:fYTh6cDh0
できないッ!
しないッ!
この佐藤洋!そのような甲斐性のない男ではないッ!
佐藤「不器用でもッ!」ギュルブボッ!
佐藤「僕は僕の戦い方を変えるつもりはないッ!」ブボボ バブボバッ!
佐藤「見ていろ【死神】!これが男の魂だ……!」ボボ…ブ ボッッ!
佐藤「サトウ魂だッ!」ギュルルボバッ!
ピリリリリ―――。
腹痛の大きな波を、生涯最後の波紋を練り上げるような気合で乗り越えた瞬間、胸ポケットの中で携帯の着信音が鳴り響いた。
まったく、盛り上がって来たところだというのに一体誰だ。
233 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:29:41.13 ID:fYTh6cDh0
佐藤「はい、もしもし」ピ
白粉『もしもし、すいません白粉です……』
何故にすいません?
まぁいつもの白粉ではあるけど。
佐藤「何?僕今ちょっと戦ってる最中なんだけど」
白粉『はわわ!やっぱり!いえ、あの、先輩と私、今スー パーなんですけど……佐藤さんまだ来れませんか?もうすぐ時間ですけど。すいません」
はわわ?やっぱり?
そして、やはり『すいません』?
佐藤「?ごめん、少し遅くなりそう。最悪間に合わないかも……悪いけど、先輩にもそう伝えておいて」
白粉『そうですか……残念ですが仕方ありません。先輩には伝えておきます。本当にすいません、私ったら大変な時にお電話を……』
佐藤「白粉?あの、戦ってるってのは冗談だよ?それにさっきから何をそんなに謝って……」
234 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:33:40.80 ID:fYTh6cDh0
白粉『ふぇ!ぇあっと、佐藤さんに電話を掛けようとしたら、どういう訳か今、佐藤さんの肛門が激しく開放されているような気がしまして……』
佐藤「」
白粉『それで今、誰かと、その「戦闘中」なんじゃないかって……お邪魔しちゃ悪いなと……』
佐藤「あ、阿呆かお前はッ!違うよ!ちょっとお腹が痛くてトイレに籠ってただけだよ!っていうか、何でお前は僕の肛門の開閉状態が察知できるんだ!」
白粉『ははぁ、なるほど。まだ準備段階でしたか。腸内洗浄中、という訳ですね!』
佐藤「だから違うよ!?腹痛だって言ったよね僕!?腸内洗浄とか生々しいからやめろ!!」
235 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:37:06.13 ID:fYTh6cDh0
白粉『いえいえ衛生的には大事なことですよ?佐藤さんはちゃんとしてて偉いです』エヘヘ
佐藤「っかしいなぁ!電波の状態悪いのかなぁ!?白粉との会話が成立しないや!」
白粉『それではもう切りますね?出来ればご一緒したかったですけど……大丈夫!先輩にはそれとなく伝えておきますから!それじゃ!』ピ
佐藤「おっ白粉!?待て!まだ切る―――」
プツン
佐藤「~~~~ッ!!」
い、急がなければ! それとなく伝えるって!あいつ何をどう先輩に伝えるつもりだよ!
佐藤「こうしちゃいられない!」
出すもの出したら腹痛も治まった!
白粉の腐った伝言で先輩があらぬ誤解をするその前に!
ホーキーマートへ!!
* * *
236 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:39:59.06 ID:fYTh6cDh0
* * *
時刻は19時04分。
佐藤「ハァーッハァーッハァーッ」ゼェゼェ
僕はホーキーマートに到着した。
限界を超えた猛ダッシュで息は乱れに乱れていたが、もう争奪戦は始まっている。
直前まで下痢に苛まれていた事もあってコンディションは最悪だが、下痢はハンデ、ダッ シュはウォームアップだとでも考えて、このまま途中参戦するしかない。
佐藤「白粉の奴!あとで思いきりおさげを引っ張ってやる!」ダッ
僕は憤慨しつつ自動ドアをくぐった。
佐藤「……ぅあ!?」ドクン
その瞬間――――。
237 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:43:14.38 ID:fYTh6cDh0
眼前に――――。
刃物を突き付けられたような―――。
佐藤「なっ………!」
なんだ!?『これ』は!?
先輩!?否、違う、まさか【魔導士】!?
佐藤「サラマンダーか!?しかし、この気配の強さは ―――」ブルッ
あまりの威圧感に身震いし、足を止めてしまう。
佐藤「ッ!」ダッ!
しかし次の瞬間には駆け出していた。
スーパーを包む感じた事のない異様な気配、そのただ中には――――。
佐藤「先輩ッ!白粉ッ!」
全速力で店内を駆け抜ける。
弁当コーナーに辿り着く。
弁当コーナー前、僕たちの戦場。
そこで――――。
槍水「ッあアッ!!」ドゴン!!
???「~~~~~ッ!?!?」グラリ
238 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:46:20.99 ID:fYTh6cDh0
先輩と、おそらくはこの異様な気配の根源、見知らぬ大男が戦っていた。
佐藤「先輩……!」
丁度、槍水先輩の蹴りが男の鳩尾にクリーンヒットした所だった。
決まった――――。
僕は緊張を解いた。
あれは先輩のベストショットだ。 あれを喰らって平気な筈がない。
槍水「とどめッ!」シュバ!
先輩の追撃。これで終わりだ。
異様な気配に肝を冷やしたが、やはり先輩は――――。
???「っ!!させるかァァァァあっ!!」ブおンッ!!
!?
239 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:50:04.43 ID:fYTh6cDh0
槍水「!?」ゾワッ
その瞬間、僕は駆け出していた。
佐藤「先輩ッッ!!」グオオッ!
足元に落ちていた買い物カゴを拾い上げ、先輩と男の間に割り込む。
バッガァァァァンッ!!
槍水「佐藤!?」
佐藤「ぐあっ!!」ドサッ
???「…………」
槍水「佐藤!無事か!?」
男の拳打を受け止めたカゴは吹き飛び、僕は尻餅をついた。
今まで感じた事のない衝撃。
フロアに転がったカゴは形が歪んでいた。
その柔軟性から意外な強度を誇る買い物カゴを、こんな状態にする男の強打に戦慄する。
240 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:53:55.33 ID:fYTh6cDh0
佐藤「遅くなりました………先輩」タッ
男に対して抱いた恐れを表に出さないように、平静を装って立ち上がる。
これから戦う相手に弱みは見せられない。
僕は男を睨みつけ、言い放つ。
佐藤「あんた……タダじゃ帰さないぜ?」ギラッ
190はあるだろうか。筋肉に覆われた巨躯。古びたブルゾンにジーンズ。黒く荒々しい短髪に、左眉を切り裂く傷痕。
正面から向かい合って、僕は改めて男を怖いと思った。
単に見た目だけではなく、男が狼として放つ気配があまりにも異様だった。
一番近いのは【サラマンダー】響鉄平だが、似ているようでどこか違う。
粗野で派手好きで好戦的なサラマンダーが放つ気配に男の気配は似ているが、男にはサラマンダーにはない凶々しさがある。
241 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/09(土) 23:57:29.09 ID:fYTh6cDh0
???「……ハッ。同じ事をそこの―――」クイ
男が親指でフロアに倒れた狼を指し示す。うつ伏せで倒れていても一目でわかる。
ウェーブのかかった茶髪。
白いコート。
【シーリーコート】
傷男「――ネーチャンにも言われたぜ?」ククッ
佐藤「!!茶髪……っ!」ググッ
茶髪は失神しているのか、ピクリとも動かない。
その姿を見て、一気に頭が熱くなる。
店に入ってから今まで感じていた恐怖が消し飛ぶ。
この野郎………!
よくも!!
顎髭「くっ……すまん……!」
坊主「俺たちがいながら……」
佐藤「顎髭……坊主!」
242 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 00:00:55.59 ID:Dz0xMwgb0
後方からよく知る二人の声。
フロアに片膝をつく坊主と、腰を落とした顎髭。 二人は意識こそあれ、戦闘不能に追い込まれているようだった。
もう、止まれない。
男を許してはおけない。
そして、先輩に茶髪、顎髭に坊主の四人を相手にして、 なおも悠然と構えるこの男に勝つためには――――。
佐藤「先輩………」
ブーツ「……なんだ」
腹の虫の加護が不可欠。
しかし今この情況で弁当を見に行っている余裕はない。
佐藤「今日のメニューは……」
ブーツ「『男なら、いや女でも登ってみせろ!このフライの山を!そして白米の原野を走破しろ!ミックスフライマウンテン弁当!!』……『アジの苦味は青春の苦味……!特 大アジフライ弁当!』……『お前達にはこれが必要な筈だ!油だ、脂だ!肉と油脂だ!!ミートミックス弁当 だッ!!』………の3個だ。まあ、どれもいつものアブラ神だ」
佐藤「本当ですね……」フッ
243 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 00:03:49.46 ID:Dz0xMwgb0
ブーツ「商品名だけで十分か?」
佐藤「はい。先輩の口から聞ければ、見なくても」
そう。いつだって先輩の語る弁当の話は、僕の腹の虫の力を強く引き出してくれる。
これで十分。
十分に過ぎる。
傷男「おい……」
男が口を開く。 こちらを挑発するように、薄く笑みを浮かべている。
傷男「そろそろいいか?お前らも寝かしつけてやるから、 さっさと来な」
佐藤「……先輩、僕が前に出ます」チラッ
先程、吹き飛ばされた僕に先輩が駆け寄って来た時、足の動きが僅かにぎこちなかった。
おそらく先輩は、この男との戦いで足を痛めている。
男に負傷を悟られてはならない。
負傷箇所を、先輩を狙い打ちにされる危険は避けたい。
244 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 00:07:17.40 ID:Dz0xMwgb0
僕は視線を先輩の足にやり、出過ぎた申し出の意図を伝える。
ブーツ「………すまん。サポートは任せろ」
意外な程、素直に応じてくれる先輩。
万全でなければ、先輩でもこの男を相手に前衛を務めるのは厳しいという事なのだろう。
しかしどれだけこの男が強かろうと関係ない。
例え狼同士の戦いであっても、カゴを歪める程の剛拳を茶髪に、先輩に向けた事が僕は許せない。
理屈ではない。
僕はこの男と戦い、勝たなくてはならない。
茶髪に代わって、僕がお前を『タダでは帰さない』!
佐藤「いくぞッ!!!」ダッ!
傷男「来いッ!小僧ッ!」
まずはその薄笑いを浮かべる顔面にッ!
一撃くれてやるッ!!
** ** **
247 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 00:42:54.08 ID:Dz0xMwgb0
** ** **
佐藤「おおおおおッ!」バッ!
全速力で間合いを詰め、僕は地を蹴り跳び上がる。
佐藤「でぇぇ―――」ググッ
大きくテイクバックを取った右の拳を、バレーのアタックの要領で男の鼻っ柱に叩きつける。
佐藤「あぁッッ!!」ブオン!
バチィィッッ!!
傷男「……………ハハ」グラッ
男がよろめく。
『振り』をする。
まるで効いた様子がない。
僕の全力の一撃を受けても挑発的な態度を崩さない。
佐藤「………!」スタッ
傷男「………」グッ
着地した僕を迎え撃つように男は構えた。
男の周囲の大気が歪む。
陽炎のように景色が揺らめく。
佐藤「―――――っぐ!」ダッ!
しかし僕はそれに気付かない振りをして踏み込む。
248 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 00:46:33.08 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「うおぁッッ!」ガンッ!
傷男「………おっと」グラリ
佐藤「ッッ!でァっ!」ズン!ズムン!
男の脛を踵で蹴りつける。ダメージこそ通らないが男が揺らめく。
続けて握り込んだ左右の拳を腹部に二連打。
佐藤「フッ!」ドンッ!
大型トラックのタイヤに拳を打ち込むような不毛な感触。
佐藤「ッッ!!」ドムンッ!!
傷男「………」ニタア
それでも構わず三打目、四打目を打ち込み、僕は気付く。
男の気配が変わっている―――!!
佐藤「!?」バッ!
傷男「遅いッッ!」ブンッ!
男の懐からバックステップを踏み離脱する。
しかし、男の言う通り遅かった。
後退する僕に男の拳が追いすがる。
間合いを取り切れない!
249 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 00:50:17.01 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「ぐぉぉっ!」バッ!
咄嗟に両腕をクロスさせ男の拳を受け止める。
傷男「ぬんッッ!!」
ドガンッ!!
佐藤「~~~ッッ!??」
今度はカゴではなく、腕に直接男の剛打。
重い。硬い――――
強い!
佐藤「ぐあっ!」ズザァッ!
槍水「ッ!」ダッ!
吹き飛ばされた僕と入れ替わるように先輩が前に出る。
飛ばされ尻餅をついた僕を守るための突出。
槍水「っああッ!」
傷男「!」
バンッガンッドガンッ!!!
傷男「…………?」
先輩の三連打。しかしその全てが掌打。十分な間合いがあるのに先輩得意の足技が出ない。掌打にも先輩本来の迫力がない。
―――体重が乗っていない!
250 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 00:53:49.71 ID:Dz0xMwgb0
槍水「くっ!!」ザッ!
先輩が男の懐に飛び込む。
傷男「…………あぁ」ニタア
佐藤「ッまずい!先輩!!」ダッ!
不用意だ!
悟られた!!
傷男「悪いな。さっきの膝蹴りか」
先輩!
槍水「!」ブンッ!
傷男「軽い」パンッ
至近距離からの先輩の肘打ちを受け止める男。重心を落とし、先輩と目線を合わせ、男は拳を構える。
そして言う。
傷男「楽しかったぜ」フォン!
槍水「ッ!?」
チッ
男が先輩の顎先に掠らせるように拳を振り抜いた。
槍水「ッ~~~~~」
糸が――――
糸が切れた操り人形のように―――。
槍水「~~~………………」ガクッ
ドサッ
先輩が、崩れ落ちる。
251 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 00:57:04.85 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「うおおおおおおおおおおぁあッ!!」グンッ!
僕のッ!!
傷男「!!」バッ!
僕のフォローに回ったせいで!
佐藤「だあァッ!!」ブオン!
ゴゴンッ!!
傷男「~~~~~ッ!??」ズザッ
この野郎ッ……!
佐藤「この野郎ォォォッ!!」グオオ!
傷男「なっ!?」
ガガンッドンッ!ダンッ!!
傷男「がっ………!?」ズザッザッ
佐藤「まだまだぁ!!」ブオン!
ダガンッ!!
傷男「ぬっ………この!」ズザァッ!
佐藤「うおおおおおおおッ!!」
傷男「小僧ォォォォォォッ!!」
このまま行く!!
今度はこの男に地を這わせるッ!
252 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:00:08.59 ID:Dz0xMwgb0
佐藤・傷男「「だあァッ!」」
ブオンッ!!
ガゴンッ!!
佐藤「がはっ!?」
傷男「ぐぅっ!」
相打ち!
構うものかもう一度!!
何度でもッ!!!
佐藤・傷男「「でぇあッ!」」
ブオン!!
ガガンッ!!
傷男「チィっ!!」
佐藤「ぐはッ!?」グラッ
また相打ち!!
しかし知った事ではない!
こいつが倒れるまで何度でも!
僕は殴るのをやめないッッ!!
佐藤「まだまだまだダァァッ!!」
傷男「来やがれガキがぁッッ!!」
253 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:03:22.91 ID:Dz0xMwgb0
ここは何処だッ!
佐藤・傷男「「があァッ!」」ブンッ!
ガゴンッ!!
【氷結の魔女】槍水仙の縄張りだッ!!
僕は誰だッ!
佐藤・傷男「「ぬぅアッ!」」ブオン!
バガンッ!!
魔女の薫陶を受けし狼ッ!
HP同好会の佐藤洋だッ!!
佐藤・傷男「「うおおッ!」」ブンッ!
ゴゴンッ!!
引かないッ!
佐藤「ぐぉおッ!」
ゴンッ!
譲らないッ!!
傷男「でぇいッ!」
ガンッ!
僕には戦う理由があるッッ!!
佐藤・傷男「「~~~~~ッ!!!」」
ゴゴンッガゴンガンッダンッ!
バガンガガンッゴンッズガンッ!
~~~~~~ッ!!!!!
254 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:06:49.26 ID:Dz0xMwgb0
傷男「ぬぅぅぅっ!」グンッ!
佐藤「!」
ゴキャッ!!
佐藤「ぐっ………ハッあ!?」カクン
相打ちに次ぐ相打ち――――。
その、最中。
佐藤「ぐっ……!」グラッググッ
ついに男の攻撃を一方的に貰ってしまう。
わかっていた事だ………!
この男に深く拳を打ち込むには……!
男との力量差を考えればこれしかなかった………!
全て承知の上での打撃戦!!
まだだッ!
傷男「………よくやったよ、お前」
男に深いダメージは見て取れない。
膝に力が入らない……!
それでも、僕は――――
255 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:09:54.72 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「―――――――ッ!」ギンッ!
倒れないッ!
傷男「フン………終わりだよッ!」ブンッ!
男の拳が顔面に迫る。
腕の動きも鈍っている。
ガードが間に合わない。
しかし男の拳から、僕は目を逸らさない。
精一杯の虚勢を張る。
佐藤「終わらねぇよッ!」ガァァッ!
???「その通りでは―――」ブオン!
ガカッ!
傷男「ッ!」
???「―――あるがな……」
男の拳が、僕に届く前に。
256 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:13:00.08 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「にっ、二階堂!」
突如現れた二階堂連の、横合いからの蹴りで逸らされた。
傷男「チッ……」サッ
男が間合いを取り直す。
二階堂「やはり馬鹿だろ、【変態】こんな男と正面からやり合うとは」
佐藤「はは……こんな時に変態はやめろ……」
今日に限って何故、二階堂が西区のスーパーにいるのかはわからない。しかし、とにかく間一髪、助かった。
二階堂「……動けるか?変態」スッ
佐藤「なんとか……合わせるよ」グッ
この苦境、二階堂とのコンビ【ツードッグス】なら………!
二階堂「ふんっ………不本意だが、それしかないようだな」
まだ勝機はある!
佐藤「ああ………!」ダンッ
僕は萎えた膝を殴りつけ体に喝をいれる。
257 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:15:49.90 ID:Dz0xMwgb0
傷男「………何人来ようと同じだ」クククッ
佐藤・二階堂「「ッ!」」ギリッ
傷男「とことんまでやってやる………来な」ニヤア
二階堂「―――ッ佐藤ォ!」ザッ!
佐藤「応ォッ!」ダッ!
** ** **
258 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:18:48.83 ID:Dz0xMwgb0
二階堂が踏み込む。
二階堂「フッ!」ブンッ!
先輩も僕もそうだったように、男との体格差からやはり胴体を狙いがちになる。
傷男「………」サッ
男は二階堂の右の拳打を左半身を引いて躱し、懐に呼び込んでカウンターの左フックを合わせた。
傷男「ッッ!」ブオン!
二階堂「っ!」サッ
傷男「ハッ!」ニカッ
二階堂「ちぇあッ!」ガスッ!
しかし二階堂はこのカウンターを読んでいた。しゃがみ込んでフックを外し、男の軸足に蹴りを打ち込む。
傷男「っと!」グラッ
ダメージが通った様子はない。それでも崩すなら、やはり足元しかない。
二階堂が作った好機。
バランスを崩した男に僕は飛びかかる。
259 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:22:07.56 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「はあああッ!」ダンッッ!
二階堂の作る隙に合わせて天井技を使いたい所だったが、今のダメージではそれも叶わない。
僕は限界まで高く跳躍し、男の上半身に抱きつくように全体重を叩きつけた。
まずはこの男からダウンを奪う!
佐藤「ふッッ!!」ドンンッ!
傷男「……………」ザザッ グッ
佐藤「!」
しかし男は倒れない。一歩、二歩と後退しただけで、僕の体重は受け止められてしまう。
傷男「やりたい事はわかるがな」グイ
佐藤「くっ!」
傷男「ふんッ!」ブンッ!
男は僕の体を掴み投げ飛ばす。
佐藤「うあっ!?」バンッ!
投げ飛ばされ、フロアに背中から叩きつけられる。
二階堂「佐藤!」
佐藤「かっ……く!」グハッ
倒すつもりが倒された。
背中を打った事で呼吸困難に陥る。
体を起こそうするが上手くいかず、無様にフロアをのたうち回る。
260 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:25:16.79 ID:Dz0xMwgb0
二階堂「くっ!」ガッ!
傷男「ッッ!」バッ!
二階堂が仕掛ける。
佐藤「!?」
その意図を察して、僕の頭は沸騰する。
あいつ……!
男の注意を引きつけるつもりか!
二階堂「はあああッ!」
ガンッ!ゴンッ!ダンッ!
傷男「……………」スッ
二階堂の三連打。下段蹴り、胴体への掌打、顔面への拳打。
男は全て防がずに受け切った上で、拳を振りかぶる。
佐藤「~~~~ッ!!」グッ!
駄目だ二階堂!
一人では!!
それでは先輩の二の舞いだ!!
佐藤「おおおッ!」ダッ!
僕は体を強引に立たせ、男と二階堂の元へ駆ける。
261 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:28:14.62 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「だあアッ!!」ブンッ!
傷男「お前………」ニィィ
ゴンッ!
傷男「やはり……」ズザッ
佐藤「二階堂!」
二階堂「応ッ!」
横合いから打ち込んだせいか、男が僅かに後退する。
仕掛けるなら今しかない!
佐藤「ッッ!!」ダッ!
僕が右。
二階堂「!!」ザッ!
二階堂が左に別れる。
二階堂「はッ!!」ブンッ!
二階堂が男の膝付近に下段蹴り。
佐藤「あアッ!」ブンッ!
僕は伸び上がるように男の顔面に拳を打ち込む。
傷男「チッ」グッ
ガゴンッンッ!!!
傷男「ぬっ!」グラッ
262 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:32:43.27 ID:Dz0xMwgb0
僕と二階堂のコンビネーションが決まる。
男の顔色が僅かに変わる。
否―――
傷男「………………」ギンッ
佐藤「……………!」
なんだ?こっちを見て――――
傷男「ふッッ!」ゴッッ!
ドゴンッ!
二階堂「おごっ!?」
佐藤「!?」
傷男「ちょっと……」
男がたたらを踏み、攻撃が通じたと気を緩めた瞬間。
男の急激な動作による前蹴りが二階堂の腹に突き立てられた。
二階堂「ごハッ……!」ドサッ
傷男「どいててくれ……」
佐藤「~~~~ッ!?」
こちらの意識の隙に、脊髄反射的に打ち込まれた男の蹴り。
瞬間、吹き荒れた暴風に体が竦む。
まさか――――
この男今まで――――
263 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:36:46.32 ID:Dz0xMwgb0
傷男「……………」
佐藤「…………!?」
当然、あるものと思われた僕への攻撃がない。
男は立ち尽くし、黙ってこちらを睨みつける。
佐藤「―――――ッ!」グッ
男の意図が掴めず、こちらから仕掛けようとした、その時。
男が口を開いた。
傷男「―――丹波」
佐藤「!?」ビクッ
佐藤「………タンバ?」
と、突然なんだ?
傷男「丹波分七だ。名乗りな、小僧」
佐藤「~~~~ッ!?」
な、名前!?
何故今――――!?
佐藤「なっ何―――」
丹波「名乗りな」
佐藤「ッ佐藤―――HP同好会の佐藤洋だッ!」
丹波「はーふぷらいさぁ?ッハ!まぁいい………サトウ」
佐藤「…………!」
丹波「興が乗った………」
やはり――――
丹波「少し………本気でやってもいい」
全力ではなかった。
264 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:40:34.40 ID:Dz0xMwgb0
二階堂に放った蹴りは、それまでの攻撃とは異質なものだった。
どう異質なのかはわからない。
僕は、男の蹴りに反応できなかったのだから。
それまでは反応できていた男の攻撃に。
佐藤「望むところだ……」スッ
虚勢、以外の何物でもない。
この男、タンバブンシチは、先程の打撃戦も、僕と二階堂を相手にしていた時も――――
先輩を、打ち倒した時ですら。
丹波「気張れよ、サトウ」グッ
佐藤「…………!」
本気では、なかったのだ。
怖い。
男の周囲の大気が歪む。
もはや気付かない振りは出来ない。
佐藤「そっちこそ……!」
丹波「上等………!」
僕では、この男に勝てない。
* * *
265 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:43:33.13 ID:Dz0xMwgb0
丹波「ぬんッッ!」ダッ!
佐藤「ッッくっ」
タンバがこちらに間合いを詰める。
思えば、これが最初のタンバの先手。
その威圧感から目を逸らすように、僕は両腕で顔を覆う。
無様なガード。
佐藤「ぐっ!」サッ!
丹波「ッ!」ブオン!
ゴガンッッ!!
佐藤「~~~~ッッ!?」ズザッザッ!
ガードがはじけ飛ぶ。
後方に飛ばされる体。
タンバがあえてガードの上を叩いたのが僕にはわかる。
言葉通り、『少し本気』なのだ。
僕が怖気付いた事を悟られている。
ガードにもなっていない、情けなく顔を隠しただけの両腕。
その隙が見えないタンバだとは思えない。
266 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:47:03.24 ID:Dz0xMwgb0
丹波「シャキッとしろォッッ!佐藤ォッ!!」ゴッッ!
タンバの大喝。
佐藤「このっ………!」ザッ!
反射的に前に出ようとする。
しかしタンバに押し返される。
丹波「ッッ!!」グオッ!
ゴッゴンッ!!
佐藤「ぐッッ!?」
固め直したガードの上に、掌打を二発。
軋む腕。
丹波「ふッッ!」
ドゴンッ!!
三発。ガードが完全に崩される。
佐藤「―――――ぁ」
血の気が引く。
貰ってしまう。
四打目が来る。
丹波「ハッ!―――!?」ブオン!
タンバが酷薄な笑みを浮かべ、数歩後退した僕に追いすがる。
そして放たれる四打目―――
とどめの一撃―――
???「佐藤さんッ!!」ガバッ!
267 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:49:33.57 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「はっ!?」ドサッ!
横合いから誰かに押し倒される。
丹波「なっ―――!?」ズルッ
タンバが『何か』に足を取られバランスを崩す。
タンバは僕への追撃のため踏み込んだ前足を、買い物カゴに突っ込んでいた。
丹波「~~~~ッッ!」スカッ
カゴに足を取られ、タンバの四打目はスカを喰う。
僕は仰向けに押し倒された。
床に手を付き、四つん這いの姿勢で僕に覆い被さる意外な救援――――
佐藤「梗!」
梗「なんとか間に合いましたわね」ニコッ
既に帰省したはずの、沢桔梗。
268 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:52:36.54 ID:Dz0xMwgb0
佐藤「………なんか、前にもこんな事あったね」ハハ…
梗「そうですわね……」フフ
既視感のある体勢だった。
店内の白色灯をバックに半ばシルエットと化した梗の顔。
彼女の緩くカールのかかった長い髪が、僕と梗を外界から遮断するカーテンのように垂れ下がる。
あの時も梗は笑っていた。
しかし『追って来い』と言ったあの時とは笑顔の質が違う。
梗の瞳は、安堵に潤んでいた。
鏡「姉さん」
梗「わかっています。佐藤さん、立てまして?」
佐藤「………うん!」
怖じけた心に再び火が灯る。
梗は立ち上がる。
僕も続いて立ち上がる。
269 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 01:55:26.91 ID:Dz0xMwgb0
丹波「…………」ギリッ
タンバは片足をカゴに突っ込んだまま、鏡と睨み合っていた。
鏡「よくご無事で――――と言いたい所ですが……」チラッ
槍水「―――――――」
二階堂「―――――――」
鏡「少し、遅かったようですね……」ギリッ
佐藤「鏡………」
倒れた先輩と二階堂を一瞥し、鏡は顔を歪める。
梗「相応の礼はさせて頂きますわ」キッ
丹波「オトモダチが………」ガッ
タンバは起き上がった僕を睨みつけ、買い物カゴから足を抜き、蹴り上げて鏡に返した。
丹波「多いんだな……サトウ」ギンッ!
鏡「…………」パシッ
梗「…………」
佐藤「………!」
270 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2013/02/10(日) 02:00:41.99 ID:Dz0xMwgb0
狼としては並外れた存在感を持つ【オルトロス】を前にしても、タンバの視線が僕から外れない。
二階堂を邪魔者扱いするように蹴散らした事といい、タンバは僕に目を付けている節がある。
あれだけ拳を打ち込んだのだからそれも当然、と言えばそれまでなのだが、タンバは何か、僕を挑発し、激発させる事を楽しんでいるように見えた。
一体、どういうつもりだ……?
丹波「まぁいい――――」ギラッ
梗・鏡「「!」」ゾクッ!
タンバが、オルトロスに視線を移す。
据わった目付き。
しかし口元は笑っていた。
丹波「…………」グッ
佐藤「~~やめろッ!」ダッ!
梗・鏡「「佐藤さん!?」」
僕は咄嗟に駆け出した。
こいつ!
オルトロスも先輩や二階堂と同じように――――!
丹波「…………」ニタア…
やめろ!!
そんな目で彼女たちを見るなッ!!
*** *** ***
274 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/02/10(日) 02:20:06.83 ID:NtRuBj3r0
乙ー
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