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ホロ「大好き」

2014/07/01 15:00 | CM(0) | その他 狼と香辛料 SS
1 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:00:00.75 ID:bDirlqhDO

「狼と香辛料」。


世界の果てと呼ばれるニョッヒラにおいてさえ辺鄙な場所に店を構える湯屋の名である。

そして――わっちとぬしの大切な場所。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364007600



2 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:06:34.24 ID:f5BCamCZo

どうも様子がおかしいとは思っていた。


それでも本人が「大丈夫だ」と言うから無理にとめることもできない。
案の定、しばらくしてぬしは病床に伏すことになった。


わっちは情けなく狼狽した恥ずかしさを隠すようにぬしを甘やかし、ぬしはぬしで「あんなに狼狽したホロは久し振りだ」などとたわけたことを言っていた。


「まだ昔を振り返るような年ではありんせん」

「はは、賢狼は厳しいな。そろそろ立ち止まらせてくれたっていいだろ? けほっ」


3 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:10:17.27 ID:bDirlqhDO

医者に聞くと疲れが溜まっていたのだろうということだった。
今回倒れたことについては数日安静にしていればよいと言われた。


「?」


今回とはどういうことかや?


4 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:12:46.45 ID:f5BCamCZo

聞くとぬしの体は病に侵されているそうだ。
わっちの耳にしたことのない病名であるから、人間の体は本当に難儀だと思う。


どうすれば治るのかや。

言い難いですが。この病を治療するのは……。


言い淀む姿が何よりの回答だった。
なるほどぬしはそろそろ死ぬらしい。


5 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:15:49.64 ID:bDirlqhDO

医者を見送り寝室に戻るとぬしは眠っていた。

いつもと変わらぬ姿に見えた。

そんなはずはないのに。
そんな風に見ようとする自分に愕然とした。


忘れたわけではない。
わっちは賢狼で、ぬしは人。

ぬしの手をそっと取る。
冷たくしょぼくれた手。

わっちは変わらぬ、しかしぬしはこうしておとろえて行く。


「くふふ」


何が可笑しいのか、ぬしが起きぬよう声を殺して笑った。


6 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:18:18.85 ID:f5BCamCZo






それからわっちは大忙しだった。


まずはぬしの目を盗んで当たれるだけの医者を当たった。
狼の姿に戻ることもいとわず、足を運ぶことのできる街をいくつも巡った。


並行して各地の知り合いに何か手はないかと、ヒルデに代筆を頼んで手紙を送った。

「私にできることならなんでも」

多忙の身に余分な仕事を押し付けたことよりも、彼に、あんな風に泣き出しそうな顔をさせてしまったことを申し訳なく思った。


7 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:21:00.18 ID:bDirlqhDO

いずれもおよそ手紙にしては早い返事が来た。
だが誰もよい案はないとのことだった。

そしてその各人の歯がゆい思いはそのまま筆致に現れていた。



不意に寝室にぬしがやって来た。

「なにをしていたんだ?」

「ううん? なんでも……なんでもありんせん」


そのまま泣き出したい思いでいっぱいだった。
手紙を見せ、わっちらのためにこれだけの人が、こんなにも心配してくれておる。
わっちらは幸せ者じゃなと笑い合いたかった。


だがここでわっちがすべてを投げ出しては台無しだと歯を食い縛って思い直した。


8 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:23:42.05 ID:f5BCamCZo






唯一返答のなかったディアナがわざわざニョッヒラまで足を運んでくれた。

「使ったのは足ではなく翼ですけどね」

魔女のような彼女らしくない冗談めいた台詞。
わっちと同じ人ならざる彼女なりの気遣いなのだと思うと、嬉しくも悲しい思いになった。


だがさしもの錬金術師を束ねる年代記作家にも、ぬしの病を治す術の持ち合わせはないらしい。

「代わりと言ってはなんだけれど」

何やら怪しげな粉薬を渡された。
劇的な効果はないが万病に効くらしい。

「……すまぬ」

最後までディアナは――こう言っては悪いが凄みのあるじつに魔女らしい笑顔で――わっちを励ましてくれた。


9 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:26:25.78 ID:bDirlqhDO







誰もいない「狼と香辛料」に一人立ちぐるりと店内を見回した。
もう滅多に客の来ない時期だからディアナを見たときぬしはさぞ驚いたことだろう。


椅子に腰を下ろし店の台に顔を乗せ、ぼんやりとする。

「……」

このところ時間を見つけては方々を駆け回る生活をしていた。
こうしてのんびりと時間を過ごすことは、久し振りのことだった。

「……」

「のう、ぬしよ」

「わっちは何だか、疲れてしいんす」




いつの間にか眠ってしまい、ぼんやりと昨晩のことを思い出す。


10 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:29:32.60 ID:f5BCamCZo






「……」

……むう。
ぬしよ、雄があまり無遠慮に雌をまじまじと見るものではありんせん。

「あ、ああ。ごめんごめん」

くふふ、まあ嬉しいのじゃけど。
ぬしよ、そんな風に、他の雌なんて見ずに、わっちのことだけを見ていてくりゃれ?

「もちろんだよ」

嬉しい。



それで何か用かや?

「あっと、その……ホロがこうして居間でのんびりしているのって、――いたっ」

これはわっちの分でありんす!

「けちだな」

む、そんなことはありんせん。

「どこが」


11 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:31:38.54 ID:bDirlqhDO

それで?

「もぐ、……ああ。何だか久し振りのような気がして」

……そうじゃったかの。

「うん。だから嬉しいんだ」

くふ。

ぬしは本当に年を取りんす。
素直になったというよりは牙が抜けた、といったところかの。

「元から牙なんて持ち合わせていないけどな」

では毛の狩られた羊かや。

「……それでは風邪を引いてしまうな」

じゃからわっちがおる。

「はは。よろしく温めてくれ」

んむ。


13 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:36:21.50 ID:bDirlqhDO


思えばわっちは生まれたときから「ヨイツの賢狼」であった。

狼であり狼でない。
人であり人でない。

狼を超えた力を持ち、人を超えた知恵を持ち。


……それでも「そこに居合わせなかったから」などというたわけた理由で故郷を守ることができなかったのは笑い話だが。


14 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:38:34.37 ID:f5BCamCZo

そんなわっちに競おうとするたわけた雄がいる。


わっちを崇めるのでも讃えるでも畏れるでもなく。
わっちを怒り、わっちにのぼせ、――わっちを助け、わっちを求める。


そんなぬしの存在がどれだけ有難いか分からぬ。
そんなぬしのことがどれだけ好きか、わっちには分からぬ。


15 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:39:21.49 ID:bDirlqhDO

わっちには夢があった。

わっちを対等に構ってくれる相手が欲しいという夢。

それはぬしが叶えてくれた。



そんなぬしが……張り合いのかいもなく衰えて行く姿を見るのは心底辛い。


我ながら欲深いことだと笑えてくるが、いまわっちには別の夢ができた。


16 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:41:28.60 ID:f5BCamCZo

わっちは雌で、ぬしは雄。

いつだってぬしはわっちを甘やかしてくれた。



今度は反対がいい。

ぬしは衰えてゆくがわっちは変わらぬ。
ならばそろそろ、互いに役目を変わってもよいのではないかや?



……くふ。
本当にたわけなのは、やはり、わっちなのかもしれぬ。


17 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:42:51.04 ID:bDirlqhDO







ぬしの背中に雪玉をぶつけてやった。

「……痛いじゃないか」

本当に、これは本当に何でもない戯れの一つだ。
なのにどうしてその一つ一つがこんなにも幸せなのだろう。

幸せなのに、なぜこれほど胸が締め付けられるのだろう?

「ぬしよ」

「……うん」

「話がありんす」


18 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:45:17.21 ID:f5BCamCZo






わっちがぬしを甘やかすと決心して臨んだにも関わらず、いつも通りぬしは優しくわっちを包み込んだ。

辛いはずなのにようやると思う。

当然それと同時に悔しくもあった。


どうやら鈍感なぬしでも自身の死期には聡いらしい。

「よしよし」

「くふ。ぬしは本当に年を取ったの」

群れからはぐれぷるぷると震えているだけの羊のようだったぬしが今は立派な巨木のようだ。

わっちが泣いている以上、少なくとも今は、賢狼よりも逞しいと認めてやる。
そんなこと絶対に口には出さないが。


19 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:47:08.47 ID:bDirlqhDO

「それに、今日明日で死ぬわけではないんだろう?」

む、……こっちを見透かすようなことを言いおって、生意気な。

だがその言葉でまた気づかされる。
ぬしは、賢狼たるわっちを信じてこそこうして平静にいられるのだ。

わっちらは出会ったときからいつだって二人だった。
一方が欠けてはならない。

「くふ」

やはり二人まとめてたわけじゃなと思い直す。


20 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:47:41.40 ID:f5BCamCZo

「ホロが残してくれた時間を、大切に使わないとな」

「んむ。……それについては、わっちから提案があるんじゃが」

「そこまでもう考えてあるのか」

「まあの」


21 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:49:45.50 ID:bDirlqhDO







最期に旅に出ようと提案したのにはいろいろな意味がある。


コル坊や手紙を送ったみなへ「二人で」最期に顔を見せておきたいという、ぬしに説明したそれも嘘ではない。


しかし一番は――本当にわっちのただのわがままだった。


ぬしを一人占めしたい。
ぬしを甘やかすのはわっちだけがよい。


それだけのことだ。


……こう思うと結局わっちが最期までぬしに甘えておるのかもしれない。


22 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:51:50.48 ID:f5BCamCZo

「ひどいやつだ。宿でのんびり甘えさせてくれてもよかったじゃないか」

旅に出てからぬしはそんなことを言い出した。
ぬしらしい、優しい、芝居がかった台詞だ。

「たわけ。それでは何も面白くありんせん」

「ああそうだな」

いや。実にわっちららしいと言い直そう。

「一人旅では一人ですべてを為さねばならぬ。じゃがわっちらは番でありんす」

「ああ。困ったら、連れを頼ればいい」

「んむ。その通りじゃ」

「……まったく」


23 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:53:56.68 ID:bDirlqhDO

ため息を一つつき困ったように額に手を置く。


ごく自然ななにも気づいていないことを示す素振り。
ぬしは優しい。

しかしそれに礼を言うことはできない。
ありがとうと言っては、全部、台無しになってしまう。



泣き出しそうなくらいだった。
ああ本当に好きだ、わっちは、ぬしのことがたまらなく大好きだ。


こんなわがままなわっちに最期まで付き合ってくれて、本当にありがとう。


24 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:55:18.10 ID:f5BCamCZo

「まずは桃のはちみつ漬けを探すからの!」

ぬしの優しさに答えるために、わっちはそう言って笑顔を向ける。

「……そうだな」

……む。ぬしよだめではないか。
ぬしがそんなに悲しそうな顔をしておると、わっちまで泣きたくなってしまいんす。


のうぬしよ。笑ってくりゃれ?


25 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:57:33.43 ID:bDirlqhDO

「ぬしよ」

「うん」

「もし死ぬのが怖くなったら言ってくりゃれ?」

 痛くないよう眠っておる間にわっちが一噛みじゃ!」

「……はは。そうだな、いざとなったらお願いしようか」

「んむ」

笑ったの。


くふ。
まだ幸せじゃ。


「のう、ぬしよ」

「うん」

返事があるうちに気の済むまで言っておかんとの。

「大好き」

「俺もだよ」

よかった。


26 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:58:00.06 ID:bDirlqhDO

おしまい


27 ◆G/z45ot2Ws [saga]:2013/03/23(土) 12:58:29.00 ID:f5BCamCZo
本作は
ホロ「わっちには夢がありんす」
http://invariant0.blog.2nt.com/blog-entry-6682.html

の、ホロ視点になるSSです。
よかったらそちらもよろしくお願いします。

ではお読み頂きありがとうございました。
感想など頂けると嬉しいです。


30 VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/23(土) 14:27:23.32 ID:KZvdCek50
俺はホロが大好きだ
ロレンスも大好きだ

二人が幸せなのが死ぬほど大好きだ!!乙!!


32 VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/03/23(土) 18:15:11.65 ID:h6dxti1go
乙でした


転載元

ホロ「大好き」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1364007600/






狼と香辛料 番外編ドラマCD 狼と琥珀色の憂鬱
ドラマ 福山潤 小清水亜美 辻親八 中原麻衣 名塚佳織 岩村琴美
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2014/07/01 15:00 | CM(0) | その他 狼と香辛料 SS
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