勇者「独り身だがショタを引き取ろうかと真剣に考えている」 【前編】115 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:33:02 ID:Sq7KYJSw
五年前。
秋。
シキ「……………」
勇者「………………、」
シキ「去年と逆だ」
確かに、去年と逆だった。
うなだれている方が俺で、わざわざ隣に腰を下ろす方が、シキ。
シキ「……僕のせい、だね」
勇者「……警告はしたろ。これは自業自得ってやつだ」
シキ「……そうだね」
勇者「………………」
シキ「あのさ、」
シキ「大丈夫だから。僕達」
勇者「……大丈夫じゃないだろ。大丈夫だったら、お前に包帯はいらない」
シキ「目ざといなぁ、服で隠してたのに」
116 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:34:45 ID:Sq7KYJSw
勇者「…………、俺さ、」
シキ「うん」
勇者「お前等のこと、好きだわ」
シキ「うん」
勇者「…………去年限りにするつもりだった。護衛の仕事も辞めることになったし」
勇者「去年限りとか思った口で、すぐに理由つけて今年もここに来れるようにしたけど」
勇者「一応俺も、さよならとか言うつもりで山に入ったんだ」
勇者「なのに、なぁ……顔見なきゃ良かったわ」
シキ「わかってたくせに、バカなんだから」
勇者「おー、馬鹿だよ俺は」
勇者「やっぱどこかで考えてたんだな。なんとか出来ないか」
勇者「俺は、そう出来た人間ではないのに」
勇者「…………俺、」
シキ「そういえば、おじさん。彼女出来た?」
勇者「………、」
117 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:35:57 ID:Sq7KYJSw
シキ「目標は半年以内、だったはずだけど」
勇者「…………駄目でした。半年とか無理でした」
シキ「ふふっ、達成の見込みが無い事を目標って言うのはいけないね」
勇者「ははっ、だよな」
シキ「今度の目標はもう少し長めに期間をとろうか」
勇者「……おー」
シキ「子連れだとモテないよ。だからさ、僕らのことは諦めて」
勇者「さらっと言うなよ」
シキ「言うよ。そりゃあ、ね。母さんからも言われたはずなのに」クスッ
シキ「僕は助けなんか求めない。絶対に」
勇者「俺が好きだから?」
シキ「…………………」プイッ
勇者「俺が好きだから?責任を負わせないように?」
シキ「赤の他人に人生かける責任は負わせられないでしょ」
勇者「……他人じゃなくて、友達だろ」
118 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:38:56 ID:Sq7KYJSw
シキ「年に見合った友達作りなよ」
勇者「………………、」
勇者「……………ったく、なんだよ、言ってくれよ、連れ出してくれってさ」
シキ「言わないよ。死んじゃうじゃん」
勇者「死なせないよ。お前の症状は魔法具で抑えられる。専用の薬が必要なら盗むし、現物があれば複製は可能だ」
勇者「強行手段をとれる実力も、それだけを出来るツテある。伊達に勇者はやってない」
勇者「…………一時だけ、住んでた町があるんだ。人間領の隅の、小さな国の小さな田舎町」
勇者「何もない、ここみたいに自然には溢れてるけど……静かで、穏やかな町でさ。養生するには最適だと思う」
勇者「そこで、お前と、シキと、女さんと……俺の、四人で、」
シキ「…………………、」
勇者「……………」
シキ「死んじゃうのは、おじさんの方なのに」
シキ「やけに、楽しそうな未来を語る」
勇者「上は貴族か、」
119 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:40:14 ID:Sq7KYJSw
シキ「よほど強い後ろ盾が無い限り、例え勇者でもすぐに消されるよ」
シキ「なんせ僕らは、貴重な実験体だ」
勇者「…………」
シキ「いいんだ。本当に」
シキ「僕らは僕らで上手くやる。おじさんの助けは必要ない」
シキ「だからさ、いつか、いつの日か」
シキ「外の世界で、また会おう」
勇者「………………、」
シキ「……頷いて、また会おうって言ってよ。おじさん」
勇者「……今から冗談言うぞ」
シキ「え?」
勇者「……右手でシキの手掴んで、左手はお前等のお母さん抱えて、」
シキ「…………」
勇者「お前は担げばなんとかなるかな、って、思い始めてるんだ」
120 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:42:28 ID:Sq7KYJSw
シキ「……僕は担ぐの?扱い悪いなぁ」
勇者「女さん置いてくわけにはいかんだろ、お前は軽そうだし」ケラケラ
勇者「それに、」
勇者「こんだけ近けりゃ、届くと思うんだ。俺の手も」
シキ「………冗談だよね」
勇者「………自分でも驚いてるけど、本気で言ってる、冗談だ」
シキ「おじさん」
勇者「--シキ、」
勇者「俺、もう目をつけられてるみたいでさ、そう何度も会えないんだよ」
勇者「だから、出発前に答えを訊きにお前等を探すよ。答えをきくまで村から出ない」
勇者「冬が終わって、春になったら。俺がお前等を、攫いに来ていいか」
シキ「……何、言ってんのさ」
勇者「何言ってるんだろうな。自分でもわかってないかもしれない」
勇者「でも、本気だ。本気なんだよ、俺」
121 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:44:34 ID:Sq7KYJSw
シキ「……連れ出してくれ、なんて言わないって……言えないって、言ってるのに」
勇者「考えておいてくれ。……言ってくれないのなら、俺は、いつかまた、って言おう」
勇者「言ってくれたのなら、俺は、」
勇者「お前等の人生を背負う。後悔はしない。絶対に」
五年前。
秋の終わり。
商人「…………、」
商人「……お前、目つき変わったな」
勇者「……そうですか?」
秋は終わる。
出発の準備は始まっていた
あれから、三人には一度だって会っていない。
122 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:46:13 ID:Sq7KYJSw
だが、指摘されるぐらいには変わってしまったらしい。
それがわかるのが、三人以外でこの人だけであればいいのに、と思う。
商人「………………、」
商人「変わったよ」
勇者「…………」
商人「…………」
勇者「……ご迷惑はかけません」
商人「迷惑かけられる前に関係を切るから、安心しろよ」
勇者「…………はい」
××年前。
秋の終わり。
『私の事は気にするな、といっても気にするだろうから。
これだけは、せめて、あなたの意志で決めなさい。
私は、そうね、あの人のことは、』
母さんは、そう言って、
123 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:47:42 ID:Sq7KYJSw
『馬鹿な人だけど、信じても良いと思う』
呆れたように、嬉しそうに、笑った。
シキ「何が背負うだ、」
シキ「馬鹿なの?自分の人生棒に振る気なの?」
……………、
シキ「これじゃ、おちおち寝てらんないじゃんか。まったく、余計なことばっかり考えて」
シキ「おじさんって言ってもまだ若いし、顔は良い方だし性格も悪くないんだから、さっさと彼女作って幸せ家族計画実践すればいいのに」
シキ「ほんと、何言い出すかな。おじさんは」
えへへっ、
シキ「……なに笑ってるのさ」
シキ、最近はそればっかりだ。
シキ「……秋が終わるまでに、考えて、決めなきゃいけないのに、……まったく、答えは決まってるんだから、出発前にまた会うなんて、」
決まってるなら、そうして悩まない。
124 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:50:22 ID:Sq7KYJSw
シキ「…………」
だろ?
シキ「誰に似たかなー、口が回るようになって、むかつく」
えへへへ、
シキ「ったく……言っとくけど、僕が寝てる時はシキが代わりに答えなきゃいけないんだからね」
シキはおじさんと一緒の方が嬉しいだろうから。
俺は、連れ出して、って言っちゃうかもしれない。
シキ「………………」
もちろん、僕もおじさんが好きだし、
母さんも嫌いじゃないって言ってたから。
シキ「…………シキの手を掴んで、母さんは抱えて、僕を担ぐ、なんて言った人なのに」
重いなら、俺がシキを運ぶよ。
シキ「僕は重くないし、担がれなくても一人で走れるよ。ちゃんと」
シキ、やっぱり連れ出してほしいんだね。
シキ「……あんな未来、僕に言うおじさんが悪い」
125 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:51:38 ID:Sq7KYJSw
シキ「あんなこと言われたら、想像しちゃうじゃないか。幸せすぎる未来を」
俺さ、
シキと母さんがいれば、それで良かったけど。
おじさんがいたら、もっと良いかもしれない。
凄く、幸せかもしれない。
シキ「…………」
って、言えって。母さんが。
シキ「え?」
シキはシキに甘いから。
俺のおねだりならきくよ、って。
シキ「…………母さん、」
でも、本心だ。
シキも、俺と同じだってわかる。
シキ「……君と僕は半分繋がってるから、そりゃあ、バレるだろうけど」
シキ「…………危険だよ、もしかしたら、おじさん、死ぬかもしれない」
シキ「僕や、母さんも、……シキだって、消えるかもしれない」
126 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:53:20 ID:Sq7KYJSw
おじさんは死なないし死なせないって言った。
それを、俺は信じるよ。
シキ「……おじさんは、」
シキ「僕らの秘密を知らない。けど、問題無く受け入れるだろうな、ってすぐに思う自分がむかつく」
吃驚するかな。嫌われたらどうしよう。
シキ「そんなこと思ってないくせに」
うん。思ってない。
だっておじさんは、俺をシキって呼んでくれたから。
シキ「ああ、もう。わかった、決めた」
シキ「……おじさんも考え直してるだろうし。もし、本気で、もう一度同じ事を言ってくれたら、」
シキ「その時は、」
五年前。
秋の終わり。
この日が、最後だった。
127 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:54:25 ID:Sq7KYJSw
シキ「おじさん、」
勇者「よう、シキ」
シキ「魔法、フル活用しようとでもしてたわけ?」
勇者「使える手は使おうと思ってな。魔法使ってる事をバレない自信もあるし」
勇者「下手に感づかれたら厄介だもんな」ケラケラ
シキ「……………、」
勇者「ま、長くお喋りするわけにはいかないし。答えを訊こうかな」
勇者「春、迎えに来て良い?」ヘラリ
シキ「むかつく」
勇者「?」
シキ「微塵も揺らいでない事とか、無駄な頼もしさとか」
勇者「それは、オーケーって事か?」
シキ「答えはまだ言ってない。それに、先に確認したいことがある」
シキ「僕らは重いよ。追っ手がかかる。逃避行ってやつになる。危険だよ、おじさんがね」
勇者「俺、強いから平気。実はさ、お前が思ってる以上には有能だぜ、俺」ケラケラ
128 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:56:33 ID:Sq7KYJSw
シキ「僕としては、シキを覚えてくれるだけで充分恩に感じるんだけど、」
シキ「こんな大きな借り、どう返せって言うの」
勇者「……寂しい一人の老後生活にならなくてすむとか?
勇者「ずっと一緒は嫌だろうし、一人立ちしたらさ、時々会いに来てくれよ」
シキ「……それだけ?」
勇者「おう。それだけでいいや」
シキ「……………、」
シキ「--僕らには、まだ話していない秘密がある」
シキ「おじさんも薄々気付いてるだろうね。それが、僕らの秘密」
勇者「ああ、うん。気になってることはあるけどさ」
勇者「別に命に関わるような秘密じゃなければ、そこまで気にしないかなって」
シキ「けろっと言うのがむかつく」
シキ「むかつくけど、おじさんは、きっと」
シキ「もし僕が一人の人間で無かったとしても、変わらず受け入れてくれるんだろうね」
勇者「人間じゃなきゃ駄目というわけでも無いからな」
129 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:57:54 ID:Sq7KYJSw
勇者「俺も勇者だから、化け物ーだなんてよく言われるし」
シキ「………」
勇者「不満?」
シキ「なわけ、あるもんか。ばか」
勇者「一つ、そうじゃないかな、って考えてることはある」
シキ「おじさんの目に、僕は僕で、シキはシキだって映ってくれるなら、それでいい」
シキ「秘密、教えてあげる」
勇者「当てていいか?」
シキ「駄目。肯定も否定もまだしたくない」
勇者「ってことは?」
シキ「--春。僕とシキが一緒にいる所を見せてあげる。春に、僕らの秘密を教えてあげる」
シキ「これは、僕だけの意見じゃないから。シキはおじさんのこと好きだし、おじさんったら母さんにも取り入るから……」
勇者「ほんと、素直じゃないよなー。お前」ワシャワシャ
シキ「………ってる、」
130 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/13(日) 23:59:07 ID:Sq7KYJSw
勇者「え?」
シキ「待ってる、から。春」
勇者「…………了解」ヘラリ
口が悪くて、素直じゃなかった。
けれど、優しい少年だった。
俺が出会った人間の中で、一番優しく、
残酷な事を言う、少年だった。
シキにとっての一番は、シキだ。
だから、言ったのだろう。
だから、言った。
それが、どんなに辛いことでも、
シキは未来を信じて、言ったのだ。
それを、俺は信じたい。
131 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/14(月) 00:04:08 ID:yOV2rgY2
--五年前。
--秋の終わり。
この年が、最後だった。
女さんと話せたのは。
--この日が、最後だった。
俺が、シキと話せたのは。
俺がシキ呼んだ少年と話せたのも、
この年が、最後。
秋が終わり、
五年前、冬がきた。
132 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/14(月) 10:56:13 ID:yOV2rgY2
五年前。
冬の半ば。
外は、一面の雪景色。
ここでこうなんだから、あの村も一面真っ白で、
勇者(また、竜でも作ってるのかな、)
勇者(シキは可愛いやつを、シキは……あの、やたらクオリティの高いやつを)
勇者「…………、」
勇者(--気になった事は、ある)
勇者(シキとシキが一緒にいるのを、一度だって見たことはない)
勇者(シキは一人らしいこと、商人さんも言っていた)
勇者(それに、シキはシキが兄弟だとははっきり言わなかった。二人は、よく似た双子の兄弟ではない)
勇者(女さんも、シキ達二人を産んだとは言わなかった。それでも二人を我が子として愛していた)
勇者(……二人の、シキ)
勇者(違うのは、表情、雰囲気。体質を含めた中身は違うだろう。だが、外見は全く同じだ。驚く程に差違は無い)
勇者(もしや、と考えたことはある)
133 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/14(月) 10:58:02 ID:yOV2rgY2
勇者「……二重、人格……か、」
勇者(そうかもしれないし、俺の勘違いで、そうじゃないかもしれない)
勇者(でも、俺にとって、シキとシキ、二人が存在することは事実だ)
勇者(三人を背負う覚悟はある。--驚いた。まるで自分じゃない)
勇者(変わったよな、俺。……簡単に、変わってしまった。おまけに、楽な選択はしなかった)
勇者(馬鹿だと言われても、正しい選択をしたと、思っている)
勇者(春。雪解けを待って、迎えに行くことは)
この日ですでに、半分以上の準備は終えていた。
誰かに--あの商人以外には気付かれていないだろう。
勇者(あの人は、わざわざ誰かに言うような人間じゃない)
数年の付き合いでわかったことだ。
気付いたあの人は、宣言通り、俺との関係を切るだろう。
もう仕事の依頼を持ってくることは無い、
気付いた今、ただ、話すために会いに来るなんてこと、
商人「……よお、勇者」
勇者「……仕事の、依頼ですか?」
134 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/14(月) 10:58:33 ID:yOV2rgY2
商人「いいや、違う」
商人「……話があるんだ」
無いはずだった。
--五年前。
--冬の半ば。
準備して、待つだけだった。
待っているだけだった、冬の終わりを、雪解けを、春を、
俺は、何で、
商人「迷ったんだが、言うことにした」
勇者「……………何を、」
商人「上が、村を取り潰すことを決めた」
商人「あの村は、春の訪れと同時に抹消される」
135 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/14(月) 11:00:03 ID:yOV2rgY2
××年前。
冬の半ば。
村の人間「--大変だ、村の取り壊しが決まった!」
村の人間「何で今更!今まで黙認してきただろう!」
村の人間「どっかの馬鹿が戦闘奴隷の存在を公にしたんだよ、それで勇者協会が動くことになった」
村の人間「雪解けの頃に協会の人間がこの村に来る。目的は、奴隷の保護と、関係者の捕縛……」
村の人間「だからといって、早すぎる。奴隷を育てる村は腐るほどあるはずだ。何で、真っ先にここが狙われる」
村の人間「あと一年、半年もあれは完成するってのに…………」
村の人間「私達は、切られたんだ……」
村の人間「バレてたのかもな、……わかってた上で泳がしていたのかもしれない」
村長「…………、」
村の人間「どうする?」
村長「この村を、放棄する」
村の人間「奴隷は?もう少しで、完全な兵になる、」
136 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/10/14(月) 11:00:47 ID:yOV2rgY2
村長「殺せ。ここまで育てた奴隷をみすみす渡してやるものか」
村長「我々を亡き者にし、奴隷だけを手中に入れようなど……これだから貴族は」
村の人間「貴族の命令など聞きやしませんよ。アレらは」
村長「どうだかな。洗脳は完全ではない。……もう少し、もう少しだったのに、くそっ……」
村長「村を出るぞ。持ち運べない研究資料は全て……村ごと、燃やせ」
村長「奴隷はまた作ればいい。技術はすでに我らの手の内にある」
村の人間「あの女と、ガキは?殺すには惜しい」
村長「アレは奴隷というより研究資料だ。女は、まぁ保たんだろうが、死ねばそこで捨てればいい」
村長「だが、子供は生かして連れて行く」
村長「アレさえいれば、国を変えての再建はすぐにでも可能だ」
村長「--時間がない。異論が無いなら、すぐに動くぞ」
物陰。
女「………………、」
141 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:43:03 ID:rXjXlEAg
数十分後。
研究所の一室。
村長「--このクソ女!!」
怒声と共に、頭部に衝撃。
元々長くは動けない身体が、呆気なく地に伏した。
殴られたのだろう、
見上げれば村長が顔を真っ赤にさせ震えていた。
村長「せっかく、生かしておいて!やったのに!」
蹴られる、二度、三度、四度目、
村長「なんてことを……お前は……!!」
五度目に、息が詰まる。
これは私には致命的かもしれない。
口から零れたのはどちらだろうか。
味覚がない、から、わからない。
痛覚も無い、から、楽ではある。
142 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:43:54 ID:rXjXlEAg
村長「くそっ……くそっ……!!」
若くは無い身体でこの運動は辛いらしい。
息を荒げた村長は、もう一度この現状を見回した。
この村の研究資料が集まる、無惨にも破壊された最重要施設が、燃えている。
破壊し燃やしたのは私だ。
女「ふふ……」
村長「……何がおかしい、」
女「燃やせと言っていたじゃないか」
女「何を怒っているのか、荷物を軽くしてやっただけだろう」クスクスッ
村長「……笑ったな、今」
女「おや、わかるのか。ああ、そうだよ、笑ってやった」
女「ははっ、あはははははは!お前達は終わりだ!!終わりな--」
村長「黙れ!!」
村長「黙れ!黙れ!黙れ!!黙れ!!!」
143 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:46:19 ID:rXjXlEAg
--少し、意識が飛んだ。
何度も蹴られ続けているのはわかる。
動けない無防備な身体は、ただそれを受け続けるだけだ。
村長「お前はここで死ね!こんな資料などなくてもガキさえいれば……!!」
女「…………二人は渡さない」
村長「渡さない!?馬鹿かお前は!どうせガキもお前も我々の助けなしでは生きられない!!」
女「…………生きる、あの子達は」フォン
魔法を発動。
現れた小さな刃は村長へと向かう。
村長「--っわああああああああああ!!?」
驚き見開いた左目へと深々と突き刺さる--役目を終え、消えた。
女「………ざまあ、みろ、」ゴポッ
こんな簡単な魔法を使っただけで、身体は悲鳴をあげる。
144 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:48:29 ID:rXjXlEAg
いや、断末魔か。これは。
こうも何度も蹴られれば、脆弱な私は長くは保たない。
村長「…………よくも、やったなああ!!!!」
そのままショック死すれば良いのに、残った右目はさらなる怒りに染まっていた。
血濡れた手が握りしていたのは何だろうか。
視界が霞んで確認出来ない。
だが、アレで私は終わるのだろう。
無駄に長く生きてしまった。
辛い人生だった。
--いや、辛いだけではなかったか。
そうだ。辛いだけでは、無かった。
ああ、何故だろう。
ずっと死にたかったはずなのに、
やっぱり、私は、
女(…………シキ、シキ。あなた達が生きるには、私の存在は重すぎる)
女(この身体は、もう駄目なの。次の春を迎えられないことは、わかってた)
女(大丈夫、二人なら生きられる。この村から逃げられる)
145 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:49:56 ID:rXjXlEAg
女(すぐに勇者様が見付けてくれる。だから、お願い)
女(生き)
村長「お前は餌だ」
村長「お前がいれば、ガキはこの村から出ない」
村長「何が、渡さないだ……くそっ、やっぱり生かしておくべきだったなぁ!!」
村長「死体じゃガキの行方に希望を持つしかないからな!!」
××年前。
冬の半ば。
シキ(………………、)
怒号が飛び交っていた。
泣き叫んでいるのは誰だろう。
146 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:50:40 ID:rXjXlEAg
血のにおいがする。
怖い。
母さんはどこだろう。
シキは、寝ている。
村の人間「探せ!」
村の人間「こんな時に、どこに隠れた!」
村の人間「あの身体じゃ外には出れん!とにかく、他のガキ共に見つかる前に捕まえろ!」
シキ(…………、母さんを探して、シキを起こさないと、)
何時までも隠れているわけにはいかない。
何が起こっている、まずはそう考えた。
僕を起こしたのは母さんだ。
意識は半分沈んでいた。
完全に眠っていれば、いくら母さんやシキでも、僕を起こすことは出来ない。
それ程までに深く眠るようになっていた。
シキ(こんな騒がしい中、眠ってたりなんかしたらどうなってたことやら、)
覚醒に時間がかかって、目覚めた時にはもうそこに母さんはいなかった。
何か大事な事を言っていた気がする。
けれど、思い出せない。
147 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:52:06 ID:rXjXlEAg
シキ(…………何か、燃えている?焦げ臭い、)
--耳を澄ませば、村の大人達の会話をいくつも拾えた。
どうやら僕を探しているようで、どうにか村の子供より先に捕まえなきゃいけないらしい。
その理由は--、
シキ(嫌われてるのは知ってたし、あわよくば殺そうなんて思ってるのは知ってた)
この村の子供達も僕を探し、見つけ次第全力で殺そうなどと企んでいるらしい。
シキ(首謀者はあの女の子かな。……外部の人間であるおじさんにまで接触したみたいだし)
対して、村の大人達は僕らを殺そうとはしないだろう。
僕らは貴重な研究資料だからだ。
シキ(……シキは、……まだ眠っているみたいだな……)
元々僕の分を肩代わりしているだけだけど。
眠っているなら、安全な場所にいるだろう今なら、わざわざ起こしてまでこの現状を見せたくはなかった。
シキ(こんな、汚い世界、)
シキ「…………あはは、ほんとに、タイミングが悪いなぁ、」
シキ(春が楽しみになっていたのに、)
シキ「……………」
148 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:54:14 ID:rXjXlEAg
--考えよう。
何でこんなことになっているのか。
どうして、子供達が殺されることになっているのか。
殺されることがわかっていて、
兵として作られた奴隷の子供は、
何故村から逃げ出さないのか。
シキ(僕らを殺すために残った?)
シキ(奴隷のくせに、あれだけ嫉妬していたんだ、自分達だけ死んで僕らが生かされるなんて知ったら、)
そもそも何故子供を殺すようなことになったのか、
シキ(まさか、出資していた貴族様に切られたのか?この村、)
シキ(そりゃあ、奴隷って言うより兵士を作っていたわけだし、切られるのもわかる)
村の人間「--いたか?」
村の人間「いない。おまけに、何人かまだ隠れてる」
村の人間「あの女、この騒ぎを見越して子供を解放したのか」
村の人間「馬鹿だよな。怯えて逃げ出しても、どうせすぐに見付かって殺されるのがオチだってのに」
149 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/02(土) 23:55:20 ID:rXjXlEAg
村の人間「……あの女も馬鹿だ、おとなしくしてりゃもっと長く生きられただろうに」
シキ「---、」
村の人間「死体はどこに?」
村の人間「確か--」
シキ(……そんなはずは、ない)
シキ(だって、僕らは、三人で春を迎えるんだ)
シキ(三人そろって、連れ出してもらって)
シキ(それで--、)
研究所の一室。
そうだった。
僕だって初めてだ。大切な人の死なんてものは。
150 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 00:53:59 ID:ABKRpGTQ
立っていられなかった。
動かない母さんを前に、座り込むしかなかった。
シキ「…………、」
頭から広がる血溜まり。衣服の乱れ。
色濃く残る暴行の痕。
触れるのが怖かった。
目の前にあるのは母さんのはずなのに、まるで別の何かに見える。
シキ(……母さん、…………母さん、)
けれど、触れたい。
触れれば目覚めてくれる気がした。
シキと、呼んでくれる気がした。
震える指先が、母さんの手に触れた。
まだ、温かい手を握る。
--生きて、シキ。
私を置いて、シキと二人で。
シキ「………っ、」
流れ込んできたのは、間際の感情だ。
死の間際。母さんの、最期の声だ。
151 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 00:55:07 ID:ABKRpGTQ
シキ「そう簡単に、割り切れる、わけ、無いじゃないか……」
知ってた。
母さんはずっと死にたかった。
実験されつくした身体は--もう壊れた身体は、すぐにでも活動をやめていたのに。
僕らのために、生きようとしてくれていた。
僕らと一緒にいるために、辛くても生きてくれていた。
そして、母さんがいたから僕らはこの村から逃げ出さなかった。
もし逃げ出したとしても、三人での逃避行はすぐに終わる。
村から出れば、母さんはすぐにでも死んでしまうから。
ずっと考えていたのだろう。
自分さえいなければ僕らは村から逃げられるかもしれないのに、と。
でも、僕も、逃げ出すには弱すぎる身体になってしまった。
シキ「……………、ねぇ、」
--背後から近付く気配に訊いた。
シキ「あんたが母さんを殺したの?」
村長「……ああ、そうだ。この女は、悪いことをしたからな」
152 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 20:34:27 ID:ABKRpGTQ
振り返れば、村長がいた。
左目を押さえ、いつものように笑っていた。
村長「悪いことはいけないことだ。だから、罰を受けた」
シキ「……………、」
村長「君は違うだろう?君は悪い子じゃない、良い子だ。私の言うことを訊いてくれる、良い子だ」
村長「そうだろう?」
シキ「……ずっと、あんたのこと胸糞悪い奴だと思ってた」
村長「……………、汚い言葉を使うと、悪い子になってしまう」
赤く濡れた鉄の棒が振り上げられる。
この動きだけで、村の子供は怯えて動けなくなってしまう。
そういう教育をされていた。
シキ「悪い子で良い」
僕は違う。
シキ「あんたの良い子になってたまるか!!」
153 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 20:35:08 ID:ABKRpGTQ
相手はただの人間だ。
棒を叩き落とすなんて容易い。
倒して、その身体に馬乗りになるのも、
村長「!!!」
シキ「殺してやる……!!」
魔法で形成したナイフでその首を切り裂くのも、容易い、
はずなのに、何故こうも手が震える。
シキ(何で震えるんだ、何を迷ってる!)
シキ(仇だろう、コイツは母さんの仇なのに……!!)
村長「ははっ……はははははははは!!」
シキ「……笑うな、」
村長「誰かを傷付けただけで吐いてしまうような不良品が!!人を--私を!殺せるわけないだろう!!」
シキ「うるさい、」
村長「そういう面に関してはもう片方が優秀だな!!お前もそう思ってるんだろう!?なぁ、シキィ!」
シキ「黙れぇえええええ!!!」
154 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 21:42:55 ID:ABKRpGTQ
振り上げたナイフを全力で振り下ろ、
--横からの衝撃、まともに受けた身体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
少女「お父さんに、何をしてるの?」
シキ「……っ、」
シキ(くそ、頭打った……から、か、意識が、)
近付く気配。
村で一番厄介な女の子が、そこにいた。
少女「ねぇ、シキ。何をしようとしてたの?」
シキ「…………」
胸ぐらを掴まれ引きずり起こされた、が、すぐに床へと叩きつけられる。
シキ「くぅっ……」
少女「馬鹿なシキ。お父さんを傷付けようとしたんでしょ。そんなの出来るわけないじゃない」
155 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 21:44:27 ID:ABKRpGTQ
シキ「…………」
魔法を使、
少女「だって私がいるんだもん!!」
おうとした身体は蹴り上げられ、強制的に止めさせられた。
一度だけではない、二度目が来る。
シキ「う、ぐっ……」
三度目、四度目、
少女「お父さん!ほら見て!私、コイツより強いよ!」
五度目、
ああ、まずい。
痛みで、気が遠く、
少女「ずっとずっと強い!!そうでしょ!?」
156 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 21:45:25 ID:ABKRpGTQ
村長「もうやめろ。それ以上は死ぬ」
六度目はこなかった。
少女「どうして?コイツ、悪い子でしょ?お仕置きしなきゃ駄目でしょ?殺さなきゃ駄目でしょ?」
村長「殺すな。さがれ。シキは生かして連れて行く」
少女「どうして?どうして?私の方が良い子なのに、どうしてコイツを連れて行くの?」
村長「必要だからだ。コレには価値がある」
少女「あ、あ、じゃあ私は?私は?私は連れて行ってくれるよね!だって私はこんなに役にたってる!お父さんの役にたってる!!
村長「……命令が聞こえないのか。さがれ」
少女「…………」フォン
村長「!!……そのナイフは何だ、何をする気だ!」
少女「こうするの」
シキ「----!!」
157 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 21:46:55 ID:ABKRpGTQ
痛みより先に熱さを感じた。
悲鳴は出ない。悲鳴より先に溢れた血が口内を満たす。
刺された。柄まで深々と。
少女「私より、コイツの方が価値があるなんて、お父さんは言わないよね?」
村長「……なんて、ことを……」
少女「言わないよね?」
村長「!!あ、ああ。言わない。お前の方が価値がある。シキよりずっとだ。だから、もうさがりなさい」
少女「やっぱりそうだ!私には価値がある!だから、ね?私も連れて行ってくれるよね!?みんな殺しても、私だけは連れて行ってくれる!」
ずるりと引き抜かれた、その傷口から血が溢れ出す。
服が赤く染まっていく。
村長「ああ、そうだ。連れて行ってやる。だから、な?落ち着け」
少女「良かったぁ……!そうだよね、だって私が、お父さんの一番だもん!」
シキ(あ、あ……どうしよう、どうしよう)
シキ(止まらない、血が止まらない。お願い、止まって、早く治って、)
158 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 22:39:34 ID:ABKRpGTQ
村長「そうだ。お前が一番だ。だから、シキから離れろ。治療しなければならない」
少女「どうして?」
シキ(……頼むよ、お願いだ。止まって、止まってよ!)
傷口を強く押さえても、指の間から血は流れ出していく。
村長「シキが出来損ないなのはお前も知っているだろう?治療しなければ死んでしまう」
少女「お前じゃないよ。お父さん、名前を呼んで」
シキ(死ねない、こんな所で、僕は死ねない……!!)
視界が滲む。
これは、涙か。
泣いてる場合じゃないのに。
村長「名前……?なんだ、それは、」
少女「え……?」
--シキ、どこ?
159 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 22:41:21 ID:ABKRpGTQ
シキ(!!--だめだ、だめ、シキ)
シキ(こっちに来ちゃ……いけない……)
--怖いんだ、シキ、どこ?
少女「名前、私の名前だよお父さん!私も特別だから、いつも名前を呼んでくれたじゃない!」
村長「……何を、言って……」
--シキ、シキ、怖い、怖いよ、
シキ(だめだ、シキ。来ちゃ、だめだ)
シキ(見ちゃ、だめだ)
シキ(来てしまったら、見てしまったら、君は壊れてしまう、)
少女「----私は、お父さんの特別だもん」
少女「いらないのは出来損ないの方だもん!!」
シキ(シキ……お願い、隠れてて)
村長「や、やめろ!!ナイフを置け!!」
160 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 22:44:42 ID:ABKRpGTQ
シキ(ここには、来ないで)
シキ(おじさんが見付けてくれるまで、君は、)
少女「やだ、やだ!!私が特別なんだもん!!どうして意地悪するの!!私は良い子なのに!!コイツは出来損なのに!!悪い子なのに!!悪い子は死--!!」
村長「やめろ27番!!!」
少女「私はニーナだよおおおおお!!!」
ドスッ
シキ「 、」
--シ、キ?
シキ「 あ 」
シキ(……ああ、あ、シキ、来ちゃだめだって、言ったのに、)
--シキ、が、シキが、
シキ「 う あ 」
161 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 22:46:17 ID:ABKRpGTQ
シキ(…………、だめだ、だめだよ、やめて)
--シキ、母さん、が、あ、
シキ「 あ ああ あ」
シキ(シキ……!!)
シキ「 」パキン
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
その瞬間、シキが壊れてしまうのを、感じた。
162 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 23:56:22 ID:ABKRpGTQ
××年前。
冬の半ば。
雪が、降っていた。
ひらひらと落ちる、それが、指先に触れても。
もう、冷たくは、感じない。
シキ「--シキ、」
、
シキ「駄目だよ、シキ。記憶を見ちゃ駄目。何も見ないで」
シキ「僕だけを、見て。シキ」
シキは、 ぬの ?
母さんは ん の?
、俺 、ヒトを、殺 た、
163 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 23:58:15 ID:ABKRpGTQ
シキ「大丈夫、大丈夫だから。僕を見て。何も見ないで」
--あ、あ、怖、 、よ、シキ、
い、なんで、な だ、ろう、俺、怖 よ、
シキ「…………、」
こ、 い、こわい 、おれ、シ 、
シキ「……シキ、怖くないよ。大丈夫だから。僕の声を、よく、聞いて」
、 き、く、
シキ「あのね、シキ。--全部、忘れるんだ」
シキ「僕のことも、母さんのことも、自分のことも、ここであったことも」
シキ「今まであったことも、全部、全部。忘れるんだ」
忘れ、る?
164 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/03(日) 23:59:46 ID:ABKRpGTQ
シキ「うん。忘れよう。忘れてしまえば、もう怖くはないだろ?」
忘れ、る
シキ「全部、何もかも忘れて、…………生きていこう」
シキ「忘れてしまえば、僕らを縛るものは、もう何もない」
シキ「僕らは自由なんだ、シキ」
--自、由、
シキ「ねぇ、シキ、これからどうしようか。どこに行きたい?何がしたい?」
シキ「二人でいろんな所に行こうか。それで、二人でいろんな景色を見るんだ」
シキ「いろんなヒトと出会って……ああ、そうだシキは人見知りを直さなきゃね」
……………、
シキ「…………シキ、目を閉じて」
165 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 00:02:04 ID:xuf4s.8Y
シキ「次に目を開ける時、君はもう何も覚えていない。……もう……怖くないから、ね」
わかった、
シキ「………………」
……シキ、
シキ「……なに?」
シキは、俺も一緒に連れて行ってくれるよな。
シキは、俺を一人にしないよな。
シキ「…………ふふっ、」
シキ「何言ってるの?そんなの、今までも、これからも、決まってる事じゃないか」
そうして僕は、笑ってみせた。
シキ「僕らはずっと、一緒だよ」
166 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:48:31 ID:xuf4s.8Y
五年前。
冬の、あの日。
雪が降っていた。
まず、それだけ、わかった。
寒さは感じない。何も感じない。
目の前に広がる光景が理解出来ない。
勇者「…………、」
その村は、もう村では無くなっていた。
勇者「……なん、で」
所々にある崩れ落ちた石壁が、そこに家があったのだとわからせる。
山の奥。開けたこの場所には、小さな村があった。
今は、朽ち果てた村の跡地だ。
勇者「……誰か、いないのか、」
167 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:49:51 ID:xuf4s.8Y
勇者「シキは、女さんは……!」
ヒトはいない。誰一人、いない。
見ればわかることだ。
遮蔽物など存在しない、一面白に染まった更地に、どうやって隠れる、
もう、自分の意志で歩いているとはいえない。
ただ、さ迷った。村では無くなった村を。
勇者(--ああ、そうだ、)
勇者(村が、こうなっただけだ)
勇者(落ちつけ。死体はない。こんなに歩いたのに、一人だって見てない)
勇者(村がこうなった、だけ。死んでない。連れて行かれただけだ)
勇者(言ってたじゃないか、商人さんも)
勇者(シキ達には、高値がついていると)
勇者(だから、……見付けて、)
気付けば、研究所があったであろう跡地の前にいた。
168 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:50:25 ID:xuf4s.8Y
そこで俺は、見付けてしまった。
勇者(約束通り、連れ出して、)
白に埋もれる、金色を。
勇者「----、」
見つけたくなった。信じたくなかった。
勝手に動く足が、もつれながらもそこへたどり着いてしまう。
ほとんど倒れるように膝をついた。
雪をかきわける。すぐに、
勇者「……女、さん……」
冷たくなってしまった、彼女を、見付けてしまった。
勇者「っ、女さん!」
抱き抱えても、反応がない。
169 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:51:07 ID:xuf4s.8Y
あるわけがない。
もう彼女は、雪と同じぐらい、冷たいのに。
勇者「…………、」
ヒトの死に触れたのは、これが初めてじゃない。
勇者(……慣れて、いるだろう、俺は、)
勇者(俺なんかより、母親を亡くした二人の方が、悲しいんだ)
勇者(泣くなよ、助けられなかった俺には、泣く権利なんてない、)
抱き抱えた彼女の身体を、ゆっくりと横たえた。
勇者(村を見て回ったら、女さんを連れて、山を下りよう)
勇者(そして、シキ達を捜すんだ。どんな手を使っても、必ず捜し出してみせる)
おじさん、
呼ばれた気がして、顔をあげた。
170 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:52:22 ID:xuf4s.8Y
その視界には、雪の上に横たわる小さな身体が映っていた。
子供だ。白が混じったその中に、見覚えのある金髪があった。
勇者「…………うそ、だろ、」
立ち上がる事が出来ない。
今度は、自らの意志で進んでいた。
手足を引きずり、ふらふらと近付く。
勇者「…………シキ、」
シキだ。
シキだった。
勇者「……なぁ、シキ、起きろよ」
小さな身体を、抱き起こした。
とても軽い、身体だった。
勇者「……なに、寝てんだって。あんまり長く寝てると、またシキが心配するだろ?」
171 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:53:00 ID:xuf4s.8Y
手が震えていた。
声も、震えているのがわかる。
認めたくはなかった。
勇者「目を、覚ませよ……シキ、なぁ、」
抱きしめると、少しだけ体温を感じた。
雪より少しだけ温かい、
勇者「……っ、ぐ……うう……」
少しだけ、だ。
勇者「……春、に、なったら、」
春を待っていた。
勇者「迎えに行くって、俺、言ったろ……」
172 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:54:10 ID:xuf4s.8Y
迷いはなかった。
雪解けを待った。春を待った。
春が来たら、
勇者「待ってる、って、お前……言ったじゃ、ないか……」
三人を連れ出して、一緒に逃げるんだ。
--大変かもしれない、けど、必ず、絶対に、護ってみせる。
勇者「……だって、さ……俺、届くと、思ったんだよ……」
勇者「頑張れば、俺の手は、届くって、」
勇者「お前ら、三人ぐらいは……護れるって……!」
助けられなかった俺に、泣く権利は無い。
涙を流す資格なんかない。
けれど、止められなかった。
ぽたぽたと落ちる水滴が、シキの顔に落ちる。
赤く染まった手を、握りしめた。
173 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:55:09 ID:xuf4s.8Y
勇者「……信じ、させてくれ、」
勇者「お前らはさ、二重人格とかじゃ、ないんだよな、」
勇者「シキは、どこかに隠れてるんだろ……?」
勇者「それで、お前は、シキを残して、死んだりなんかしない。……そうだろ?」
シキの身体が、淡く光る。
治癒魔法だ。まだ間に合う。
間に合わないわけがない。
勇者「--シキ!」
勇者「なあシキ!どこにいる!?」
勇者「ちょっと早いけど、迎えに来たんだ!みんなで一緒に、外の世界に行こう!」
勇者「シキ……シキっ!!っ、く……返事を、してくれ……!」
勇者「……頼む、頼むから……!!」
勇者「なぁ……シキ……!!」
治癒魔法さえ使い続けていれば、
174 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 01:56:04 ID:xuf4s.8Y
体温は戻る、すぐに温かくなる。
呼吸だって、きっと、すぐに戻る。
すぐに、次の瞬間にでも、目覚めて、そして。
呆れと照れが混ざる、素直じゃない笑みと、逆に素直な、人懐っこい笑顔を見せてくれる。
だから、だから、だから--
勇者「……っ……う……うう……」
--わかって、る、
遅かったんだ、俺は。
覚悟を決めるのが遅かったから、こうなった。
なにが、勇者だ。
勇者のくせに、俺の手は、何にだって届きやしない。
勇者「っぐ……うあ………ああ、」
勇者「うああああああああああああああああああああああ!!!!!」
俺には、誰も、護れないんだ。
179 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 14:50:53 ID:xuf4s.8Y
シキを捜した。
結局、見付ける事はできなかった。
シキと女さんは連れ帰った。
綺麗な湖の側の、小さな丘に墓を作った。
滅多にヒトが来ない場所だから、きっと静かに眠っていられる。
あれから、数年。
俺は--私は、勇者として得た伝手と権限を使い、あの村の真実を追った。
関わった人間は全て協会に告発した。
同じ実験を行う施設は発見次第潰してきた。
そのかいあってか、勇者協会も本格的に動き出した。
子供を使った実験が黙認されていたのは、過去の話となった。
勇者として正しい事をしている。
私の名は広く知れ渡った。
勇者として当然の行い。これが勇者としての正義。
--全部、私の自己満足だ。
解放された戦闘奴隷達がどうなったか、私は知らない。
180 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 14:51:38 ID:xuf4s.8Y
とある町。
商人「お前、変わったな」
勇者「………………」
商人「昔はほいほい敵作るような真似はしなかった」
勇者「…………、」
商人「だから、殺し屋と追いかけっこする羽目になる」
商人「やめときゃいいのに、裏ボスの貴族様にまで手を出すから」
商人「その様子だと、今回で決める気だな。お早いことに、協会じゃお前の死亡届けが出されてる」
勇者「………はは、まだ、生きてるのに」
商人「まだ、だろ?明日はどうだかな」
勇者「………………」
商人「--毒か?治癒魔法効きにくいみたいだな。……そりゃ、おとなしく回復に専念してりゃ治るだろうが」
商人「あーあ…………何で俺んとこ来ちゃったかな、お前」
勇者「……すみません、」
181 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 14:52:38 ID:xuf4s.8Y
商人「謝るなよ。……今でも、あの時、あの村の事を言うべきじゃなかったとか後悔してるんだからさ」
商人「まぁ、どっちに転んでもおかしくなっちまってただろうけど」
勇者「…………私は、有り難いと思っています。せめて、墓は作れた」
商人「……護衛の仕事、依頼しなきゃ良かったわ。お前があの村に行かなきゃ、こうはならなかった」
勇者「……………、私も、後悔はしてます。この数年、ずっと」
勇者「でもそれは、彼らに出会った事に対してではありません」
商人「………あーあ、やだやだ。お前なんか気に入らなければ良かった」
勇者「すみません、」
商人「謝るなって。お前の居場所は貴族様に伝わってるのに」
勇者「---、」
商人「追っ手はすぐにでも来るぞ。もちろん、この場所をリークしたのは俺だ」
商人「こっちにも手が回ってるに決まってるだろ」フォン
勇者「…………魔法?商人さん、何を、」
商人「こうするしかないんだよ、」ザシュ
勇者「!!!」
182 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 14:54:48 ID:xuf4s.8Y
商人「いっ……てぇな、畜生。深く切りすぎたか?」
勇者「……何やってるんですか、自分で自分を傷付けるなんて馬鹿な真似、……とにかく、治癒します、」
商人「うっせぇ馬鹿はお前だろ。これは保身のためだ。俺みたいな善良な一般人が勇者相手に勝てるわけないだろ」
勇者「……善良な一般人?」
商人「うるせぇ。くそっ、二度も言わせんな、お前がここにいる事は俺がリークしたんだって」
商人「さっさと行けよ。目の前で人死になんざ御免だ。目に毒だっての」
勇者「…………はは、」
商人「何笑ってんだ、」
勇者「追っ手を呼ぶ時間稼ぎをするなら、こうして話しをするだけで充分なのに」
商人「……………、」
勇者「ご迷惑かけました。お言葉に甘えて、逃げさせてもらいます」
商人「……………、」
商人「……絶対、無理だと思うけどさ」
勇者「?」
183 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 14:55:26 ID:xuf4s.8Y
商人「もしお前がちゃんと逃げ切って、生きてたら、」
商人「……今度は、最後までお前の味方してやるよ」
勇者「…………、商人さん」
勇者「……今まで、ありがとうございました」
勇者「さよなら」
商人「……だよな、」
商人「だってお前、もう死ぬ気だもんな」
184 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 19:22:29 ID:xuf4s.8Y
手負い相手に、よくやる。
人気が無い路地に移動したら、すぐに襲ってきた。
簡単に蹴散らせるわけもなく--今は、もう戦える状態ではない、といった所か。
ふらついた足取りで橋の下へと逃げ込んだ。
深夜だ、おまけに今日は新月。
街灯の光すら届かないここは、真っ暗だ。
ただでさえ視界が霞み始めた私には、ほとんど何も見えなかった。
壁を伝い進む、ちょうど中間付近で、限界がきた。
倒れるまでにはいかないが、もう立てそうにない。
今襲われたら、何も出来ず殺されるだけだ。
それで良い気がした。
勇者(…………、あれから、ずっと、自分ばかりを責めて、)
勇者(もう、死んで、楽になりたいとか……思っている、)
勇者(生きたくても生きられなかった三人がいたから、自死だけはしなかった)
勇者(他に上手いやり方はあったはずなのに、こうなったのは、こうなることを私自身が望んでいたからか)
185 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 19:23:48 ID:xuf4s.8Y
俯いていた顔を上げれば、目の前に人影。
青年というよりは、まだ少年に近い年に見えた。
そうして、思わず目を凝らしてしまったのは、少年が赤い目をしていたからだ。
同じ赤い目を持つ少年達が重なり、次の瞬間には目をそらした。
引きずられるように思い出した記憶が、なによりも辛い。
男「--お、見つけたか」
少年「……」コクン
新たな気配。顔をあげる気力は無かった。
現れた男も、この少年も、追っ手であることに間違いはない。
男「こりゃ、ご褒美もんだ。ちょうど死にかけ。楽な仕事だな」
男「ふらふら勝手に動いてると思ったら、やるじゃねーか。お前の働きは、ちゃんとご主人サマに伝えといてやるよ」
少年「…………」コクン
男「……相変わらず、喋んねぇし」ハァ
男「まぁ、いいや。--んじゃ、おっさん。死んでもらうぜ?見苦しいから抵抗すんなよなー」
勇者(……どうせ、もう、身体は動かない)
186 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 19:24:56 ID:xuf4s.8Y
--剣が振り下ろされる、
これで、私は死ねる。
勇者「…………ごめんな、シキ」
少年「…………」グイッ
男「--お?」ピタッ
剣は、寸前で止まり、引かれた。
少年「……殺さなきゃ、駄目か?」
男「お前、初めて喋ったと思ったらソレかよ」ハァ
少年「…………」
男「なに?コイツに恩でも感じてるのか?言っとくけどな、逆だぞ逆。俺達みたいのはコイツに恩じゃなく恨みしか無いんだ」
男「そりゃあ、戦闘奴隷になる前に解放されたガキ共は良いだろうよ。けどな、俺達はどうだ?」
男「戦闘奴隷を売買する市場ごと潰されて、俺達はどんなに肩身の狭い思いをしたよ」
男「普通の奴隷じゃない、俺達には高値がついていた。それなりに金を持った主人に買われて、上手く当たりを引きゃ、普通の奴隷より格段に上の待遇を受けてたかもしれないんだ」
187 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 19:26:01 ID:xuf4s.8Y
男「それだってのに、コイツが俺達の存在を黙認してた協会を動かすから、一番の当たりの貴族サマが手を引くことになった」
男「戦闘奴隷は戦闘奴隷としか生きられない。普通の人間どころか、普通の奴隷にもなれない」
男「……コイツは、すでに戦闘奴隷として作られた俺達のチャンスを全部ぶっ潰しやがったんだ」
男「だから俺達は、馬鹿みたいな金額で買われて、クソみたいな扱いを受けて--どんなに優秀だろうが、外れの主人の下で惨めに死ぬしかない」
男「戦闘奴隷の解放に尽力した勇者?世間様の英雄だろうが、俺達には疫病神以外の何者でもない」
男「……恨みしか、ないだろ。な?」
少年「…………」コクン
男「……なんだかな、俺がよく面倒見てやったからか?先に殺せばお前の手柄なのに、一番大きな手柄は必ず俺に譲る」
少年「……面倒見てくれたこと、感謝してた」
男「……そっか。俺も感謝してるぜ。あのクソボケ勇者を、この手で……ぶち殺せる機会をくれたんだからよ!!」
少年「………………」
男「今度は止まらないぜ……」
男「じゃあな!死ねよ!勇者ぁ!!」
少年「さよなら、死ね、先輩」フォン
188 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 19:29:54 ID:xuf4s.8Y
今、大量に降りかかるこれは、ただの水ではないのだろう。
べちゃべちゃと落ちる肉片、ぐらりと傾ぎ、男は倒れた。
勇者(なんで………、)
男が死んだとわかった。
発動した魔法が男を殺した。
魔法を発動したのは、男の仲間であるはずの、少年。
男を見下ろす赤い目に、感情は無い。
彼は、生きてはいない、人形のような目をしていた。
少年「………ごめん、先輩」フォン
発動した魔法が、淡い煌めきとなって男を包んだ。
暗闇に浮かび上がった、男の絶命した顔が、私の顔へと変化していく。
勇者「……君、何を、して……!」
少年「先輩の死体が、あなたの代わりになる」
少年「逃げて下さい。追っ手は来ない。全てあなたが殺して、最後の一人が、ここで相討ちになったことにする」
勇者「…………、どうして、私を、助ける……?」
189 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:41:35 ID:xuf4s.8Y
少年「………………、シキを、忘れて」
勇者「!!!」
少年「あなたも、シキを、忘れて、下さい」
勇者「……あ、あ……まさか、君は……!」フォン
なけなしの力で使った魔法は、小さな光源となり少年を照らした。
少年「………………、」
母親譲りの金髪と、赤い瞳。
あれから、数年。
その少年は、見覚えのある面影を充分に残し成長していた。
勇者「…………シキ、」
二重人格などではなかった。
生きていた。シキは、目の前でちゃんと生きていて、存在していてくれていた。
勇者「っ……シキ……お前、生きてたんだな……!」
190 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:42:24 ID:xuf4s.8Y
少年「--違う。俺は、シキじゃない」
勇者「……え、」
少年「シキは、死んだ」
死んだ、と言った瞬間、赤い目が泣きそうに歪んだ。
少年「シキは死んだんだ、もういない」
勇者(--ああ、そうか、)
勇者「……俺は、シキも、お前等のお母さんも、助けられなかったから、」
勇者「俺を……恨んでるだろ、シキ……」
少年「……違う、」
勇者「ごめん……ごめんな、シキ……!」
少年「違、う……シキは、恨んでない、」
少年「シキは、シキは……」
少年「…………、」
191 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:44:35 ID:xuf4s.8Y
少年「……シキは、死んだんだ。おじさん、」
勇者「!!」
少年「あの、日、母さんは死んでた。シキは……血が止まらなくて、」
少年「シキ、は……俺、は、何も、わからなく、なって、死んでた、母さんが」
少年「シキも、死ん、じゃ……俺、は、俺を、制御、出来なくなって、それで、」
少年「死んだ、殺した……俺が、沢山、村の、村にいた人間、全部、俺が」
勇者「シキ……っ、シキ!落ちつけ、」
勇者「生きてる、お前は、お前だけは、生きて……」
少年「--おじ、さん、シキは死んだんだ」
少年「あの日、シキは死んだ」
少年「俺は、シキじゃない」
少年「……シキは……俺は、」
ゆらりと、シキの姿が揺らめいた。
勇者「……シキ……?」
192 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:46:25 ID:xuf4s.8Y
俺は、さ、おじさん、
その声は、声というより、音に思えた。
声は、確かにシキの声だ。だが、誰かが話しているとは思えない、強い違和感があった。
ヒトじゃないんだ、
シキの方から、シキの声が聞こえる。
どうしても、今、シキが話しているんだと認識出来ない。
それが何故なのかは、すぐにわかってしまった。
勇者(……そんな、こと、って……)
シキの身体そのものが、淡く光り始めた。
その輝きと同質の物を、俺はよく知っていた。
ヒトじゃない、化け物ですらない、
生きてすらいない、
俺は--魔法なんだ。
その輝きは、魔法を展開発動した時に発生する光と、全く同じだった。
193 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:47:58 ID:xuf4s.8Y
シキ〈俺は、シキに同化した魔法だ。俺はシキを媒介に生まれた魔法〉
シキ〈シキの身体は特別だった。魔力の耐性が凄く高くて、魔法を同化させる実験は問題無く成功した〉
シキ〈成功しただけではなく、……シキ自身が意図したわけでもなく、シキに同化した魔法は何故か意志を持ってしまった〉
シキ〈みんな、シキが俺を造ったと思ってる。シキは否定していたけど、俺はどっちでも良かった〉
シキ〈シキも母さんも、俺をシキと呼んでくれたから〉
シキ〈……シキと母さんがいれば、それで良かった、のに〉
勇者「シキ……、」
シキ〈……おじさんも、俺をシキって呼んでくれる〉
シキ〈俺が魔法だって知った今も。……おじさんなら、って俺達、思ってた〉
シキ〈……ありがとう、おじさん〉
勇者「……………っ、」
シキ〈でも、忘れてほしいんだ〉
シキ〈俺達のこと……シキのことを、忘れてほしい〉
194 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:50:33 ID:xuf4s.8Y
勇者「--え?」
シキ〈おじさんが俺をシキと呼ぶから、俺はシキを思い出してしまう〉
シキ〈忘れなきゃいけないのに、俺はシキを……忘れなきゃ、〉
シキ〈……生きて、いけないんだ……〉
シキ〈今も、この時も、もう、存在することが、怖くて、辛くて、もう、もう、俺……消えて、しまいたいのに、〉
シキ〈シキは、俺に、忘れようって……全部忘れて、生きようって、言っ、た……のに……〉
シキ〈……ヒトは、凄い、な〉
シキ〈……俺は、こんなもの背負って、生きていけない……〉
シキ〈おじさん……俺、嫌なんだ、シキがいないんだ、怖いんだ……辛いんだ、〉
シキ〈シキがいないなら、俺は、シキじゃない、〉
シキ〈俺は、シキがいない、この世界に、存在したくない……!〉
シキ〈連れて行ってくれるって、ずっと一緒だって、俺を一人にしないって、言ったのに……!!〉
勇者「……シキ……、ごめん……俺が、俺がもっと早く、迎えに行ってれば、」
勇者「俺が……悪いんだ、俺が……!!」
195 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:51:58 ID:xuf4s.8Y
シキ〈……おじさんは、悪くない〉
シキ〈自分を責めるのは、やめてよ……おじさんにまで、死なれたら、俺……〉
勇者「………………あ、」
シキ〈忘れ、て……〉
シキ〈お願い、おじさん……シキは死んだんだ……忘れて、〉
シキ〈全部、忘れて……シキも母さんも、俺も、あの村であった事、全部……〉
勇者「いや、だ……忘れたくない、俺は、お前と……」
シキ〈忘れるって、頷いて、くれなきゃ……俺は、俺の記憶を呼び戻す、おじさんを……〉
シキ〈殺さなきゃ、なら、ない……!〉
勇者「---!!!」
シキ〈で、も……おじさんを、この手で、殺してしまったら……俺、耐えられない……、〉
シキ〈シキが……生きろって言ったから、俺は……生きなきゃいけない、から、お願い……!!〉
シキ〈忘れるって、頷いて……!!〉
196 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:54:34 ID:xuf4s.8Y
--シキが、言っていた。
シキの事を覚えていてと。
今、この時、俺が忘れると頷いたら、この世界にシキを知る者はいなくなってしまう。
シキをシキと呼ぶ者がいなくなってしまう。
ヒトではないシキは、それが怖い。
自覚はあるのだろう、自分の存在は有り得ないのだと。
意志を持つ魔法は、きっと、その名前を核に自己を形成した。
それを忘れると、俺が頷けば。
勇者(お前は、今度こそ、壊れてしまうんじゃないのか、)
勇者(だから、忘れたくない、)
勇者「俺は……、」
シキ〈……おねがい、〉
勇者「………っ、」
勇者(--馬鹿か、俺は……忘れない、と言うのは……俺を救う言葉なのに、)
勇者「……ごめん、ごめん……俺、」
勇者「忘、れるから……お前のこと忘れるから、」
197 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:55:45 ID:xuf4s.8Y
シキ〈------、〉パキン
音が、した。
それは、魔法陣に亀裂が入る音によく似ていた。
勇者「頼む……生きて、くれ……」
シキ〈………………、〉
そう言うと、彼は、へらりと笑った。
その目は光が消え、暗く、淀み。
やはり、あの音は壊れてしまった音なのだろう。
今ので、彼の、シキとしての心は、壊れた。
シキ〈……わかった、ありがとう、 じさ 〉
シキ〈…………あの時、も、 さんと、シ を、連れ 帰 てくれて、あ がと 〉
勇者「!!!」
揺らめく身体に、手を伸ばす。
198 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:57:38 ID:xuf4s.8Y
掴めたはずの彼の手は掴めず、俺の手は空を切る。
〈さよなら〉
勇者「…………、あ、」
人影はない。
小さな光が、暗闇を照らすだけだ。
勇者「……いたのか、あの場に、お前は……」
勇者(シキと、女さんを見つけた、あの場に、お前は……存在していた)
勇者(あれは空耳なんかじゃない。あの時、俺を呼んだのは……お前だったのか、)
勇者「俺は、どこまでも………!!」
--探せば、もっと探して、俺がシキを見付けていれば、間に合ったかもしれないのに。
あの時、俺がシキの手を掴んでいたら、シキはシキとして、生きられたかもしれないのに、
勇者「何でだよ……、何で、どうして……、俺は……」
199 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 22:58:29 ID:xuf4s.8Y
小さな光も力無く消え、世界は暗闇に包まれる。
このまま、消えてしまえれば、どんなに楽だろう。そう思った。
そう思って、
勇者「----」
その日、勇者だった俺は死んだ。
元々半分死んでいた。
残った私も、勇者を辞めた。
私自身、すでに死んでいる。公式上で私はもう存在しない。
それでも、生きろと言った手前、本当に死ぬわけにはいかない。
そして、私は、忘れなければならない。
忘れると、言ってしまった。
忘れなければ、彼は消えてしまうからだ。
現在。
200 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 23:01:06 ID:xuf4s.8Y
だから、ここに記そう。
私が忘れても、彼が彼であったと証明するために。
--彼は彼に忘れろと言った。
それは、彼にとっても辛い選択だっただろう。
一人で存在するには、彼は弱すぎる。
それこそ、消えてしまった方が楽と言えるぐらいに。
だが、彼は共に連れて行くことはしなかった。
彼が生きる道を選んだ。
忘れさせたのは、例え彼の心を壊しても、彼自身が完全に壊れることを避けるため。
賭けたのは未来。
私も、その未来に賭けよう。
私は、その未来に賭けるしかない。
私には救えなかった、掴めなかった、彼の手を。
これから彼が出会うであろう誰かが、掴んで、決して離さず--救ってくれる、そんな未来に。
ここに記すのは、
私が勇者を辞めるキッカケとなった、とある村での出来事。
救えなかった、二人の、少年の話だ。
201 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 23:02:05 ID:xuf4s.8Y
××年前。
冬の始まり。
冬は始まったばかりだ。
けれど、春が待ち遠しい。
シキも、そう思ってる。
俺と同じように。
シキ「……なに、ニヤニヤしてるの」
--シキ、嬉しそうだな、って思って。
シキ「……シキのくせに、生意気」
ペシッ
……痛い。……これ、知ってる。でーこーぴーんー、ってやつ。
シキ「言い方までおじさんの真似しないの」クスッ
えへへ、
シキ「……おじさんのおかげかな。また、ちゃんと笑えるようになったね、シキ」
シキも。
俺を心配させないように、ただ笑って見せることが少なくなった。
202 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 23:03:09 ID:xuf4s.8Y
シキ「!」
おじさんのおかげだね。
シキ「~~~、シキのくせに、シキのくせに!」
ペシッ ペシッ
痛いってば、やめてよ
シキ「笑ってるくせに、」
ふへへへ、
シキ「--まったく、笑ってないで、話すのもちゃんと練習しないと駄目なんだから」
シキ「おじさんは……どうせシキがヒトじゃないってわかっても、変わらず接してくれるだろうけど」
シキ「これから出会うヒト達は、そうやってシキが話すと吃驚しちゃうから」
…………、
シキ「うん、気を付ける」
シキ「でも俺、喋るの上手くなったよね?」
シキ「上手くなった。むかつくけど、これもおじさんのおかげか」
シキ「おじさんといっぱい話せたからだね」ヘラリ
シキ「……ねぇ、シキ」
203 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 23:08:13 ID:xuf4s.8Y
シキ「なに?」
シキ「春がきたら、」
シキ「俺達、ずっと一緒にいられるよね」
シキ「……うん。こうやって、面と向かって話すことが多くなる」
シキ「君が僕の代わりに眠らなくても済むし、雪遊びも一緒に出来る」
シキ「ふへへ、そっかー。……ってことは、母さんやおじさんと四人で遊ぶってのもアリなんだね」ヘラリ
シキ「……懐いてるよなぁ、」クスッ
シキ「シキも好きでしょ?」
シキ「……そうだね。ちょっと馬鹿だけど、おじさんのことは」
シキ「君と、母さんと、同じぐらい……大好きだよ」
あの日、俺達は、春を待っていた。
おわり。
204 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 23:10:27 ID:xuf4s.8Y
田舎町でほのぼの暮らす四人の話は思いつくのに、どうしてもその流れに行き着かなかった。
ここまで付き合ってくれてありがとう。
明るい話じゃないけど、少しでも楽しんでくれたら嬉しい。
205 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/04(月) 23:50:30 ID:Z6Tv/UGs
乙、良かった
206 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2013/11/05(火) 00:12:06 ID:203XCEsY
乙
転載元
勇者「独り身だがショタを引き取ろうかと真剣に考えている」
http://jbbs.shitaraba.net/internet/14562/storage/1379758795.html 風羽洸海
KADOKAWA/エンターブレイン
売り上げランキング: 60,532
- 関連記事
-