1 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:25:03.52 ID:DkOxQBxz0
昭和25年、どこにでもある葬儀の風景。
厳かな雰囲気がこの小さなこぢんまりとした会場には流れていた。
一通りの演目は終わったのだろう。
ぞろぞろと喪服に身を包んだ人が席を立ち始める中、20代前半くらいのひとりの妊婦が
無機質に故人の写真を見つめていた。
代理ID:q/QdO0ib0
6 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:28:33.42 ID:q/QdO0ib0
時代は変わって戦時、
主役はひとりの少年にうつる。
今日もラジオからは日本の大勝利を謳う大本営からの報告が聞こえてくる。
毎日、毎日、ラジオの内容はこの総国民をあげた戦争、
そして勝利、勝利、また勝利。
「~島を攻略せしめり」
「米軍は我が皇国兵士の鉄壁の前に撤退せん」
そんな内容ばかりだ。
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:29:16.03 ID:q/QdO0ib0
日本帝国軍は無敵だ。戦況も圧倒的に優勢。
このころの国民はだれしもがそう思っていた。
あとで知った話だが、この頃にはとっくに戦況が悪化していたらしい。
そして国民のほとんどが軍国主義に対し、別段疑問を持たず
この時代を生きていた。
俺だって例外じゃなかった。
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:29:58.11 ID:q/QdO0ib0
昭和18年、中等学校四年生だった俺には、おおよそまともな学生が受ける授業
よりも、軍事訓練に次ぐ毎日を送っていた。
父は招集され、南方戦線に出征。
残された母、妹、俺は質素倹約を押し進める政府のもと、特に不満を感じず
毎日を過ごしていた。
9 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:30:52.94 ID:q/QdO0ib0
「なあ、俺は志願しようと思う。16歳の俺らでも予備兵になれるらしいし、
見込みがあれば、戦場に行けるらしい!」
訓練の休憩時間にこう話しかけてきたのは、友人の西田だ。
「俺らだって活躍できる。立派な軍人になれる。そうしたら裕福な暮らしも出来るんじゃないかな。」
「そうかな。戦争が終われば、どちらにせよもっと物があふれて、昔以上に国も豊かになるさ。」
この時俺ら、もとい国民の中で戦争の「終わる」を意味するものはもちろん
「日本の勝利」が前提だった。
だれも負けだなんて予想しなかった。
12 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:33:03.72 ID:q/QdO0ib0
放課後は西田と浅草を歩いた。
俺が小さいとき父に連れられてトーキーを見に行ったときとは違うものの、さすがに活気は衰えていない。
だが街全体の色は、なんとなくくすんで、色とりどりさがなくなり、軍国の色がにじんでいた。
「さっきの話だが、お前がするんなら俺も志願するよ。どちらにせよいつかは
兵隊になるはずだしね。」
「このバカ。日本が勝って戦争が終わらないうちに、なっておくんだよ。戦果を
あげる機会がなくなっちゃう。……まあ、でもお前はけんかが嫌いだからなあ。」
西田はこう返した。
13 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:34:02.22 ID:q/QdO0ib0
「それとこれとは関係ない!祖国が有事ならそのために戦うことは仕方ないね。」
俺が言う。
「戦いで名をあげれば、かわいいお嫁さんがもらえるにちがいないなぁ!えっ?」
「ううん、まあそういうこともある…かもな。」
実際、俺は反戦小説の主人公によくいるような、戦時から反戦精神を持っていたとか、
そういう完ぺきな人間じゃなかった。
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:35:15.63 ID:q/QdO0ib0
当時、小説の主人公になるような人間は、決まって軍国主義の型にはまった
日本男児だった。俺もそれを当然のように思っていた。
かと言って西田の言ったようにかわいい女の子と付き合いたいとかいう願望はあった。
いつの時代の人間だってかわいい女の子、かっこいい男を追いかける。
20 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:36:20.99 ID:q/QdO0ib0
だから今日も今日とて西田は見知らぬふたり女学生に声をかけていた。
下町の学生のたまり場になっている食堂でお茶に誘う。
彼は異性を楽しませるのがうまかった。
何回も一緒にこのナンパに参加したてきたけど、
西田は常に異性を面白い話で笑わすことができた。
23 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:37:41.32 ID:q/QdO0ib0
その火の夕方。
母に頼まれて配給の列にならんでいた。
俺は自分が近いうちに軍の士官学校に志願したら….
どうなるか考えていた。うちに母と妹、女二人を残すことになる。
それも、どこか心配だった。
しかし、もしそうなったら、戦争が終わって落ち着いたら、立派な家を建てて
お嫁をもらってふたりに楽させようと思った。
とにかく、戦争で国のため、家族のために戦いたい。
そう、心に決めていた。
25 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:38:46.09 ID:q/QdO0ib0
配給の米と衣類をかかえ、家路を歩いていたとき、人気の無い路地で
男の怒鳴り声が聞こえた。
そのすぐあとにはか細い女の子の叫び声が聞こえた。
俺はすぐにその声の聞こえるほうに走った。
そこにはかなり上等な着物を纏った少女が。
自分と同い年か、少し下か。
それに、彼女を柄の悪い二人の男がかこっていた。
27 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:39:45.26 ID:q/QdO0ib0
一目見て、チンピラ二人組がこの少女を襲っているに違いないとわかった。
だけど俺は喧嘩は嫌いなんだ。
自分の腕に自信がないからかもしれない。
でも、立派な軍人を目指そうという人間が、少女1人救えないのじゃ、話にならない。
29 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:40:44.35 ID:q/QdO0ib0
俺「なにしてんだ!」
声を張り上げて凄んだ。
だが、喧嘩の専門家がたった1人の学生に、恐れをなすわけがない。
チンピラA「おまえこそなんじゃ、コラ!え?」
チンピラB「事情も知らずに何様だってんだよ、この野郎!」
30 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:42:03.29 ID:q/QdO0ib0
こうなるのは目に見えていた。
少女は意外にも、落ち着いた顔で急に大きい声であらわれた俺を見上げていた。
俺「事情なんて知るかよ!たった今この娘に襲いかかろうとしてたじゃないか!
一目見れば悪いほうはどっちかなんてわかる。」
こう言い返す。
相手はチンピラだ。喧嘩になったら勝てないだろう。
俺はどうしても喧嘩というものが、好きなれない。
勝ったって、負けたって、あまり後味が良くない。
32 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:43:19.27 ID:q/QdO0ib0
「おい、この娘自体が目当てで、啖呵切ったとでも思ってんのか。」
「状況が読めてないのはそっちじゃねえか!だれがこんな青臭い娘。」
二人のチンピラは言い返した。
チンピラA「配給所の親父が、俺らの組に“特別奉仕”をよこさんのだよ。
ここらは俺らの組合が仕切ってるのを忘れやがってな。」
チンピラB「そしたら、通りかかったこの娘がうるせえことを言ってきやがるんだ。
このご時世に上等な着物なんか着てこれみよがしに歩いてるこの娘のほうが俺らよりも悪いだろ。」
33 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:44:55.73 ID:q/QdO0ib0
少女「あんたちが、余分に貰おうしてたんじゃない!みんな物が少なくて困ってるのに!」
ここで初めて少女が声を上げた。それも大きな声を張り上げて。
よく見ると整った顔立ちが、怒りの表情を浮かべている。
チンピラA「うるせえ。黙ってろ!」
チンピラB「言っとくがな、いまさら撤回できんぞ。喧嘩を売ったのはそっちだ。」
俺「断る!
なんでも殴り合いで解決できると思うんじゃねえ!」
35 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:46:00.19 ID:q/QdO0ib0
一人はもうこちらへ勢いよく向ってくる。
少女「やめて!」
瞬間、少女が声を張り上げた。
しかし、やめるわけもない。
運良く、最初の一打はかわせたが、間髪入れずもうひとりが殴りかかってきた。
よけられず頬に拳がめりこみ、体が吹っ飛ばされた。
36 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:46:44.83 ID:q/QdO0ib0
体が痛い。
最初から無理だと分かっていた。
だがあえて二人に向かったのは、
この娘を助けたい心が一番ではなかった。
このとき自分を動かしていたのは
「軍人になるならこれくらいの喧嘩は…..」というような自分勝手な考えだった。
38 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:47:39.84 ID:q/QdO0ib0
不様に転がった俺を見ながら、チンピラはなにか言おうとしたとき
少女「二丁目の高杉家に来なさい…….。
けんぺい、そう憲兵どもに懲らしめてもらうわ。
お父さんにも言って。」
少女がさきに言葉を発した。
その瞬間、二人のチンピラの表情が変わった。
そして目が捉える対象も、俺からこの少女へ。
40 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:48:37.84 ID:q/QdO0ib0
チンピラA「高杉?二丁目の高杉で間違いないのか?まさか。」
チンピラB「兄貴…….、どおりで若いのにこんな上等の着物を着てるわけだ。
まずいですよ。高杉はまずい。地元の憲兵たちも味方だ。」
高杉。
俺だって聞いたことがある。
ここら辺の界隈では有名な資産家だ。
一流財閥の親戚とかで、かなりの名家で
本家は政界との太いパイプをもっている。
地元の自治体、公安にも幅が利くはずだ。
42 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:49:42.73 ID:q/QdO0ib0
チンピラA「なんてこった。ああ、怪我はないか。今日のところは勘弁しといてくれ。」
チンピラB「じゃあな!」
チンピラはとたんに態度を変えて、青ざめて謝罪した。
もちろん俺なんか眼中になく、娘のほうに。
踵を返してすごい勢いで姿をくらました。
少女「二度と近づかないでねー、べーだ」
娘は舌を突き出してこう言った。
43 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:50:43.43 ID:q/QdO0ib0
人気の無い路地で二人になった俺は娘に向き直った。
このとき初めてまともに娘全体を見た。
華奢で、加細く色白で、細い首、頼りない肩。
だが短く切られた髪からは、整った顔立ちがのぞいていた。
俺「ああ、えっと、大丈夫か?」
言葉に詰まってこう聞くと
少女「わたしの台詞よ。すごい痣だよ。」
そう言われたとたん左の頬に痛みが襲った。
44 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:51:34.95 ID:q/QdO0ib0
俺は彼女を家まで送っていった。
その間の会話で、この娘についていろいろわかってた。
年は14歳で俺より二つ下ということ。
名家の娘であるが、上品というより、さばさばしている印象があること。
察するに、自分の家柄というか家の主義、それから父親が好きじゃない。
家にいるのが嫌でよく下町をほっつき歩いていること。
そんなことがわかった。
45 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:53:05.54 ID:q/QdO0ib0
少女「暴力しない男の人だっているんだ。知らなかったわ。」
帰路の終わりのほうに彼女はこう言った。
少女「あの台詞はよかった!殴り合いで解決できることなんてない!だっけ。」
娘の大きな目は嬉しそうにこっちを見ていた。
俺「俺もよくわからないんだよ。何となく嫌じゃないか。
でも、殴られただけだったよ。ちょっとかっこ悪かったかな?」
なんとなく申し訳ない気持ちになった。
少女というより、自分のために彼女を助けたようなものだったから。
46 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:54:34.63 ID:q/QdO0ib0
少女「ううん。まあ、ちょっとほっぺがかっこ悪いけど。」
俺「えっ、そんなに?」
確かに頬にずっとじんじんと痛みが脈打っていた。
少女「うん、すごい顔だよ。」
そう言って顔を近くによせてまじまじと俺の顔を見た。
白い顔涼しいが間近に迫って恥ずかしかった。
彼女は子供みたいに無邪気にケラケラと笑いはじめた。
俺はすこしふてくされた。
47 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:55:54.42 ID:q/QdO0ib0
俺「なんだって人の顔をみてそんなに笑うんだよ。」
少女「だれかをメタメタに殴る人を見るより、よっぽどいい気持ちになれるよ。」
笑いすぎて目から出た涙をふきながら娘は言った。
少女「今の日本もそう。日本のやってることだって同じだよね。
戦争なんてだれも幸せにしないわ。」
こう言われたとき、複雑な気持ちになった。
この娘はどうやら反戦論者のようだった。
俺はあいにく、反戦論者でなかったし、国の為の戦いは、暴力ではないし、
しかたないという持論を世間と同じく持っていた。
国を豊かにするため、結果的に幸せのためだと。
49 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:56:56.15 ID:q/QdO0ib0
大きな家に着いた。
大きすぎる。厳めしい木製の門と石垣が広がっていた。
家に近づいたとたん、庭にたまたまいた下女らしい、女性が声を上げた。
下女「旦那さま!旦那さまあ!お嬢さんがお帰りです!」
するとまたたいそう身なりのいい和服姿のひげをはやした男性が、
下女と一緒に奥からこっちに来た。
二人の視線はまっさきに、この華奢な幼い娘に向けられた。
50 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:58:14.94 ID:q/QdO0ib0
父「遅くて心配したぞ。遅すぎる。あまり下町で遊び過ぎてはいかん。」
娘「ごめんなさい。それよりもこちらの人が…..」
そう言って俺を娘が指差したとたん、初めて気づいたかのように、
ふたりの視線がこちらにうつった。
娘「道すがらで、言いがかりをつけてきた人たちから、助けてくださったんです。
怪我をしてます。手当てしてあげてください。」
父「なに?大丈夫か、沙耶!何かされたのか!」
52 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 00:59:52.04 ID:q/QdO0ib0
そこで初めてこの娘の名前を聞いた。そういえば名前を聞いていなかった。
少女「いいえ、なにも。この人が助けてくださったから大丈夫です。」
父 「....ふん、そうか。それは娘が世話になった。じゃあ、おーい、おまえ…」
そう言って俺の手当の為に下女を呼ぼうとしたが、俺はすかさず
俺「いえ、結構です。すぐ帰って母に配給の品を渡さなきゃいけませんので。」
こう言った。
53 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:02:02.82 ID:q/QdO0ib0
娘を見やると、あからさまに不満そうな顔をしていた。
少女「も、う、ちょ、っ、と、い、て、よ」
父の後ろから少女は声に出さないで俺に口だけでそう言った。
実際、俺はもう少しこの娘と一緒にいたかった。
しかし、俺は家ではふたりの家族が心配しているだろうし、手当を受けたところで、
こんな立派な家柄なら、この娘にこれ以上会わせずさっさと帰されるだろう。
その日俺は、娘、それからその父と下女に簡単な挨拶をして、帰路についた。
俺は、名残惜しいが、この娘とはもう会うことも、関わることも無いだろうと思っていた。
55 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:03:43.17 ID:q/QdO0ib0
実際、この時代はまだまだ家柄によって住む世界の違いがはっきりしていた。
財閥や士族の名家はすごい力を持っていた。
西田「おまえ、どうしたんだよその顔!まさか殴り合いか!?」
翌日、真っ先に頬のアザについて聞いてきた。
俺「一方的に殴られたんだよ。バカみたいだよ。」
西田「すると、いつもみたいに殴り返さなかったのか。」
俺「うん。というか殴り返すひまもなくどっか行ったしな。」
西田「なあ、おまえ、やっぱり軍人を目指すんなら喧嘩のひとつはやらなきゃダメ
じゃないか?俺はとやかく言わないが偉い人は口を揃えて、軟弱だ、なんて
言うに決まってる。早いとこその論理はすてるべきだな。」
意外にも西田は真剣なことを言う。
56 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:05:19.40 ID:q/QdO0ib0
俺「それとこれとは別だ。戦争は戦争だ。仕方ない。」
西田に対してのはずなのに、なぜか自分に言い聞かせるような声だった。
57 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:06:19.52 ID:q/QdO0ib0
その日の放課後、俺はまた浅草の下町をうろついていた。
出店の椅子に腰を下ろしながら、女学生を探しに行った西田を待っていた。
もうそろそろこんなこともできなくなるだろう
西田「おーい。」
うしろで西田が俺の名前を呼ぶ声がした。
西田「そこで会った女の子を紹介するよ!すごいかわいいぞ!ちょっと若いがな。ハッハー。」
58 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:07:07.66 ID:q/QdO0ib0
少女「素敵なほっぺですね!喧嘩でもしたんですか?」
聞き覚えの無邪気な声にすぐに振り向いた。
やっぱりあの娘だった。地味目の和服に身を包んでいる。
俺「まさか1日で再会するなんて…。」
西田「えっ。おまえ知り合いなのか。さやちゃんと?」
61 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:09:12.87 ID:q/QdO0ib0
そのあとは三人で下町を巡った。とても楽しかった。
とにかくこの娘は元気にケラケラ笑う。
どうやら、この少女は興味が沸けば、だかかれかまわずくっついて廻ってしまうらしい。
西田の言葉に言いくるめられて、ほいほいと付いてきてしまったようだ。
いいとこの娘がこんなでは、親御さんもさぞ心配だろう。
といっても、その唯一の親、父を、この娘は毛嫌いしていたが。
62 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:09:48.43 ID:q/QdO0ib0
それから俺とこの娘、さやは、頻繁に会うようになった。
年がを超して、俺が訓練生として、恐ろしいまでのしごきに耐える日々が始まっても、
少ない時間ながら、夕日に染まる土手をふたりで歩いた。
俺はこの娘が好きになっていた。一度好きになるとその女性のしぐさ、
顔立ち、風貌、すべてが愛おしくなるものだ。
65 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:14:22.38 ID:q/QdO0ib0
ある日の夕方に、いつものように少女と土手で話していてふと思った。
彼女は、戦争も兵隊も嫌いだ。
だから憲兵や公安に幅を利かせ、戦争に協力的な父が嫌いなんだろう。
だが、俺はどうか。
俺が志願し、戦地に行くということを知らない。
この娘、さやは俺のことを嫌いになるだろうか。
だが、どちらにせよ、これほどの資産家の家柄では俺との交際を認めてくれるはずが無い。
せめて日本国民の名に恥じない兵士として、立派につとめなければ。
66 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:14:49.52 ID:q/QdO0ib0
夏になった。
もちろん訓練は厳しさを増していったものの
戦時中とはいえ、季節がもたらす開放感はどの時代も一緒だ。
夏祭りの日。
二人で出店を歩いた。
規模や華やかさは明らかに昔よりも減っている。
でも、どの人も、暗い時勢にさす一点の光であるこのイベントには寛容で
楽しんでいるようだった。
浴衣姿に身を包んださやも例外ではない。
泥臭い訓練服とゲートル姿の俺とならんで歩くと、さぞこっけいだろう。
67 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:15:24.53 ID:q/QdO0ib0
出かける前に、
写真屋の息子である西田は俺とさやの姿をフィルムに収めてくれた。
俺はぴしっと緊張していて、浴衣姿のさやは目を細めて笑っている。
こうして自由に時間を楽しむのも今日あたりが最後になるだろう。
前にも増して、戦地には人員が必要になったという。
俺も戦地に赴いて、皇国のために戦いたい。
68 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:18:29.35 ID:q/QdO0ib0
ひととおり出店をまわったあと、俺とさやは祭りの喧騒から少し離れた土手に
腰を下ろした。
さや「わたし、父がきらい…..。」
突然、彼女がこう呟いた。今までにない悲しそうな顔。
俺「どうした?いきなり」
さや「権力や欲で前が見えないのかもしれない。わたしのことは大事にしてくれるわ。
でも…でもね、戦争にだって協力的だし。地位の低い人には愛想がよくないし。」
さや「だから、初めて会ったとき、父の名を出して、チンピラを追い払うのも
ためらったの。」
それもそうだ。彼女がプライドを捨てて、身元を言わなかったら俺はどうなっていたことか。
助けられたのは、俺のほうかもしれない。
69 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:19:10.79 ID:q/QdO0ib0
俺「それは仕方なんじゃないか?こんな時勢だし、祖国が有事なら….、その、国に協力的なお父さんは立派だよ。自分の地位で国の為に貢献してるじゃないか。」
さや「…….。」
俺「それに、地位の違いは仕方ない。本来なら俺と君も一緒にいれるはずが….。」
さや「どうしてそんなこと言うの。」
71 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:20:19.43 ID:q/QdO0ib0
この台詞は予想外だった。
俺の視界には、今までみたことの無い悲しそうな顔でこちらを見やる頼りなげな少女がいた。
さや「どうして!あなたは父や周りの人と違うと思ってた!最初に会ったとき思っ
たもん!あなた言ったじゃない!“殴り合いで解決できることなんてありゃ
しない”って!」
目に涙を浮かべて、せきを切ったように続けた。
少女「あなたは、戦場に行くことはあっても、戦なんて嫌いと思ってくれる人だと思って
たのに!父のことだって、地位のことだって!そんなこと気にする人だと思
ってなかったのに…..」
72 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:21:23.07 ID:q/QdO0ib0
俺「聞いてくれ、さや。俺はもうすぐ戦地に行く。祖国の為ならしかたないんだ。
立派に戦って帰ってくるよ。そしたらきみのお父さんもぼくのことを…..」
さいごの台詞は、おれのなかで遠回しな告白のようなものだった。
お父さんに認められてもらう…..。それが地位も低い俺がこの娘とまた一緒に
過ごせる近道だろう。だが、さやはそんな答えを望んでいなかった。
73 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:23:07.41 ID:q/QdO0ib0
さや「もういい。あなたも同じなのね。わたしがおかしいのかな。
勝手に人を皆殺しにして、身を立てれば良いじゃない!
そしたら首相の娘なんかでもお嫁にもらえば良いじゃない!」
俺「おい、そんなこと…!なあ、また会おう。帰ってきたら..きっと…ま」
さや「知らないわ!もう会いたくない。さよなら!」
彼女のほうが身分が高い。
だがそんなこと気にしていなかった。
むしろ、身分の低い俺のほうがそのことばかり考えていた。
74 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:24:31.23 ID:q/QdO0ib0
ひとり、暗い土手にぽつんと残された。
そして、この悲しい思いをしたのち、わずかながら戦争に対する考えに変化が起きていた。
ほんのわずかに。
75 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:25:45.83 ID:q/QdO0ib0
数ヶ月経って、とうとう俺は町を離れ、出征することになった。
すぐに戦地へかり出されるのか、それともしばらく前線基地で訓練を受けるのかはわからない。
西田とは別部隊になったのでもうしばらくあってない。
もちろんあの無邪気な娘にも。
実際のところ、あのあと何回も家に訪ねては、彼女に会おうとした。
だが、門前払いされるだけだった。ただでさえあの家柄だ。無理は無い。
76 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:26:32.45 ID:q/QdO0ib0
家族に見送られ、千人針を貰い、くすんだカーキの軍服姿で汽車に乗った。
汽車の席から、プラットホームをぼーっと見た。
期待している自分がいたが、俺を送り出す無邪気で髪の短い華奢な少女なんていない。
俺の考えは本当に正しかったんだろうか。
たしかに、俺が喧嘩を好まない理由、それをこの戦争に当てはめないのはおかしい
のかもしれない。
俺の中で考えがわずかに変わり始めようとしていた。
77 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:26:52.65 ID:q/QdO0ib0
だが、これから向かう先は戦場だ。もう覚悟を決めてしまった。
すべて忘れよう。
汽車の警笛が鳴り始めた。
そのとき窓枠の外側から、俺を呼ぶ声が聞こえた。
とっさにプラットホームをのぞく。
78 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:27:59.34 ID:q/QdO0ib0
もう何ヶ月も見なかったあの娘がいた
さや「ぜったい帰ってきて!ぜったい待ってるから!変わるって信じてるから!
ねぇ絶対!戦争反対っ!せんそうはんたいっ!」
動き始めた汽車の窓枠に必死でしがみつき、つま先立ちで背を補い、必死に顔をの
ぞかせていた。目には涙が浮かんでいたが、けなげにも笑っている。
この突然の騒ぎに、電車の中も外も騒然だった。
俺は両目があつくなるのを感じた。
79 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:29:11.54 ID:q/QdO0ib0
自分の顔が、泣いているのか笑っているのかわからない。
俺「ああ!必ず帰るよ!必ず!待っててくれ!」
俺はあせだくのか彼女の細い手を握って叫んだ。
汽車のスピードがあがり、手が離れた。
「おい、離れんか!」
「なにしとる!」
などと まくしてる駅員や憲兵に取り押さえ、少女は後ろのほうに遠ざかっていく。
80 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:29:57.09 ID:q/QdO0ib0
さや「戦争はんたい!戦争はんたい!」
きんと張り上げた声は駅から汽車が十分にはなれるまで、後ろのほうで轟いていた。
82 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:30:54.42 ID:q/QdO0ib0
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-------
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昭和20年、5月。
83 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:31:48.20 ID:q/QdO0ib0
俺は戦争の悲惨さ、そして理不尽を身を挺して、思い知っていた。
日本は負けているのだ。もう分かっていた。
残念ながら、俺は約束を果たせないだろう。
たしかに俺の考えは変わった。
自分を守る為に、止むをえず米兵を撃ったことがあった。
彼の顔が忘れられない。
彼は死に、俺の心は死んでしまった。
さやは正しかった。
戦争もだれも幸せにならないただの殴り合いにすぎないのだ。
84 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:32:44.77 ID:q/QdO0ib0
じめじめした薄暗い壕の中で、写真をとりだした。
軍人にあこがれぴしっと背を張る無表情の俺と、笑うさや。
もう会えないとわかっているのに、なぜか実感がわかず泣けなかった。
この首都から遠くはなれた地、オキナワという南の島で、俺の生涯が終わろうとしているのに。
もう一度顔を見たい。笑った顔がみたい。
一緒にあてもなく、下町を廻りたい。
85 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:35:36.64 ID:q/QdO0ib0
俺は数ヶ月前にこの島に本土守備隊として配属されていた。
同僚が火だるまになって燃えるのを見た。
上官が住民を殴るのを見た。
俺は止めなかった。死にたくないから?
わからない。
地獄の様な戦闘を生き残り、わずかな残兵で南に後退した。
だがもう逃げられない。
敵は目前にせまっている。
外から、拡声器から、「トウコウシナサイ。」
というはっきり聞き取れる日本語が聞こえていた。
86 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:36:45.26 ID:q/QdO0ib0
手榴弾が配られ始めた。
俺も例外ではない。
ガリガリに痩せこけて、皮ばった手で思い手榴弾をつかんだ。
奥で叫び声と爆発音が聞こえて、耳が聞こえづらくなった。
爆風と砂利、岩の破片が飛んでくる。
地宅の岩肌に、肉のかけらがこびりついた。
だが、気持ち悪いともなんとも思わなかった。
俺も数分後こうなるんだから。
87 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:38:21.14 ID:q/QdO0ib0
それを皮切りに、周りでは次々に同じことが繰り返された。
血なまぐさい匂いお火薬の匂い、砂ぼこりで意識が遠のいた。
思い出に浸る時間は終わった。写真を大事にしまった。
俺はゆっくり、その自殺の道具を二回たたき、胸に抱いた。
そのとき、俺は泣いた。
俺「さや、ごめんよ.....。ごめんな。」
そして俺は、手榴弾のピンを抜いた。
この世、そしてひとり少女に決別をする合図だった。
89 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:39:21.04 ID:q/QdO0ib0
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また今日もあては外れた。
もう何回、港に行ったか覚えてない。
去年の八月、戦争は終わった。
日本の負けだった。
でもわたしにとって、そんなことはどうでも良かった。
昭和21年。
わたしにとって、今の生きる意味は、毎日毎日、祖国に帰ってくる
復員兵のなかからある人を探すこと。
90 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:40:56.74 ID:q/QdO0ib0
去年の三月の空襲でわたしは家を失った。
父ともはぐれ会っていない。死んだのでしまったのかな。
それすらわからない。
でも、国は信じられない程そっけなかった。
わたしの家柄などもあるときぱったり意味をなさなくなった。
おおもとのザイバツがカイタイ?されたらしい。
よく意味はわからないけど、とにかくわたしは自分のちからで生きるしかなくなった。
91 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:41:26.57 ID:q/QdO0ib0
今はヤミイチとよばれる、下町の市場の食堂で働いている。
つらいけど、生きていられる幸せには変えられない。
きっとあの人は帰ってくる。
そう信じてわたしは毎日を生きている。
92 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:42:44.17 ID:q/QdO0ib0
わたしが暮らす、この賑やかな下町は、国がとりしまっているわけじゃなかった。
じっさいに幅をきかせてたのは、地元の組合のひとたち。
あの人たちは生きるために非道の道にはしっている。
「生きるためならしかたない」
そんな感じで、誰も何も言わない。
93 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:44:56.78 ID:q/QdO0ib0
戦争が終わって、1年が経とうとしていた。
本人はおろか、あの人の、おかあさんも妹さんも所在は聞いていない。
みんなどこにいるのかな。
いつものように食堂の食器を洗いながらを思った。
生活は苦しい。
昔から、お手伝いさんがいて、今日食べるものに困らなかったわたしにとってそれは
予想以上に大変だった。
でも、絶望はしなかった。
たしかに父は嫌いだけど、だかと言って死んでよかったなんて思うわけない。
94 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:46:37.17 ID:q/QdO0ib0
「みそ汁をくれ。」
客の声が聞こえた。いつものように、顔を上げず、食器を洗いながら聞いた。
さや「いくつですか?」
「俺が死ぬまで作ってくれ。」
そのときはじめて、わたしは顔を上げて声の主を見た。
96 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:49:10.85 ID:q/QdO0ib0
俺は昭和20年の終わりに、日本の地を再び踏んだ。
自決をしようとした、手榴弾は不発。
生きろというメッセージなのか、ただの偶然なのか。
その後、俺は米軍の捕虜となり、収容所に収容された。
日本に戻っても、俺の心はかつての輝きを失っていた。
焼け野原となった下町。
俺の家も、さやの家ですら。
97 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:50:01.25 ID:q/QdO0ib0
戦争は俺の心を殺した。ただ自分が生きていることに驚いていた。
さやは正しかったんだ。
俺は殴り合いをしにいった。
でも、何も生まれなかった。
人を殺した瞬間から、立派な軍人云々、身を立て云々。
そんなことどうでもよくなっていた。
98 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:51:16.78 ID:q/QdO0ib0
だから西田に闇市で奇跡的に再会したとき、彼から仕事の誘いを受けたとき、
受け入れがたかった。
西田も、奇跡的に捕虜となって生きていたのだ。
生きる為とはいえ、捨て鉢で暴力的な仕事だった。
西田と組合の下っぱとして、働くというものだった。
自分の考えを変える少女に出会うきっかけをつくった、あのチンピラの二人。
まさにそれになれということだった。
102 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:54:33.50 ID:q/QdO0ib0
あれほど国のために燃やした心の火はあっけないほどに消えていた。
「生きるためならしかたない」
結果的に、そんな言い訳を背負い、俺らはどんどん堕ちていくことになった。
俺も西田も、奇跡的に助かった命。
生きることができたことへの感謝を忘れて自分をだめにしていった。
最悪の毎日だった。
俺は暴力を強いられ、しかたなく行使するようになっていった。
さやとの昔の約束は忘れていた。
103 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:55:12.93 ID:q/QdO0ib0
戦争で悲惨に打ちのめされた心は 人を2通りに分ける。
その経験を克服して強く生きようとする人間。
それを理由に、捨て鉢な生き方をする堕ちた人間。
俺も、西田も後者になってしまった。
「生きるため」を都合のいい理由にして。
104 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:57:01.41 ID:q/QdO0ib0
だがある日、希望の光が差し込んだ。
俺の考えを変えてくれた少女が、もう一度俺をどん底から這い上がる
チャンスを与えてくれたようだった。
偶然寄った、市場の食堂でたしかにあの娘を見つけた。
その瞬間、今までの荒んだ心は嘘のように晴れた。
それまで俺は約束などもう果たせないと自暴自棄になっていた。
105 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 01:59:47.31 ID:q/QdO0ib0
この瞬間、心の中で忘れていた何かが息を吹き返し始めた。
身なりが薄汚れ、ぼろぼろした見た目になっても、
昔と全く変わらない生き生きとした彼女。
彼女はもう一度、今の俺の変える支えになってくれるだろうか。
堕ちた俺、明日の生活に気を取られ、荒んだ心に無く毎日で、約束を果たす事よりを
忘れていた俺なんかに。
106 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:00:49.93 ID:q/QdO0ib0
だが、迷い無く声をかけていた。
俺「みそ汁いっぱい」
そう言ったが、顔を上げてくれない。決まり作業なんだろう。
さや「いくつですか?」
明るい声は変わっていない。
俺「俺が死ぬまで作ってくれ。」
その瞬間、はっと顔を上げた。
さや「遅いよ!どこに行ってたの。」
107 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:01:52.46 ID:q/QdO0ib0
泣きじゃくっていた。
だがその顔は汽車から俺を送り出したときとまったく変わらず輝いていた。
全部話し謝った。
彼女はいつまでも待っていてくれる。そう言ってくれた。
この瞬間はすべてから足を洗ってもとに戻ろうと決意した。
108 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:03:12.43 ID:q/QdO0ib0
ふたりなら生きていける。
だが事は簡単に済むわけなかった。
組の幹部はやめさせてくれるわけはなかった。
西田「円満にことが収まると思ってるのか。」
以前は、仲の良かった西田も今となっては変わってしまった。
西田「長い付き合いだろ。下手な事はしないでくれ。もし….
その、組と手を切るなんてことになったら、おまえの命が危険になるぞ。」
110 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:04:52.63 ID:q/QdO0ib0
だが、俺は聞かなかった。
俺は自分がした事、組の悪事を自首し、服役するかわりに、警察の保護を受けた。
組から追われる身になるよりも警察の保護を受けるほうがいいと思った。
俺は証人として保護された。
減刑されたものの、服役せざるを得なかった俺をさやは待っていてくれた。
自首をすすめたのも、彼女だ。
いつだって笑顔で俺を待っていてくれる。
西田を自首に誘った。だがあいつは首を縦に振るどころか、脅しをかけるようになった。
もう昔の彼ではないのだ。
もう誰にも彼の堕落は止められないんじゃないだろうか。
111 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:05:37.22 ID:q/QdO0ib0
結果的に、俺の証言が手伝って、組は解体した。
組の幹部は、検挙された。
だが、とうとう西田と、幹部の側近、この二人は行方が知れなかった。
心にしこりが残った。
112 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:06:17.14 ID:q/QdO0ib0
昭和25年。
身の回りの事も落ち着いて時間がたち、日本の復興も目に見えていた。
俺とさゆは、食堂を構えた。
とても裕福な暮らしとはいえないが、明日に希望を持って生きられる。
ふたりで笑顔で暮らせる。
それだけで幸せだった。
もう、銃声や、戦争、暴力とは無関係な日々が続くと思っていた。
113 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:06:53.04 ID:q/QdO0ib0
その日の夜も、ラジオをつけて居間でくつろいでいた。
「さや、お茶持ってきてくれ。」
「はい、どうぞ」
21歳。
まだまだあどけない顔、
主婦の身なりに身を包んださゆのおなかは膨らんでいた。
子供が出来たのだ。
114 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:07:27.79 ID:q/QdO0ib0
横には毎日、いまだに無邪気な笑顔をみせる奥さんがいた。
「生まれたら….、もっと楽させてあげなきゃな。こどもの為にも」
「いまのままでも十分よ。とても楽しいし、しあわせだわ。」
そう言って笑った。
そのとき、玄関の戸を叩く音がした。
こんな時間の来客は珍しい。
115 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:08:34.43 ID:q/QdO0ib0
さゆ「はい、ただいま!」
俺「いや、俺が出よう。店に何か用かもしれないし。」
俺は、こたつから這い出て暗い玄関の戸を開けた。
ふたりの男がいた。
ひとりの顔は、忘れたくても忘れられるはず無い顔だった。
117 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:09:18.64 ID:q/QdO0ib0
「よう、久しぶりじゃないか。」
西田が言い、状況が簡単にわかった。
俺を殺しにきたのだ。
顔つきは、疲れと不満さで満ち、目の色は濁っている。
もう俺の知っている親友ではなかった。
もう1人は逃げおおせたという、昔の組の者にちがいない。
118 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:10:45.97 ID:q/QdO0ib0
組の刺客「いっとくが、家族が死ぬのはおまえのせいだからな。」
知らない顔のほうがいった。
俺はとっさに身をひるがえし、大声をあげて、廊下をかけた。
俺「さや!逃げろ!」
今の戸を開けた瞬間、馬鹿でかい音と共に、体の力が抜けた。
119 :
忍法帖【Lv=4,xxxP】 :2011/03/28(月) 02:11:28.98 ID:KlKWcnNt0
支援
120 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:11:58.01 ID:q/QdO0ib0
撃たれた。意識がもうろうとする。
さやの悲鳴が聞こえる。
俺「肩を撃たれただけだ。大丈夫….。先に交番に逃げろ..!いいな?」
さや「いやだ!」
俺「大丈夫だ…。ひとりにはしないよ。待たせるのはこれで最後だ..。
自分で始めた事はきっちりカタを付ける…。早く行け!」
121 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:12:44.72 ID:q/QdO0ib0
さやが飛び出すと同時に彼らは居間にゆっくりと現れた。
西田ではないほうが拳銃を構えた。
俺「西田!」
俺「西田!おまえだっておれと同じはずだ!暴力じゃなにも解決でない!
おまえが一番わかるはずだ!戦争のせいにするな!」
122 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:14:01.47 ID:q/QdO0ib0
西田「黙れ….だまれ!おまえも俺も国の為に尽くすと決めていた!
なのに、負けた。負ければあっさりこれだ。正しく生きようと
するほど、向き直ろうとする度に損をするかないか!結局…….暴力を振るおうが
なにをしようが苦しくない生活ができればそいつが正しい世の中だ!」
123 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:14:51.73 ID:q/QdO0ib0
組の刺客「そうだ。戦争のせいだ。戦争という暴力を振るわれて俺はこうしている。
不当にな。暴力でそうなったんなら、生きるためにこういうことをするのは間違っていないだろう。」
125 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:16:20.31 ID:q/QdO0ib0
俺「俺もそう思ってた。でも間違ってたんだよ。戦争も戦争じゃない暴力も
一緒だった。だがどんなときでも人間やり直せる!」
西田「……っ。」
西田の表情がわずかにためらいの色をみせた。
俺「偶然かもわからない。でもこうして俺らは生きてるじゃないか!
生きたくても生きられなかった奴らはうんといるのに!」
126 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:17:26.09 ID:q/QdO0ib0
俺「もう一度、考え直せ!まだやり直せる!いまだって手遅れじゃない!」
組の刺客「もういい。時間がない。俺が殺るぞ、西田。」
組の刺客が、引き金を引いた。
無情にも弾は発射され、夜の街に2発目の銃声が鳴り響いた。
127 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:18:11.04 ID:q/QdO0ib0
--------------------
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------------
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どこにでもある葬儀の風景。
厳かな雰囲気がこの小さなこぢんまりとした会場には流れていた。
一通りの演目は終わったのだろう。
ぞろぞろと喪服に身を包んだ人が席を立ち始める中、20代前半くらいのひとりの妊婦が
無機質に故人の写真を見つめていた。
129 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:20:14.45 ID:q/QdO0ib0
妊婦の横に、肩にギプスをした喪服姿の男が腰を下ろした。
「さや、西田は…。西田はほんとうに良いやつだった。」
若い妊婦は悲しそうな顔で男の肩に身を寄せた。
この葬儀で弔われる故人、この写真に男の名は
「西田智宏」とあった。
132 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:27:57.09 ID:UAyiKG6B0
規制されました。代レスで投稿します。
「もういい。時間がない。俺が殺るぞ、西田。」
あの夜確かにあの男は発砲した。
しかし、弾丸が貫いたのは俺の体ではなかった。
発砲された瞬間、西田が俺に覆いかぶさったのだ。
西田の手から拳銃がこぼれ落ち、偶然にも俺の手におちた。
134 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:32:00.97 ID:UAyiKG6B0
その瞬間さやと巡査が到着した。
西田はすでに息を引き取っていた。
136 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:39:49.35 ID:UAyiKG6B0
昭和39年、首都の全景は戦時中からは想像もできない程近代的になっていた。
だが、下町はまだ、さやと俺が出会った頃の面影が残っている。
今日、新幹線というものが開通したらしい。
今年、東京でアジア初のオリンピックが開催されるという。
海外では、ビートルズとらかいうバンドがはやっているそうだ。
俺は、四人の子宝に恵まれ、裕福ではないが幸せな家庭を築いている。
142 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:55:48.09 ID:mpk7ND9hO
生きていてよかったと思う。
戦争は多くの人間を変えた。
大きく2種類に。
戦争を理由にして、弱く生きるもの、
戦争をばねにして、強く生きる者だ。
俺はあやうく一生前者になるところだった。
前者になったまま、変わる事が出来ず、堕ち続けた人間も見てきた。
あのとき俺を殺しにきた組の刺客は、あのあと、数々の殺人歴が発覚
し、終身刑になったという。
携帯からいきます
144 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 02:58:08.91 ID:mpk7ND9hO
一番の犠牲者は生きている事のしあわせさに気づけなくなってしまった
人たちだと思う。
それを証拠に、どんなに辛い時代だって、明るく生きようとした人たち
には
笑顔があふれていた。さやだってそうだ。
戦争の無い時代であっても、暴力はある。殴り合いはある。
だが、殴り合いでは結局何も解決しない。
人の心を汚くするだけだった。
いまでも、あのとき幼い顔をきっと結び、戦争反対をさけんだ少女は、
人の妻、そして母となった
いまでも
「戦争なんてだいっきらい」
と言う。
146 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 03:04:07.52 ID:mpk7ND9hO
今日、西田の墓にふたりで来ている。
毎年、命日には必ずふたりで花を添える。
さや「西田さん、天国でも女の子をひっかけてるのかな?」
そう言って無邪気に笑う。
俺「そうじゃないか。あのとき….ああ、あのとき最後の最後で
あいつは
昔の西田に戻ったんだから。」
西田は身を挺して俺を助けてくれた。
俺の事を思って。最後の最後に彼は救われたのだろう。
彼は、戦争をばねに上を向いて生きようする人間だったのだ。
俺はひとりの親友を一度は失い、また手に入れた。
151 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 03:12:45.42 ID:mpk7ND9hO
そんな経験をしてもやはり人間だから迷うこともある。
俺は親友の墓の水を換えながらこう聞いた。
俺「なあ....やっぱり、男は少しくらい強さを見せたほうがいい
のかな。
だれかのために少しくらい強さを。女はそっちのほうがかっこいいの
かな。」
さや「誰かのために人を殴る人より….やっぱり、わたしは」
さやは、俺を見上げて、無邪気な笑顔でこう言った。
153 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 03:16:24.97 ID:mpk7ND9hO
さや「わたしは、だれかのために頬にあざを作る人のほうが好き。」
にっこりとしたその無邪気な笑みは、初めて会ったあのときと同じだっ
た。
~おわり~
155 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 03:19:12.32 ID:8jxyELMJ0
乙
スレひらいたときは最後まで読むつもりなかったけど引き込まれて呼んでしまった
悔しいよう
156 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 03:19:45.39 ID:/cXEQVUeO
お疲れ様なんだよ
157 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 03:20:23.03 ID:dXvUE7mn0
乙
159 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 03:22:16.80 ID:mpk7ND9hO
保守、支援してくれた皆さん、ありがとうございました!
今回は戦争を題材にしたSSを書きました。
言及してる人もいますが、自分自身、戦争は誰かの責任とかではないと思
います。
・戦争というより、その戦争や時代背景を理由に
・悪に染まってしまう人や、善人として頑張ろうとする人
がいるって事をテーマにしてみました。
戦争なんてない現代にも言える事だと思います。
話は、はだしのゲン、黒澤明監督の「野良犬」という
映画を下敷きにしてみました。
稚拙な点、話の流れでうまくまとまってない点があると思いますが
支援ありがとうございました!
166 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 03:51:11.26 ID:tjntzf/i0
お疲れ様
粗はあるけど面白かった
167 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/28(月) 04:09:17.75 ID:SHivlLK80
乙!
全部読んじまったぜ
俺は結構好きだったぜ
また何か書くなら期待して待ってるわ
NHKエンタープライズ (2008-08-22)
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非常にうすっぺらいなあ。
そもそも戦争は暴力ではなく、あくまで国策の延長に存在するもので、その理由も
自国の安全保障のため。それを反対するとは、安全保障なんてどうでもいいのか?
大体、戦争反対なんて、敵国に言いなよ。それで相手がわかってくれるかって話。
日本は戦争回避に努めたけど、アメリカはABCD包囲網、石油封鎖、ハルノートと
挑発を続け、全く応じる姿勢はなかった。開戦の責任はアメリカにある。
それに日本の世論は開戦論が支配的だったし、何もしなければクーデターが起きていた。
戦争なんて殆どの人が嫌いだろうけど、だからといって反対して何になる。
>戦争なんてない現代にも言える事だと思います。
いやいや、現代でも戦争はあるだろうが。人類の歴史上、民族紛争が絶えたことなんか一瞬もないぞ
知識も経験もないバカなガキの公開自慰。よくネットに書き込んだもんだわwwww そしてよく載せたもんだ
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