1 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:37:47 ID:IiSoX4wE
「残念。またお越しください!」
テレビコトブキのくじ引き場。受付のお姉さんはいつもと違う時間に来た俺に驚きつつも、やはり『またお前か』とでも言いたそうにしていた。営業スマイルと共にはずれの宣告を突きつける。
これ当たり入ってないんじゃないの?と思いつつも俺はそのままソファに腰かけた。
ポケッチを見るともう21時を過ぎている。俺が待ち合わせ場所を間違えてしまった可能性に気付いて心臓がバクバク音を立てる。
今日だけは遅れることは許されないのだ。
外を探してみようと立ち上がろうとしたところでちょうど彼女が階段を駆け下りてくるのが見えた。
「コウキ、ごめんっ!ほんっとごめん!」
ヒカリはぺこぺこと何度も俺の前で頭を下げ、手を合わせてまた頭を下げた。そのままにすると土下座までしそうな勢いのヒカリを制止し、ソファに座らせた。ほっと胸を撫で下ろす。
2 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:38:18 ID:IiSoX4wE
「大丈夫だよ、俺も今来たし。逆に俺が遅刻したかって焦ったくらいだ」
「なんだあ、良かったー。……あ、そうだ。さっき収録の時にもらったの。食べる?」
ヒカリはいつもの調子に戻ってカバンを開いて大きな包みを取り出した。横着してひっぱり出したからか包装紙が少し破れている。表面にでかでかと『ジョウト いかりまんじゅう』と書かれている。甘いもの苦手なんだよなあ。
自動販売機で買ったコーヒーでまんじゅうを流し込んでいると、ヒカリは「ふぁあ」とため息をして背もたれに身を任せた。
「お疲れ様」
「うん、ありがとう」
ヒカリはちょっと嬉しそうに目を閉じて言った。暖房にほてってしまったのか、少し顔が赤くなっている。
昔はあまり穿かなかったヒールも様になっている。本当に大人っぽくなった。
が、これは仕事用の服だろう。服のセンスとかそういう中身は昔から全然変わってないんだ。自分で選ぶとピンクや赤になるはずなのに上から下まで黒や白で統一感がある。一時のシロナさんを思わせるような。
3 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:38:48 ID:IiSoX4wE
「こら、じろじろ見ない」
目線に気付いたヒカリは俺の視界を遮るように、腰かけたまま足をぱたぱたと振った。少し長めのスカートがひらひらと揺れる。
「ほんと綺麗になったよな」
取り繕うように言ったのがバレたのかヒカリは立ち上がって俺に迫ってきた。ジト目で俺を睨みつける。思わず目を逸らした。
「何?なんか悪いことでも隠してる?」
「いや、変な意味じゃなくて」
「コウキらしくなーい」
言葉の割にその表情はなんだか楽しそうだった。明日あるイベントを前にテンションが上がってきているのかもしれない。
「ね、そろそろ行こっか」
今日はキッサキジムのスズナさんの家にジュンと三人で泊めてもらうことになっている。
まんじゅうを飲み込んでコーヒーを口に含む。紙コップを近くのゴミ箱に入れてから頷いた。そういえばこのゴミ箱いつ見ても空っぽだな。
4 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:39:24 ID:IiSoX4wE
「オーケー。準備はできてるよ」
テレビコトブキを出てモンスターボールからケーシィを出す。ケーシィは――まあいつもそうなんだけど――まだ眠そうな顔でこちらを見上げている。
「今日は雪だもんね。空を飛ぶのは危ないか」
「うん、昨日のうちにケーシィにキッサキのポケセンを覚えさせておいてよかったよ」
ヒカリとのデートになるかもしれないんだ。そりゃ気合を入れて準備をする。
けどまあキッサキの雪まつりに誘ってくれたスズナさんと、ヒカリを迎えに行く役割を与えてくれたジュンに感謝しなきゃな。
「楽しみだなあ。雪だるま」
シロナさんによると雪まつりの起源は古代シンオウにあった年に一度のディアルガへの生贄らしい。
そのスケープゴートとして雪だるまを作るようになったことが、後に神への供え物をもっと壮大に作ろう、という発想に繋がりやがて今のようなキッサキ中に雪だるまを作る祭りという形態へと変わって行ったのだとか。
そんな物騒な話は女の子にどや顔でできないな、と思いながらケーシィにテレポートを指示した。
5 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:40:12 ID:IiSoX4wE
キッサキポケモンセンターには『キッサキ雪まつり』ののぼりがたくさんあがり、ライトアップまでされていた。ポケモンセンターだけでなく町中がキラキラと輝いている。
夜のこの時間にもかかわらずあたりはまだまだ人でいっぱいだった。何やら鉄の骨組みを組み立てている人が目立つ。
「きっと明日出る屋台だね」
ヒカリがそれを興味深そうに見て言った。俺の返しは見知った大声にかき消された。
「おーい、コウキー!」
祭りの前ということもあって騒がしいポケモンセンターの前でもよくわかる大声。人ごみで跳ねながらジュンがこっちに手を振っている。スズナさんはやれやれ、とでも言いたそうにジュンの隣で腕を組んでこちらを見ていた。合流するとスズナさんは俺とヒカリの前に立った。
「やあ、二人とも。ようこそ雪まつりへ!……っても明日の夜までは本格的なライトアップとかはされないんだけど」
「スズナさん、お久しぶりです!」
「ヒカリちゃん元気にしてたー?最近よくテレビ出てるよねー」
ヒカリとスズナさんが近況報告に盛り上がっているとジュンがいきなり肩を回してきた。そのままヒカリ達から少し遠ざかるとジュンにしては小さな声で(ジュンにこんな小さな声が出せたことには驚きだが)話し始めた。
6 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:41:01 ID:IiSoX4wE
「おい、コウキ。わかってるよな?」
「……はて。なんの話だ?」
ジュンの言いたいことはよくわかっている。嘘をついてみた。
「ばっか!今回こそちゃんとヒカリに告白するんだよ!」
ジュンは叫んだかと思うと「やべっ」と口を抑えてヒカリ達の方を見る。こっちには目もくれずに話に夢中になっていた。
俺が軽くみぞおちを殴ると「わりわりー」と笑う。こいつ反省してるのか?
「ああ、わかってるよ」
「ったく世話が焼けるぜ。スズナさんも巻き込んだんだからな。二人になるタイミングを作るからしっかりやれよ」
「ありがとう。……けど俺がヒカリを好きだってスズナさんの前で口を滑らせたのはお前だ」
「……はて。なんの話だ?」
7 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:41:38 ID:IiSoX4wE
ヒカリ達の元に戻りスズナさんの家に向かった。それはポケモンセンターからそう遠くないところにあった。
一見地味……というか他の一軒家と同じような風貌をしているので街の誇り、ジムリーダーの家とも思えないほど普通だった。
まあこう思ってしまうのは結構仲のいいジムリーダー、ナタネさんがかなり大きな家に住んでいたからだと思うけど。
部屋は綺麗にしてあった。家具のところどころで品格を漂わせている。
ヒカリは初めて見たみた堀こたつに興奮してこたつの中に入って顔を出したりして遊んでいる。俺と目が合うと子供みたいに微笑んで、なんだかいけないものを見ている気分になって目を背けてしまった。
順番にシャワーを借りてひとしきり雑談をしてから床に就いた。ベッドは1つしか無いのでスズナさんとヒカリが一緒にベッドに、俺とジュンは布団を敷いて床で横になることになる。
シンオウの床は夜、恐ろしいほど冷える。そんなところで寝るのは例え布団が敷いてあっても自爆行為に等しいのだが、ジュンは一瞬で寝てしまった。
身体壊すぞ、これ。
8 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:42:11 ID:IiSoX4wE
***
妙な吐き気で目を覚ます。久々に最悪の朝。しかしまだ辺りは真っ暗だった。
目に慣れるのを待ってから自分の荷物を漁り、ポケッチを見てみると時刻は朝の二時を指している。
吐き気はもう無いが頭を強く殴られたように痛む。
もう一度寝つこうと布団に潜りなおしてみるがうまくいかなかった。
「ずっと起きてるわけにもいかないしな」
みんなを起こさないようにこっそりまた自分の荷物を漁り、財布を取り出す。ポケモンセンターで何か温かい飲み物でも買って来よう。
布団からそっと抜けてコートを拾い、隣でよだれをたらすジュンに笑いそうになりつつも忍び足で玄関に向かう。
「コウキ」
消えそうな小さな声でベッドから声がした。ヒカリだ。
ヒカリは俺と同じようにスズナを起こさないようにこっそりと這い出てコートを羽織った。
「起こしちゃったか」
「ううん、大丈夫。何か買いに行くんでしょ?」
ヒカリは俺の返事も聞かないで靴を履き始めた。
9 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:42:55 ID:IiSoX4wE
「ヒカリ、別にお前まで」
「ほら、早く出なきゃみんな起きちゃうよ」
ヒカリがドアを開ける。勝手に鍵を拝借するのは気が引けたが丁寧に玄関近くに置いてあったのを取って戸締りした。
「うわ、寒っ。つか、何か欲しいなら俺が代わりに買ってきたのに」
「私に見られたくないものでも買うつもりだったの?」
「……いや、そういうわけじゃ」
「なら問題ないし!」
俺のささやかな紳士アピールに目もくれずヒカリは家の前の道路で全然寒くないです、とでも言いたげにくるりと回って見せた。
結局二人で雪の夜道を歩く。
流石に寒かったが雪は止んでいて、月の光が積雪にかかって言いようもなく綺麗だ。
「すごい……」
「ほんとすごいな。新雪を踏むのがもったいないくらい」
10 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:46:23 ID:IiSoX4wE
二人でぴったり並んで歩いている。時々、右肩がぶつかったりヒカリの左手と当たったりするほどに。自分の心臓が肉を破って出て来るんじゃないかと言うほどに脈打っていた。
ヒカリがヒールで歩きにくいからなのか、近すぎるのかわからないけどあえて気にしないことにする。
こんなことが前にもあった。ヒカリとの出会いから今までを思い出していく。胸の奥底がじんわりと熱を帯びているのがわかった。冷気で割れてしまいそうな頬も緩む。
「コウキ、楽しそうだね」
「え?」
「……ううん、なんでもない」
とっさにそちらを向いたが暗闇の少女の顔はよく見えなかった。
なおも同じ歩調で二人は歩く。
「着いちゃったね」
ヒカリが残念そうにつぶやいた。
もしも、もう少し肩をぶつけ合っていたかった、と思ってくれていたら救われるんだけど。
靴についた雪を適当に払ってから飲みもののコーナーに行った。ヒカリもひょこひょことついてきていくつかある紅茶を手に取って見比べている。いつも俺が飲んでいるコーヒーは無かった。
ホットココアとレモンティーを買ってポケセンを出た。
来た道は二人分の足跡が点々と続いている。その足跡を見ているだけで俺はまた幸せな気持ちになった。
18 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 22:36:52 ID:E0bIGHx2
「ね、覚えてる?」
「何を?」
ヒカリは歩きながら楽しそうに話す。
「コウキがチャンピオンになって開かれたお祝いパーティ」
六年前、ナナカマド研究所で開かれた食事会だ。小さなパーティだったけどヒカリを意識するきっかけになった日だ。よく覚えてる。
「どうだったかな。ああ、ヒカリが食べ過ぎて動けなくて泣いて俺がおぶって帰ったアレか?」
「ちがっ、動けなくて泣いたんじゃなくて嬉しくて泣いたんだって!」
言われてみればそうだったような気もしなくもないような気がするようなしないような。ようするに忘れた。よく覚えてるつもりだったんだけどな。
「そうだっけ?」
ヒカリは後歩きで俺の前を行って、しばらくその時のことを話して思い出させようとしていた。
彼女のその必死な顔にまた頬が緩む。
11 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:47:30 ID:IiSoX4wE
夜道は時間もあって静かだった。ヒカリの笑い声と新しい雪を踏む心地いい音だけが聴こえていた。
「……ぷふっ…………あははっ。だーもう。忘れすぎだよコウキ」
涙を浮かべるほどに笑っている。
ああ、今なんだな。と何かが背中を推した。
「なあ、ヒカリ」
「はぁっー。おもしろい。……なあに?」
レモンティーの入った袋をぶらぶらと揺らして首をかしげる。
あらためて、ヒカリは可愛いと思う。いつも帽子をかぶっているヒカリが急いで出たこともあってつけていないのは結構ポイントが高い。
その帽子の足りないヒカリの頭にそっと手を乗せる。普段ならこんなこと絶対できないなーと思いながら、自然に言葉を紡ぎだす。
「――俺はヒカリのことが好きだ」
12 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:48:11 ID:IiSoX4wE
不思議と心臓はとても落ち着いていた。膝も冷静さを極めている。
想いを伝えられたことに満足しているのかもしれない。
ヒカリは一瞬口を開いたかと思うとすぐに俯いてしまった。
「何年も前から好きだったよ」
「……え、へ」
ヒカリが変な声で笑う。こっちを見て何か言おうとしたところでヒカリが目を見開いた。俺のさらに上を見ている。それに合わせて振り向いた。
「雪……」
「ほんとだ……」
結晶が幻想的に舞い降りている。ポケモンセンターの屋根にも、鉄の骨組みの上にも、ヒカリの黒い髪にも、二人の足跡にも。
背中に温もりを感じる。暖かい手が腰の上あたりに回されている。鼻と思われるところが俺の背をこすっている。
「……私も好きだよ。コウキ」
13 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:48:51 ID:IiSoX4wE
部屋に戻ってみると奇妙なことになっていた。というか……
「スズナさんってこんなに寝相悪かったのか?」
スズナさんがベッドから完全に落ちて俺の布団に丸まっていた。ジュンは出てくる前と同じ体制だった。よだれは完全にたれてるけど。
俺がスズナさんを起こそうとすると、ヒカリが俺の服の後をひっぱった。
「起こしたらかわいそうだよ」
「けどそれじゃあ」
ベッドはぽっかり空いている……のは事実だ。
ヒカリはいたずらっぽく笑ってみせた。変なところで肝っ玉だなこいつ。
ヒカリはベッドに入ると少し奥に詰めて人一人分寝れるスペースを作って布団を頭まで被った。
14 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:50:55 ID:IiSoX4wE
まだ温かいココアを俺の――と言っても今はスズナさんが使っている――枕元のカバンに入れた。スズナさんの寝顔を少しだけ見てみる。ほどいた髪が布団に散り乱れている。ふと、一瞬スズナさんの目が半分開いたような気がした。
「……気のせいか」
さっきまで布団にすっぽり入っていたヒカリは頭を出して反対を向いて転がっていた。深く深呼吸。意を決してベッドに入る。少しだけヒカリの肩が震えた。
ヒカリの方を見れないので天井をにらみつけている。天井の染みの数を数えてたら終わるんだっけ?
15 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 21:51:28 ID:IiSoX4wE
「コ、コウキ」
俺を呼びとめた時よりもかすかな声で言った。意を決して彼女を見る。
彼女の泣きそうな嬉しそうな怖がっているような表情に何かを動かされる。
告白した時のように何かに背中を押された気がした。
ヒカリの小さな肩を抱き寄せる。冬の人肌は暖かい。"ここ"はたぶん、そういうの関係なくいつも暖かいんだろうけど。
ヒカリも俺の背中に手を回してきた。名残惜しい気持ちも抑えて唇を離す。
ヒカリの涙を指先で払ってあらためてヒカリの顔を見つめた。一緒に寝ようと言いだしたのはそっちなのに、これまでに見たことがないほど赤くなっていた。
「……こら、じろじろ見ない」
「……ほんと綺麗になったよな」
終わり
16 :
以下、名無しが深夜にお送りします :2015/02/22(日) 22:33:26 ID:v9LLtXdc
プラチナ好きだからシンオウのSSは嬉しい
乙
転載元
ヒカリ「こら、じろじろ見ない」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1424608667/
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