関連:紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」 part1
関連:紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」 part2
354 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:14:28.45 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月9日】
桜高の夏休みが終わっても、私は部室に行った。
この日、梓ちゃんは一人だった。
私が他の部員を帰らせるように言っておいたからだった。
私は鋏をバッグに入れて家を出た。
お辞儀をして見送る執事が、やたら頭の悪い人間に思えた。
私がギターを壊すと、梓ちゃんは久しぶりに泣いた。
紬「泣かないでって言ったでしょ?」
私が梓ちゃんをぶつと、梓ちゃんは唇を噛みしめながら目を閉じた。
零れる涙を止めたくてそうしたんだろうけど、涙は梓ちゃんの意思とは無関係に溢れた。
私は梓ちゃんの髪の毛を引っ張った。
梓ちゃんの小さい頭がぐいと私の方に引き寄せられた。
梓ちゃんはなにも言わなかった。
ただ目を閉じて、私の癇癪が収まるのを待った。
でも私のこれは癇癪じゃない。
なんなのか自分でもわかってない。
だからいつまで待っても収まらないの。
355 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:14:35.83 ID:WOJh43No0
これの紬は病気だな
梓も仲を壊したくないんだか知らんが病気だ
356 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:16:26.92 ID:Iof5d2+a0
紬「これ、いらないよね」
私は梓ちゃんに向かって言った。
梓ちゃんは目を開き、何の事かわからないといった表情を見せた。
私は右手で梓ちゃんの髪を掴んだまま、左手でバッグの中をまさぐり、鋏を取り出した。
途端に梓ちゃんは暴れだした。
梓「い……やっ!やめて!やめてください!」
私が右手を上に挙げると、梓ちゃんの身体は髪と一緒に引っ張られて、爪先立ちになった。
梓ちゃんは泣き叫び、懇願した。
梓「お願いします!やめてください!ムギ先輩やめて!」
何よ。
今まで抵抗しなかったくせに、何で今更。
364 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:19:51.98 ID:Iof5d2+a0
紬「だから泣かないでってずっと言ってるよね」
梓「お腹ならいくら殴ってもいいですから!我慢しますから!」
紬「泣かないで」
梓「他の先輩達に知られますからっ!見えないところなら何してもいいからっ、怒らないし泣かないからやめてください!!」
紬「知られたら梓ちゃんは困るんだ」
梓ちゃんの目から大粒の涙がこぼれた。
私は梓ちゃんの髪の毛に鋏を入れた。
黒くて長い綺麗な髪の毛が、ばさっと床に落ちた。
それから鋏の柄で、私は梓ちゃんの顔を叩いた。
梓「やめて……やめてください……」
梓ちゃんの言葉を潰すように、私は梓ちゃんを何度も叩いた。
がちっという音がして、梓ちゃんの前歯が欠けた。
梓ちゃんの顔は腫れ上がり、本当に可哀想で、私は悲しくなった。
368 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:25:11.50 ID:Iof5d2+a0
紬「梓ちゃん、帰ろっか」
梓ちゃんは答えてくれなかった。
紬「梓ちゃん、一緒に帰ろう?」
梓ちゃんは泣きながら床に座り込んだまま。
私はまた悲しくなった。
結局、私は梓ちゃんを無理矢理立たせて、手を繋いで帰った。
駅に着いても、梓ちゃんは私の顔を見てくれなかった。
私は、早く家に帰って電話しなきゃ、と思った。
きっと私の手は、もう暖かくない。
私が感じているのは、梓ちゃんの方の熱。
紬「じゃあね梓ちゃん」
私が手を離すと、梓ちゃんは顔を上げた。
腫れた顔で笑顔を作って見せ、
梓「はい」
と言った。
それから手まで振って、私を見送ってくれた。
左右に揺れる梓ちゃんの手に合わせて、踏切の警報機の音が聞こえた。
378 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:31:09.70 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月10日】
梓ちゃんと別れた後、私はアルバイトに行った。
私が家に着く頃、もう日付は変わっていた。
私は急いで梓ちゃんに電話をかけた。
紬「もしもし梓ちゃん?」
梓「こんばんは」
紬「梓ちゃん、ごめんね」
梓「はい」
紬「本当に悪いと思ってるの」
梓「わかってます」
紬「ごめんなさい……」
電話の向こうが少し騒がしい。
紬「今外にいるの?」
梓「はい」
紬「まだ帰ってないの?」
梓「いえ、一度帰りました」
383 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:33:54.84 ID:Iof5d2+a0
紬「夜道は危ないわ。私、梓ちゃんに何かあったら悲しいよ」
梓「はい」
紬「気をつけて帰ってね」
梓ちゃんのまわりが更に騒がしくなった。
梓「ムギ先輩。今日の事も、今までの事も、私達だけの秘密ですからね」
紬「内緒話?」
梓「はい、内緒話です」
紬「えへへ」
梓「ムギ先輩」
紬「なあに?」
梓「私はムギ先輩の事、絶対に嫌いになりません。ムギ先輩は私の大事な先輩です」
紬「うん、ありがとう。私も梓ちゃんの事大好きだよ」
梓「はい。じゃあ失礼します」
一際大きな騒音がして、電話は切れた。
384 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:33:55.18 ID:nchiB/hl0
共依存ってやつですかね
梓はそんな気ないかもしれないけど
393 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:39:26.36 ID:Iof5d2+a0
電話の後、私はシャワーを浴びてすぐにベッドに入った。
朝になって目が覚めても、何もする気になれなかったから、私は澪ちゃんに借りた小説を読んで時間を潰した。
夕方になってから、唯ちゃんの家に行った。
駅で澪ちゃんと合流した後、コンビニでお酒を買おうとしたけど、私がはしゃいだせいで怪しまれたのか、店員さんに年齢確認をされてしまい、少し離れた別のコンビニで買う事になった。
そのせいで唯ちゃんの家に着くのが少し遅れたけど、りっちゃんはまだ来てなかった。
冷房が苦手な唯ちゃんは窓を開け放していたから、夏虫の声が部屋によく響いた。
唯「私レモンティーね!」
澪「じゃあ、アイスティーで」
紬「はーい」
私は流し台の横でお茶を淹れ、テーブルの上に運んだ。
唯「りっちゃん遅いね~」
澪「どこで油売ってるんだろうな。電話しても出ないし」
お茶で喉を潤しながら、澪ちゃんは腕時計を見た。
唯「先に始めちゃおっか」
澪「そうだな」
394 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:41:07.23 ID:Iof5d2+a0
私達はりっちゃんを待たずに、お酒の缶を開けた。
唯ちゃんが乾杯の音頭を取ろうとした時、唯ちゃんの携帯電話が鳴った。
唯「かんぱーい」
澪「乾杯……ってまず電話出なよ」
唯「えへへ。先に飲んでていいよー」
そう言って唯ちゃんは電話に出た。
唯「もしもーし。あ、憂。どうしたのー?」
私と澪ちゃんは声を潜めて「乾杯」と言った後、お酒を一口飲み、小声で話した。
澪「全く、律も遅れるなら連絡くらいしてくれればいいのに」
紬「寄り道してるんじゃないかしら?」
唯「え?なに?よく聞こえないよー」
澪「今頃コンビニでマンガでも読んでるのかな」
紬「そうかも」
395 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:43:00.22 ID:Iof5d2+a0
唯「ういー、落ち着いて話してよ。何言ってるかわかんないよー」
紬「そう言えばおつまみないね。りっちゃん、買ってきてくれるかな」
澪「いや、ないな。律に限ってそれはない」
唯「うん、うん。それで?」
澪「大体、あいつもうバイト代使いきっただろ」
紬「え?こないだお給料貰ったばかりよ?」
澪「CD買いまくってたからな。あと服も」
紬「りっちゃん、最近どんどんおしゃれになっていくよね」
澪「それはいいんだけどさ。宅飲みで私にお金借りるってさすがに使いすぎだろ」
紬「そう言えば、澪ちゃんとりっちゃん幼なじみなんだし、お揃いの服着たりしないの?」
澪「するわけないだろ……。そもそもサイズが全然違うし」
紬「そっか、残念」
澪「なんでムギががっかりするん……」
言いかけて、澪ちゃんの顔が強張った。
澪ちゃんは唯ちゃんの顔をじっと見ていた。
釣られて私も唯ちゃんの顔を見た。
399 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:45:09.42 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんは電話を耳にくっつけたまま、無表情になっていた。
悲鳴はその人の恐怖をよく伝えるって言うけど、沈黙はそれ以上の効果をもたらした。
私と澪ちゃんは顔を見合わせた。
それから私はまた唯ちゃんを見た。
唯「うん、わかった。すぐ行く」
唯ちゃんは電話を切った。
澪「唯、どうしたの?」
澪ちゃんが訊ねた。
唯ちゃんは何も言わず立ち上がり、財布と携帯電話をポシェットに入れた。
紬「え、唯ちゃん出掛けるの?」
唯「うん」
401 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:47:03.46 ID:Iof5d2+a0
澪ちゃんが唯ちゃんの腕を掴んで言った。
澪「待ちなよ。何かあったの?」
唯ちゃんは澪ちゃんをちらっと見た後、私に視線を移した。
それから手を差し出した。
唯「一緒にいこ」
澪「は?どこに?」
唯ちゃんは説明したくなかったらしく、一人でさっさと部屋を出ていった。
403 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:49:55.14 ID:Iof5d2+a0
唯ちゃんがいつになく深刻な顔をしていたから、取り残された私と澪ちゃんは不安になった。
澪「どうしたんだろう」
紬「わかんない……。とりあえずここで待ってたほうがいいかな」
澪「そうだな。律もそろそろ来るだろうし」
澪ちゃんの携帯が鳴った。 澪ちゃんはサブディスプレイを私に見せた。
澪「噂をすれば」
りっちゃんからだった。
澪「もしもし、律?なにやってるんだよ、もう始めちゃってるぞ」
話す相手のいなくなった私は、所在なく部屋を見渡した。
大きなフォトフレームの中に、私達の写真が何枚も飾ってあった。
澪「え?うん、何?早く言いなよ」
それから私は、指先を弄った。
澪「はぁ?なんだそれ。全然笑えない。ていうか不謹慎だぞ」
私はスカートの裾の乱れを直し、足を伸ばした。
澪ちゃんの声が止まった。
私は澪ちゃんの顔を見た。
405 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:54:04.46 ID:Iof5d2+a0
まだほとんどお酒を飲んでいないはずなのに、澪ちゃんの顔は色を失っていった。
澪ちゃんが携帯電話を落としたから、私はすぐにそれを拾った。
紬「もしもーし、紬です」
律「ムギ」
紬「りっちゃん、今どこにいるの?」
律「梓が死んじゃったんだって」
紬「え?」
それからりっちゃんは、電話の向こうで大声をあげて泣き出した。
9月10日。
夏虫の最期の大合唱の中、電話越しの泣き声。
澪ちゃんはそれを聞きたくなかったのか、両手で耳を塞いでいた。
415 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 22:58:51.81 ID:/QbhVunhO
何だかとっても胸が痛いです・・・
434 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:13:03.59 ID:xiji411O0
6500円で1100円にはちゃんと意味があるんだろうな?
445 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:28:52.27 ID:Iof5d2+a0
>>434
それ書き間違えた
5500円
446 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:30:21.56 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 10月28日】
私は財布を忘れた唯ちゃんが戻って来るのを待った。
りっちゃんも澪ちゃんも寝ちゃってるから、ちょっと退屈。
そう言えばあの時も私だけ話し相手がいなかった。
私は指先を弄った。
あと10分もしないうちに日付は変わる。
退屈。
紬「よし」
私は唯ちゃんの財布をひっつかむと、部屋を出た。
私は唯ちゃんを追いかける事にした。
唯ちゃんに財布を渡して、一緒にお酒を買うの。
今度ははしゃがないように気をつけなきゃ。
448 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:36:13.38 ID:7xbazDK+O
おいついた
梓が死んでしまったのは悲しいがなかなか面白いな
450 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:37:13.53 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月12日】
幸か不幸か生き残ってしまった蝉がけたたましく鳴いていた。
残暑の日差しは、喪服の上から照りつける。
お日様が容赦してくれなかったから、私は背中にかいた汗を何度も拭き取る事になった。
玄関で香典を渡した後、喪主の梓ちゃんのお父さんに挨拶を済ませると、私は梓ちゃんの家の中に入った。
中は梓ちゃんの親族や学校のクラスメイトと関係者、中学の同級生でごった返していて、香炉の中で燻るお香と参列者の香水の匂いで、私はくしゃみが出そうになった。
お葬式に香水なんてつけてくるものじゃないのに。
そうやって自分を実物以上に見せるのは、とても下品な事なのに。
和「ムギ。久しぶり」
和ちゃんは泣き続ける憂ちゃんの頭を撫でながら言った。
紬「うん。和ちゃん、眼鏡やめたんだ」
和「お葬式で赤いフレームなんて場違いでしょ。だから今日はコンタクト」
りっちゃんと澪ちゃんは喪服を持っていなかったから、私が貸してあげた。
りっちゃんにはパールの一連ネックレス、澪ちゃんにはオニキスのネックレスをそれぞれあてがった。
唯ちゃんは和ちゃんの隣で、憂ちゃんの背中をさすっていた。
唯ちゃんはおばあちゃんに借りた和喪服を着ていて、とても綺麗だったけど、どこか似合っていなかった。
452 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:41:25.34 ID:Iof5d2+a0
さわ子先生も純ちゃんも、みんないたのにちっとも楽しそうじゃなかった。
お坊さんが上げるお経も音の起伏がなくて、面白くない。
唯ちゃんならもっと可愛くやってくれそう。
木魚の音より、私はりっちゃんのドラムが好き。
お経の中身も澪ちゃんに書いてもらえばずっと良くなるのに。
飾りのお花だってヘン。
こういうのは私達に任せてくれればよかったのにな。
梓ちゃんなら、きっと笑って頷いてくれるはず。
453 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:44:25.74 ID:Iof5d2+a0
何枚も並んだ座布団の上に色んな人が座り、順番に梓ちゃんの前で手を合わせた。
あの日、梓ちゃんは私との電話を切った後、唯ちゃんの家の近くの駅のホームから線路に落ちて、電車に轢かれて死んじゃったらしい。
だから私が壊したギターも、叩いた顔も、切った髪も、全部めちゃくちゃになってわからなくなった。
まず、部長だったりっちゃんにさわ子先生から連絡が入り、その後梓ちゃんと親しかった憂ちゃんと純ちゃんにも知らされたらしい。
それからりっちゃん経由で訃報は私達の知るところとなった。
遺書のようなものは何一つ残されてなかったから、警察も事故なのか自殺なのかわからないままだった。
このお葬式の後に私達は警察に色々聴かれたけど、梓ちゃんとの事は内緒話って約束してたから話さなかった。
私は梓ちゃんが死んだ事に何の実感もなかったけど、梓ちゃんに嫌われたと思って悲しくなった。
唯「ムギちゃんの番だよ」
焼香を終えた唯ちゃんが、私に声をかけた。
455 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:47:28.95 ID:Iof5d2+a0
私は立ち上がり、ゆっくりと梓ちゃんの方へ歩いていった。
私は梓ちゃんが大好きだから、梓ちゃんの寝顔を見たかったけど、棺桶には蓋がしてあって見る事が出来なかった。
前に親戚の葬式に出た時は、棺桶に蓋なんてしてなかったのに。
梓ちゃんは天使みたいに可愛い。
その梓ちゃんをみんなにも見てもらいたいのに、どうしてこんな事をするんだろう。
私は祭壇に向かって一礼をすると、焼香台の横からお香を摘まみ、胸のあたりでそれを潰して、香炭の上に乗せた。
作法通りに何かお別れの言葉を思い浮かべようとした。
でも、お別れとは思えなかったから、何も浮かばなかった。
従香をして、今度は「天国に行けますように」と念じたけど、それもかなり嘘っぽかった。
458 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:49:41.51 ID:30VDSl2MO
病んでるな
支援
459 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:49:44.06 ID:Iof5d2+a0
梓ちゃんが霊柩車で運ばれていった後、私は客間に用意されたお料理を食べた。
澪ちゃんとりっちゃんは一口も食べなかった。
憂ちゃんと純ちゃんは泣きながら互いに何か言葉を掛け合っていて、食事には興味も示さなかった。
唯ちゃんだけが、私と一緒に食べてくれた。
唯「ムギちゃん、それおいしい?」
紬「うん。おいしいよ。唯ちゃんもどうぞ」
唯「ありがとう。おいしいね」
澪ちゃんはそんな私と唯ちゃんをなじったけど、りっちゃんがそれをやめさせた。
さわ子先生は私達に何度も励ましの言葉をかけてくれた。
でも自分が泣くのを我慢できていなかった。
りっちゃんと澪ちゃんは泣きながら何度も頷いていた。
唯ちゃんは話の途中で抜け出し、和ちゃんと一緒に、また泣き出してしまった憂ちゃんを慰めていた。
憂ちゃんが落ち着くと、唯ちゃんは私の隣に座り、手を握って笑顔を見せた。
結局私と唯ちゃんは、お葬式の間、一度も泣かなかった。
464 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:54:45.61 ID:Iof5d2+a0
帰宅すると、私は服のボタンを外し、ベッドに身を投げた。
目頭をぐっと押していると、服の袖からお香の匂いがした。
それが不快だったから、私はすぐに着替えた。
それからシャワーを浴びた後に携帯電話を開いて、梓ちゃんに電話をしようと思った。
でも、今日は梓ちゃんに何もしてないから、かける理由がなかった。
私はベッドの上で梓ちゃんから電話がかかってくるのを待ったけど、結局電話は鳴らず、私はそのまま目を閉じて眠った。
467 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:56:49.81 ID:IoIZBhEp0
佐川弟みたい
468 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:57:48.09 ID:MB56M55sO
やはり唯は何か知ってるな
469 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/27(月) 23:58:32.28 ID:Iof5d2+a0
【平成23年 9月14日】
お葬式から二日後、私達は唯ちゃんの部屋に集まった。
律「梓の事は残念だったけど、私達が泣いてたら梓も悲しむと思うんだ」
唯「そうだよー」
律「だからさ、これからも梓の話が出る事はあるだろうけど、それで泣くのはナシ!」
澪「うん、わかった」
律「唯とムギもいいな?」
唯「はーい」
私はそもそも梓ちゃんが死んだ事もよくわかってなかったけど、「はい」と言った。
それから、りっちゃんの言葉とは裏腹に、私達の間で梓ちゃんの話題は出なかった。
むしろ梓ちゃんの話を避けてすらいた。
「泣くのはナシ」だけど、澪ちゃんとりっちゃんは自分が泣いちゃうのがわかっていたから、梓ちゃんの話はしづらくなったみたい。
でも、時々お互いを励ますような事を言うようになり、その言葉は私にも飛び火した。
唯ちゃんはアルバイトに顔を出さなくなり 、大学も休みがちになった。
私は店のオーナーに事情を話し、しばらくの間みんなにお休みを与えてもらった。
梓ちゃんがいなくなってから、 私の左耳は前みたいに暖かくならなくなった。
私はそれが寂しくて、腹立たしかったから、左耳にピアスを開けた。
470 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:01:13.85 ID:lI4bl0IC0
【平成23年 10月27日】
梓ちゃんがいなくなってから四十七日目、その日は台風が来た。
この日も私達は唯ちゃんの部屋に集まった。
特に用は無かったけど、ただ集まれればそれで良かった。
唯ちゃんは、梓ちゃんの話を何度もした。
最初、りっちゃんと澪ちゃんは何とか話を逸らせようとしたけど、唯ちゃんがしつこく梓ちゃんの話をするから、りっちゃんが怒鳴った。
律「いい加減にしろよ!わざとやってるだろ!」
それからりっちゃんは台風の中部屋を飛び出し、澪ちゃんもそれを追いかけた。
私はどうしようか迷ったけど、唯ちゃんが、
唯「台風で危ないから泊まっていきなよー」
と言ったので、結局二人を追いかけなかった。
すぐにりっちゃんから電話が掛かってきて、ちゃんと家についたから心配しなくていい、と言われた。
私は唯ちゃんに電話を渡し 、二人はすぐに仲直りした。
その晩、唯ちゃんはずっと夢枕で私に冗談ばかり言っていたけど、外の風の音でほとんどよく聞こえなかった。
474 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:06:05.95 ID:lI4bl0IC0
【平成23年 10月28日】
コンビニに唯ちゃんの姿はなかった。
私は出来るだけ大人しくしながらお酒を買い、コンビニを出た。
澪ちゃんとりっちゃんは寝ちゃってるから、必要なお酒は私と唯ちゃんのぶんだけ。
唯ちゃんもいつもより控えめに飲んでいたから、それほど量は必要ないと私は判断して、新発売のカクテルを4本だけ買った。
唯ちゃんはどこに行ったんだろう。
携帯に電話をかければすぐにわかるけど、それをしないで探したほうが楽しそうだったから、私はその辺を散歩しながら唯ちゃんを探す事にした。
腕時計は11時57分を指していた。
紬「あと三分」
479 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:08:37.94 ID:lI4bl0IC0
コンビニの周りをうろうろした後、私は近くの河原に向かった。
公園のガス灯が河面に反射して揺れている。
いつもなら綺麗な場所なのに、台風の後だから水かさが増していて、水面の光を飲み込んでしまいそうで不気味だった。
それを見たくなかった私は上を向いた。
星が散りばめられた夜空を見て、人工物の灯じゃやっぱり及ばない、と私は思った。
不意に、聞き慣れた声の耳慣れない響きがした。
水面の前の柵に、唯ちゃんはいた。
紬「いた」
私は唯ちゃんに近づき、声をかけようとして、それをやめた。
唯ちゃんは子供みたいに声を上げて泣いていた。
484 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:10:27.23 ID:DhMDQc9X0
唯がこわい
486 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:10:56.24 ID:lI4bl0IC0
唯「あずにゃ……ん……うあ……うぁぁぁん……」
唯ちゃんは顔も隠さないで泣いていたから、涙は水面に、泣き声は夜空に、それぞれ吸い込まれていった。
私はそれを見て、足がすくんだ。
私は子供だから、梓ちゃんが死んじゃってもわからなかったの。
私は大人だから、いちいち泣いたりしなかったの。
唯ちゃんも同じだと思ってた。
でも、今まであっけらかんとしていた唯ちゃんは、ただ泣くのを我慢していただけで、その上私達にそれを見せないために、今ここでこうして泣いている。
梓ちゃんは子供だから、あんまり泣くのを我慢できなかった。
りっちゃんと澪ちゃんは子供だから、振り返り方がわからない。
だから前しか向けない。
私はちょっとだけ大人だから、後ろを見ても泣かない。
でももう、子供なのは私だけで、大人なのも私だけ。
489 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:12:46.36 ID:lI4bl0IC0
紬「唯ちゃん」
私は唯ちゃんを呼んだ。
唯ちゃんは、はっとした顔で私の方を見た。
唯「えへへ」
唯ちゃんは目をごしごしと擦ってから笑った。
私は唯ちゃんの隣に並び、柵に両手をかけた。
紬「唯ちゃん、大丈夫?」
私は平然を装った。
唯「うん」
紬「よかった」
唯ちゃんは携帯電話を開き、時間を確認してから私に訪ねた。
唯「ムギちゃん、今日が何の日か知ってる?」
493 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:14:40.02 ID:lI4bl0IC0
【平成23年 10月29日】
私は答えた。
紬「うん。知ってるよ。梓ちゃんの四十九日」
唯「あずにゃんが天国に行けるように拝んであげないとね~」
紬「そうね」
唯「澪ちゃんとりっちゃんは知らないのかな?」
紬「うん、知らないみたい」
唯「二人とも子供だなぁ」
紬「たまたま知らないだけだよ」
唯「りっちゃんなんてあずにゃんの話したら怒るし」
紬「唯ちゃん、怒ってるの?」
唯「んーん。りっちゃんも澪ちゃんも、思い出し方がわからないだけだし」
紬「私もよくわからないわ」
500 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:21:36.00 ID:lI4bl0IC0
唯「もう大学生だよ。私達大人だよ。お酒も飲めるようになったし」
紬「本当は飲んじゃダメなんだよ」
唯「あ、そっか。じゃあまだ子供だね~」
私達の言葉は川の水流に飲み込まれ、それが立ち上って空を彩った。
唯ちゃんは一足先に大人になったけど、言葉は子供みたいに燦然としていた。
唯「私、色々調べたんだよ」
紬「何を?」
唯「法事のこと。新聞とか読んで」
紬「新聞には載ってないと思うよ」
唯「うん。だからおばあちゃんに教えてもらったんだ。でね、四十九日って、人が死んじゃった事を受け入れて、納得するのにちょうどいい日数らしいよ」
紬「そうなの。知らなかったわ」
唯ちゃんは笑いながら続けた。
唯「そんなわけないのにね~。そんなすぐに納得なんて出来ないよね~」
507 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:25:21.94 ID:lI4bl0IC0
紬「きっと昔の人は忘れっぽかったんだよ」
唯「私より?」
紬「多分」
唯「ムギちゃんは?もう納得できた?」
わからない。
私は悲しんでないから、きっと唯ちゃんより前の段階にいる。納得するのは、私が泣けるようになってからだと思う。
私が何も答えないでいると、唯ちゃんは川面に視線を移した。
唯「高校の時に私とあずにゃんが演芸大会に出たの覚えてる?」
紬「うん」
唯「えへへ。ゆいあずってね、川原でお話してる時に結成したんだよ」
紬「そうだったんだ」
唯「この川って、その時の川の下流なんだよ~」
紬「だからあのマンションにしたの? 」
唯「ううん、たまたまだよ。この川の事を知ったのは最近だもん」
唯ちゃんは柵を擦った。
唯「あずにゃんごめんね。私、約束破るね」
513 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:27:12.54 ID:lI4bl0IC0
紬「唯ちゃん?」
唯ちゃんが何を言っているかわからなかった。
唯ちゃんは黙りこんだ。
私は話題を変える事にした。
紬「唯ちゃん、来週は大学来るよね」
唯「んー、わかんない」
紬「でもずっと家に一人だと退屈じゃない?いつも何してるの?」
唯「ケータイ触ってるよ」
そう言えば、昨日もすぐに電話に出たし、部屋でもずっと携帯電話をいじってたっけ。
516 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:28:16.58 ID:24WeS+cRO
あ
517 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:29:45.76 ID:lI4bl0IC0
紬「ケータイ、楽しい?何してるの?」
唯「メール読んでるんだ」
紬「そう」
唯「でも何て送ればいいのかわからないんだよ」
紬「誰に送るメール?」
唯「んー」
それから唯ちゃんは、私の方を見た。
口調は軟らかかったけど、目は真剣そのもので、まるで……。
唯「ムギちゃんとあずにゃん」
まるで大人みたいだった。
519 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:31:01.22 ID:C2jX11Rl0
死にたい
520 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:32:27.83 ID:lI4bl0IC0
唯ちゃんは二回深呼吸をしてから、話始めた。
唯「あずにゃんがいなくなった日に、あずにゃんからメールが来たんだ」
心臓の音が鳴るのがわかった。
鼓膜は体の中の音も拾う。
それでも私の心は見えない。
まだ見えなかった。
唯「見る?」
私は答えない。
唯ちゃんは私が答えるのを待たずに、携帯を操作して、それから私に画面を見せた。
そこにははっきりと、梓ちゃんの言葉が書かれていた。
From あずにゃん
Sub 無題
============
たすけて
532 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:35:00.98 ID:lI4bl0IC0
紬「たすけて」
私は声に出して読んだ。
それは単にメールを読んだだけじゃなく、誰かに向けた私自身の言葉でもあった。
私は川の方を向いて言った。
紬「梓ちゃんはね」
唯「ん?」
紬「知ってた?梓ちゃんは私の事が大嫌いだったんだよ」
唯「えー?そんな事ないよ」
唯ちゃんはまた携帯電話をいじり始めた。
唯「私このメールが来たときびっくりして、あずにゃんに電話かけたんだ。でもあずにゃんは出てくれなかったから、その後メールを返したんだよ」
唯ちゃんはせっせと携帯電話を弄った。
唯「はい。そこのボタン押せば送信メールと受信メールを見れるよ」
そう言って唯ちゃんは私に携帯電話を渡した。
私はボタンを押して、メールを読んだ。
541 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:40:49.22 ID:lI4bl0IC0
To あずにゃん
Sub Re:
===========
あずにゃんどうしたの!?
From あずにゃん
Sub Re2:
===========
ムギ先輩を助けてください
544 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:41:51.11 ID:C2jX11Rl0
うおあああああああああああああああああああああああああ
553 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:45:44.98 ID:lI4bl0IC0
To あずにゃん
Sub Re2:Re:
===========
ムギちゃんに何かあったの??
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:
===========
ムギ先輩はきっと怖いんです
ケーキを壊したくないんです
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re:
===========
ケーキが壊れちゃったの??
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2
===========
壊れてません
でもムギ先輩は壊れると思ってるんです
だから壊れないってことを確かめないと怖いんだと思います
563 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:49:39.64 ID:lI4bl0IC0
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re:
===========
よくわかんないよ~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:
===========
箱は壊れちゃっても、
中身は無事だって伝えてあげてください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
===========
ムギちゃんにケーキは無事って
教えてあげればいいんだね??
576 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:56:17.17 ID:lI4bl0IC0
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
==============
やっぱり教えないでください
気づかせてあげてください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re
==============
ええ~!それは教えてあげたほがいいよ~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
==============
教えちゃったら壊れたと思っちゃいますよ
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
==============
あずにゃん先輩
イミがわかりません!
577 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 00:57:19.47 ID:4dyyBG8o0
姫子と衝突したあの時から、全てが狂ったのか…
583 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:02:12.47 ID:sO6IJe+mO
梓…
584 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:02:52.39 ID:lI4bl0IC0
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
====================
とにかく教えちゃダメです
それとなく気づかせてあげてくださいね
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:
====================
う~
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re
====================
他の先輩方にも言わないでください
To あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2
====================
ぶ~
595 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:08:48.79 ID:lI4bl0IC0
From あずにゃん
Sub Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re2:Re:
====================
ていうか誰にも言っちゃダメですよ!
このメールの事も!
To あずにゃん
Sub 無題
====================
スパイ大作戦??
From あずにゃん
Sub Re:
====================
なんでもいいですけど
とにかく絶対言っちゃダメです
何があっても言っちゃダメです
あと泣くのもダメですからね
To あずにゃん
Sub Re2:
====================
よくわかんないけどわかった!
言わない!
泣かない!
606 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:13:04.30 ID:lI4bl0IC0
From あずにゃん
Sub 無題
====================
ありが
To あずにゃん
Sub Re:
====================
途中送信かい??
From あずにゃん
Sub すみません
====================
ありがとうございます
唯先輩のこと尊敬してます
律先輩も澪先輩もムギ先輩も大好きです
From あずにゃん
Sub Re:すみません
====================
でへへ
急にどうしたの~??
609 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:16:43.23 ID:lI4bl0IC0
私が梓ちゃんに電話をかけた直前の時間で、メールは終わっていた。
紬「ありがとう唯ちゃん」
私は唯ちゃんに携帯電話を返した。
私が梓ちゃんにあんな事を続けたのは、私と梓ちゃん、それからみんなとの関係が壊れる事を恐れたからだ。
私が最初にケーキを壊した時、梓ちゃんは悲しんだ。
私はそれを見て、何かの弾みで私とみんなの関係が崩れる可能性を考えた。
だから壊れないって証明したかった。
何度落としても、どれだけ踏みつけても、壊れないって証明したかった。
梓ちゃんは、私が納得するまで、それに付き合ってくれようとした。
そのために、唯ちゃん達にも話さず、私との絆を守ろうとした。
でも、私は最後に梓ちゃんの髪を切り、顔に傷をつけた。
それを誰かに見られたら、私達の関係は壊れる。
梓ちゃんはそうならないように、自分を壊す事で、箱の中身だけを残し、私に差し出してくれた。
617 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:20:12.16 ID:lI4bl0IC0
私は自分の携帯電話を取り出した。
梓ちゃん、ありがとう。
私達の絆は壊れないの。
私が梓ちゃんに電話して、謝れば、全部元通り。
私は梓ちゃんの番号に電話をかけた。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度おかけ直し下さい』
私は何度もかけ直した。
唯ちゃんは私を訝しげに見た。
梓ちゃんは電話に出てくれなかった。
出てくれないから、私は謝れなかった。
もう意地悪しないから、泣かせないから、お願いだから。
紬「お願いだから出て……」
梓ちゃんが死んでから、私は初めて涙を流した。
628 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:25:34.21 ID:lI4bl0IC0
唯「ムギちゃん。私、あずにゃんがいなくなってから、ずっとこのメールの意味を考えてたんだ」
私は髪をぐしゃぐしゃにしながら嗚咽を漏らした。
唯「四十九日になれば、あずにゃんの事も納得できて、ムギちゃんの事もわかるのかなって。でも私馬鹿だからわかんなくて」
唯ちゃんの声が震えた。
唯「だからもうこうするしかムギちゃんに伝える方法がないんだよ」
唯ちゃんは私を抱き締めて、泣きながら言った。
唯「ムギちゃん、ケーキは壊れてないよ……」
私は唯ちゃんを抱き返したかったけど、腕に力が入らず、癇癪をおこした子供みたいに泣き喚いた。
633 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:27:33.28 ID:lI4bl0IC0
それからしばらく、私と唯ちゃんは地べたにしゃがみこみ、梓ちゃんを思って泣き続けた。
涙が枯れると、思考は少しずつクリアになった。
目を擦り、私は立ち上がった。
紬「唯ちゃん、私今日は帰るね」
唯「どこに行くの……?」
紬「唯ちゃん、教えてくれてありがとう」
川はもういつもの様にゆったりと流れていて、向こう岸もよく見えた。
私は公園を出て、駅に向かって歩いた。
がらんどうの駅はまだ開いてなかったから、私は改札に続く階段に膝を丸めて座った。
梓ちゃんの声を聞き続けた左耳を弄ると、冷たい金属が指先に触れた。
私はそれを煩わしく思い、引きちぎった。
そうすると耳は暖かくなり、私は少しだけ嬉しくなった。
637 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:29:23.07 ID:lI4bl0IC0
左の耳たぶから血を流したまま、私は目を閉じた。
それから四十九日である事を思い出して、呟いた。
紬「梓ちゃんが天国に行けますように。梓ちゃんが天国に行けますように」
天国でも笑って過ごせますように。
紬「そうだ」
私は梓ちゃんに曲の作り方を教えてあげるって約束してた。
ちゃんとお菓子を持っていくって約束してた。
私が届けてあげなきゃ、私が聴かせてあげなきゃ、梓ちゃんは泣いちゃう。
650 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:32:02.93 ID:lI4bl0IC0
始発の時間になると、駅員が私の身体を揺すった。
私は改札をくぐり、ホームに立った。
唯ちゃんの家の最寄り駅に、特急電車は停まらない。
私を置き去りにして通りすぎる。
でもそれに乗る事が出来れば 、梓ちゃんに会わせてくれる。
駅のすぐ横の踏切の警報機が鳴り出した。
「今ならどんな曲が浮かびますか?」
ごめんね梓ちゃん。
私、嘘ついちゃった。
楽しい時や嬉しい時に曲が浮かぶって言ったけど、本当は今みたいな時でも曲は浮かぶの。
でもそういう曲をみんなに演奏してもらいたくなかったし、何より不出来だったから、言わなかったの。
警報機は鳴り止まない。
私の耳に、それは音符となって届く。
紬「今なら、こんな感じだよ」
私は頭の中に流れる、単調で退屈で出来の悪い曲を口ずさんだ。
紬「カンカンカンカンカンカンカンカン」
私はゆっくりと線路に降りた。
656 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:33:52.98 ID:lI4bl0IC0
紬「ご清聴ありがとうございました」
線路の上からホームはよく見えない。
思ってたよりここは深い。
足下の揺れが大きくなる。
私は天を仰いだけど、そこに台風後の広い空は無く、コンクリートの天井があるだけ。
『間もなく、電車が通過します。危険ですので、白線の内側までお下がり下さい』
662 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:37:06.56 ID:lI4bl0IC0
視線を天井から少し下におろすと、桜高の制服を着た女の子がホームから私を見下ろしていた。
紬「危ないよ」
女の子の袖を引っ張って白線の内側に戻してあげたかったけど、残念ながら今私がいるのは外側。
せめて、何か楽しい曲を聴かせてあげられればいいんだけどな。
でも、あの時の曲は即興だから、もう思い出せないの。
「私達には楽しい曲のほうが合ってると思います」
私は「梓ちゃん」と呟いた。
女の子が天使みたいに笑った。
私はその女の子に手を伸ばした。
女の子が顔を曇らせた。
私は生きたいと思った。
それから私の身体の潰れる音がした。
おしまい
663 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:37:55.92 ID:lI4bl0IC0
終わりです
保守&支援ありがつ
668 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:38:40.72 ID:cU5cyVEZ0
乙
669 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:38:58.41 ID:L/cl+YVO0
乙
670 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:39:10.25 ID:PUmm1ZHz0
長々とお疲れ。ちゃんと文章を書いてて偉いなぁと思ってました。
671 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:39:21.36 ID:4QIUoSYwO
すごく良かった乙
674 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:39:31.25 ID:hVMkvHU50
乙!好きだったぜ!
今度はハッピーなやつも見せてくれ!
680 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:40:41.59 ID:1pZ+nmqhI
乙 面白かった でも最後の紬の白線の内側、外側の意味がわからんかった誰か教えてくれ
693 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:45:46.53 ID:lI4bl0IC0
>>680
とりあえず最初からもっかい読めば色々わかるように書いてあるつもりなので、そんな感じで
では
697 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:48:03.92 ID:R+DBMhU2P
なあ
ハッピーな紬梓も書いてくれよ…
頼むよ…
707 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:54:18.87 ID:hVMkvHU50
唯は耐えられんだろうなぁ
言っちゃダメって言われたことをいっちゃって、こんな結果だもんな
律と澪がカヤの外すぎるwww
711 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 01:59:38.86 ID:oMhwhcDbO
乙
明日早いのに夢中で読んじゃったんだぜ
717 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 02:17:20.87 ID:YoJXvGGe0
乙
純文学チックだな
724 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 02:36:59.14 ID:tbnUJfK10
ここにあるものは狂気だな
732 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 03:23:41.61 ID:KRYP/UJtP
乙。
嫌いじゃない
740 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 06:08:21.54 ID:1bGaej59O
ごきにゃん嫌いだけど、このゴキは好き。
紬ちゃんは大好き。
でも紬ちゃんは暴力なんてふるいません。
>>1乙
745 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 07:54:14.27 ID:2GNV2qEq0
いちおつ!!
750 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/09/28(火) 09:51:42.75 ID:FRrNonNB0
乙
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紬梓に目覚めはじめていた俺には強烈だった