121 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/26(火)14:33:41 ID:A44QKpe2U
「……え?お、お兄ちゃん……?」
「聞こえなかったのか?――この家を、出るんだ」
「……!」
ひまわりは顔を青くし、激しく動揺しているようだった。
それも当たり前だろう。
ひまわりとはケンカをすることはあっても、ここまでの言葉を口にしたことはない。
にも関わらず、ケンカらしいケンカもしていない今、唐突にそう言われて混乱しているのだろう。
なぜ、オラがそんなことを言ったのか分からない。
なぜ、そう言われたのか分からない。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ……きっと彼女の頭のなかは、そればかりが漂っているだろう。
気が付けば、彼女は涙を流していた。
「……ひまわり……今日、風間くんと会ったよ」
「……!」
「プロポーズ、断ったそうじゃないか……なぜだ?」
「……だ、だって……それは……」
「風間くんが、嫌になったのか?」
「そ、そんなんじゃないよ!……そんなんじゃ、ないけど……」
(……即答、か……)
これで、確信した。
それと同時に、言い知れぬ怒りのような思いが沸々と生まれていた。
22 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/26(火)14:34:07 ID:A44QKpe2U
「……悪いな。全部教えてもらったよ。風間くん、なかなか言わなかったけどな。
――ひまわり、オラを気遣って断ったんだろ?」
「――ッ!そ、それは……」
「――ふざけんなよッ!!!」
「――ッ!」
ひまわりは、体を震わせた。
「それでオラを気遣ったつもりか!?オラのためになると思ったのか!?
――オラを理由に使っただけじゃないか!!」
「ち、違う!」
ひまわりは、慌てて声を出す。
「――だって!私が風間くんと一緒に行ったら、お兄ちゃんが一人になるじゃない!
いつも私の横にいてくれて、励ましてくれていたお兄ちゃんがだよ!?
――そんなの……出来るわけないじゃない!」
「それがどうしたんだよ!勝手に同情してんじゃねえよ!!」
「同情なんかじゃない!たった一人の家族だよ!?
お父さんとお母さんが死んだときも!私が歩けなくなった時も!そして今も!
なんでお兄ちゃんばっかり、全部背負うの!?なんでお兄ちゃんだけが、我慢するの!?
――お兄ちゃんばっかり辛い思いをして……そんなの、絶対嫌ッッ!!」
「……」
「……」
……沈黙が、流れる。
外からの雨の音は、止むことはない。
ザーザー……ザーザー……涙を流すように、降り続いていた。
23 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/26(火)14:56:03 ID:A44QKpe2U
「……ひまわり……」
「……」
ひまわりは、ただ泣いていた。
オラの言葉が届いていないのか、それとも答えられないのか……それは分からない。
それでもオラは、彼女に話しかけた。
「……ひまわり、お前は勘違いをしているよ……。
オラはな、ただ、お前が笑っていられるようにしていただけなんだよ。
ひまわりの笑顔は、本物の太陽みたいなんだよ。
暖かくて、安心できて、いつも、オラを照らしてくれてる。
オラは、それに救われてたんだよ」
「……」
「……それなのに、ひまわりはオラのために辛い思いをしている。
それじゃ、ダメなんだよ。ひまわりが幸せじゃないと、オラも幸せになれないんだよ」
「……お兄ちゃん……」
「本当にオラのことを思ってくれるなら、幸せになれ。
たとえオラと離れることになっても、自分の幸せを掴むんだ。
それが、オラの願いだ。……いや、オラだけじゃない。それはきっと、父ちゃん、母ちゃんの願いでもある。
――ひまわりの家族全員の……お前を大切に思う人みんなの、願いなんだよ」
「……ひぐっ……ひぐっ……」
「――風間くんのところにいけ。
お前は、本当はそうしたいんだろ?……だったら、後ろを振り返るな。お前は、前だけを見るんだ。お前の幸せは、今目の前にある。それを、掴むんだ。
……オラは、後ろからそれを見てるからさ。どれだけ離れてても、ひまわりの幸せを見てるからさ。
そしたらきっと、オラも幸せになれる。
……だから、ひまわり。――この家を、出るんだ……」
「……あああ……あああ……うぁあああ……!」
ひまわりは、声を上げて泣いた。
それは、自分の中にある罪悪感を消し去るためだろうか。
彼女の中で、今オラは、足枷になっている。
それを外したことにより、彼女の中の何かが弾けたのかもしれない。
だけど、その涙の先には、必ず彼女の笑顔があると信じている。
だからオラは、ただ彼女を見ていた。泣き続ける彼女を見ていた。
――ふと、頬に何かがついているのに気付く。
触ってみれば、それはべたべたしていた。
(……なんだよ……なんでオラも泣いてんだよ……)
……それでも、手で触れたものは、とても暖かかった。
79 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)12:27:44 ID:o1174ioJr
「……よかった……」
「……?」
オラの呟きに、風間くんは首を傾げる。
「……風間くん、ちょっと来てよ」
「え?」
「いいからさ。付いて来て」
「……また、僕を連れ回す気か?」
「そんなんじゃないって。……ただ、あの日に戻るだけだよ」
「……どういうことだよ」
「いいからいいから」
「……」
少し、強引に風間くんを連れ出した。
彼は最後まで首を捻っていたが、今はそれでいい。
……とにかく、来てさえくれれば、それでいいんだ。
80 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)12:27:53 ID:o1174ioJr
「――しんのすけ……ここって……」
オラが案内した場所で、風間くんは周囲をキョロキョロ見渡していた。
そこは、風間くんとひまわりが決別した場所。そして、オラが風間くんから全てを聞いた場所。
ひまわりの涙が生まれた場所。オラの葛藤が生まれた場所。
終わりであり、始まりでもある場所……
――あの、公園だ。
前の日と違い、空は晴れ渡っていた。日射しが木々に降り注ぎ、そして木々は、必死に太陽に向かって葉を伸ばす。
少しでも光を掴むかのように。少しでも、温もりに近づくかのように。
……そう、太陽に、触れようとしているんだ。
「……風間くん、ほら……」
「……あれは……」
オラが指し示す方向に、風間くんは目を凝らす。
そしてそこにいた人物を見た時、彼は目を大きくして、名前を口にした。
「……ひまわり、ちゃん……?」
「……風間くん……」
「………」
公園の真ん中で、ひまわりと風間くんはお互いを見つめたまま、動かなかった。
何も言わず、ただ向かい合う二人。
――その姿はまるで、太陽と木々のようだった。
82 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)13:28:22 ID:o1174ioJr
「………」
「………」
気まずいのだろうか。二人とも、全然動こうとしていない。
しばらく時間が経ったところで、ようやく風間くんが少しだけ顔をオラに向ける。
これはどういうことなんだ―――そう言わんばかりに、チラチラとオラの様子を窺う。
風間くんも、かなり混乱しているようだった。
「……やり直しだよ、風間くん」
彼に、助け舟を出す。
「……え?」
「あの日のやり直し。もう一度、ここから始めるんだ」
「……で、でも……」
「ひまわりにもあるんだよ。本当に言いたかった言葉が。キミにもあるはずだ。本当は聞きたかった言葉が。
この前は、ちょっと決断が早かっただけなんだ。きっとキミらは、同じ未来を見てるはずなんだ」
「……しんのすけ……」
「オラに出来るのは、ここまでだ。風間くん、キミさえ良ければ、もう一度伝えてほしい」
「……」
風間くんは何も言わない。だけど、その表情は、確かに何かを伝えていた。
そして彼の目は、不思議とオラを安心させた。
83 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)13:28:28 ID:o1174ioJr
「……ひまわり。本当にオラのことを考えてくれるなら、お前が思うようにしろ。お前の願いを、口にするんだ」
「……お兄ちゃん……」
ひまわりは、潤んだ瞳でオラを見る。もしかしたら、まだ悩んでいるのかもしれない。
……だから、もう少し背中を押すことにした。
「……大丈夫。ひまわりがどういう返事をしても、お兄ちゃんはもう怒らないよ。
お兄ちゃんは、ずっとひまわりの味方だ」
「……うん……」
そしてオラは、その場を立ち去る。
オラが歩き出すと、二人はまたお互いを見つめ合っていた。
それからどういう話になったのか分からない。二人が、どういう言葉を送ったのか分からない。
……だけど、それはオラが干渉するべきではないことだろう。それに、きっと二人なら、オラなんか必要じゃない。必要ないんだ。
少し寂しくはあるけど、それでも暖かい。
どこかすっきりした気持ちを胸に、オラは家に帰った。
……それから1週間後、風間くんはオラの家に来た。
そして、彼はひまわりと一緒に、オラに結婚することを告げた。
110 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)19:01:17 ID:o1174ioJr
「……そうですか……風間くんとひまわりちゃんが……」
会社の椅子にもたれかかっていたあいちゃんは、オラの言葉を呟く。
表情は、どこか安堵していた。
「式は、近親者だけでするって。あいちゃんにも招待状が届くはずだよ。かなり急な日取りだけど……風間くん、時間ないし……」
「……そうでしたね。風間くんは……」
ふと、あいちゃんは表情を伏せる。
祝福したいが、素直には出来ない……そう言った顔をしていた。
……風間くんは、間もなく海外へ出発する。
海外の支社では、しばらく忙しいだろう。新しく出来る支社なら、それも仕方ない。
おそらくは、数年……下手すれば、それ以上は帰らないだろう。
「……しんのすけさん。ひまわりちゃんが風間くんに付いて行くということは……」
「――あいちゃん。今は、二人を祝福しよう。そして、笑顔で見送るんだよ」
「……はい」
あいちゃんは、沈んだ表情のまま小さく頷く。
……ひまわりの結婚式は、間もなくだ。
114 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)20:14:33 ID:o1174ioJr
~式当日~
「――しんちゃーん!」
外にいたオラへ、まさおくん、ねねちゃん、ぼーちゃんが声をかける。
振り返れば、そこには、スーツやドレスを着こなした、笑顔の三人が。
……笑顔、ということは、まさおくんは、まだねねちゃんの本当の気持ちを知らないようだ……
「ん?どうしたのしんちゃん?なんか顔に付いてる?」
まさおくんは、不思議そうな顔をしていた。
「……いや、なんでもないよ。それより、今日は来てくれてありがとう。ひまわりに代わって、お礼を言うよ」
「何言ってんのよ。風間くんとひまわりちゃんの結婚式じゃない。たとえ嵐が来ても来るわよ」
「うん。僕も、二人を見てみたい」
ねねちゃん、ぼーちゃんは笑顔で返事を返す。
「僕もだよ。……もちろん、次は僕だけどね……」
まさおくんはボソリと呟きながら、頬を染めてねねちゃんを見ていた。
(まさおくん……“知らぬは仏、見ぬが神”とは、よく言ったものだな……)
心の中でまさおくんに合掌をしながら、頭を一度下げた。
会場に来たのは、ねねちゃんだけじゃない。
ななこさん、園長先生、むさえさん……色んな人が、そこにいた。これまでオラ達が出会ってきた人たちが、笑顔でそこにいた。
この式は、かなりの急なスケジュールで開催されている。
それにも関わらず、これほどまで人が集まったことには、感謝してもしきれない。
(ひまわり……風間くん……。みんな、祝福しているよ)
思わず、青空を仰ぎ、準備をしているはずの二人に言葉を向けた。
それに応えるように、空には番いの鳥が、仲睦まじく飛び回っていた。
121 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)21:47:57 ID:o1174ioJr
みんなが笑顔で見送る中、式は始まった。
白いタキシード姿の風間くんと、純白のウェディングドレスを着たひまわり……風間くんは、車いすのひまわりを後ろから押しながらバージンロードを歩く。
風間くんはさることながら、最初にひまわりの姿を見た時には驚いた。
ひまわは、とても綺麗だった。
これまで一番近くで見ていたはずだった。でも、目の前にいるのは、間違いなく一人の女性だった。
純白に包まれた彼女の姿を見ていると、何だか感慨深くなる。
ずっと子供のように見ていたが……いつの間にか、彼女は大人になっていたようだ。
式が終わると、簡単なパーティーへと移る。
ひまわり達の結婚式が主ではあるが、どちらかというと、同窓会のようにも見える。
もちろんパーティーの中心にはひまわり達がいたが、それぞれの近況を報告し合い、酒を交わし、昔話に花を咲かせる……その光景には、温かみがあった。会場全体が、緩やかな時間の中にあった。
それを満足そうに眺めていると、突然、会場が真っ暗になった。
ざわざわとする会場の中、スポットライトがオラとひまわりを照らし出した。
(……なんだ?)
会場中の視線を受ける中、車いすに座ったひまわりは、風間くんが持つマイクに向けて話す。
「……会場のみなさん。今日は、私達の結婚式に出席していただき、本当にありがとうございます。
――皆様には申し訳ありませんが、今日この場にいる、私のお兄ちゃん……兄に、言葉を送りたいと思います。
少しの間、お付き合いください……」
会場中は、水を打ったように、静まり返る。全員が話を中断し、彼女に視線を送っていた。
その中で、ひまわりは手紙を手にし、静かに、囁きかけるように、読み始めた。
122 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)21:48:38 ID:o1174ioJr
――お兄ちゃんへ。
お兄ちゃん、今日まで本当にありがとう。
考えてみれば、私はお兄ちゃんに甘えてばっかりでした。いつもお兄ちゃんにくっ付いて、泣いて、笑って、怒って、落ち込んで……それでもお兄ちゃんは、ずっと私を見てくれて……。
授業参観も、学芸会も、合唱コンクールも、卒業式も、入学式も……いつも、私を見てくれていました。
……本当に嬉しかった。
いつも泣きそうな時、傍にはお兄ちゃんがいてくれて、涙を拭ってくれました。そして言うんです。
“行こうか、ひまわり”――
座り込む私の手を掴んで、立ち止まる私を引っ張ってくれるんです。その手はとても暖かくて、とても安心できて……
ケンカした時も、次の日にはご飯を作ってくれてるんです。
不器用に、不愛想に笑いながら、美味しいか言ってくれるんです。
お兄ちゃん……あなたの妹で、本当に良かった。本当に幸せだった。
……今の私があるのは、お兄ちゃんのおかげです。
ずっと、大好きです。ありがとう、お兄ちゃん――――
――手紙の最後は、声に涙が混じり、うまく話せていなかった。
それでも、会場中が暖かい拍手に包まれていた。
オラは下を向き、ただ拍手を受ける。本当はひまわりに言いたかった。
お礼を言いたいのは、オラの方です――と。
でも前を向けなかった。兄としての意地なのかもしれない。
流す涙を、彼女には見せたくなかった。最後まで、笑顔を向けていたかった。
それでも、少しだけ視線を彼女に向ける。
――ひまわりは、微笑んでいた。
優しい雫が伝う顔で、ただ優しく、オラの方を見ていた。
彼女は、やっぱり太陽だった。優しく照らしてくれる太陽だった。
何度もオラのを救ってくれた、勇気付けてくれた、光あふれる、向日葵だった……
その姿を見ていると、益々彼女の姿を見ることが出来なくなってしまった。
……その後パーティーは、恙なく幕を下ろす。
そしてそれから2週間後、ひまわりは、風間くんと旅立っていった……。
125 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)22:10:04 ID:o1174ioJr
――お兄ちゃんは、いつまでもお兄ちゃんだからね――
――しんのすけ、ひまわりちゃんは、必ず幸せにするよ。……男として、親友として、お前に約束する―――
空港での別れ際、二人はそう言っていた。
正直、何も心配はしていない。
あの二人なら、きっと幸せになれる……その確信が、なぜかオラにはあった。二人をよく知るオラだからこそ、そう思えた。
「……ふう。ちょっと休憩……」
家を片付けていたオラは、大きく体を伸ばす。
ひまわりの荷物は、ほとんど送っていた。彼女に部屋だった場所には、机とベッドしか残っていない。
「……」
少し、家の中を歩いて回る。
色々な思い出が詰まった、慣れ親しんだ家。
オラがいて、ひまわりがいて、父ちゃん、母ちゃん、シロがいた家……
(……こんなに、広かったっけ……)
たった一人の主を持つ家は、とても広く思えた。でもそれ以上に、とても静かだった。
128 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)22:18:29 ID:o1174ioJr
(……ん?)
……ふと、柱の隅に傷を見つけた。柱の腰の位置ほどに付いた、古びた傷……
そして、昔のことを思い出した。
『――お兄ちゃん!ひま、大きくなったよ!』
『お?どれどれ……なんだ、まだ小さいじゃないか……』
『そんなことないもん!ひま、大きくなってるもん!もうすぐ大人だもん!』
『そうか?なら、記録でも付けておくか……』
『記録?』
『そうそう。……この傷が、今のひまわりの身長。これを見下ろせるくらいになったら、きっとひまわりは、素敵な大人になってるだろうな』
『素敵な大人?』
『ひまわりの名前の通り、色んな人を、元気にさせる人だよ。きっとひまわりなら、みんなを幸せに出来るさ』
『……よく、分かんない……』
『ハハハ、難しかったかな。まあ、大人になったら分かるよ―――』
(……すっかり、忘れていたな……)
その傷は、すっかり見下ろせる位置になっていた。
オラは、大人になったのだろうか。ひまわりはどうだろう……
でも、彼女との想い出を振り返ると、自然と笑顔になれる。だったら彼女は、きっと、あの日話していた通りの大人になれたんだと思う。
――そしてそれは、オラが生涯、誇りに思えることだと思う。
(……父ちゃん、母ちゃん。これで、良かったんだよな。オラ、頑張ったよな。最後まで、ひまわりは笑顔だったよ。これなら、褒めてくれるよな……)
天井を見上げ、心の中で父ちゃん達に報告する。
大きく息を吸い込み、息を深く吐く。
胸の中は、どこか穴が空いているような気分だった。それでも、それ以上に暖かい。
「――よし!掃除を始めるかな!」
何かを奮い立たせるように、少し声を強く出す。そして、掃除に戻った。
131 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)22:29:28 ID:o1174ioJr
――ピンポーン
「……ん?」
その時、ふと玄関からチャイムが鳴り響いた。
「誰だろう……」
掃除を一時中断し、玄関に向かう。そして鍵を開け、少し古くなった玄関を開けた。
「――はい」
「……こんにちは、しんのすけさん」
そこには、笑顔で会釈するあいちゃんがいた。
「あれ?どうしたのあいちゃん……」
「あら、私が来てはいけないんですか?」
あいちゃんは、少し意地悪な笑みを浮かべる。
「い、いや……そんなわけじゃないけど……」
戸惑っていると、彼女はクスリと笑う。
「……お邪魔しても、いいですか?」
「……あ、ああ。どうぞ」
そしてオラは、あいちゃんを家に招き入れた。
133 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)22:30:40 ID:o1174ioJr
「――ずいぶん、片付きましたね」
あいちゃんは、そう呟きながら部屋を見て回る。
「まあね。オラの荷物、ほとんどないからさ。一人にはもったいないくらいの家だよ」
笑いながら、言ってみた。
するとあいちゃんは、顔を赤くして俯いてしまった。
「……ん?どうしたの?」
「……い、いえ……それにしても、静かですね……」
「え?あ、ああ……そうだね……」
「……」
「……」
……なんだか、不思議な空気が部屋中に満ちる。
「……私で、よければ……」
しばらく俯いていた彼女は、小さな声で話してきた。
「え?」
「……私でよければ、ご一緒に……」
「……」
……また、部屋は静まり返った。オラも、下手に喋れなくなっていた。
136 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)22:42:15 ID:o1174ioJr
二人揃って、居間に立ったまましばらく黙り込む。でも、何だかこのままじゃいけない気がした。
震える口に力を込めて、ゆっくりと口を開いてみる。
「……あ、あのさ……」
「……は、はい……」
「……今度よかったら、二人で――――」
―――プルルルル
「―――ッ!」
「―――ッ!」
突然、静かな部屋に電話の音が鳴り響く。体をビクリとさせたオラ達は、すぐに音の方を振り返る。
「な、なんだ……電話か……」
一度彼女に目をやる。彼女は、頬を桃色に染めて、困ったような笑みを浮かべていた。
何だか照れ臭かったオラは、少し重い足取りで電話に向かった。
「……はい、野原ですが……」
「――聞いてよしんちゃん!!」
受話器を耳に当てるなり、叫び声が耳を貫いた。
咄嗟に受話器を耳から離し、改めて話をする。
「……ま、まさおくん?」
「そうだよしんちゃん!――それより、聞いてよ!!」
まさおくんは、かなり慌てていたようだ。
「どうしたのさ、いったい……」
「あのね!僕、ねねちゃんに告白したんだ!!」
「……マジで?」
「マジだよ!大マジだよ!!そしたら、ねねちゃん、言ってきたんだ!“好きな人がいる”って!!!」
(……あちゃー)
思わず、手を頭に当て上を見上げた。
「とにかく、詳しい話はいつものファミレスで話すから!!すぐ来てよ!!―――ガチャリ」
まさおくんは、一方的に電話を切断した。
142 :
◆ YAe/qNQv0cvW :2014/08/27(水)22:51:09 ID:o1174ioJr
(……こりゃ、面倒なことになるぞ……)
まさおくんは、ねねちゃんが好き。でもねねちゃんは、ぼーちゃんが好き。
なるほど、とても面倒な構図になっている。高確率で、嵐が吹くだろう。
「……どうか、しましたか?」
気が付けば、あいちゃんが後ろに立っていた。
「……ああ、ちょっとまさおくんが相談があるって」
「まさおくんが?」
「うん。オラ、ちょっと行かなきゃ……」
「……そう、ですか……」
彼女は、残念そうに表情を暗くした。――かと思えば、すぐに明るい表情を浮かべる。
「……私も、ご一緒します!」
「え―――?」
彼女の目は、ただオラを見つめる。それを見ていたら、何だか笑みが溢れて来た。
「……うん、一緒に行こうか!」
「はい――!」
そしてオラ達は、玄関を飛び出していった。
……こうして、オラ達の日常は積み重ねられていく。
人生では、出会いがあって、別れがある。出会いと別れは表裏一体で、それは寂しいことだ。
でもその中で、きっと手に入れる素晴らしいものがある。それは心の中に残り、生きる力に代わるんだ。
――そしてまた人は前に進み、新たなものと出会うんだろう。
「――少し急ごうか!あいちゃん!」
「はい!しんのすけさん!」
オラは彼女と、街の中を駆けて行く。とても暖かくて、安らげる手を握りながら。
オラ達の物語は、これからも続いて行くのだろう。……いや、きっと今から始まるんだと思う。
――また新しい、物語が………。
終わり
146 :
名無しさん@おーぷん :2014/08/27(水)22:54:02 ID:SvVClWRYz
お疲れ様でした
148 :
名無しさん@おーぷん :2014/08/27(水)22:55:01 ID:vU3oGJr24
乙!
157 :
名無しさん@おーぷん :2014/08/27(水)23:03:13 ID:5k9955ZN5
最高でした。
ありがとうございました。
転載元
しんのすけ「ひまわり!早く起きなさい!」ひまわり「ええ……まだ眠いよ……」2
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1408986539/ バンダイビジュアル (2012-02-24)
売り上げランキング: 9,692
- 関連記事
-
いい話でした。