1 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:08:34.82 ID:UEETNW2BO
桟橋に立ちいつものように月を見上げる貴音を、潮の匂いが包み込んでいた
頭上には満月と、寄り添うような一つ星
トム・ウェイツの酒焼けた声が聞こえてきそうな夜だ
グレープフルーツみたいなお月さん、光る星一つ
ってさ
2 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:11:14.77 ID:UEETNW2BO
「何か無ければ、見上げてはなりませんか?」
声まで無表情を装いながら、貴音はゆっくりと俺を見た
わかってるって
風に飛ばされた海水が目に入っちまったんだろ?
ウサギみたいに真っ赤なのはそいつのせいだ
4 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:11:57.86 ID:JmRhiloS0
マイクロウェーブが出てくるよ
5 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:13:17.36 ID:UEETNW2BO
「これからどうする?」
貴音は何も言わずに、また月を見上げた
今度は…
そうだな、蒼い鳥でも飛んでたんだろ?
泣いてないのに涙が落ちるハズないもんな
7 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:16:25.81 ID:UEETNW2BO
遠くで重なった汽笛の音が、空と海に吸い込まれていった
火をつけたばかりのタバコは海風にやられて湿り始めてる
ハンフリー・ボカードあたりなら様になりそうな情景だけど、あいにくとそんな柄じゃない
8 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:18:35.32 ID:UEETNW2BO
「皆はどうするのでしょう?」
いろいろだろうさ
スッパリと諦めるやつ
他の事務所で悪あがきするやつ
悪いが、俺には何もしてやれない
"骨折り損のくたびれ儲け"ってやつになりそうだしな
9 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:20:57.74 ID:UEETNW2BO
「お前は月にでも帰るか?」
「それも悪くはありませんね」
「なら、俺も連れて行ってくれよ。もう何もしないでダラダラしてたいからさ」
半分は本気だ
どこからどこまでなのか、自分でもわからないけどな
10 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:23:40.98 ID:UEETNW2BO
「わたくしの連れ帰った殿方が甲斐性なしでは、皆に示しがつきませんから」
こんなときまでお姫さんぶりやがって
いまのは笑いとばすとこだろ?
冗談の通じない性格は出会った頃と変わらないな
11 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:26:23.04 ID:UEETNW2BO
「月は自分では輝けぬ存在…この夜空の彼方では、いまも太陽からの光を反射しているのです」
小学生でも知ってるよ、それくらい
でも、お前が言うと神秘的に聞こえちまうから不思議だよな
いまのはホメ言葉だぜ?念のため
12 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:28:19.49 ID:UEETNW2BO
「貴方はどうなさるのですか?」
「居残っても仕方ないさ。後始末も面倒くさそうだしな」
「やはり甲斐性なし」
それ、言葉の使い方を間違ってないか?
14 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:30:42.93 ID:UEETNW2BO
「太陽だっていつかは死んじまうんだ。事務所だって潰れるさ」
「えぇ。実にあっけなく」
ホントに瞬きしてる間だったな
手のかかるヤツらばかりだったけど、アイツらのことは嫌いじゃなかったよ
15 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:33:42.96 ID:UEETNW2BO
「今宵はなぜ、わたくしのところに?」
「さぁ、何でかな?」
お前にホレてるから、って言ったら信じるかい?
いや、半分は本気なんだ
俺はデカいオッパイに弱くてね
死んだ母親もデカかったからだろうな、きっと
17 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:36:57.88 ID:UEETNW2BO
「…タバコ、吸いすぎではありませんか?」
「ここは禁煙席だったかな?」
「17歳の娘の前ですよ?」
「なら、大急ぎでハタチになってくれ」
ハタチになった貴音はどんなんだろうな?
いい女なのは間違いないだろうけどさ
もっとも、俺には関係のなくなることだけどな
19 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:38:59.78 ID:UEETNW2BO
「わたくしはここで、人を待っておりました」
「そうか、邪魔して悪かったな」
「貴方を待っていたと申し上げたら…どうなさいますか?」
笑うしかないな
冗談でも本気でも
20 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:40:46.67 ID:UEETNW2BO
「貴方を待っておりました」
…訂正
やっぱり笑えねぇや
どうやら本気みたいだからな
「なんだ?抱いて欲しいのか?」
とは言えないよ、そんな顔されちゃ
21 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:42:38.13 ID:UEETNW2BO
「わたくしは月です。照らしてくれる光が必要なのです」
そいつは過小評価だな
周りに何百人いようが、お前がどこにいるのかはすぐにわかるよ
下心抜きでな
25 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:50:03.63 ID:UEETNW2BO
「貴方も月です。わたくし達、似たもの同士だとは思いませんか?」
いや、俺はブラックホールだよ
どんな強い光だろうと吸い込んで、真っ暗にしちまうんだ
いままでがそうだったようにな
「だから貴音、もし俺と組もうと思ってるなら止めとけ」
31 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 03:58:31.72 ID:UEETNW2BO
「本当に甲斐性なし」
「あぁ、俺が死んだら墓石にそう刻んでくれ」
不思議だよな
みんなして俺を過大評価しやがる
親父も教師も高木社長も、そして担当してたアイドルたちも
いや、律子には俺の底が見えていたのかな?
33 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:04:40.21 ID:UEETNW2BO
「貴方もわたくしを一人にしてしまうのですか?」
「どうやら甲斐性なしなんでな」
他人の人生を背負うのはもうゴメンだ
朝からスロットでも打ってるのが俺には似合ってるのさ
35 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:09:54.69 ID:UEETNW2BO
「ただ貴方のお側に寄り添いたいだけだとしても?」
「悪いな貴音。そういう女クサいのは嫌いなんだ」
デカいオッパイとそれとは別の話さ
男心は複雑でね
36 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:17:30.18 ID:UEETNW2BO
「明日の同じ時間、この場所でまた貴方様をお待ちしております」
「待つのは自由さ。来ないのもな」
「もしいらっしゃらなければ…」
「れば?」
「…本当に月に帰ることにいたします」
なかなか洒落た脅し文句だな、お姫さん
38 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:27:09.63 ID:UEETNW2BO
アパートに帰って熱いシャワーを浴びた
ボロいステレオでチェット・ベイカーを聴きながら、スキャパをロックであおる
どう贔屓目に見ても狭い畳部屋とは不釣り合いだ
~I fallin' love so easyly,I fallin' love too fast~
胸焼けしそうなくらい甘いラブソングが部屋中を満たす
39 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:33:09.98 ID:UEETNW2BO
こういう場面で貴音のことを考えるのは自然なことだよな?
アイツ、いい女なんだ
見てくれも中身も
もし「抱いてくれ」って言われても怯んじまうだろうな、情けないことに
まぁ、お墨付きの甲斐性なしだしな
それに何て言うか、侵しがたい威厳みたいなものがあるんだ、貴音には
男に乗っかられてヒィヒィ喘いでるアイツは想像できないよ
41 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:38:28.30 ID:UEETNW2BO
携帯電話のディスプレイには明日の天気予報が流れてる
東京は一日中雨、だとさ
それでも待ってるんだろうな、あのお姫さん
たぶん、傘も持たずにさ
そっと傘を差し出す俺
そして抱きしめあう二人
映画ならブーイングものの寒い演出だな
42 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:45:06.26 ID:UEETNW2BO
翌日、頭の痛みで目が覚めた
枕元にはスキャパの空瓶
その隣の時計は午後3時32分を指している
何の意味も無い数字だな
カーテンを開けると、穏やかな冬空が広がっていた
…天気予報が外れても誰も責任を取らないって知ってたか?
43 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:49:32.61 ID:UEETNW2BO
昨日貴音と会ったのは…
たしか20時過ぎだ
そういや、まだ何も決めてなかったな
会いに行くのかどうか
仮に貴音に会ったとして、どうしたいのか
行かなきゃ済む話だとか、そんな当たり前な話をするやつとは友達にはなれないぜ?
44 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 04:57:15.90 ID:UEETNW2BO
携帯からU2のBeautiful Dayが流れる
どうやらメールがきたみたいだ
送り主は千早
どうやら、卒業したあとは海外に留学することに決めたようだ
あぁ、お前の才能ならきっと大丈夫だ
さっさと俺の手の届かない存在になってくれ
でも、オッパイがデカくなったらまた会おうぜ?
45 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:03:45.60 ID:UEETNW2BO
街をブラブラしながら無為な時間をすごす
雲一つない空が水色から紫色へと変わり始める頃は、どこからかカレーの匂いでも漂ってきそうな空気だ
こういうときくらい、母親の顔を思いだしてやらないとな
いまごろ貴音も、同じようなセンチメンリズムに浸っているんだろうか?
46 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:07:29.10 ID:UEETNW2BO
19時過ぎ、電車は海沿いを走っていた
車窓越しに見える夜空には…
雲しかなかった
天気予報は1/3ほど正解だな
いい仕事してるよ、気象庁
47 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:11:01.41 ID:UEETNW2BO
電車を降りると、ホームは水浸しになっていた
案の定、駅の売店の傘は売り切れ
傘も持たずに、は俺の方ってことか
仕方ねぇ
ジェームス・ディーンでも気取ってやるさ
48 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:14:37.24 ID:UEETNW2BO
20時15分に昨日と同じ場所に着いた
貴音の性格なら先にきて待ってるハズだが…
「…そうきたか」
なるほど
来ないのも自由、って誰かが言ったよな
49 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:21:00.56 ID:UEETNW2BO
タバコに火を着けてみたけど、すぐに雨にやられてダメになっちまった
昨日何も言わずに抱きしめてやれば、何て思っても後の祭りさ
去りゆく一切は比喩に過ぎない、ってね
何本目かのタバコをダメにしたあと、俺は雨雲の向こうにいる満月-1日の月に別れを告げようとした
だけど…
なかなか思う通りには進まないもんだな 出会うのも別れるのも
51 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:24:59.09 ID:UEETNW2BO
「天気予報をご存知無かったのですか?」
「いや、俺は気象庁に嫌われててね。こんど菓子折りでも贈りつけとくよ」
朱色の和傘でご登場とは、渋いねお前さん
52 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:32:34.52 ID:UEETNW2BO
「遅くなって申し訳ございません。昨晩お会いしたのはは20時43分でしたから」
「それはご丁寧にどうも」
「お風邪を召しますよ?」
「どうせなら風邪にも嫌われたいね」
朱色の和傘が宙に舞って、ヒラヒラと桟橋に落ちた
あぁ、ブーイングものの寒い演出だ
54 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:39:15.70 ID:UEETNW2BO
「どこかに宿を取りましょう…」
「抱けねぇよ、お前のことは」
「寄り添うだけではいけませんか?」
コートを着ているのに、貴音の体温が伝わってくる
おそらく貴音も同じだろう
濡れた銀色の髪が街灯を受けて輝いている
その中に顔を埋めると、何だか懐かしい香りした
55 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:43:15.78 ID:UEETNW2BO
「わたくしは…」
貴音が何かを言い終わる前に、俺は唇を重ねた
怖かったんだろうな
貴音の言葉を聞くのが
だから長い時間、唇を重ね合った
要するに白旗代わりってことさ
57 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:55:26.27 ID:UEETNW2BO
「貴音、俺と来るか?」
「他に…行くところはございませんから」
あぁ、降参だよ
Rolling Stonesだって破産したことがあるんだ
俺たちも仕切り直そうぜ
貴音、Stones知ってるか?
いや、まぁいいや
そんなの大した問題じゃない
昨日の月みたいに輝く銀色の髪を撫でながら、俺は再びキスをした
たとえ月に何も無くても、これからは一緒に見上げてやるよ
そういうことだろ?お姫さん
お し ま い
58 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 05:57:15.76 ID:UEETNW2BO
終わり
自分で何書いてるかわからなくなることってあるよね?
つまりそういうことだ
63 :
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/12/08(木) 06:14:16.04 ID:Bxsfm9tY0
素晴らしいぞ
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そう思っていた時期が私にもありました
ギムレットでもあおりながらアイドルをプロデュースするのも乙な夜だ